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守護の契約と法術師の見し夢

 


「守護神のあるじを変えるのは簡単だ。名前を新たに付けてやれば良い」

「名前、ですか?」


 そんな簡単な事で良いのだろうか、と悩んでしまう。


「そう。簡単だけど、その守護神の真名しんみょう知っている事と、その守護神との信頼を持っていなければいけないの」


 守護神の真名と言うと、レキの場合シーガとなる。電雷鳥は電生らいしょうだ。


「じゃあ、水氷鳥は水生すいしょうね」

「ルーガはなんて言うんだ?」


 興味津々といった感じでライムがルーガに尋ねた。

 そういえば、ライム達は知らなかったのだな、と改めて気がつく。ルフィアは昔から守護神全員の真名前を知っていたため困りはしなかったが、ライム達は全く知らないのだ。


「私は、ルーガが真名だ。誰の守護神でもないからな。それにこの国の番人と言えど、私が勝手にしている事だ」

「まぁ、取りえずは新しい名前を考えてやりゃ良いんだよ」


 レキに言われ、それぞれ自分のもとにくる守護神の新しい名前を考えて始めた。


(電雷鳥の、新しい名前・・・・・・)


 頭を捻って考えていると、ライムが決めた、と声をあげた。続けてティアが出来たと言った。その後に少し遅れて、ルフィアも決まった。


「じゃあまずライム君からやるね」

「どうすれば良いんだ?」


 聞くと、ソシファは悩んでいた。忘れてしまっているのかもしれない。そこに、レキが助け舟を出した。


「呪文」

「ああ、そう呪文。私が教える言葉を覚えて、それをルーガに向かって言うだけで良いの」

「ふ〜ん。案外楽なのね」


 つまらなそうに言うティアに、ソシファが笑った。


「確かに簡単だけどね、もしも少しでも、どちらかに相手に対しての嫌悪感があれば、出来ないの。だから大変だよ」


 その言葉を聞いたティアとライムは、急に不安になったようだった。ライムはちらりとルーガの方を見たが、ルーガはいつもと変わらなかった。


「でも、私は大丈夫だと思ってる・・・・・・じゃ、呪文教えるね」

「お、おう!」

「≪我、神との守護の契約望む者。なんじ、我守る代償に、我は汝に名を与えん。答えは汝の心。我、汝裏切らぬと誓う。汝、我裏切らぬと誓う。誓うのであれば、我が手を取りてそれを示せ≫ 取りえず此処まで。本当に長いんだよね。面倒くさいのに・・・・・・どう、覚えられる?」


 ふう、と一息つき、長いけど案外簡単でしょう? と続ける。

 ちらりとライムを見てみると、ぽかんと口を開けて遠くを見ていた。


「・・・・・・書いた方が良さそうだね」

「・・・・・・・・・そうして下さい」


 先程の文字も合わせ、次に続く言葉もソシファは紙切れに書いていった。


「お、おっし! やってみるぜ!」


 紙を渡されたライムは、今度こそ平気なようだ。

 ルーガと向き合い、真剣な表情に変わる。


「・・・・・・≪我、神との守護を契約望む者。汝、我守る代償に、我は汝に名を与えん。答えは汝の心。我、汝裏切らぬと誓う。汝、我裏切らぬと誓う。誓うのであれば、我が手を取りてそれを示せ≫」


 覚束おぼつか無く、少々頼りなさも感じるが、しっかりと噛まずに言い切れた。それだけでライムもルフィア達も一安心だ。

 しかし、まだ終わった訳ではない。後少し残っており、もし途中でライムが噛めばやり直しとなる。そうしないようにもライムは必死だ。


『≪貴方を護ると、裏切ぬと、誓いましょう≫』


 ライムの右手を取り、ルーガはひざまずいた。

 その声音は、ライムとは違い少しの頼りなさも感じず、堂々としたものだ。


「≪汝の名は、トウガ≫」



 風神ふうしんルーガ。新たに授かりし名はトウガ。



 後はルーガがライムの手に忠誠を誓う為に、額の石をライムの手の甲につけて終わる。


『≪主、ライム・グラッセ。私は契約がある限り、貴方のお傍に在り続けるでしょう。主である貴方を護るが為に≫』


 取っていた右手をゆっくりと己の額に埋まっている緑の宝玉へと導いた。

 最後の仕上げの為、トウガの口が動く。


『≪我が名、トウガ。今より風の守り神であり、主ライムの守護神なり≫』


 己の新たな名を言った途端、トウガの身体は薄緑の光に包まれる。

 光はだんだんと小さくなっていき、やがて最後には消えていった。

 光が消えた後に残った生物を見て、ルフィア、ティア、煉の少女三人が目を輝かせた。

 きっと、それぞれ同じ事を思ったに違いない。


「かっ、可愛い!」


 それを口に出したのはティアだ。ルフィアと煉は何度も頷いた。

 トウガは光が消えた後、獣の姿のレキと色が違うだけで殆ど同じ容姿になっていた。

 レキの身体が白の毛に対し、トウガは薄緑の毛。レキよりも少しだけ長い毛並みだ。赤い鉢巻はちまきは相変わらず眼を隠していた。


「これからよろしくな、トウガ」

「・・・・・・ああ、我が主」


 我が主、と言われると、ライムはなんともいえないような表情になり照れていた。

 きっと、守護神を持った事を改めて確認して照れているのだろう。


「そういえば。守護神従えてる人って、守護神の魔力が流れるんじゃなかったけ? 確か、本来の姿に戻ってる場合守護神の五分の一の魔力が流れてて、仮の姿の時が十分の一?」

「・・・・・・よく覚えているな」


 確かに、そのような事があったな。と、ティアに言われて思い出した。

 大分前に話した事を覚えていて、レキは続けて、凄い記憶力だ。恐ろしい。と言ったが為にティアに岩陰へと連行された。

 もうルフィアは昔からレキの魔力を浴びてる為、気にならない。しかし今初めてトウガの魔力を浴びたライムはどうなのだろうか。そうはいっても今は十分の一だが。


「そういや、少し身体が重いな」


 自分の両手を見て、ぼうっとしていた。特にあまり変化はなかったようだ。


「じゃあ次のティアちゃんやるよ。レキも戻ってきなさい」

「は〜い」


 呼ばれて岩陰からはティアが戻ってくる。しかし連行されたレキは戻ってきていない。

 それでもソシファは特に何も言わずに、煉の方を向いた。

 ただ唯一、ライムだけが岩陰に向かった。その肩に乗っているトウガも一緒だ。


「煉さん、水氷鳥出してもらえる?」

「分かった」


 ふところから青い札をだし水氷鳥の名を呼んだ。

 札から青い煙か立ち上り、だんだんと大きな鳥の影になってくる。

 煙が完全に晴れると、そこには水氷鳥の姿があった。


『あら、ソシファ姫様ではないですかぁ! 久しぶりに会えて嬉しいわぁ』

「煉さん、貴方には水氷鳥との契約を切ってもらうね」


 嬉しそうにソシファに話しかける水氷鳥を無視して、煉に向いたままソシファは言った。

 不満げにしていた水氷鳥だが、これから何をするか気がつき表情が変わる。

 守護の契約を結んでいた者同士が、向かい合った。

 言葉がなくとも、長年の関係から全てが分かっているように。

 きっと、この二人は契約を解いたとしても、その仲だけは変わらないだろう。今度は、ちゃんとした友達になるだけだ。


「≪我が守護神、水氷鳥。真名を水生。永きにわたり我の守護の契約を護り、ご苦労であった。もう、契約から我は汝を解放そう。―――自由になってくれ≫」


 ふわりと、風が流れた。風は煉の長い髪を微かに揺らす。

 少しあった煉との間合いを詰めた水氷鳥は、目の前まで行くと、その大きな翼を開いた。


『≪心はいつも貴方の御傍に居続けるでしょう。我、主であった煉の名を心に刻まん≫』


 そう言い、水氷鳥は煉へと頭を下げた。まるで、跪いてるようにも見えた。

 その瞬間、鳥である身体が青白い光に包まれていった。

 光は徐々に大きくなり、やがては水氷鳥全て包み込んでしまった。

 全てを包み終えた光は、青白い色から黄金色へと光を変え輝き、弾け飛ぶ。光はあっという間に消え、水氷鳥は本来の姿である人の形になっていた。


「・・・・・・どちら様?」


 誰もが思っただろう言葉を、ティアが口にした。もしティアが言っていなければ、ライムあたりが言っていただろう。

 すでにルフィアは本来の姿の水氷鳥と会っているので特に驚きはしなかったが、相変わらず、と同性ながらも見惚れてしまう。


「酷いわね、ティアちゃん」


 口では不貞腐れているように言っているのに、表情は非常に楽しげだ。何故ティアがそう言ったのかをしっかりと理解しているのだ。

 本来の水氷鳥の姿は、水面みなもに映る女神のような美しさを持っていた。

 藍の深い髪は膝くらいまで伸びており、手足はすらりと伸びた豊満な体付きをしていた。

 いたずらげに光る瞳は暗めの髪色から一変し、明るい空の色だ。透き通るような真珠の肌に良く合っていた。

 額に埋め込まれている宝玉は、髪と同じような深い藍だった。この宝玉だけは変わってはいなかった。

 先程まで鳥だったのが信じられない程、美しい女性になった。


「やっぱり、人の形をしていた方が楽で良いわぁ」

「・・・・・・あ、やっぱり水氷鳥なのね・・・・・・」


 自分の髪を指先で一房ひとふさすくって遊んでいる美女に、ティアは羨ましそうな視線を送った。


「前の名前は水氷鳥だけど、今の名前は水生よ。これが本当の名前なのよ」


 そう、訂正する水生は、子供っぽく頬を膨らました。

 同性から見ても美しいと素直に思えるその美貌には、妬みよりも先に憧れや羨ましさが出てしまう。生まれ持った美しさなのだろうが、やはり女である限り、己と比較せずにはいられない。ルフィアだって、あれくらい美しければ、と思ってしまう。


「はいはい、そのくらいにしてね。ルフィアと電雷鳥の契約もあるんだから」


 そう、ソシファに言われてから考えを中断させた。

 無言で、ティアと水氷鳥が頷き合い、互いに向かい合うような場所に立った。

 やれと言われる前に、二人は契約を始めた。


「≪我、神との守護を契約望む者。汝、我守る代償に、我は汝に名を与えん。答えは汝の心。我、汝裏切らぬと誓う。汝、我裏切らぬと誓う。誓うのであれば、我が手を取りてそれを示せ≫」


 流石ティア、と言うべきか。ライムの時とは大分違い、すらすらと言葉を紡いだ。

 堂々とした態度で進めていくティアには、緊張というものがないようにも思えるくらいだった。

 この様子だと、最後まで順調に進みそうだ。


『≪貴方を護ると、裏切ぬと、誓いましょう≫』


 ティアの右手を取り、水生は跪いた。

 凛と響く声は、ティア同様、きっぱりとしたものだった。

 普段顔に浮かべる笑みを消し、真剣にこの行為を実行していた。


「≪汝の名は、ミルカ≫」



 水神すいしん、水生。新たに授かりし名はミルカ。



 手を取ったまま、頭を上げ、ティアと視線を交わした。


『≪主が名は、ティア・ルーベルト。我は契約がある限り、貴方のお傍に在り続けるでしょう。主である貴方を護るが為に≫』


 後は、新たに名を与えられたミルカが、忠誠を誓うという意味を込め、額の石をティアの右手の甲に当てるだけだ。

 取っていた右手をゆっくりと己の額に埋まっている水色の宝玉へと導いた。

 最後に、ミルカの口が動く。


『≪我が名、ミルカ。今より水の守り神であり、主ティアの守護神なり≫』


 己の新たな名を言った途端、ミルカの身体は青の光に包まれる。

 光はだんだんと小さくなっていき、やがて最後には消えていった。

 そして、最後に残ったのは獣の姿になったミルカだった。


「これからよろしくねぇ、主様」


 深く長い藍の毛に覆われた身体はレキ達より一回り程小さく、耳は垂れていた。額の宝玉が何だか大きく見えてしまう。

 獣へと姿が変わっても、歌うような話し方は相変わらずだった。己の手や尻尾を眺めて、ミルカは純粋に喜んでいた。

 無事に契約が終わり、皆安心して笑った。しかし、レキだけは笑っていなかった。


「ティア?」


 契約が終わった途端、ティアの様子がおかしくなったような気がしたのだ。

 きっと姿を変えたミルカに可愛いと言い飛びつくと思っていたのだが、ただその場に突っ立っているだけで、動きもしなかった。

 顔色は一気に青ざめ、心なしか重心が定まっていないようにぐらぐらと揺れていた。

 皆に合わして無理して笑っている、といった感じで、ずっと辛そうだ。

 レキがティアを呼んでから、ルフィア達もその異変に気が付いた。

 皆が不安になっている中、ソシファは何かに気が付いたように突然苦笑をしてからティアのもとへ歩み寄った。


「座った方が良いよ? ティアちゃんはライム君と違って女の子だからね。辛いんでしょ?」


 そう、ソシファに言われ、無言のままティアは手を引かれ今居る位置より少し離れた岩に腰を下ろした。

 腰を下ろした途端、ティアはふう、と息を吐き、弱弱しく笑みを浮かべた。


「思ってたより、流れてくる魔力が強かったみたい。ちょっと気持ち悪くなっただけ」


 それだけを言うと、ティアは黙ってしまった。

 ライムの時はあまり気にならなかった守護神の魔力が、ティアにとっては辛いものだったらしい。

 本来より身体が強い訳でないティアだ。突然の状況の異変に、すぐには身体が慣れないようだ。故に気分も悪くなってしまったのだろう。


「きっとすぐ慣れますよ。無理はしないで座っていて下さい」


 声には出さなかったが、本当ならばすぐにでも横になって休んで欲しかった。それにこの場からも離れて欲しかった。しかし、場所が場所だ。

 近くに町など無いし、寝るとなれば硬い地面に直接寝るしかない。それに辺りは血生臭い臭いがして、余計に気分が悪くなりそうだが、魔物も多く安心して寝ろと言える訳もない。座って我慢してもらうしかなかった。


「私は大丈夫よ。それより、ルフィアの儀式早くやりなよ」


 ルフィアと電雷鳥の儀式が早く終われば、それだけ早くティアを宿屋に連れていき休める筈だ。となれば、早く済ましてしまおうと考えた。

 契約をする前に、まず煉と電雷鳥の契約を切ってもらうのをしてもらわなければいけなく、煉は先程と同じように懐から黄色い符を取り出した。

 電雷鳥の名を呼ぼうとしたその時―――


「きゃあああっ!?」


 突然ティアの悲鳴が当たりに響き渡った。

 慌ててティアの居る筈の岩を見てみると、ティアの姿はなかった。ティアの座ってた岩ごと消えていた。

 岩があった筈の場所にはぽっかりと穴が開いている。


「ティアッ!?」


 穴の開いている場所に駆け寄ると、穴は下をずっと真横に進んで掘られていた。

 明らかに魔物の仕業だった。

 皆動揺に駆られる中、ソシファは冷静でいた。


「ルフィア、レキを本来の姿に戻して!」

「は、はいっ!」


 突然親友の姿が消え、動揺して涙目になっていたルフィアは姉に命じられ、レキを本来の姿へと戻した。

 姿が戻ったレキは何も言わぬまま、穴の中に入りその中を進んでいってしまった。


「さっきの魔物は光に弱そうだったの。だからレキを向かわせた。だからもう安心して良いよ」


 そうソシファに言われても、ルフィアは不安で仕方が無かった。しかし、安心しろと姉が言ったのだから、無理矢理にでも自分を安心させた。それに、レキが助けに向かった。レキを信頼しているからこそ、ルフィアは何も言わなかった。


「ティアちゃんは大丈夫。私達は契約を続けるよ」


 誰も、反論はしなかった。皆ルフィアと同じようにレキを信じているからだ。

 不安を押し殺し、ルフィアは儀式に集中した。


(レキ、ティアを頼みますよ)










 レキは自分に対して怒りをぶつけていた。

 何故、離れた場所で休ませてしまったのだろうか。此処等には魔物が多いという事を知っていたというのに。ただでさえティアは弱っていて、誰かが傍で守ってなければいけなかったのに。

 自分を責めずにはいられなかった。

 儀式の方に集中していたとしても、魔物が近づいていた事に全く気がつけなかった。もっとティアの方を意識していれば、こんな事にはならなかっただろう。

 穴の中は暗かったが、守護神である自分には関係がなかった。暗くとも、全てはっきり見えていた。

 魔物は大きいらしく、穴もレキが普通に立っても上に余裕がある程度で、走りやすくて良かった。

 先程から全力で走っているが、全然魔物の姿が見えなかった。相手も相当速いらしく、まだ離れた先に居る事が音で分かった。

 もう暫く走り続けていると、微かに穴を掘っている音が聞こえてきた。進む度にだんだんと音がはっきりになっていく。それと同時に、ティアの匂いも近づいていっていた。


(もうすぐだ・・・・・・っ!)


 走り続け、そしてようやくティアの姿を見つけれた。

 魔物は前を向いている所為で顔は見えなかったが、全身を短い毛で覆われていた。長い尻尾があり、それティアを巻きつき掴んでいた。ティアの様子を見ていると、どうやら気絶しているようでそれ以外は無事のようだった。

 しかし、ティアの顔色は酷く青いように見えた。魔物が穴を掘る振動などを感じ、余計に気分が悪くなってしまったのかもしれない。

 どちらにせよ、早く助け出さなければいけなかった。


「ギュウ?」


 魔物がレキの気配に気が付いたのか、穴を掘るのを止め、振り返る。

 でかい図体の割りに目は非常に小さく、鼻と口がやけにでかかった。口からは無様ぶざまにもぼたぼたとよだれを垂らし、ぎらりと鋭い牙が覗いていた。


『ティアを、返せ』


 そう言ったものの、言葉が通じるような相手ではなかった。

 レキの姿を確認すると、魔物は器用に穴の中で方向転換し、レキと向き合う形となった。


「ギュイイ!」


 新しい食料が見つかって喜ぶように魔物は鳴き、さらにだらしなくぼたぼたと涎を垂らした。

 しかし、喜びの鳴き声は次に悲鳴へと変わった。


『貴様に構っている暇などない!』


 かざしたレキの手から炎がほとばしり、魔物の足と手だけを焼いた。それから魔物の目の前に、炎を浮かべる。


「ギャルルッ!」


 魔物は炎の光から目を逸らすように後ろへ向きを変え、土を被せたりして炎を消そうとしていた。しかし、足に付いた炎も、手に付いた炎も消えはしない。それどころか、炎は唸りをあげますます強くなる一方だった。

 此方に背を向けているうちに、レキは魔物へと駆け寄った。爪を伸ばし出し、ティアを巻きつけている尻尾を断ち切ってからティアを抱きかかえ魔物と距離をとった。

 それから間をおかず、今度は手足だけでなく全体を炎で包んだ。

 魔物は狂ったように己の身体を地の壁に押し付け、悶絶もんぜつする。しかし、炎が消える事はなかった。

 目を細めたレキは、意識を集中させより強い炎で魔物を苦しめる。

 暫くしてから魔物の焼ける臭いが漂ってきたのに気が付き、ティアがそれを吸わないようにと魔物に背を向け歩き出した。

 最後の最後まで魔物は暴れていたが、レキが背を向けると急激に大人しくなり、やがては動かなくなってしまった。

 本当ならば塵すら残らぬ程炎で焼いてしまいたかったが、それよりもティアを優先すべきだ。

 ティアの体調を考えると走りたくはなかったが、先程の魔物の臭いが大分強くなってきてしまった。このままでは、さらに体調を悪くしかねなない程だ。

 外に出たかったが、その出口まではまだまだ先だ。

 どうするべきかと悩んでいると、魔物が穴を掘っていたのを思いだした。


(・・・・・・仕方ないか)


 暫く悩んだ末、頭に浮かんだ方法をとる事にした。あまりやりたくはなかったが、背に腹は変えられない。

 じっと、少し先の天井を睨みつけた後、自分の手の上に炎の玉を作り出した。最初は手の平くらいの大きさだったが、次第に大きさを増し、最終的には両腕で抱える程の大きさまでになった。

 炎が大きくなると、一息もつかずそれを少し離れた天井へと投げつけた。すぐさま後ろを向き、ティアを抱え込んで岩などの落下から守る。

 レキの目的は天井に穴を開け、そこから外へでようというものだった。

 炎は見事に貫通し、その後には穴が残った。そこから少し曇った空が覗いている。

 人間離れした跳躍で外の地面に立つと、そのままティアを抱え直して再び歩き出した。

 いつの間にか、先程まで自分への怒りも、魔物への怒りも消えていた。ティアが無事だったという事で、心に余裕が持て、いつもの自分に戻れていた。

 視線を前にしてみると、大分遠くに城が見えた。随分遠くに来てしまっていたらしい。後ろを見てみると、城よりも近い位置に町が見えた。

 一旦歩みを止めた後、今度は逆方向に歩き出した。

 今のティアの様子を見る限り、城に戻るよりも何よりも先に休ませるのが最善なものだった。

 ティアを宿屋で休ませた後、ルフィア達のもとへ向かえば良いだろう。きっとルフィア達も分かってくれる筈だ。

 本来、守護神であるレキが守らなければいけないのはルフィアだ。契約を交わした主であるルフィアを優先して守らなければいけない。しかし今回、その守るべき主を置いてティアを助けにいってしまった。それに無断で行動している。本来ならばしてはいけない行為だ。

 けれども、どうしてもたまに、誰と契約を交わしているとか自分の立場など全てを忘れて行動してしまう時がある。守らなければいけないルフィアより、優先してしまう人物がいる。

 歩きながら、そっと自分にかかえられているティアを見た。

 先程よりは幾分か気分が良くなったのか、顔色が良い。けれど、まだ青いのには変わりなった。

 どうしても、ティアが関わっていると冷静でいられなくなる時がある。勿論ルフィアやライムでも同じなのだが、ティアが一番冷静を保てなくなるのだ。時には、己を忘れる程に。ルフィアでもそこまでいく事今まで城が襲撃された時くらいだった。

 共に行動している中で、ティア一番体力面で弱いという事もある。しかし、それだけではない気もするのだ。

 前ガイルと戦った時、守る存在のルフィアを離れティアを守ってしまった時があった。特にルフィア達は気にしていないだろうが、レキは気にしていた。

 ルフィアは死んではいけない。守らなければいけないのだ。ルフィアは強いだろう。しかし、まだまだ弱い。だからレキが守護神としてルフィアを守っていた。ルフィアの両親、そして姉であるソシファとも誓い、守ると覚悟した。しかし、そう覚悟したのに別の人物を守ってしまう。

 ずっと、口には出さなかったが悩んでいた。

 しかし、今度からは守らなくても良いようになる。

 新しく、ティアにはミルカという心強い守護神がついた。ミルカは戦闘には向いてはいないが、回復や補助を得意としている。それに長年の知恵や経験を生かし、ティアを危険にはさらす事はないだろう。しかし、どこか不安を感じていた。

 別にミルカを信用していない訳ではない。むしろ安心して任せられる。しかし、何故か悩んでしまう。大丈夫なのに、考えてしまう。

 ルフィアに出会ってから、自分は大きく変わった。戦う以外にも、ちゃんとあると幼かったルフィアから教えてもらった。それからティアとライム、ザックと村の皆に会い、さらに変わっただろう。昔の自分からは想像も出来ない程、良い方へと。

 もし昔のままだったら、今のよう悩みは出来なかったのかもしれない。

 現在いまの自分と、過去まえの自分。どちらの方が良いのだろうか。

 悩んでいると、胸の中に納まっているティアが微かに動いた。それから、ゆっくりとまぶたが開いた。


『起きたか。もう少し寝ていた方が良いぞ』


 町まではまだ時間がかかりそうだった。それに少しでも寝て、早く回復してもらいたい。

 そう思って言ったのだが、ティアから出たのは了解の言葉でなく、零れ落ちた涙だった。


『ティア・・・・・・!?』


 あまりに突然の事で、レキは一旦足を止めた。

 抱きかかえられたまま、ティアぼろぼろと涙を流していた。レキの胸に顔を押し付け、声を殺して涙を止めようとしていたが、涙が止まる気配はなかった。身体をぶるぶると震わせ、泣き声も震えていた。


「こわ、い、よ・・・・・・レキ、怖いっ!」


 怖い、怖い。悲しくて、辛くて怖い。

 勝手に身体が震え、涙が流れた。どんなに必死になって止めようとしても、一層強くなるばかりだった。

 胸を中を占めていたのは、恐怖だけだった。それしか考える事が出来ない。


『ティア、ティア!』


 何度もレキに名前を呼ばれるが、返事を返す事が出来ない。返そうとしても、全て泣き声に変わってしまう。



 何故、血だらけだったのだろう。

 何故、あいつが居なかったのだろう。あの人達が居なかったのだろう。

 何故、あの子があんな表情をしていたのだろう。

 何故、こんなに苦しいんだろう・・・・・・。



 考えても考えても、答えは分からなかった。泣いている所為で上手く考えられないのかもしれないが、きっと答えは自分だけでは出せないだろう。


「どう、しよっ・・・・・・ル、フィア、が・・・・・・!」

『ルフィアがどうかしたのか?』


 話さなければいけない。レキだけでも。自分一人では、この気持ちに押しつぶされそうだ。

 嗚咽おえつ混じりだが、必死にレキに伝えた。先程見た夢の話を。







 血に染まった大地に立っていた者は、ただ一人だけだった。

 長かった青髪はばっさりと切られ、風になびいていた。紛れもなく、その姿はルフィアだった。

 顔には返り血を浴びて紅く染まり、その瞳には何も映していなかった。

 彼女の足元には、三人の動かない身体が横たわっていた。ライムとティアとザックの三人だ。息すらしていないかのように、その身体はぴくりとも動かない。

 そっと、ルフィアはライムの近くの地に膝を付けた。

 その動かない手を取り、ぎゅっと両手で握り締める。

 瞳には何も映していない。けれど、泣いていた。涙は流れてはいない。でも分かった。


 ルフィアの心は泣いている、と。


 ただじっと、ルフィアはその場を動こうとはしなかった。ずっとライムの手を握り締め、心の中で涙を流していた。

 この場に守護神であるレキ達の姿はなく、ただ四人の人間しか居なかった。

 しかし、何故だか分かるような気がした。これは、ガイルとの闘いの後を映像なのではないかと。ガイルの姿はないが、何故かそう感じた。

 不意に、動かなかったルフィアが立ち上がった。ライムの手をそっと置き、空を見詰める。

 空は晴れ渡っている訳ではなく、どんよりと雲が覆っていた。

 黙り続けていたルフィアの口が開き、静かに言葉を紡いだ。


 全てが、終わってしまった。と―――







 普通ならば、怖いなんて感じない筈の事だ。それにただの夢と思うだろう。けど、怖くて仕方がなかった。ただの夢と分からなかった。

 妙に現実味があり、あの時のルフィアの表情が胸をなんともいえない感情へ包み込まれた。

 震えは止まらず、ティアは自分の身体を抱き締めた。

 話を聞いたレキは、何も言わずにただ黙っていた。

 取り敢えずこの格好のまま居るのもあれで、レキはティアを抱えたままその場に腰を下ろし胡坐あぐらをかいた。しかし、ティアを離しはしなかった。

 こんなにも取り乱しているティアを初めて見た。震えも止まりはしない。余程、夢が怖かったのだろう。

 法術師の夢は、実は非常に珍しいものだった。

 法師は滅多な事がない限り夢を見る事はない。その代わり、見た夢は正夢となるのだ。簡単にいえば、法術師の見た夢は予知夢という事だ。決して外れる事のない、非常に正確なものだ。

 その事を知っているのは極僅かな人数だけであり、知っている者はそうそう居ない。ティアもその事は知らないであろう。しかし、この様子だと本心は気がついているのかもしれない。

 鋭い勘を持つティアだ。それに頭も悪くはない。気付くのはそう遠くない事なのかもしれない。


『・・・・・・ティア、夢についてルフィア達には決していうな。ただし、守護神達には全てを話す。良いな?』

「分かった、わ・・・・・・」


 返事は酷く弱弱しいものだった。

 ただでさえ体力を消耗しているのに泣き、それに加え夢を見てしまった。法術師は夢を滅多に見ない代わりに予知夢を見る。その予知夢は魔力を大量に消費するのだ。

 今の時点でティアが目覚めたのは奇跡といっても良いくらいで、それ程辛い筈だ。下手したら、このまま死に繋がってもおかしくない筈だった。


『もう、夢の事は忘れて寝ろ。辛いだろう?』

「・・・・・・うん」


 小さい返事が聞こえたと思ったら、ティアは気を失うように眠りについた。

 決して穏やかとはいえない寝顔に、苦虫を噛みつぶしたような気分になる。


(仕方が無い・・・・・・)


 覚悟をし、ティアの右手を取った。

 その右手をそのまま己の口元へ運び、手の甲に唇を落とした。


「・・・・・・ん・・・」


 先程まで顔色が青かったティアだったが、少しだけ回復したように頬の色が変わる。

 それを横目で確認したレキは、手の甲から唇を離し、その手をもとの場所へと戻す。


『ったく、餓鬼のクセに夢なんか見るからこうなるんだ。・・・・・・心配させんなよ』


 先程レキの行った行為は、守護神達に一つだけ与えられた特殊能力のようなものだ。

 レキの場合は右の手の甲に口付けをする事で己の魔力を移す、というものだ。

 先程レキの魔力をティアに移した。体力も消耗し、魔力も消耗しているティアにとって、どちらかでも回復すれば、身体全体の回復も早まる筈だ。故に魔力を移したのだ。

 他の守護神達はレキと全く異なった能力を持つ者も居れば、似たような能力を持つ者も居る。

 例えばミルカだったらば、左の手の甲に口付けをすれば、己の体力を相手に移すという事が可能だ。トウガだったら、風を自由に操る事が出来る。応用として、風乗って移動出来るから素早い行動が出来る。このように能力はその人によって様々で、似たような能力は持っていても同じ能力を持つ者はいないのだ。

 しかし、能力を使うとそれなりの副作用がある。とはいったものの、ほとんどが魔力の消耗だけであり、それも大したものではない。レキの場合は、移した魔力の倍消耗する、というものだ。

 しかし能力が強力であれば、それなりに副作用もつよくなる。

 守護神で最強である『無』の守護神。その能力は、全てを無にする事。使い方によっては、生命すら奪え、その存在自体を消してしまう程恐ろしい能力だ。副作用は、大切な者の命、だそうだ。つまり、その能力を使えば、自分にとって大切と思う存在が無に消えるのだ。何故己の命でないのかは分からないが、その能力は容易く使ってはいけないものだ。

 今まで一度も『無』の守護神は能力を使った事はないらしい。命の重さを知っているからこそ、使えないのかもしれない。

 本心で、レキは自分の能力が魔力移しで良かったと思っていた。そのお陰で、今回はティアを少しでも楽に出来た。


『・・・・・・さて、行くとするか』


 再び立ち上がり、まだ少し遠い町を目指した。







 レキが再び歩み始めたなか、ルフィアは契約を交わしていた。

 目の前に居るのは本来の姿の電雷鳥。真の名を雷生という。

 長い金の髪をなびかせ、堂々とした態度でルフィアの手を取り跪いていた。瞳は髪と同じく美しい金色で、強い意志が籠もっている。普段は少し下がっている眼鏡はきっちりと掛けられ、契約に対する真剣さが伝わってきていた。

 雷生の真の姿はミルカとまではいかないが、見惚れる程の美しい顔立ちの長身の青年だった。あの背の高さがなければ、女性とも見受けれる綺麗で細い輪郭を写していた。


「≪汝の名は、ライカ≫」



 雷神らいしん、雷生。新たに授かりし名はライカ。



 手を取ったまま、頭を上げ、ルフィアと視線を交わす。

 昔からあまり接点のなかった二人だが、そこにある信頼は確かなものだった。


『≪主が名は、ルシファ・ゲルドン。我は契約がある限り、貴方のお傍に在り続けるでしょう。主である貴方を護るが為に≫』


 ルフィアの真の名を口にし、深々と頭を下げる。新たに名を与えられたライカは最後の行為へと移った。

 取っていた右手をゆっくりと己の額に埋まっている金色の宝玉へと導いた。

 最後に、ライカの口が動く。


『≪我が名、ライカ。今より雷の守り神であり、主ルシファの守護神なり≫』


 己の新たな名を言った途端、ライカの身体は眩い光に包まれる。

 光はだんだんと小さくなっていき、やがて最後には消えていった。

 そして、最後に残ったのは金色の毛並みを持つ獣の姿になったライカだった。


「よろしゅうな、姫様」

「何を言ってるのですか。ルフィアですよ、ライカ。様はいりませんからね?」

「せやったな。よろしゅうな、ルフィア」


 小さな前足を出し、ルフィアと小さな握手を交わした。

 満足そうに二人は笑った。

 心配していた守護神の魔力については問題はなかった。普段からレキの魔力を浴びているうえ、小さい頃に訓練をしていた成果があった。


「さあて、帰りましょうか」


 そう言ったのはソシファだった。

 ソシファの話では、レキは既に宿屋へ向かったらしい。それはトウガが調べにいっていたようだ。


「多分、帰る頃にはもう夕暮れね」


 主の居ないミルカは、その代わりのようにライムの肩に乗っていた。ライムの守護神であるトウガはその頭の上でしっかりと座っている。それに加え、ライカまで空いている方の肩に乗った。

 後ろから見ても前から見ても、ライムはとても滑稽な姿になってしまっていた。

 当の本人は不服そうに膨れている。


「楽ね」

「楽だな」

「楽やなぁ」


 迷惑な三匹は口々にそう言い、これではまるでライムの怒りを煽っているようなものだった。

 その証拠に、ライムは今にでも三匹を振り落としそうな勢いで怒りを露にしてる。そうなっているにも拘らず、三匹は愉快そうにライムをからかっていた。

 その後すぐ、三匹が振り落とされたのは言うまでもないだろう。


 

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