取り戻した記憶と本当の名前
(・・・・・・此処は・・・・・・?)
周りには建物らしきものの残骸。至る所に血がべっとりと付いている。
周りは炎と、人間として判断して良いか分らない肉体が転がっている。そして目の前には血の付いた大きな剣を持った男が立っていた。男は無残にも、転がっている肉体を足で踏み潰しながらルフィアに近づいてきた。
(・・・・・・嫌。来ないで! 来ないでぇっ!)
ルフィアの思いも虚しく、男はどんどんと近づいてくる。ルフィア逃げ出したかったが、体か動いてくれない。
男は右手に持っていたあの大剣をゆっくりと上げ、勢い良く振り落とした。
(いやぁぁぁあ!)
「させない!」
ルフィアはもうダメだと思った瞬間、剣と剣がぶつかり合う音がした。
ルフィアが恐る恐る瞼を開けると、そこには一人の少女が居た。10歳くらいで、紅い髪が印象的な少女だ。昼間、ルフィアの隣を横切った女性と同じような紅い色だった。顔は後ろを向いているので見えない。
少女は男の剣を二本の剣で必死に受けとめている。男は不吉に笑い、剣を又振り上げ、下ろした。少女はそれをなんとか受けとめながらルフィアに言った。
「速く逃げて! 生き延びるの! 貴方は此処で死んではいけないの!」
少女は男の攻撃を必死で受け流しながら言う。
(誰? ・・・・・・いいえ、知ってるはず・・・・・・思い出せない・・・・・・でも、とても大切な人・・・・・・頭が・・・・・・痛い・・・・・・っ)
ルフィアは思わず頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。しかし、身体が言う事を聞いてくれない。頭は、ずきずきと痛み続ける。
「何を迷ってるの!? 速く、速く逃げなさい! 遠く、平和な地へ! お願い、お願いだから貴方だけでも生き延びて・・・・・・っ!貴方は此処で死なないで・・・・・・っ、ルシファ!」
誰かの名前を叫んでいる途中、少女は後ろを振り向返った。
(ルシファ・・・・・・? ・・・・・・・・・私の・・・・・・名前・・・・・・! ・・・・・・思い出しましたよ・・・・・・)
「ソシファ姉様!」
ルフィアがソシファの名を叫けんだ瞬間、ソシファは男・・・・・・ガイルに斬られた。ガイルは倒れたソシファを一蹴りし、ルフィアに剣を振り下ろした。
「いやぁぁぁあ!」
「・・・・・・フィア! ルフィア!」
「ラ、イム・・・・・・? っライム!」
恐る恐る目を開けると、心配そうにルフィアを見つめるライムの姿があった。此方を見て心配そうにしているライムの姿を見ると、ルフィアの瞳から自然に涙が溢れ出た。
「ルフィア! 一体どうしたんだよ!」
いきなり泣きだしたルフィアに、慌てながらも名前を呼んでみる。
「だい、じょぶです・・・・・・少し、恐い夢を見ただけですから・・・・・・っ」
ルフィアはそう言って、ぎゅっとライムの服を握り締める。服を握り締める手は、強く握り締めすぎて、真っ白になるくらいだった。
「少しじゃねーだろ!? こんなに震えて!」
「本当に大丈夫ですからっ! ・・・・・・少し・・・・・・少し昔を思い出しただけですからっ」
ルフィアはそう言って、また震え涙を流す。
「・・・・・・・昔を?」
「・・・・・・ルフィア、思い出したか」
いつから居たかは分からないが、ドアの近くでレキが静かにルフィアを見つめていた。
レキの問い掛けに、ルフィアは泣きながら小さく頷いた。
「レキ! 何か知ってんのか!?」
「・・・・・・ティア呼んで来い。今は市で買い物をしている」
ライムは何か言いたげな表情をしたが、すぐにルフィアの部屋を出た。
部屋に残ったレキは、静かに口を開いた。
「今まで黙ってて悪かったな・・・・・・ルシファ」
「・・・・・・今まで通り、ルフィアって呼んで下さい。それに、黙ってくれていてありがとうございました。理由は・・・・・・必要ないですよね、シーガ」
ルフィアの瞳には涙は消えていて、力強い光が籠もっていた。
「俺もレキって名の方が気に入ってんだ。それに、その名はあんまり好きじゃねぇ」
「ふふっ、分かりましたよ、レキ」
今度は二人で笑った。
「全員揃ったな」
「レキ! 早くあんた達の事を教えなさいっ!」
噛み付きそうな勢いでティアが聞いてくる。
「取り合えず落ち着け。ちゃんと話すから。その前に、俺の本当の名は、シーガ・トゥーゼス。ルフィアは、ルシファ・ゲルドンだ」
「それが・・・・・・ルフィア達の本当の名前なの? じゃ、これからはルシファとシーガって呼ばなきゃね」
ティアが淋しそうに言うと、ルフィアは微笑みながら言った。
「いいえ。今まで通りの名前で呼んで下さい。その方が、私達は嬉しいですから」
「分かったわ」
「お前等の本当の名前は分かったけど、何で名前を先に教えたんだ?」
ライムがレキに不思議そうに尋ねる。レキは少し呆れた表情になり言った。
「・・・・・・お前等、ルシファ姫って聞いた事ないか? 今でもまだ有名だぞ」
「あ、私聞いた事あるよ! ある国のお話なんだけど、そこの国には姉妹がいて、妹の方のお姫様の名前がルシファって言うんだけ、ど。・・・・・・・あっ!」
ティアが瞳を輝かせた。
「そうだ。その妹姫がルフィアだ」
「! ・・・・・・ルフィアは姫様だったのか・・・・・・」
ライムの言葉に対し、ルフィアは静かに言った。
「私は確かに姫でしたが、もう姫ではありません」
「何で!?」
「今から言う話しを聞けば分かるから、黙って聞け」
レキは簡潔にティアに言うと、静かに、物語を語る様に話し始めた。
今から約十二年前、ルーシャ国と言う国に一つの宝石が届けられた。それは美しい宝石だったので、国の宝と言う程の大切な姉妹二人の姫に分けて渡された。
しかし、宝石はあまりにも美しすぎた。宝石の美しさを欲した多くの者が国に攻め込んだ。しかし国は、十三人の守り神に守られた。
「・・・・・・一体、どのくらいの人が攻め込んだの?」
ティアがレキの話を遮り尋ねた。
「俺が知る限り、五千くらいじゃないか?」
レキは平然とした顔でさらりと言った。それを聞いたライムとティアが驚いて固まっている。レキはそれを一目見、再び話し始めた。
しかし国は、ガイルと言う名のたった一人の男に滅ぼされた。二人の姫の姿はそれ以来、誰も見てはいない。十三人の守り神も姿を暗ました。宝石も盗まれたか、誰も知りはしない。
「ねぇレキ、そのガイルってまさか・・・・・・」
ティアは恐ろしげにレキに尋ねた。レキはそれに対し、静かに言い放った。
「・・・・・・そうだ。今のガイル軍のボス、ガイル・グレールだ」
「! ・・・・・・じゃあ、ガイルは五千人に勝った国をたった一人で倒したってのか・・・・・・!?」
ライムは不安げに聞いてきた。ルフィアは声を震わせ答えた。
「・・・・・・本当、なんです・・・・・・」
「・・・・・・嘘、だろ・・・・・・?」
ライムはガイルとの力の差に我が耳を疑い、もう一度ルフィアに問い掛けたが、ルフィアは首を横に振った。
「・・・・・・じゃあ・・・・・・じゃあ宝石はどうなったの? ルフィアは此処に居るのに!」
「・・・・・・ガイルに、奪われてしまいました・・・・・・・・・私は、殺されそうになった時、レキと、ソシファ姉様に助けてもらったんです・・・・・・」
ルフィアは今にも消え入りそうな小さな声で言った。
「ソシファさんってあの有名な『紅の華』?」
ティアは大分昔に聞いた事があった。幼いながらも炎の精霊王、イフリートを召喚出来る、炎属性魔法に優れた少女の話を。勿論、他の属性魔法も得意だが、炎属性魔法が一番得意らしい。
「ソシファ姉様をご存じでしたか。確かに、ソシファ姉様は『紅の華』と呼ばれていました」
「あれ? オレが聞いたのは、『水の舞姫』だぜ?」
ライムが不思議そうに尋ねた。
ライムが昔聞いた事があるのは、『水の舞姫』の方だった。ルーシャ国の姫のどちらかがそう呼ばれていた。話によると、水属性魔法が得意で、踊っている時に水を使って、美しく舞っている姿から『水の舞姫』と名付けられたらしい。
「ん? それはルフィアの事じゃねぇか」
「レ、レキ!」
ルフィアが止める前にレキは全て言い終えてしまった。
「ルフィアすごいな! 踊ってるとこ見てみてぇな・・・・・・」
「ね、ルフィア。今踊れる?」
「え・・・・・・でも・・・・・・」
ルフィアは踊るか踊らぬか迷っていたが、踊る様に決めたらしい。レキが場所を変えるか訪ねたが、幸い、この部屋は広かったので場所を変える必要はなかった。
「少し、離れて下さいね」
ルフィアは、ライム達に離れるよう言い、ゆっくりとしたリズムで踊りだした。
最初はゆったりと回転をしたりしていて、回るとき、水属性魔法を巧く使い、ルフィアの周りを美しく輝かせた。窓から差し込む光が、より一層美しさを引き立てる。
「・・・・・・綺麗・・・・・・」
ティアは無意識のうちに喋っていた。だが、それほどルフィアの舞が美しかった。
ルフィアは、最後に祈りを捧げる様な態勢で終えた。最後にも小さな雫達が、ルフィアの周りを美しく飾った。
「すみません。久しぶりだったので、あまり上手く出来ませんでした・・・・・・」
ルフィアは恥ずかしそうに俯きながら言った。
辺りには、水が飛び散っているかと思ったが、そのような様子はなかった。
「また上手くなったな」
「ルフィア、すごく綺麗だったよ! なんか感動した! ね、ライムもそう思うよね?」
ティアはライムに意見の賛成を聞いたが、ライムは、はっとした様になってから、慌てて頷いた。
「ありがとうございます・・・・・・」
ルフィアは顔を真っ赤にしながらも、誉めてくれたレキ達にお礼を言った。
「・・・・・・え〜っとさ、話をかな〜り変えるんだけどさ、ガイルにルフィアが殺されそうになった時、レキとお姉さんが助けてくれたのよね?」
ティアはかなり言いづらそうにルフィアに訪ねた。
「はい。レキとソシファ姉様が助けてくれました。それが何か?」
ルフィアは首を右にちょこんと傾けた。
「お姉さんは人間だから分るけど、どうやってレキがルフィアの事助けたのか気になってね・・・・・・」
「あぁ、そういえばまだレキの本当の姿を見ていませんでしたね。いきますよ、レキ。
≪我が身を守る神よ、偽りの姿を捨て、我の前に真の姿を現し給え・・・・・・。火神、シーガ!≫」
ルフィアは納得した様に頷き、何かを唱えた。すると、レキの体に変化が起きた。
レキの体が空中に浮き上がり、赤白い光に包まれた。光はどんどん膨らみ、光が弾け飛んだと思ったら一人の男が現れた。
その男は背が高く、髪は透き通るオレンジ色で、肩に少し掛かるくらいに無造作に髪を伸ばしている。
『この姿になるのは何年振りだろうな?』
オレンジ頭の男は目を細め、嬉しそうに言った。
「約六年ぶりですよ、レキ」
『そんなに経っていたのか』
そう言って男は手を開いたり握ったりした。
「・・・・・・それがレキの本当の姿ってなの?」
ティアが恐る恐ると言った感じで問い掛ける。男・・・・・・レキは嬉しそうに頷いた。
『あぁ。そういえば言い忘れていたな。俺はルフィアの守護神だ』
レキは誇らしげに言った。その話がよく分っていないティアとライムの為に、ルフィアは説明を付け足した。
「レキはルーシャ国の守り神十一人の一人なんです。守護神は、レキの他に十人居ます。『火』『水』『風』『雷』の属性に二人づつ、『光』『闇』『無』の属性に一人づついます。守護神達がいつからかルーシャ国に来て、それ以来ずっと国を守ってくれていたからその名が付いたんでしょうね。それに、どんな事をしても死なず、もし急所を突かれて死んでしまっても、また必ず生き返ります。歳を取らない、不老不死だから守護者じゃなく、守護神になったのでしょう。守護神は、未だに深い謎に包まれている部分もたくさんあります」
「レキは不老不死なの!?」
『あぁ。二千六百八十九歳だ。実際はもっといっているがな。今の俺が知る限りその年齢だ。兎に角、詳しい事は後で教えてやる』
そう言ってレキは笑った。
「実際じゃありえねぇ話だな・・・・・・けど、本物が目の前に居るしな・・・・・・」
『信じがたいのは当然だ。ルフィアそろそろ戻してくれ』
レキはルフィアに一言言うと目を閉じた。
「分かりました。≪真の姿から偽りの姿になれ。レキ!≫」
またレキは赤白い光に包まれ、光が弾け飛んだら、もとの兎の様な姿に戻った。
「あ、戻った」
「それはいいから、本題に戻るぞ」
レキが真剣な表情になり、ルフィアも真剣な表情になった。
「私達はガイルを倒しに行きます。・・・・・・なので、ライムとティアとは此処でお別れです。これからの私達の旅には、これまで以上の危険が付きまとわります。ですから・・・・・・」
「ルフィア!」
「は、はい!?」
ルフィアは大声でティアに名前を呼ばれ、思わず返事をしてしまった。
「・・・・・・ティア?」
「ねぇルフィア。私達の旅の目的覚えてる? ガイルを倒す事よ? それに私、ルフィアと離れたくないわ! 大切な仲間であり、親友なんだからなんだから!」
ティアは真っすぐルフィアの方を見た。今度はライムが話し始めた。
「オレ達はティアの言う通り、村の皆の敵討ちのために旅に出たんぜ。相手はガイルだ。オレ達はそのくらいの覚悟はして来てるんだ。それに・・・・・・オレもルフィアと離れたくないしな!」
ライムはルフィアに明るく笑いかけた。
「・・・・・・ティア、ライム・・・・・・。でも、死ぬかもしれないんですよ!? 私は・・・・・・ライム達が死ぬのは嫌なんです!」
そう言ってルフィアは声を震わせた。
「もう、誰かが死ぬのを見たくはないんです! お父様もお母様も、ソシファ姉様も、皆、皆私の前で死んだんです! それに村の皆も死んでしまいました・・・・・・っ。これ以上、誰も私の中から消えないでほしいんです・・・・・・っ」
ルフィアは、手で顔を覆った。手の中には、どんどんと耐え切れなくなった涙の雫が落ちていく。
「・・・・・・ルフィア、私達は死んだりしないよ! ルフィアの中から消えなんてしない」
「ティアの言う通りだ。オレ達はガイルをぶっ倒して、またオレ達は笑うんだ!」
ティアとライムがルフィアの傍に寄り、ルフィア言った。
「そうだよ、ルフィア。またみんなで笑い合うの! ルフィアと、ライムと、レキと私で。皆が生きてガイルのところから生きて帰れば問題ないじゃない! ・・・・・・そうだ! みんながちゃんと帰れたら、村を作ろう?ガイルの性で傷付いた人達を集めて、村を作ろうよ。そしたら、私達の帰る場所が出来るし、また皆でそこで暮らせば良いんだよ! 大変だと思うけど、きっと楽しいよ!」
「・・・・・・・ティア・・・・・・」
ルフィアがゆっくりと顔を上げティアを見る。ティアはルフィアの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「・・・・・・ははっ、ほんとに面白い奴等だな。・・・・・・ルフィア、悪いが俺もこいつ等と同じ意見になっちまったみてーだ」
レキはそう言うとルフィアの右肩に飛び乗った。
「レキ・・・・・・・・・そうですね・・・・・・皆で帰れば問題なんかありませんよね! またみんなで笑い合えれば平気ですよね!」
「そうだぜ!」
「そうそう!」
ライムとティアは笑いながら返事をした。
「じゃあ、改めてお願いしますね」
「此方こそね」
四人は顔を見合わせ、笑い合った。
「あ! すっかり忘れてたけど、此処にザックが居るんだよね! 次ぎ行く前に会いに行かない?」
ティアが嬉しそうに聞いてきた。
ザックとはルフィア達の幼馴染だ。ザックが十一歳になると、この大都市カルディアに働きに出ていたのだ。ザックはとても賢く、明るい性格の持ち主だった。ザックの両親は、魔術研究所と言うところで働いていて、ザックもそこで働く事になって、ザックはとても喜んでいた。ザックがカルディアに働きに出て以来、ルフィア達は一度も会っていなかったので、すぐに四人は行く事に決めた。
「ザック、大きくなってるよね! 楽しみ〜っ!」
ティアが嬉しそうに微笑む。
「ホントだぜ! きっと驚くよな、ザックの奴」
「そうですよね。私達だと分かってくれるでしょうか?」
ルフィアは少し心配しながらも嬉しそうに笑っている。
「きっと分からないわよ〜。ルフィアと私がこ〜んな美人さんになっちゃっててね」
「ルフィアならともかく、ティアはありえねぇな」
その後、レキの周りは血の生みと化した事は言うまでもないだろう・・・・・・。