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解決編

 3:解決編


 一階の会議室に集められたのは、図らずもしかるべき人数に落ち着いた『四天王』と、彼らをすべる『大魔王』アザトフォート、さらに場違いに巻き込まれてそわそわとした様子を見せる『勇者』ユース・フーリッジの六名だった。

 「さて。それでは第六千九百九回目の魔族会議を開かせていただく」

 そう、慇懃な声で言ったのはハスタールだった。上座のアザトフォートの脇に立って、ヨグたち四天王とユースを見回している。

 「定例では。会議におけるこうした進行役は、それに適したヨグが勤めることになっているが。今回の会議はそのヨグを同属殺しとして弾劾するものだ。よって代理としてボクこと『風』のハスタールが進行役を勤めさせていただく」

 異論は出ない。九頭龍やナイヤに進行役が勤まるはずがないし、脳みその質量が少々心もとないことを除けば比較的まともそうなユースは、この場合部外者だ。そして魔王様にこうした雑用をやらせるものはこの中に一人もいない。となると、癪ではあるがハスタールが代理を勤め上げるのがこの場合適切なのだ。

 「今回の議題は他でもない。クトゥグア殺しの犯人についてだね。まずはいまのところ最有力の容疑者であるヨグ、おまえの弁解から聞かせてもらおうか」 

 そういって真剣な視線をヨグに向けるハスタール。適切な弁解を期待していることが想像できた。

 「そうはいいますけど。それって証明なんてできようもないんじゃないですか?」

 そう言ったのはユースだった。

 「アリバイや証拠品を理由に容疑者候補から外れられる人間がいないのは、さっき話し合ったことですよね? そして密室を構築できたのはヨグさんただ一人と来ています。これはもう決まりでいいとおもいますけど」

 「部外者は黙っていてれないか」

 ハスタールがいらいらとした口調で言う。そこで九頭龍が

 「で、でも……。こういうのって、その。客観的な第三者だからこそ、こ、公平な意見が言えるところ、あると思うの。その、ゆ、ユースさんが言うならそれはその、確かなことなんじゃないのかしら……」

 おずおずとそう進言する。

 「違うよ。絶対に違う」

 魔王様が精一杯、真剣さをにじませた表情でそう主張してくれた。

 「ヨグがそんなことする訳ないもん」

 「魔王様……」

 ヨグは心が洗われたような気持ちになった。そうだ、魔王様が味方になってくれる。それなのに、自分の無実を証明できないなどと、あってはならない。魔王様が信じてくれる自分の無実を、自分で証明できないのであれば、それこそ自分は断罪されて死ぬべきなのだ。

 「魔王様がおっしゃるのであれば、ヨグ。尚更おまえは自分の無実を証明しなくてはならなくなった」

 ハスタールは鋭い視線を投げかける。

 「何かないのか?」

 ……考えては見たが。これはと言える証拠品は見つからなかった。あちこち回ってはみたが、自分の無実を証明できそうなものなど見つからない。

 「……議論の中で証明していくつもりだ」

 よって。ヨグにはこういうしかない。ハスタールは失望した様子で

 「魔王様がおまえの味方をしなければ、この時点で切り捨てていたところなんだがな。情けない奴だ」

 そう言って首を振った。

 それっきり、会議室に沈黙が流れる。ハスタールは厳正な様子でヨグのことを睨みつけていて、九頭龍とユースはただ下を向いている。アザトフォートだけは不安げな表情でヨグのほうを見詰めて、あちこちにそわそわとした視線を投げかけていた。

 「……ああ面倒臭いなぁ。面倒臭い面倒臭い」

 けだるげな表情で口火を切ったのは、ナイヤだった。

 「…………面倒臭いけれど誰も何も言わないなら言うよ……。沈黙の中で消化される時間を惜しいとは、ワタシは思わないけれど……。しかし永久の時を待ち続ける気はないからね……」

 それからため息をついて

 「…………そもそも。どうしてクトゥグアを殺害した犯人は、わざわざクトゥグアの部屋を密室にしてから彼を殺したりしたんだろうね……」

 「そのとおりなんだよ」

 ヨグは頷いてから言った。ずっと疑問に思っていたことだ。

 「それが疑問に思えて仕方がないんだ。クトゥグアを部屋で殺害して、一つしかない鍵を中に残したまま、外から施錠するなんてことをしでかしたんだ? どうやってそれを実行したか以前に、何故それを実行したのかという疑問が起こる」

 「それがおまえが犯人であることを否定する根拠とどう繋がる?」

 ハスタールが首を振って言う。ヨグはその先の言葉は言わなかった。そんなことで自分の無実を証明できるとは思えなかったから。

 よって沈黙を選んだヨグの代わりに、発言したのはアザトフォートだった。

 「……ヨグが犯人なら。尚更密室なんて作らないよ。だってクトゥグアの部屋が密室だったからこそ、ヨグが疑われることになってるんだもん。だから、ヨグは犯人じゃないはずなのっ」

 そう強く主張されると、ハスタールも弱った顔をするしかない。

 「魔王様がそう断じられるなら、私たちはそれに従うまでのことです。ですが、そうすると同属殺しの犯人は誰なのかということになってしまいます。僭越ながら、今のところはヨグが犯人という線で推理を進めるべきなのではないでしょうか」

 ハスタールが意見すると、アザトフォートは親に注意された子供のように、その場で押し黙った。その様子にハスタールは心を痛めたように沈黙する。

 「……ヨグが犯人であれば、クトゥグアの部屋の扉を魔王様の力で消失させた際、わざわざ中で鍵を発見したように見せかけてまで密室を演出する必要性はないよ…………。決定的な証拠でこそないが……彼にまだ弁明の余地を与えるには十分な要素だね…………」

 ナイヤがけだるげに言った。

 「ですがヨグさん以外に犯人だと考えられる人物がいないんでしょう? だったらここは、ヨグさんが犯人でないという前提で弁明を聞くのはそこそこで、ヨグさんが犯人という前提で何故密室を作ったかを明らかにするのをしっかりやるべきなんじゃないですか?」

 ユースが主張する。ハスタールが頷いて

 「ボクも同じ意見だ。何はともあれ、ヨグ、おまえには自分の無実を証明する義務がある」

 「……そうだな」

 ヨグはそう言って押し黙る。『何故密室を作ったのか』という議論で、自分の無実を証明することは不可能なようだ。無論というか、そんなことははじめから分かっていたことではあるが。

 「も、もしヨグさんの無実を証明できる要素があるとすれば……。や、やっぱり証拠品とか、アリバイとか、そういうのになってくるのかしら……?」

 九頭龍がぼそぼそと言った。

 「だからそれはさっきの時点で全部話したじゃないですか?」

 ユースが眉を潜める。

 「…………それは違うよ……。この世界は凄まじく浅はかではあるけれど……それを上回ってワタシたちの目は小さい……。こんなちっぽけな城の中で起きたこととは言えど……すべての要素を浚うにはあんな短い時間では足りなさ過ぎる……」

 ナイヤが今にも消え入りそうな声で

 「…………昨日の夜のことで、君の知らないことはいくらでもあるんだよ……。そう、いくらでもね……」

 「……なんですか? それって」

 ユースが僅かに不愉快そうな表情で

 「そこの魔女さんの言うことは良くわかんないです」

 ……昨日の夜の出来事で、ユースが知らないこと?

 それが自分の無実を証明するファクターになるとでもいうのか? もしそうだったとして、それをはたして自分は知っているのか? ヨグは思考を進める。ユースが加わっていない範囲で、自分のかかわっている捜査……。

 「…………ユース。君は、水堀の外でオソノン騎士団のメンバー数人が、焼け焦げて死んでいたことを知っているか?」

 ヨグが思いついてユースに尋ねる。ユースは首をかしげて

 「え? なんですかそれ? 知らないです」

 「ボクも初耳だね。それがどうかしたのか?」

 ハスタールが腕を組んで

 「た、確か……毎朝決まった時間にお城に石を投げにくる人たちよね……。こ、こないだなんて、て、鉄格子の窓からすり抜けた石が、あ、あたしのアクアリウムの水槽を直撃して……うぅう」

 どうでもいいことを回想して悲哀にふける九頭龍。しかし、その言葉にヨグは食いついた。

 「なあ九頭龍。そのな、やつらがこちらに石を投げに来る決まった時間ってのは、いつのことだ?」

 「へ……? え。えと……」

 九頭龍はどうにか絞りだすように

 「よ、四時三十分、だ、だったわね……。几帳面にいっつもいっつもそ、その時間で……」

 「ああ。ボクらは皆知っていることだ」

 ハスタールはそう言って合点を示した。

 「それがどうしたって言うんですか?」

 ユースが首をかしげる。

 「…………毎日四時半に石を投げにくるオソノン騎士団が……水堀の外で黒コゲになって死亡していた……。つまりどういうことなんだろうね……」

 ナイヤがため息を吐いて。

 「……無邪気に石を投げている最中に、死を意識する間もなく優しい虚無に消えた彼らのことが、ワタシはうらやましくて仕方がない……はぁ」

 どす暗い声でそう言った。

 「……それだ。オソノン騎士団の連中は、四時半に石を投げに水堀の外に集まった際に、黒コゲにされたんじゃないのか?」

 「う、うん。多分そうだと思うよ……。だって、わたし、四時半くらいに何かが燃えるみたいな音、聞いたし……」

 アザトフォートが賛成の意を示した。

 「それで目が覚めて。なんだか怖くなってヨグの部屋にいったの」

 「……魔王様もそう仰られている。それでもし、オソノン騎士団を焼いた炎がクトゥグアの口から発せられたものだったとしたら?」

 ヨグが鋭く口にすると、ハスタールは吟味するように

 「クトゥグアの部屋の、城の外に向かう方に開いた鉄格子には、焼き焦げたような痕があった。クトゥグアがその格子の窓に向かって火を噴いて、四時半に集まって石を投げてきていたオソノン騎士団を焼き尽くしたのだとすると、つじつまは綺麗にあうな」

 「え? でも昨日は魔力封じってのがあったはずじゃ……?」

 ユースが目を丸くする。

 「いや。クトゥグアの能力は竜人としての生態能力で、鳥が空を飛ぶようなものだ。魔力封じの効果範囲から外れる。さっきも話したことだ」

 ヨグが言う。アザトフォートは頷いて

 「それからねっ。わたしも見てきたんだけど、あれはたぶんクトゥグアの炎だと思うの。あれだけ大きな火、クトゥグアにしか起こせないと思う。増して、人間の土地であるこのあたりに、あんな炎を起こせる魔族が他にいるはずがないもん」

 「魔王様。その炎というのはいったいどういったものですか?」

 ハスタールが尋ねる。

 「『オソノ』ってでっかく描いてあった、ように見えたよ。たぶん『オソノン騎士団』って描こうとしてやめたんだね。大分高いところから見ないと分からないくらいおっきかった」

 アザトフォートが言い終わるのを待って、ヨグは主張する。

 「そしてオソノン騎士団を焼いたのがクトゥグアの炎だったということになれば、それで俺の無罪が確定する。何故ならオソノン騎士団があそこに現れるのが四時半である以上、その時刻までクトゥグアが生きていたということになるからだ。

 俺は魔王様と四時半以降、ずっと三階の部屋でいた。魔王様が焼ける音を聞いて下に降りて来てからずっとだ。これは立派なアリバイだ」

 「ボクからは異議なしだよ」

 ハスタールが言った。

 「他には?」

 おずおずと手を挙げたのは九頭龍だった。

 「い、意義ないわ。焼ける音、っていうのが、あって。そ、それですぐ魔王様が降りてきたなら、どんなに早くしたってヨグさんにクトゥグアさんが殺せるわけなから」

 「そうですねー。だってヨグさんが犯人だとしたら、クトゥグアさんが部屋で火を噴いて、それからクトゥグアさんを殺して、ばらばらにして、部屋に戻ってくるっていうのを魔王さんが三階の部屋に来るまでやらなきゃいけないんですもん。それは流石に無理でしょう」

 ユースも合点した様子を見せる。

 「…………」

 ナイヤはただ沈黙を守るだけだった。

 「じゃ。じゃあ、ヨグは無実でいいんだねっ!」

 アザトフォートが花の咲くような笑顔で言った。

 「はい。間違いないと思います」

 ハスタールが言う。魔王様は席を立ち上がると、スキップしてこちらに向かうと、ヨグを抱き上げて嬉しげに抱擁した。

 「やったっ! 無実だっ! ヨグ、無実だっ!」

 そうやって頬を擦り付けられると、ヨグは至福に満ちた気持ちになる。幸福に包まれるとはこのことだ。いつまでもこの悦楽に浸っていたい。

 が……そうもいかない。

 まだ重要な問題が解決していないからだ。

 「ヨグの無実は証明された。恐ろしく不愉快だけれどそれは間違いないだろう。ならば次に話すべきことは真犯人は誰かという点だ」

 ハスタールが切り替えるように言った。不快きわまるとばかりの視線は、アザトフォートに抱きかかえられているヨグのことが気に食わないからだろう。ヨグは優越感に満ちた表情をハスタールに向けようとして取りやめた。

 いま重要なのはそんな話じゃない。

 「……ヨグ。真犯人がわかるかい?」

 ハスタールが真剣な目をして持ちかける。ヨグは沈黙して考え込んだ。

 ……クトゥグアを殺害した真犯人。考えて分かるものだろうか。

 「ヨグ。がんばって」

 アザトフォートが言った。

 「ヨグはいつだってわたしの力になってくれたもん。だから、今回だって……」

 「……魔王様」

 こういわれれば、ヨグとて分からないでは済まされない。全身全霊をかけて考える。

 「…………自分で見たものを信じるといい」

 けだるげに言ったのはナイヤだった。

 「……いつだって自分の見たものが全てだからね。君が信頼するものと、君が自分の目で見たもの。それを照らし合わせれば、君にとっての答えはすぐに見えてくるさ…………」

 こいつはいつもいつも、何か自分達とは別のものが見えているようだ。ヨグはそう感じる。誰よりも消極的でけだるそうな態度でいながら、誰よりも大きな目を持っていて誰よりも間違うことがない。

 「…………まず二人、候補から外せる」

 ヨグは切り出した。

 「俺は今朝の四時半に魔王様が部屋を訪ねてきてから、一睡もせずに部屋の前を通る人間を窓から監視していた。部屋は階段の傍にあるから、階を跨いで移動しようとする奴がいたら全て俺の視界に入っていただろう。しかし七時まで誰もそこを通ることはなかった。

 つまり。昨日の晩三階より上にいた奴に犯行は不可能ということになるはずだ。三階より上にいた連中が一階のクトゥグアを殺すためには、俺の部屋の前を通過する必要がある。そして四時半以降、死体が発見されるまで誰も階段を降りて来ていない。このことから、四階にいたナイヤ、五階にいたハスタールに犯行は不可能だ」

 「じゃあ。犯人は九頭龍さんですか」

 ユースは言った。

 「……そうなるのかな」

 ハスタールは吟味するように言う。九頭龍がパニックを起こしたように

 「そ、そんな。ち、違うわよ。犯人はユースさんの方よ」

 「そうは言ってもなぁ。

 まず、容疑者候補となるのはボク、ナイヤ、ヨグ、君、ユースの五人。そしてナイヤとヨグとボクの三人が先ほど証明されたアリバイによって容疑者候補から外れた。

 そして人間であるユースにクトゥグアは、どうやったって殺せない」

 ハスタールが慎重に主張する。ユースが続けて

 「そうですそうですっ! 九頭龍さんって魔物としてはクトゥグアさんと並んで最強に数えられるそうじゃないですか? クトゥグアさんを殺しえたのなんて最初から九頭龍さんくらいしか……」

 「いや。それは考えづらいんじゃないか?」

 そう言ってヨグはユースの方をみる。

 「だってクトゥグアは刃物を使って細切れにされていたぞ? 九頭龍は剣術使いじゃないし、自分の剣を持っていない。そしてナイヤが捜索していたが、二階からも一階からも、ユースが持っていたものの他には剣の一本も見つかっていない……」

 「捨てたか武器庫に戻したんじゃないんですか? 四階にあるんでしょう?」

 「武器庫に戻しに行ったのなら、俺がこの目でそれを確認しているはずだ」

 「第一発見者の九頭龍さんは報告の為五階まで階段を使って移動しています。その際に武器を処分することはできたはずです」

 「クトゥグアを切断できるほどの大剣だ、持っていれば当然目立つだろう。そして外に捨てたのもない、門番の魔族が誰も外に捨てに来ていないと証言している。窓から捨てたというのもない、堀の内側からは剣の一本も発見されていない」

 「九頭龍さんの触手は剣としても使えるんでしょう。残った可能性はこれだけですよ」

 「……そ、そんなの無理よ」

 九頭龍は泣きそうに言った。

 「あたしの醜い触手はものを切断するなんて無理だわ。叩きつけるか締め付けるか、それくらいよ……」

 「じゃあ。その人が犯人ってこと、なの?」

 そう言ったのはアザトフォートだった。悲しげな、どこかしらうつろな視線をユースに向ける。

 「ち、違いますって。そもそもほら、密室の謎が解けていないのに、誰が犯人かなんて決められるわけが……」

 「……あんな密室ならどうとでもなるよ……」

 衝撃的な発言をしたのは、誰であろうナイヤだった。

 「ど、どういうこと?」

 九頭龍が戦々恐々と口にする。ナイヤはけだるげに

 「…………このまま誰も言い出しそうにないから言うよ。

 …………まずあの部屋が密室足りえているのは、一つしかない部屋の鍵が施錠した室内から見つかったからだよね? それもクトゥグアの喉の奥に突き立った状態で。部屋の外から、そんな場所に鍵を突き刺すのは魔法を使わなければ不可能、というのが前提だ。

 …………ただ魔法を使わずとも、外から鍵をクトゥグアの喉に突き刺す方法なんてのは、いくらでもあるんだよ。簡単な仕掛けでどうとでもなる」

 「……その、仕掛けというのは?」

 ヨグが尋ねる。ナイヤはけだるげに

 「…………クトゥグアの頭を剣の先にでも突き刺しておけばいい。それを鉄格子の窓に引っ掛けておくんだ。そうやってクトゥグアの頭を窓から手を伸ばして届く範囲においておけば、格子の隙間から鍵を喉に突き刺すなんてことはいくらでもどうとでもなるよ……。後から剣を抜いて室内にその頭を落とせばいいんだからね。

 …………別に剣にこだわらなくても方法はいくらでもあるんだけどね。……別に縄でもいいしなんでもいい。問題は、そうした手段で密室を形成することで、犯人にどんなメリットがあったか……」

 「是非教えていただきたいですね」

 ユースは妙に達観した笑顔を浮かべて言った。

 「それがずっと知りたかったんですよー。なんで犯人はあんな密室なんて作ったんですかー?」

 「…………昨日の夜、もし魔王様が『魔力封じ』が発動していなければ。密室を理由に確実に一人犯人候補から外れた人間がいたはずだ…………」

 ナイヤはそう言って沈黙する。ヨグは合点したように

 「……なるほど。もし魔王様の『魔力封じ』がなければ、密室の正体は『魔法が犯行に使われたもの』として扱われていたはず。そうなればただの人間であるユースは容疑者候補から外れる」

 「そして壁抜けや空間転移の得意なボクであるとか、物体の輪郭を弄ってどんな場所にでも出入りするナイヤが、犯人候補として挙げられていたわけだね」

 ハスタールがそう言って歯噛みする。

 「……しかし解せない。密室を形成するメリットがあるのは唯一ユースだけ。話を聞く限り犯行を実現できるのも、まあユースだけだろう。だからといって、人間風情にクトゥグアが殺害できたと?」

 「…………ありえない可能性を除外する。すると、最後に残った可能性は絶対に真実なんだよ……問答無用でね……」

 ナイヤは目を閉じたまま言った。

 「探偵小説の定石ですか? 誰が言い出したんでしたっけそれ?」

 ユースは愉快げに

 「んな消去法みたいな方法で犯人扱いされても困りますよ。あなたたち魔族でしょう? いくらでも人に罪を着せて仲間を殺す方法があるはずです」

 「あるよ。きっとある。わたしの魔力封じが発動した中でも、クトゥグアを殺すやり方は、いくらでもある」

 そう断言したのはアザトフォートだった。

 「わたしには思いつけない。みんなの能力を完全には把握していないから。けれど隠し持った能力でひょっとしたらクトゥグアを殺せたのかもしれない。

 だけどわたしはあなたを犯人だと決め撃つことにする。あなたがクトゥグアを倒して、わたしたちを疑心暗鬼に陥れようと事実を隠蔽したってことで、確定させようと思う」

 「あなたが確定したら、魔族の皆さんは誰も反対しないんでしょうね。盲目的にそうだと信じるはずです」

 ユースは投げやりに言う。

 「ま、魔王様。あ、あたしたちを信じてくださるの……?」

 九頭龍がおずおずという。アザトフォートがちょんと頷いて

 「……あなたたちを信じるし、クトゥグアを信じる」

 「クトゥグアを? それはどういうことですか?」

 ヨグが言う。アザトフォートは「えっとね……」と切り出して

 「あのね。オソノン騎士団が焼け焦げた時の炎、あれが文字に見えるって言う話をしたじゃない? 

 『オソノ』っていう文字に見えた。でもきっと違うんじゃないかなって」

 「……どういうことです?」

 ユースが険しい目をして問いかける。アザトフォートは物怖じせずに、宣告するように言った。

 「あのね。あれって『オソノン騎士団』って描こうとして途中でやめたように見えた……だけど、本当は違うんじゃないかな。

 そもそもどうしてクトゥグアがあんな風に炎で文字を描いたんだろう……? あのね、わたしはあれがクトゥグアのメッセージだったんじゃないかと思うの。殺される間際にクトゥグアが放ったメッセージ。犯人が誰かをあらわしたメッセージ。そう考えた時に、『オソノ』から始まる人はわたしたちの中に一人もいないの。ねぇ、勇者さん、ひょっとしてお名前は……」

 「ダイイングメッセージですか? それならはずれですよ。わたし本名はユースです。ユース・フーリッジ」

 「『フーリッジ』……そう。あなたが……」

 アザトフォートは息を飲み込む。

 「本当に『オソノ』だったのかなそれは。あの竜人にまともな文字が書けたとは思いがたいんだけれど」

 ハスタールがつぶやくようにして言った。

 「書き順どころかとめはねはらいも無茶苦茶だった。『オソノ』に見えて、ユースの名前をあらわしているとか」

 「……どう見間違えたらわたしの名前が『オソノ』になるんですか?」

 「……だよね」

 ハスタールは首を振るう。

 「いや……ちょっと待て。別に『ユース』あるいは『フーリッジ』と描いたとは限らないぞ」

 そう言ったのはヨグだった。

 「クトゥグアはそもそも人の名前を覚えること自体、さして得意じゃなかった。天然の大バカだったからな」

 「じゃあなんて書いたっていうんですか?」

 「……クトゥグアはおまえのことを単に『オンナ』と読んでいたな。『オンナ』と『オソノ』これなら最初の一文字は合致する」

 「最初の一文字だけじゃないですか」

 「それでも大きく近づいた。『ン』と『ソ』は良く似ているし、遠くの大地に炎で書いたならどっちか分からなくても当たり前。これで二文字目も合致する」

 「…………」

 「そして『ナ』の中に『ノ』は含まれている。描き順を考慮しなければ、最後の『ナ』を書いている途中になんらかの都合で字が書き足せなくなったと考えてつじつまはあうぞ?」 

 「な、なんらかの、つ、都合って……」

 九頭龍が控えめに言った。ヨグは確信を持って宣言する。

 「殺されたんだ。

 昨日の夜四時半ごろにユースはクトゥグアを襲撃する為に一階に向かった。そして信じがたいことだが、クトゥグアはユースに倒されたんだろう。

 しかし死の直前、クトゥグアはダイイングメッセージを放っていた。『オンナ』と不規則な描き順で放たれたその文字は、魔王様に『オソノ』と誤認されることになる。

 そしてそのときの炎がいつもの時間にこの城へ投石にやってきていたオソノン騎士団の連中を焼き、火炎放射の際に放たれる音で魔王様が目覚められた。

 ユースは犯行を隠蔽する為に密室を形成した。どんな方法を使ったのかは分からないが、ナイヤのいうとおりならあの密室は相当に粗末なものでしかないらしい。クトゥグアの体を七等分したのは、頭部だけが切断されて転がっていることの違和感を消す為だったんだろう。

 密室を形成したのは人間であるあんたが容疑から外れることが目的……。そうなんだろう? ユース・フーリッジ」

 「……ふふ」

 ヨグの指摘に、ユースは少女のように微笑む。微笑んで、それから愉快な遊びを楽しんだ後の子供のように、無邪気に満足げな表情で四天王を見渡した。

 「そのとおり、リザインです。わたしの負けですよ」


 降参。殺人犯はついに自らの犯行を認めた。しかしその表情には余裕が満ち溢れていた。

 同時に、四人になった四天王の面子がユースの周りを取り囲む。このときばかりは臆病な九頭龍ややる気のないナイヤでさえ、油断なくユースを取り囲んでいた。

 「魔力封じのことは誤算でした。あれがなければ完全に誤解させられたのに。

 いや。それだけじゃないですね。あなたたち五人で四天王名乗ったりしててただのバカなのかと思ったら……意外と冷静なんですもん。一人が殺されたら、勝手に疑心暗鬼になって殺しあうと思っていたんですけどね。誤算でした」

 「……犯行を隠蔽した目的は、俺達の仲間割れを誘発することか?」

 「そのとおりです」

 ユースはにっこりと笑って

 「わたしは頭だっていいんですよ。もちろんそれだけじゃありませんけどね。強いだけでも勇気があるだけでも頭がいいだけでも優しいだけでも、本当の英雄にはなれません。それらを兼ね備えると同時に、それプラス神がかり的な何かが……世界を変え歴史に残る逸物、真の勇者を名乗るには必要なんです」

 「……何を言って」

 「わたしこそが勇者です」

 ユースは満面の笑みで椅子を立ち上がり、背中の剣を抜きながら宣言した。

 「『火』『水』『風』『土』四つの魔法をこの身まとい、光の剣で悪を絶つっ! 強くて天才でおまけにかわいいっ! 大英雄の末裔たる女勇者っ! ユース・フーリッジとはわたしのことだっ!」

 そう言って抜き放った剣を高く掲げ、目に強い光を宿して魔族たちを見やった。

 「い……いきなりな、なんなのこの子……。あ、アタマおかしいのかな……?」

 九頭竜が的確に言っておずおずと身を退いた。

 「お城の周りの水堀を干上がらせたのもっ! クトゥグアさんをブッコロブッコロしちゃったのもっ! 他でもないこのわたしっ! このわたしですよっ!

 わたしはアザトフォートを殺害し人間の世界に安寧を齎すことを誓いここに来ました。負けるわけにはいきませんっ! 謀略はバレましたがまだわたしの挑戦は終わっていません。さあ五人いる四天王の二人目は、いったいどなた?」

 「……ムシのいい奴だね。人を罠にかけようとして、まだフェアな五人抜きを続けようとしているってのか」

 ハスタールがあきれたように言った。

 「四人同時に襲ってくるならやむをえませんね。全員殺すか逃げるか死ぬか、わたしにはそれしかありません。決めちゃってください偉い偉ぁい魔王様っ! わたしをフクロにするか否か」

 「……かわらないよ」

 アザトフォートは静かに言った。

 「カオスクレイドルはすべての魔族の権威の象徴。それは常に正面から人間の勇者を迎え撃つ。

 だから……たとえどんな謀略に犯されようとも条件は変えない。二人目があなたを確実に殺す」

 「そ、その二人目ってあたしですよね……」

 九頭龍がおずおずと言った。

 「……も、もっと上の階にいれば良かった。なんて、い、言ってられないわよね……。うん、どうしようもないわ」

 「あなたですか。九つの頭と八十一の手足を有した海の女王。相手にとって不足なしっ! 勇者フーリッジいざまいりますっ!」

 そう言ってユースは光の剣を携えて九頭龍に向かって踏み込んでいく。その光のようなスピードは、確かに勇者を名乗るにふさわしいものだ。

 「ひ……怖いけど……。あたしだって四天王です。魔王様にこの身をささげることを誓った者です。戦わずして散るわけにはいきません」

 言うなり、九頭龍の足元から無数の触手がうごめいた。

 人の体にタコの足を持つスキュラのように、半身を触手に変えた九頭龍はユースを迎え撃った。九頭龍の体を捉えようと剣を持って振りかざされる腕を絡めとろうと襲い来る。

 「遅いですよ」

 ユースが横なぎに剣を払うと、九頭龍の触手が三本同時に千切れた。次の刃は九頭龍の身に届こうとしている。

 刃が届く前に、九頭龍のその人間の頭部が破裂した。中から飛び散るかのように現れたのは、その二つ名の所以ともなった九つの蛇竜のような頭部だった。

 標的の形状が変わったことで、ユースの斬撃は適切な効果を失う。九つの頭の何れかに刃が当たりはしたが、切断することは適わずはじき返され、後ろに下がらざるをえない結果になった。

 「……あたしは醜い海の王。忌み嫌われた独りきりの支配者。海水と一緒に全てを飲み干して、最後には溶けて消えるはずだったあたしを、魔王様だけが救ってくれた」

 全身のどこからともかく肉塊染みた触手が生えてくる。肉と臓物をつないだようなそれらは確かに生物のように蠢いていて、特定の意思とバランスを持っていた。触手の一部分は巨体を支えるように地面にうごめき、大部分は目の前の獲物を捕らえようと蠢く。

 「あたしが食べられないのは魔王様だけ。あたしを支配してくれるのは魔王様だけ。あたしは醜い海の怪物。魔王様の忠実な僕。だからあなたを倒します」

 九頭龍の姿は他のどんな魔族や生命体とも似つかなかった。ただどこから生えているのやらも分からぬ無数の触手が、絡まり団子になっているだけのようだ。その絡まりあう触手の隙間から、九つの頭が生えるように顕現している。

 「死んでください」

 無数の触手と頭部が一斉にユースに襲い掛かった。ユースは四方八方から取り囲むように繰り出される攻撃を、その身のこなしと斬撃をもっていなして前進していく。一体の魔物を相手に、城一つを攻めるかのような、そんな戦いを余技なくされていることだろう。

 「人間に化けていたのはこういうことですか。わたしも女の子だから分かります。耐えられませんよね、自分がこんな醜悪な姿をさらすだなんて」

 ユースは皮肉がる風でもなく口にする。臆病者のその魔族を、ただ哀れんでいるように感じられた。

 「しゃらくせぇですね……九つ頭があるなら九つとも斬ったら終わりますか?」

 言って噛み付いてくる竜の頭を一つ、光の剣で突き刺した。頭部の一つを取ってもユースの全身よりはるかに巨大なため、切断するには至らない。が、ユースが剣を両手で握りしめ目を閉じ口元で何かをつぶやいたと同時に、光の剣はまばゆい光を放ち始めた。

 「魔族を殺すために作られた業物です、斬れないものはありませんっ!」

 ユースが絶叫したと同時に、剣から放たれた光が九頭龍の頭部を襲っていた。龍の頭が悲鳴を挙げたかと思うと、どろりと糸を引くようにして切断された頭部が地面を転がった。

 「……似ているとは思ったが、まさかあれ、本物の光の剣じゃないか」

 ハスタールが息を呑むようにして言った。

 「パチモンじゃありませんよ……正真正銘本物の、魔王を殺した伝説の剣です。わたしのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんが、この世界に残した大魔の剣」

 「……そう。じゃああなたがフーリッジの末裔なのは、間違いないのね」

 くぐもった言ったのは、九頭龍の頭の一つだった。

 「でもそんなのは関係ないわ。相手が誰であろうとあたしのすることは変わらない。魔王様の敵を、排除すること」

 言うなり、切断されていた頭部がいきなり生え変わる。ユースも流石にこれには驚愕した様子だった。一つ一つが並の竜族よりはるかに強固な頭が九つ、しかも再生まですると来ているっ!

 「ふうん……ヤマタノオロチですか。東の方の国から来た吟遊詩人が話しているのを聞いたことがあります」

 ユースは皮肉めいて口にした。

 「クサナギノツルギを持ったスサノオが、八つの頭を持ったヤマタノオロチというドラゴンと戦う話……。スサノオはヤマタノオロチを一目見て気づいたようです。こいつは何かを隠しながら戦ってるって」

 いいながら、ユースは九頭龍の攻撃をかいくぐる。そのすばしっこさは、彼女が倒したというクトゥグアに、人間の身で確かに迫る。

 「あんなナリでも生物である以上、必ず命令を出している『脳』がある。弱点となる核がある。竜の頭も他の触手と同じ末端に過ぎないというのならお手上げですが……。しかしそうでないと取れる要素が一つあります」

 そう言って、ユースは踏み込む。そして包囲するように襲い掛かってくる触手を掻い潜ると、いったん九頭龍の弾幕をすり抜けて反対側へと移動した。

 「……襲ってくる頭の中で一つだけ、後ろの方でうろうろしているだけのがありますっ! あなたが弱点なんですねっ!」

 そう言って、ユースは光の剣を竜の頭につきたてる。その目に剣を突っ込まれた竜は悲鳴染みた声をあげ、透明な血のような液を大量に噴出させると、他の触手を巻き添えにただの海水へと戻っていった。

 水浸しになったその部屋に残ったのは、剣を手に持つ勇者と、片目からどろどろと血を流しながらその場で膝を突く少女の姿だった。九頭龍は恐れたように歯を鳴らして肩を震わせ、恐怖に満ちた表情でユースの方を見詰めていた。

 「…………もう戦えない」

 ナイヤが言った。

 「……本体がどれなのかを見抜かれては、もう九頭龍は負けたようなものだ。あの子は単純な打撃と噛み付きしか攻撃方法がない、それが通じず、しかも本体を傷つけられたと来てはもうどうしようもない……」

 「……よくやった」

 そういって、前に出たのはヨグだった。

 「……九頭龍、おまえはもう下がれ。俺が相手をする」

 九頭龍は血の気が引いた様子で、ヨグの後ろへと下がっていく。ユースは退屈そうな表情でこちらに視線をやった。

 「あなたは?」

 「……『三人目』だ」

 そう言って玩具のような剣を取り出して前に突き出す。しかし油断してはならない。それは闇の魔術がたっぷりと練りこまれた魔剣なのだ。

 「基本からは外れる『三人目』ですね。四天王といえば一人目が武道派、二人目が紅一点。それで、三人目は頭脳キャラだと相場が決まっているものですが?」

 「これでも俺、司令塔なんだよな。魔族会議では普段進行役だし、あんたの犯行を見抜いたのだって、一応俺だ」

 「そういえばそうですね。ですがまあ剣士同士ならやりやすいでしょう。自分より背の低い相手なんてひさしぶりですね。後ろに二人いるなんて思わず全力でMPもアイテムも使わせてもらいますよ」

 言って、ユースは大きくこちらに踏み込んでくる。一太刀でも浴びれば耐久性に難のあるヨグなどは、一撃で倒されてしまうだろう。

 ヨグはユースの斬撃を小さな体でかわし、自分の剣で突きを入れた。盾でかばわれる。再び距離を取り合い、互いに踏み込む。

 「ひとつ聞かせろ」

 ヨグは攻撃を放ちながらたずねた。

 「答える前にあなたが死ななければいいですよ」

 ユースは最小限の動きでそれをかわし、斬撃を繰り出しながら言った。

 「なぜ魔王の城に攻め込む? 俺たちも魔王様も人間に害をなそうとは思わない。そのことは昨日も話したはずだ。住み分けができているうちはすればいい、人間と魔族は互いに畏怖を持って暮らせばいいはずだ。なぜ魔王様を殺そうとする?」

 「住み分けができているなんて、思っているのはそっちのほうだけですよっ!」

 言って、ユースは重い重い攻撃をヨグに向かって放った。ヨグは自分の剣の腹でそれを受けるが、強い衝撃にブリキの腕がひしゃげるような感覚を味わう。

 「トカゲに、触手の化け物、人形に魔女にエルフっ! そして魔王を名乗る無帽の悪魔っ! あなたたちは自分の業を忘れたんですか? 五百年あなたたちは自分たちにとって危険だった人間を滅ぼそうと、その恐怖的な力を持ってして戦争を仕掛けたっ!」

 ヨグの剣が吹き飛ばされる。ユースは武器を失ってその場から離脱しようとするヨグに、すさまじい足裁きで回り込む。

 「姿が違うっ! 住処が違うっ! 違った王と思想を持ち場合によっては言葉すら通じないっ! そしてお互いがお互いを滅ぼす力を持っているっ!

 そんなのもう戦争するしかないじゃないですかっ! どっちかが死なないともう片方は安心できないじゃないですかっ! どちらかがどちらかを支配してどちらかがどちらかに屈さなければどうしようもないじゃないですかっ!

 だからわたしは魔王を殺すんです、人間は魔王を殺して平和を手にするんです!」

 「それは愚かなことだ。俺たちは千年前の過ちでそれに気づいたんだっ! おまえたち人間の寿命はあまりにも短い、だが気づいてくれっ!」

 「いやです。魔王が復活したことで、魔族たちは人間の屈従することを放棄しようとしています。偏狭を離れ人間の領地を平気で歩き、人を襲うようになっています。自分たちの魔王がいれば人間たちに屈することはないと考え、魔族が人間に対して自分たちの邪な権利を主張するようになっているのですっ! それがどれだけわたしたち人間にとって危険なことかっ!」

 「それらの魔族がお前たちに害をなすとしても、一時的なものだ。魔族だって何もかも人間に遠慮することなどできはしない。生きるためには餌として人を襲うこともあるだろう。魔族たちが生きるための最低限度の権利を主張するためには、魔王が必要なんだ。いずれ魔王と人間の王の間で、お互いが住み分けて生きるための取り決めができてくるだろう。人間は今より少し窮屈になるかもしれないが、戦争になるよりずっとマシだ。俺たちから魔王を奪わないでくれっ!」

 「わたしの両親は魔王の復活によって住処を移した連中の、『おやつ』として食べられました。『おべんとう』だった妹は、なんとか助け出した後口も聞けません。

 それを許せというのですか? 同じようなことを認めろというのですか? お互いの縄張りとやらができるまでの、線引きとやらが行われるまでの間に発生する被害者を、すべて見捨てろというのですか? 見捨てて待てというのですか? なんの保障もありはしないのにっ!

 あなたたちが対等であろうとすることは無駄なんです。わたしたちから大切なものを奪っているだけ……わたしたちは対等であることなんてできないんですっ! 戦争をしなければならないんです」

 言って、ユースはヨグのブリキの体を切り裂く。

 「魔王を殺せば魔族たちは再び偏狭に戻ります。王さえいなくなれば、まとまりを欠いた魔族は人間に駆逐され淘汰されていくだけの存在に成り下がる……。隅っこの隅っこ、劣悪な偏狭で身を縮めて生きる分にはわたしたち人間も認めますから、おとなしく元の迫害される側に戻ってはくれないですか? 

 死んでくれないですか? 醜い魔族の王様とやら」


 「……ヨグ?」

 アザトフォートは信じられないとばかりに顔を青くする。それから真っ二つになったヨグの体に駆け寄ると、涙を流してそれらを抱きしめた。

 「ヨグ……ヨグっ。うぁあああっ!」

 泣き叫ぶ魔王の姿を、ユースは冷たい瞳で見据えていた。それから剣を振りかざすと、あきれたように口にして切りかかる。

 「よく敵の前でそんな姿をさらせますね。あなた自分が何なのか忘れてないですか?」

 鋭く踏み込もうとしたユースの足首を、床から生えた鉄の腕が握る。ユースは舌打ちして踏み込みをとめる。転ばずにすんだのはさすがの身体能力というところだろう。

 「……錬金術の応用ですか? こういうことをするのは『土』系の魔法ですね。となると、『四人目』とやらはあなたですか?」

 そういって、ユースはナイヤの方に視線を向ける。風が吹けば圧し折れそうな細長い体で絶つ彼女は、けだるげにこう答えた。

 「……さあね? はたしてワタシは何番目だったのだか……。思い出すのも面倒くさいし、そもそもそんな面倒なこと覚えていたかどうかもわからない。ひとついえるのは……」

 ナイヤは首を振って

 「……ワタシは決してヨグが倒された後の『四人目』として君の前に立っているのではない。あくまでワタシたち四天王を飛ばして魔王様を襲おうとした君を、止める為に立ちはだかっているだけのことさ……」

 「同じことじゃないですか? もういいです。あなたを倒せばどいてくれるんですね? わたし人間ですけどまったく魔法を使えない訳じゃありません、あなたの錬金にだってきちんと対処を……」

 「愚かだね。すごく愚かだ」

 ハスタールはそういって首を振るった。

 「まだ『三人目』は続いているよ。ここまでこれたことは褒めてあげるけど、どうやらこれまでのようだね」

 「……?」

 そう、ユースが首をかしげた、そのときだった。

 天井から降り注いだ一体の人形が、剣を持って少女の背中に切りかかった。背中から血を流し勇者はその場でひざをついて、自信を不意討った魔族の姿を振り替える。

 「……ヨグ・ソトート…………」

 「ああ。俺だ」

 言って、ヨグは勝負はもうついたとばかりに魔剣を懐に収める。

 「……どうして……。あなたの死体は、そこに……。もう倒したはずじゃ……」

 「俺は魔王様に作られた人形だが、この人形の姿はただの器でしかない。一つが壊れれば、もう一つに魂を移すだけだ」

 そう言ってアザトフォートが抱えている人形の残骸を指す。

 「それを壊せたことはほめてやる。剣術において、君は俺に勝った。四天王ヨグは勇者ユースに倒された。

 本来ならそれでいい場面なんだが……君はクトゥグアの殺害を隠すという姦計を用いて俺を貶めようとした。だから俺の方も、少々ばかり謀略を行わせてもらったというわけだ。騙まし討ちっていうね」

 「……ははは。そうですか……。……卑怯だなんて言いませんから安心してください」

 ユースはそう言って膝を突き、血まみれになりながらその場で消え入りそうな息を吐く。

 「……ああ……。まだぜんぜん途中なのになぁ。魔王と戦うことすらできずに負けちゃうなんて。だめだなぁわたし。……なれると思ったのにな、英雄に」

 そう言ってはかない視線でヨグを一瞥し、それから魔王を向き直った。

 「……ねえ小さな魔王さん。こういうのは多分あなた側の台詞でしょうか。ですが、言わせてもらいます……。

 たとえこのわたしが倒されても、第二、第三の勇者があなたを訪れます。あなたが魔族の王である限り、人間はあなたを倒そうと別の勇者を生み出します。人間の国がある限り、人間という種が生き続ける限り、あなたに、あなたたち魔族に安寧が訪れることはありません。

 争ってください。殺しあってください。何百年かかっても、人間はあなたを殺します……」

 「死なないよ」

 そう、魔王は涙を拭いて立ち上がった。

 「わたしは魔族の王だから。魔族がある限り死ぬことはない。

 たとえわたしが死んだとしても、ヨグが生き返らせてくれる。ヨグがいなくても、別の仲間が生き返らせてくれる。わたしには大切な仲間がいるんだから」

 「そうですか」

 ユースはそう言って、自分の手をじっと見つめた。

 「わたしは独りきりで戦う勇者だったよ。…………いいなぁ、うらやましいなぁ」

 それが、女勇者ユース・フーリッジの、最後の言葉となった。


 4:エピローグ


 「わたし。ヨグが壊れるの嫌い」

 ヨグのなきがらを拾い集めながら、アザトフォートはそういった。

 「戻って来てくれるってわかってても、不安だし怖いし悲しいから、泣いちゃう……。これは後で直しておくね」

 「いただいた器を壊してしまい申し訳ございません。そしてありがとうございます魔王様」

 言ってヨグは深く頭をたれる。

 「直してくださる、そのお気持ちが何よりうれしいですっ!」

 顔を上げて、感激をこめた声でそういった。

 女勇者ユース・フーリッジがカオスクレイドルにもたらした損害は、決して小さいものではなかった。何よりも四天王の一角を失ったのは大きいし、単純な一対一の戦闘で四天王を三人目まで突破されたというのは、ひどく情けないことだった。

 「……魔王様からいただいた器を壊させてしまうとは、割れながらひどく情けない」

 ヨグはそう独りごちた。

 九頭龍は未だに瞳から血を流して弱って寝込んでいる。「大丈夫?」魔王がやさしい声音でその体を抱き上げた。これから手当てを始めるのだろう。

 「……これはどういたします?」

 そう言って、ハスタールがユースの体を持ち上げる。前代未聞の三人抜きをやらかしたユースだったが、しかし所詮耐久力は人並み。背中に受けた傷で完全に命果ててしまっていた。

 哀れなやつだ。ヨグはそう感じた。自分の信念を果たすこともできず、戦い敗北し何も得られず、誰にも見取られず敵地で屍となった。勇者とはたいていがこういうものなのかもしれない。ほとんどが失意の中孤独に死んでいく、それは決して英雄談にはならないし、誰にも知られることはない。

 「通例なら水堀の中に捨てるが。あれの復旧にはまだ時間がかかるだろうか?」

 橋が降りるのも待たずに水を干上がらせるという大胆な方法で堀を渡ってきたユース。相当有効な魔法を使わなければなし得ないことだ。

 「……ううん。その人は城門に吊るそう。『フーリッジ』の名前を持っていて、きっと人間の中では名高い勇者だったんじゃないかな。そういう人ほどきちんと見せしめにしたほうがいいよ」

 アザトフォートが言う。心優しい魔王様のその発想と決断に、ヨグは少しだけ驚いた。

 「私がいたします」

 ハスタールがそう言って死体を運ぶ。

 「人間風情に負けて器を破壊されてしまったヨグには、何も任せられませんので」

 ……あいつとうまくやっていくのには、今までよりいっそうの努力が必要だろうと、そう感じた。

 「……それじゃあ。この一軒はもう終わりでいいだろうね……」

 ナイヤはけだるげにそう言って、枯れ木のような体を壁に横たえて座り込む。

 「…………水堀のことは九頭龍に、勇者の死体はハスタールに任せるよ……」

 「クトゥグアがいなくなった分の戦力補充、その問題はどうする?」

 「…………彼がいなくなったのは悲しいことだけど、まあ、全ての物事はなるようにしかならないからね……」

 ナイヤは今にも死にいきそうな声で

 「……ワタシたちはもともと一人多かったんだ……しかるべき人数になったんだ……。これ以上手をつけることはない……それに、これもまた魔王様の……ああ面倒くさい、面倒くさい……」


 九頭龍の傷の復活は早かった。水堀の復活も。

 「……ぶくぶくぶくぶく。人間の女の子に、ま、負けちゃって……。ま。魔王様には、なんていったらいいか……ぶくぶくぶくぶく」

 そう言って九頭龍は水堀の中に鼻までつかって恥ずかしそうに言った。下半身だけを触手に変えさせて、水の中で立って体だけ外に出している。

 「……気に病むなよ。俺だってクトゥグアだって負けたんだ。百年に一人くらいいるんだよ、あの手の逸材はな」

 「……ぶくぶくぶく。じ、時代によっては、本当に英雄になれたんでしょうね。あ、あの子。……ぶくぶくぶくぶく」

 「そうだな。しかし、このカオス・クレイドルの前には脆く倒された訳だ」

 言って、ハスタールが吊り上げたユースの死体に目をやる。こうしてみると、美しい少女だった。死してなおそのあどけない顔には優しい人の情があり、手足はとてもしなやかなものだ。勇者などにならなければ、たくさんの人に愛されて生涯を終えられただろう。

 「……ぶくぶくぶくぶく」

 「……いつまでそうしているんだ?」

 「こ、心の整理がつくまでよ……。殺されかけたのなんて千年ぶりだし、それにこの子……こうしてみるとやっぱり似ている」

 「誰に?」

 「千年前のフーリッジ」

 「ガルタか」

 「そう……。こ、今回も、あたしは、守れなかった。魔王様を。だ、だから、今度こそはって、その、決意を新たに、するための……ぶくぶくぶくぶく」

 ……ほうっておいてやることにする。気持ちはなんとなくわかるのだ。

 それからヨグはユースの死体に近づいていく。やがて朽ち果てて、骸骨になるだろう。そうなれば今度こそ魚の餌だ。世界を救おうとした勇者の成れの果て、敗北者はいつでもゴミのごとく消え去り忘れ去られる。

 無情だ。

 「ヨグ。ここにいたんだ」

 その声に振り返る前に、ヨグは小さな手に抱きかかえられる。そこにはアザトフォートが綺麗に微笑んで立っていて、ヨグを見つめていた。

 「魔王様。探されていましたか」

 「ふらふらっと。時々、すごく会いたくなる」

 そんなことを言われれば、いつでもそばにいて差し上げたくなる。しかしあまりベタベタとするものでもないだろう、この城には少ないながら自分の仕事もあるし、それは魔王様も同じこと。

 「クトゥグアの死体は埋めてきたよ」

 「そうですか」

 ヨグは言う。

 「……おつらいでしょうね」

 「そうだね。クトゥグアが欠けたのは悲しいけれど……でもこうなることは最初に決めていたことだから……」 

 「……? 魔王様?」

 ヨグは目を丸くしてアザトフォートを見つめる。

 「わたしが傍に従える魔族は四人、このくらいがちょうどいいと思った。だから最初に五人集めたの。だって一人省かないといけないってなったら、緊張感が生まれるでしょう? だから、五人で、四天王ってことにしたの。

 決めていたとおり。最初に欠けた一人を除いて、だからあなたたちが、わたしの本当の四天王」

 そう言って少女のようにあどけなく微笑んだアザトフォートを見て。

 やっぱりこの方は魔王様なのだなと、ヨグはそんな、当たり前のことを思い出す。

 「だからあなたたちのことは、今までよりもずっとずっと大切にしたい。ヨグも、みんなも、これからもわたしと一緒にいてくれるよね」

 「当たり前です、魔王様」

 ヨグはすぐに答えた。アザトフォートはうれしそうに、小さな体でいとおしそうにヨグを抱きしめた。

 某サイトではそんなにウケはよくなかった。

 ぼくは結構好きなんだけど(白目)。

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