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事件編

 世界を救った大英雄の伝説は、世界を危機に陥れた邪悪なるものの存在がなければ成り立たない。一度は世界を完全に支配した魔王アザトフォートの存在は、まさに恐怖と混沌の代名詞として、伝説から千年以上たった今でも語り継がれている。

 それは魔族だったのか、それとも元はただの人やエルフだったのか。或いはこの世に生きるすべての存在にとって、想像も及ばぬ次元から来た悪しき邪神だったのか。そんな強大極まる力を持っていた魔王アザトフォートではあったが、彼奴といえども、たった一人で世界を支配していた訳ではない。

 アザトフォートは大群を率いるタイプの支配者ではなかったが、自身が使えると判断した者を僅かに数人、慎重に見初めては、臣下にしていった。『四天王』と呼ばれた忠実なる者達は、アザトフォートに没後も忠誠を近い、魔王の復活に向けて千年がかりの計画を進めていた。

 闇の秘術によりアザトフォート復活の悲願が達成されたのは、僅か五十日前の出来事である。


1:事件編


 などとながったるい割に退屈な背景説明はともかくとして。復活した魔王の居城であるカオス・クレイドルの一階にある会議室には、ある『重大な問題』について議論しあう為、『四天王』と呼ばれるおぞましい魔族たちが集結していた。

 アザトフォートの忠実なしもべの一人であり、闇の禁忌術の力で地獄の門を開いて魔王を復活させた張本人であるヨグ・ソトートは、椅子に腰掛けた他の四天王の面々を見渡してから重々しく切り出した。

 「今回ここに集まってもらったのは、他でもない。『あのこと』について話し合う為だ」

 『闇』の四天王・ヨグの姿はデフォルメされた一メートルほどの騎士の人形のものだったが、可愛らしいその外見に似合わず、周囲には凶悪な闇のオーラを猛烈に振りまいている。

 「あ、あのあの。も、問題っていうのは……も、もしかしなくても……?」

 吃音気味に喋るのは、『九頭龍』と呼ばれる少女だった。本名はク・リトル・リトル。おとなしそうな金髪の少女の姿をしているが、真の姿は九つの首と八十一の足を持つおぞましい怪物で、『水』の属性をつかさどっている。

 「はん。決まってんだろーぜ? ボクら全員が集まる理由なんてよ」

 肩をすくめ、ぶっきらぼうに口にしながら、鋭い視線で全員を見すくめるのは、『風』の四天王ハスタールだ。十代も半ば程度のやや生意気そうな少年の姿をしているが、その正体は千年を生きたミレミアム・エルフである。

 「…………」

 話を聞いているのか聞いていないのか、死体のように椅子に深く腰掛けて何もいわないのは、『地』の四天王、唾長帽子の魔女、ナイヤだ。酷く陰気な表情をしていて、刃物でも持たせようなら、すぐに自分の手首に押し当てそうだ。やせこけたその姿は哀れな鳥の骨を連想させる。

 「ふむ。そんなことよりも」

 そう発言したのは、巨大な赤龍の頭を持つ大男だった。

 「我は腹が減ったのだが。もう十時を回っているのだ。そろそろ夕食にしても良かろう」

 巨大な体を椅子に乗せ、落ち着いた様子で口にするのは、『火』の四天王である竜人、クトゥグアである。全身に熱気をまとい、巨大な体を鉄の鎧で覆った姿は、一目見て分かる強者のものだ。

 「だいたい。そなたらの言う『問題』がわれには分からぬ」

 「本当に分からないの? でくの坊さん?」

 ハスタールがクトゥグアの方をむき、両手を晒しながら小ばかにしたように口にする。

 「本当に分からぬのだ……。仕方があるまい。そなたらは時折、意味の分からぬことで過剰に悩む悪癖があるからな。……とにかく今はメシだ。今日も一日鍛錬をして疲れている。飯を食ってから考えようぞ」

 「……クトゥグア、おまえさあ……。ちょっと自分達の人数数えてみ?」

 そう言われ、クトゥグアははてと首を傾げながら順番に指差していく。

 「ふむ。いち、にい、さん……」

 ヨグ、九頭龍、ハスタール……そしてナイヤまでを指で示し、それからクトゥグアは合点いったように首を縦に振った。

 「ふむ。四人だ。われらは四天王なのだから当たり前のことであろう? 何の問題がある?」

 「自分を数え忘れてるんだよアホンだらっ!」

 たまりかねて、ヨグはそう大声で絶叫した。

 「おまえも四天王の一人だろうがっ! おかしいだろうよっ! なんで四天王が五人いるんだよ? 意味わかんねぇよ? なんで千年間誰も疑問に思わなかったんだよっ!」

 「そ、それなんだよねぇ……」

 九頭龍が沈んだ様子で

 「な……なんで、あたしたち……。ずっと五人で『四天王』なんてやってきたのかな……。うぅ、絶対、人間達に笑われてるよね……。うぅう」

 「ふむ? ……ふむふむ。いち、にい、さん、しい……ご」

 自分から順に数えなおし、クトゥグアは目を丸くして大声を出した。

 「何故だっ! 何故四天王が五人もいるのだっ!」

 「だからずっとその話をしてたのっ!」

 ヨグはそう言って机を叩く。

 「この話をしようとすると、おまえがいっつもいっつも飯の話に議論を摩り替えるもんだから、今まで真剣に相談できてなかったんだよっ! ふざけんなよ」

 「ヨ、ヨグさん……落ち着いて」

 九頭龍がたしなめるように

 「だけど……ほ、本当にずっとこの話、できなかったよね。ま、魔王様を復活させる前は、魔術の研究でそれどころじゃ、なかったし。復活の後はずっとクトゥグアさんに邪魔されて……」

 「われがどう邪魔をしたというのだ?」

 クトゥグアが至極真面目にそう口にする。

 「昼間にこの話すると『貴様ら鍛錬を怠けて話などしているものではないっ! もっと熱くなるのだっ!』ってそればっかりで、夜になったらなったで『鍛錬のあとはメシだメシっ! 食ったなっ? よし、明日に備えて早く寝るぞっ!』だったろ。おまえは」

 ヨグが言うと、九頭龍が苦笑を浮かべた。

 「まあまあ。そこの脳味噌まで筋肉でできている奴はしょうがないさ。ボクは別に、そんな真剣に話あうようなことだとは思っちゃないんだ」

 そう言ったのはハスタールだった。酷薄な笑みを浮かべながら、ハスタールは話を続ける。

 「この中で一番役立たずを四天王から外せば良い。それだけのことだろ?」

 そう言われ、一同に重たい沈黙が訪れる。 

 「ふうん……。ならばハスタール。おまえは誰に抜けろというつもりだ?」

 ヨグが言うと、ハスタールは中指をヨグに向かって立ててみせながら

 「おまえだよおまえ。ヨグ、千年前の大戦で英雄ガルタから魔王様をお守りしていたのは、おまえだろう? にもかかわらず、魔王様を死なせた。万死に値する罪だが、それでも今日まで生かしてやっていたのは、『闇』をつかさどるおまえに蘇生術で魔王様を復活させられる可能性があったから。それだけだ。復活を成し遂げた今、おまえは不要なんだよ」

 「なんだと……」

 ヨグはそう言って歯噛みするが、反論が浮かばない。実際、千年前にアザトフォートを死なせてしまったことについては、ヨグが責任を感じ続けていたことなのである。

 「よさぬかハスタール。魔王様をも倒した英雄ガルタだ、われが魔王様の傍にいたとして、お守りできたかは分からぬ。それにハスタール、そなたはそもそもガルタと刃を交えることもなく、ガルタの仲間である女魔術師に倒されただろう」

 クトゥグアがたしなめるように口にした。

 「そ……そうだよ。ハスタールさん。あなたがあそこで魔術師に倒されなければ、魔王様を倒すのに必要な光の剣を奪われることも、な、なかったのに……」

 九頭龍が両手を胸に当て、興奮したように言う。ハスタールは飄々と反論した。

 「でもその責任は元はといえばだよ、ガルタの仲間である暗殺者ニコライの拷問で、光の剣の正体と在り処を吐いちまった九頭龍、おまえの所為じゃないの。ボクは倒されはしたが、何かしら口を割ったりはしなかったぜ?」

 「そ……それは……」

 「だいたいさ。おまえのことボクはずっと魔族向いてないって思ってたんだぜ? 泣き虫でさ。もうおまえでいーんじゃないの? 四天王抜けるの」

 「よさぬか。責任を押し付けあっても何も起こらん」

 クトゥグアがたしなめると、ハスタールは舌を出して首を振るう。

 「でもよクトゥグア。誰か外さなくてはいけないのは、確かなことなんだよ。何か考えがあるのか?」

 ヨグがそういうと、

 「それはそのとおりだ。だが我々のこれまでの功績も失態も同じくらいだ。それに、互いに難癖を付け合っていても何も始まらん」

 クトゥグアがそう言って首を振った。

 しばしの沈黙が流れ……全員が途方にくれた頃……かぼそい声が会議室に響き渡った。

 「……ああ、面倒くさいなぁ。……面倒くさいけど、少し意見させてもらえるかな?」

 ナイヤだった。口を開くのも面倒くさいという様子で、死んだように椅子に腰かけたまま口だけを動かしている。

 「なんだい根暗魔女。何かあるのかな?」

 ハスタールが促すと、ナイヤは言い終えるより先に事切れそうなほど力ない様子で

 「そもそもさぁ……。四天王である必要なんてないんじゃない? 五天王でも、五英傑でも良いじゃないかって、ワタシは思うんだけど……」

 「ナイヤ。それはない」

 ヨグはぴしゃりと言った。

 「そ、そうよ。四天王は、四天王よぉ……。他に認めないわ……今更」

 「はん。何を言い出すかと思えば。ナイヤ、バカを言うなよ。五天王だって? 響きが最悪じゃないか」

 「ふむ。そんな不恰好な名で呼ばれるくらいなら、五人で四天王をしていたほうがマシであろう。ナイヤ、頭を冷やすといい」

 他のメンバーから総スカンを食らうナイヤ。特にクトゥグアから『頭を冷やせ』と言われるのは相当なものだ。だがしかしそれも妥当だ。彼らにとって、四天王は、四天王で、他に代替など利かないのである。何があろうと、四天王は、四天王なのである。

 「……そうかい。提案しただけだよ……。悪かったね」

 そう言ってナイヤは再び何も言わなくなる。

 「ふざけたことを言う奴だねぇ。ねぇ、この根暗を外さない?」

 ハスタールが酷薄な笑みでそう言った。

 「だいたい『地』なんて今時流行らないじゃない。RPGとかでも一番ださくて目立たないしさ。いらないよ」

 クトゥグアが首をかしげて

 「あーるぴぃじい? なんだそれは?」

 ハスタールはわざとらしく咳払いをする。その後で、おずおずと九頭龍が口を開く。

 「で。でもさぁ。ナイヤさんはいつも面倒くさそうにしてるけど、大戦のときの戦果はすごかったし。それに……属性の話をするなら、ナイヤさんを外すのは違うんじゃないかなって」

 「ふうん。じゃあ誰だっていうんだよ?」

 「あのね……その。そもそもあたしたちの属性って。『火』がクトゥグアさん、『水』があたし、『風』がハスター、『地』がナイヤさんで、ヨグさんは『闇』じゃない?」

 「そのとおりだが」

 ヨグがうなずくと、ハスタールが合点言ったように手を叩く。

 「ははぁ。なるほどなるほど。こりゃ確かに。四元素になぞらえたファンタジー四大属性といや『火水風地』だ。この中の誰を外しても違和感が残る。抜けるとすれば『闇』のヨグ、おまえってことだな」

 「な……」

 ヨグが面食らう。九頭龍がおろおろと

 「べ、別にヨグさんに抜けてもらおうって話じゃ、ないの。けど、誰が浮いてるかって言ったら、ヨグさんかなって」

 「だ、そうだよ? ヨグ。おまえが浮いてるのは間違いないってさ」

 「待て。ヨグには魔王様を復活させたという功績もある」

 クトゥグアがそう言ってヨグの味方につく。

 「そんなのは単に責任を取っただけじゃない? 護衛役でありながら、アザトフォート様を死なせた責任を、自分で取っただけ。むしろ魔王様なき千年間、魔族を混乱させた戦犯だよ」 

 「ハスタール。聞いていればそなたは人を悪く言っているだけではないか?」

 クトゥグアが言うと、ハスタールは肩をすくめて

 「そうだけど? だってボク以外全員無能なんだもん。仕方がないじゃん。ぶっちゃけさ、ボクは誰が抜けたって納得だよ。無能と脳筋と臆病と根暗。どこいなくなってもこまらねーし。おまえらで籤でも引けば?」

 「ハスタール。口を慎むが良い」

 クトゥグアがそういってハスタールを制する。

 「クトゥグアこそ、さっきから一歩引いたみたいにしてるけどさ、おまえだって無能ってことには変わりないんだぜ? おまえが抜けるか?」

 「われは、魔王様のお役に立つ為に一日とて休むことなく鍛錬を続けている。そのわれが四天王から外れる理由などないと自負している」

 「確かにおまえは強いさ。力だけはね? でもじゃあ誰が抜けるっていうのさ? 抜けた奴は、この中のだれかの下に着くんだぜ?」

 「それは……」

 そのまま、議論は平行線をたどる。誰を外すにしても、決定打に欠けることが問題だった。

 「……ちょっといいかなぁ? ……話すのも面倒くさいんだけど……」

 しばらくして、消え入るような声を発したものがいた。ナイヤだ。

 「……四天王は四天王でおいておくとして。魔王様に頼んで、ワタシたちの中からあぶれた人を受け入れてもらうための、新しいポストを用意してもらえば良いんじゃないかな? ……ワタシたちだけで話すから混乱するんだよ……きっとね……」

 「そうは言うがナイヤ。アザトフォート様はいつもどおり、夜の九時には眠られている。夜更かしをさせる訳にはいかない」

 ヨグがそう言った。

 「う、うん。あたしが布団を引いてあげたんだもの。もうぐっすり眠られているはずよ」

 九頭龍がそう付けたす。

 「そして魔王様は一度眠られると十時間は起きられない。われらのことで起こす訳にもいかない」

 クトゥグアがそう言ってうなずいて。

 「そもそもさぁ。話したって無駄じゃないかな? こないだボクとヨグでこの問題について相談したらさ、魔王様は『四天王は皆で四天王なんだよ』としか言わなかったし。『皆大事な私の友達だよっ!』ってさ。かわいかったなぁ」

 「ああ。魔王様は俺達の天使だ」

 「うむ。それは間違いない」

 「う、うん。そ、そうよね……」

 それから一同顔を見合わせ、いとしの魔王様のことを思い浮かべては、皆自分達が悪の四天王であることなど忘れて笑顔になった。

 「さておき……。ナイヤの言うことにも一理ある」

 ヨグがそう言うと、九頭龍がそれを受けてうなずく。

 「そ、そうだね。あたしたちで話していても、解決するかどうか……」

 「うむ。今日はとっととメシを食って寝ることにするのである」

 「賛成。もうこれ以上話は進みそうもないしね」

 クトゥグアとハスタールも賛成し、そろそろお開きにしようということで話がまとまりかけた。

 そのときだった。

 「ごめんくださーいっ!」

 城門のほうから……何やら女性のものらしき声がした。五人の四天王たちは一斉にそちらのほうに首をむけ、いぶかしんだように話し始める。

 「なんだこんな時間に……もう橋と門は通れないようになっているはずであるが……」

 クトゥグアが疑問そうに言う。

 「魔王様を倒そうとする人間を受け付けているのは、朝の九時から夕方五時まで。それ以外の時間は橋を通れなくして人間の侵入を妨げることになっていたはず……」

 ヨグが言うと、ハスタールが九頭龍に視線を向けて

 「橋を上げ忘れてたんじゃないの? 九頭龍、確か君の部下の仕事だったね」

 「え……えっと」

 言われ、九頭龍はうろたえる。カオス・クレイドル周辺には水の妖魔が潜む水堀が掘られており、人間の挑戦を受ける時刻以外は橋が上げられている為、人間には中に入ることはできない。この時間帯に人がやってくるということは、その人間が水の妖魔を突破したか、橋がまだ降りていたかしかない。

 「よさぬか。この程度の些細な失敗は誰にでもある」

 クトゥグアが言う。九頭龍はおろおろとしながら立ち上がり

 「ちょっと……見てくるから」

 そう言って門の方へと向かっていった。


 「こんばんは。あれー? 皆さん、どうしてそうおそろいなんですかー?」

 よく通る元気な声で言ったのは、細身の剣を腰に装備した一人の女剣士だった。年の頃は二十歳にならない程に若く、こんなのが一人で挑戦してきたのだとすれば、たいしたものだとしか言いようがない。

 「いいや……俺達もこんな時間まで持ち場についている訳じゃないからな……」

 ヨグは困ったようにそう言った。

 「いつもはこの一階には、われが一人で構えて挑戦者を待ち受けているからな。全員がそろっているところを見るなど、滅多にない」

 クトゥグアがそう言ってうなずく。

 「本来この時間は入場お断りなんだ。ちゃんとした時間に来てくれれば、そこの脳筋から順番に一人ずつ相手をしていくことになるんだけど……。ここが勤務時間九時~十七時のホワイト企業だって知らなかった?」

 ハスタールがあざけるようにして言う。

 「あ。あはは。で、でも、毎日命がけて戦うのにホワイトっていうのも、お、おかしな話よね」

 九頭龍が苦笑がちに言う。

 「それでも魔王様の笑顔が見られるだろ?」

 ヨグが頬に笑みを浮かべて口にする。椅子に座って生きているのか死んでいるのかも分からない様子のナイヤ以外、全員がうなずいた。

 「えっと……あなたたちが。『五人そろって四天王』でおなじみのメンバーで、良いんですよね?」

 女剣士がそういうと、クトゥグアが面食らった様子で

 「お、オンナ? それをいったいどこで聞いた?」

 「えー? 皆そう言ってますよ? ほら、魔王アザトフォート復活の日に、皆さん王都の広場まで黒竜の馬車に乗ってきたじゃないですか? そのとき、魔王の復活を宣言した後、四天王の皆さんが一人ずつ名乗りを上げて高笑いしながら帰って行ったじゃないですか? あの時からずっとそういわれてます。『四天王なのに五人名乗っていったぞ?』って」

 「うわー」

 九頭龍が真っ赤にした顔を指で隠しながら

 「そ……そういえばそんなこともあったわね……。う、うわ。は、恥ずかしいっ!」

 「クソ。完全に格好よく決まったと思っていたのに……そんな感想をもたれていたなんて……。それもこれも四天王が五人もいるからいけないんだ……」

 ヨグが嘆くように言った。

 「やっぱりさ。とっとと誰を蹴落とすか決めた方が良いんじゃない?」

 ハスタールが分かりきったことを言う。

 「あのー……」

 そこで、話が脱線しているのを見て取ってか、女剣士がおずおずと切り出した。

 「わたし。皆さん、ひいては魔王アザトフォートに挑戦しに来たものなんですけど……これって五人一緒に相手しなくちゃいけないんですか? それとも、その、いったん帰って出直しましょうか?」

 「あー。どうする?」

 ヨグがクトゥグアの方に視線を向けると、クトゥグアは自信満々に首を縦に振って

 「うむ。この時刻に橋が降りていたのはわれらのミスなのである。われらはいつもどおり挑戦者を迎えうつだけなのである」

 「ハッ。律儀だねぇ。まぁこんなよわっちそうなの、いつもどおりそこの脳筋一人で十分なんじゃないかな?」

 ハスタールが歯にもの着せずに口にすると、女剣士は眉を潜めて

 「わ、わたしよわっちくないですっ! わたしの名前はユース・フーリッジ。遥かイニーツィオから狂気山脈を越えてやってきたんです。地元じゃ勇者って言われてますっ!」

 「魔王を倒す旅にでかけりゃ、たとえ浮浪者に犯し殺されたって勇者扱いだろうさ。そんな遠くからここまでこれたことは褒めてやるけどね」

 ハスタールはあざけるように口にした。

 「もういいですっ! じゃあそこの竜人さん。まずはあなたですね? さっそく勝負しましょうっ!」

 そう言ってユースは剣を抜こうとする。クトゥグアはそれを見て自分のこぶしを構えようとするが、ふと思い出したように

 「少し待ってくれぬか?」

 などと言い出した。

 「ほへ? なんですか?」

 「実はその……われには戦う前に是非ともやっておきたいことがあってだな……」

 そう言って、クトゥグアは自分の腹を押さえてみせる。すると、次の瞬間には、酷く間抜けなぐぅという音が鳴り響いた。

 「ぷっ」

 ハスタールが笑う。ヨグも、これには苦笑を禁じえなかった。

 「は、腹が減っては戦はできぬ、ってことですか? そんなの待ってられないで……」

 そう言いながら剣を抜くユースだったが、しかし次の瞬間、おかしなことが起こった。

 クトゥグアがいるのとは別の方向から、空腹の音がしたのだ。それも竜人であるクトゥグアよりも一際大きな……音の主であるユースは、恥ずかしそうに自分の腹を押さえて後退った。ハスタールは大笑いし、ヨグと九頭龍もこれには噴出さざるをえなかった。

 「わ、笑わないでっ! わたし、長旅で疲れて……もう一日何も食べてなくて」

 「ふむ。ならばよいではないか」

 クトゥグアは大仰にうなずいて。

 「まずは腹ごしらえ。決戦はその後でどうだろう?」

 それを拒むものは、とりあえず誰もいなかった。


 「ところで……もぐもぐ……魔王アザトフォートは……もぐもぐ。……どこにいるんですか?」

 いいながら獣の肉を食べるユースに、答えたのはヨグだった。

 「ああ。このお城の最上階の五階で寝てる。魔王様は食べるものが特殊だからな、いつも俺達とメシの時間が合わなくて悲しがっておられる。だから、俺達は魔王様を寂しがらせないように、魔王様のいないところでそろって食べるのだ」

 ヨグが言うと、ユースは「ほへー」と

 「ごはんが特殊って……人の生き血でもすするんですか?」

 「そういうのはデザートとか飲み物だよ」

 ハスタールが果物をかじりながら

 「もっとも、魔王様が何を主食にしているかなんてボクたちにも分からないさ。実は何も食べていないんじゃないかって思うこともある。ま、詮索するようなことじゃないんだけどね」

 ユースは眉を潜めて首をひねっている。

 「あのー。日が昇り始めてしばらくしたら橋が降りて、日が落ちる頃に橋があがるのには、どういう意味が?」

 「それはわれらの修行の為だ。常に緊張感を持って城で過ごしていられるようにということで、われが勧めたのだ」

 クトゥグアがそう言ってうなずく。

 「あ、あたしは、反対だったんだけどね……。橋をおろしたりあげたりするのも、めめ、面倒だし」

 九頭龍がおずおずとそう言った。

 「基本クトゥグアが一階にいて挑戦者の相手をするってことで、いったん皆納得した。魔王城に攻め入ったものに命はないってアピールにもなるしな。一階から五階まで俺達四天王が一人ずつ配置されてることになってるんだけど……全部クトゥグアが一人で挑戦者を倒してしまうから、基本、俺達は安心して二階から五階の好きなところでだらだらしているな」

 ヨグが説明すると、ユースは面食らった様子になる。

 「じゃあ。皆さんは普段ここで挑戦者を待っている以外に、何をされてるんですか?」

 「修行。それのみだ」

 クトゥグアがそう断言する。ユースは目を丸くして

 「それだけ? はあ。あなたたち、魔王の手先なんでしょう?」

 「ユース。君たちの国の王様や大臣は、お城で普段何をやっている?」

 ヨグが尋ねると、ユースは首をかしげて

 「は。はぁ? それはもちろん、政治とか……」

 「そうだ。政治だ。そして政治っていうのは何のためにある?」

 「それはその、争いとか貧しいのをなくして、平和で豊かな世の中を作るため……ですか?」

 「正解だ。そして俺達魔族は、すでに平和で豊かだ。争いや貧困はない」

 ヨグがそういうと、四天王たちが一斉にうなずいた。

 「魔王様が復活して最初の一週間くらいは、忙しかったものだ。でもさ、民っていうのは信頼できる王様が一人いてれば、安心しておとなしく暮らしていくものなんだよ。絶対的な主君が世界中の魔族を統一していれば、魔族間での戦争なんて起きようもない。そして魔族にとっての豊かさとは、自由で、誰にも束縛されないことだ」

 ヨグが言うと、ユースは、難しそうに腕を組んでみせ

 「そんな単純なものなんですか?」

 「単純なんだよ。ユース、君たち人間と違って。強いていうなら人間の国に侵攻しようっていう提案がたまになくもないが、今は昔程人間の魔族狩りも積極的じゃないし、今のところ住み分けができているならそれで良いんじゃないかって結論だ」

 「魔王様にいてもらえりゃ、よわっちぃ人間達が魔族を虐げるなんてできっこないしね」

 ハスタールがそう言って果物を噛み千切る。クトゥグアがそこで腕を組んで語り始める。

 「絶対的な存在というのは、王としてそこにいるだけで価値がある。事実、魔王様の復活が成ってから、何もせずとも魔族は良い方向に向かっている」

 「ボクらはぶっちゃけ、魔王様の邪魔にならない限り、人間をどうこうしようとは思ってないってこと。いとしの魔王様との千年王国の障害にならない限りね」

 ハスタールがそういうと、ユースは難しい顔で首をひねった。

 しばらく談笑しながらの食事が続く。『誰が蹴落とされるか』の議論をしていた時とは打って変わって、なごやかな雰囲気が五人の四天王を包んでいた。大切な『魔王様』の話をしたからというのもあるのだろう。

 「あの……そこの人なんですが……」

 そう言って、ユースがおずおずと、部屋の隅っこの椅子に腰掛けるナイヤを指差す。

 「生きてます? 確か、あの人も四天王の一人でしたよね……?」

 「え。ええと……あ、あの人はその、そ、そういう人なの」

 九頭龍がそう言って苦笑する。目を丸くするユースの前で、ナイヤは唐突にその細長い手を伸ばして、ユースの持ってきた乾燥させたとうもろこしの屑を口に運ぶ。

 「うわ。動いたっ!」

 「う、うわとか言っちゃダメよ……。ま、まぁ、怒らないとは、お、思うけど……」

 しばしユースと九頭龍の二人でナイヤの様子を伺っていたが、ナイヤはそれを意に介した様子もなく、十秒に一度くらいのペースで緩慢にとうもろこしのかすを口に運んでいる。

 「わ、わたしの携帯食料、そんなにおいしいんだ……」

 ユースはぼんやりとそう口にした。

 「うぬ。うぐぐぐっ!」

 唐突に、クトゥグアが腹を押さえて苦しみ始める。「どうした?」とヨグが視線を向けると、クトゥグアの全身に何やら紫色の蕁麻疹が飛び出してきていた。

 「ひ、ひえっ! ど、どうしたの?」

 九頭龍が心配した様子で駆け寄る。 

 「……き。気にするな……。この程度、造作もない」

 クトゥグアが強がった様子で口にする。

 「はん。卑怯なもんだねぇ。ユースちゃん、だったかな? 勝負の前に毒を盛るとはね」

 ハスタールがそう言って肩をすくめる。ユースはうろたえたように

 「ち。違います。わたしはそんなこと……」

 「そ、そのとおりだ。……これはただの蕁麻疹……われは干ししいたけアレルギーなのだ。忘れていた……」

 そういいながらクトゥグアが指差した先には、ユースの持っていた干ししいたけが置かれている。明らかに食べかけのそれは、クトゥグアが先ほどまでかじっていたものだ。

 「いやアレルギーなら食うなよ。忘れんなよ」

 ヨグが言って突っ込む。

 「と、というか。……りゅ、竜人にもアレルギーってあるんだ……」

 九頭龍がなんともいえない顔をする。

 「す……すまんオンナ。われは、今夜はとても戦えそうにはない……」

 「ええーっ!」

 ユースが不満そうな顔をする。

 「す、すまない。一日休めば大丈夫だと思うのだが……全身が痒くてとても戦いに集中できそうにない……」

 「アホだね。アホがいる」

 ハスタールが呆れ顔で言った。

 「どうする? 俺達の誰かが代わりに相手をしてやるか?」

 ヨグがそう提案するが、うなずくものは誰もいない。

 「ボクはちょっとね。今夜は魔術の研究をやりたいんだ。だいたいボクは普段は一番上の五階にいるだろ? 雑魚の相手はできないよ」

 ハスタールは主張する。こいつが五階にいるのは単に怠け者ゆえ、自分の出番を後回しにしたいというだけなのだが。

 「確か。ハスタールさんって、空間転移が得意なんですよね? その研究ですか?」

 ユースが尋ねる。ハスタールは「そうだよ」とやや得意げに答えた。

 ミレミアムエルフであるハスタールは、自身の得意とする『風』の魔法の最先端を行く。中でも、彼の操る空間系の魔法は白眉であり、壁をたやすく抜け、どんな複雑な場所にでも一瞬で行き来することは魔族の間でも有名だ。大戦中には、これを用いて主人である魔王や仲間の危機に誰よりも早く訪れた。

 「あ、あたしはちょっとその……きょ、今日はあの日なので」

 九頭龍は言う。九つの頭と八十一の触手を持つ怪物の『あの日』とは、いったい何のことなのだろうか。

 「…………」

 ナイヤは……聞くまでもなさそうだ。

 「じゃあ……ヨグさん。相手してくださいよ」

 ユースはそう言ってヨグの方をみる。ヨグは困り顔で首をかしげて

 「ううーん。とは言ってもなぁ。俺は明日の朝も、いつもの時間に魔王様を起こしに参らなければならないんだよ。だから夜更かしはせずにさっさと寝ておきたいんだが……」

 「ええーっ!」

 ユースは不満そうだ。

 「人間のオンナよ。そうあせることはない」

 クトゥグアは蕁麻疹に苦しみながら口に出す。

 「順番どおり、われから相手をしてやろう。……一晩だ、一晩まってくれたら良い。それまでにわれが気合で蕁麻疹を治す」

 「気合で直るものなのか? 蕁麻疹って」

 ヨグがあきれたふうに言った。

 「……しょうがないですね。分かりました、じゃ。出直しますよ。四天王の皆さん、今日はご馳走様でした」

 そう言って外にでようとするユースを、ヨグが引き止める。

 「待てよ。今外にでても、橋があがってるから帰れないぞ」

 「あ……。それもそうだね」

 ハスタールがうなずく。

 「オンナ。今日は泊まっていくと良い。この広い城だ。使われていない部屋はいくらでもある」

 クトゥグアが勧める。

 「えっと……。いいんですか? 人間のわたしがそんなもてなされても」

 「いいんじゃない? 別に困ることなんて一つもないし。死ぬのが一晩遅くなるだけだよ」

 ハスタールが皮肉っぽく口にする。

 「……分かりました。じゃあ、お言葉に甘えることにしますね」

 という訳で。

 きわめて異例なことながら。女勇者ユース・フーリッジは魔王の城で一晩を明かすことになった。


 「ちょちょっと……よ、ヨグさん。い、いいかしら……?」

 女勇者との奇妙な食事会を終え、いつもどおりに就寝するつもりだったヨグの腕を、九頭龍が引いた。ヨグは体長一メートルの騎士の人形の姿をしているので、人並みの背丈を持つ九頭龍にそれをされると、持ち上げられそうになってしまう。

 「なんだ九頭龍。何か気になることでもあったか?」

 「あの女の子のことなんだけど……」

 九頭龍はおずおずとした様子で

 「あ、あたし説明、苦手だから。ちょ、ちょっと、見に来て欲しいのよ。こ、こっち……」

 言われるがまま、ヨグは九頭龍についていく。やけに怯えた様子だ。九つの首と八十一の触手を持つ海の支配者だったとは思えぬほど、この怪物は気が弱い。

 九頭龍に連れて行かれたのは城門だった。門を開け、外の様子を見やると、ヨグには信じられない光景が広がっていた。

 そこにはあるはずのものがなかった。カオス・クレイドルは人間が集団でせめて来るのを防ぐ為、水を張った堀で周囲を覆っている。しかし、その堀は今では完全に乾ききっていて、水一つない乾いた穴の中で、九頭龍の配下である水系のモンスターが哀れに飛び跳ねているのだった。

 「これは……」

 ヨグが驚いてみせると、九頭龍が涙目を浮かべて

 「あ、あたしの魚さんたちが……。その、こ、これってどういうこと、なのかしら?」

 「……ううん」

 一つはっきりしたことがある。あの女勇者ユースは、降ろし忘れていた橋を渡って城に進入してきた訳では決してない。水の張っていない堀を、堂々と渡ってこちらに来たのだ。

 「これをあの女がしたっていうのか?」

 ヨグは言う。しかし、にわかには信じられることではない。剣を持っていたからには奴は剣士だろうし、そうでなくともたかが十八程度の若い人間の女に、この量の水を蒸発させる魔法なんぞ仕える訳もない。ならばこれは別の誰か、奴の仲間によって行われたということになるのだろうが……。

 「し、信じられない、けど。でも、あ、あの子の名前……」

 「名前?」

 「ユース・フーリッジって。フーリッジって、た、確か……」

 「ああ……」

 フーリッジ。それはかつて、魔王アザトフォートを下したという伝説の英雄、ガルタ・フーリッジの家名だったはずだ。

 無論、英雄が名乗っていたのと同じ家名を名乗る不遜なものなど、この世にはいくらでもいる。しかしそれでも、あの女勇者がガルダの末裔であるということは、考えられないというほどのことではないはずだ。

 「どうしてそれを先に言わない」

 つい口をついてしまう。九頭龍は「ご、ごめ。ごめんなさい」と怯えた様子で平謝りだが、しかし気づいていなかったという点においては、ヨグも九頭龍を攻められない。

 「もういい。後のことは任せていろ」

 そう言って九頭龍を返させる。九頭龍は愚鈍に「ごめんなさい」と何度も頭を下げながら退場する。

 あれでも一応ホウレンソウができるだけマシなのだ。ヨグはそう言い聞かせる。他の連中を見て欲しい、クトゥグア、ハスタール、ナイヤ。酷い面子だ。どれを四天王から外すべきという以前に、どれも外したいというのがヨグの半ば以上本音だった。


 その後。ヨグは階段を上って五階の魔王の間へと歩いていった。

 気持ちよく眠られている魔王様を起こしてしまうのは、忍びない。だがしかし、『フーリッジ』の名を持つ女が城内にいるという状況。このことを魔王様に伝えない訳にもいかないだろう。

 「アザトフォート様」

 魔王の魔の前で。ヨグは膝を折り、床に手を着いた状態で離しかけた。

 「お休み中失礼いたします。アザトフォート様」

 そういうと……しばらくの間をおいて、眠たそうな声と共に、魔王アザトフォートが姿を現した。

 「なぁに。えっとぉ、ヨグ? ヨグだぁ、えへへ」

 眠たそうに現れて、ヨグの姿を見るなりぱっと笑顔になる。十歳そこそこの真っ白な少女の姿をしたその人物は、ヨグのほうに近づいてきて、彼の体を両手で抱き上げた。

 「どうしたの? あのねあのね。私さっきまでヨグの夢を見てたんだよ。ヨグがね、私のことを怖い人から守ってくれる夢。えへへ」

 ヨグの人形の体は軽い。アザトフォートは言いながら、ヨグのことをテディベアにそうするかのように撫で回し、じゃれる。

 ……ああ。こうされるのが一番、俺は幸せだ。

 ヨグはそう思い、悦楽の中で解けてしまいそうになりつつ……理性で踏ん張って報告をする。

 「ヨグは、必ずやその夢のとおり、魔王様のことをお守りする所存であります。さておき、今回は魔王様に一つ報告が」

 「ほーこく? なんのこと?」

 アザトフォートは目を丸くして、両手を伸ばしてヨグと自分の目線を合わせた。

 「実はですね。勇者を名乗る人物が、水堀を干からびさせて城内へと入ってきたのです」

 「ええ?」

 不安そうな様子でアザトフォートは目を丸くした。

 「ご心配には及びません。何があろうとも、このヨグが魔王様をお守りしますから……」

 「それで。今その人はどうしてるの?」

 アザトフォートにとわれ、ヨグは極めて報告のしづらさを感じながら。

 「は。普段どおり、クトゥグアから順に勇者の相手を勤めることになっていたのですが、そのクトゥグアが勇者の持ってきた干ししいたけに当たって蕁麻疹に苦しんでおりまして。決戦は明日に持ち越し、ということで。現在、その勇者は城内にまだとどまっているという状況でございます」

 「え? 蕁麻疹って、クトゥグアは大丈夫なの?」

 そう言ってあせった様子で眉を潜めるアザトフォート。とたんに落ち着きをなくして、「ねぇ。ねぇ」と不安げにヨグに問いかける。ああ、なんとお優しい魔王様。あなたは天使ではないのか?

 「クトゥグアは気合で一晩で直すといっておりました。彼ももともとは魔族の中でも最強の種族に数えられる竜人の長。蕁麻疹如きに屈することはないでしょう。……問題は、そのユース・フーリッジを名乗った女勇者が、クトゥグアとの決戦までに何かよからぬことをしでかさないかということなのです」

 おそらくは、魔王様からじきじきに『ならば決戦の前に勇者を殺せ。確実にだ』との指示をもらうことになるだろうと、ヨグは思っていた。そんなことをわざわざ訊きにきたことをとがめられてもおかしくはないと。しかし、アザトフォートの回答は以外なものだった。

 「分かった。じゃあ。魔法封じを発動しておくね」

 ヨグは思わずアザトフォートの顔をまじまじと見詰めた?

 「魔法封じ? カオス・クレイドル内部で詠唱されるすべての魔術を封じるという、あの禁忌術?」

 「うん。そうしておけば、皆安心だもんねっ!」

 アザトフォートは笑顔でそう言った。

 魔族の王であるアザトフォートは様々な強力な術を所有しているが、中でも特異なのはこの『魔法封じ』だ。すべての術師の力を奪うこの秘術は、過去の大戦においても人間達に酷く恐れられたものである。

 「ヨグはそれで良い?」

 「魔王様がそれが良いと思われるのでしたら、問題はございません」

 ヨグはそう即答した。

 「そう……じゃあ。よかった。ヨグ、また何かあったら私に言ってね。私がみんなのこと守ってあげるから」

 ヨグに自分のことを守れといってみたり。自分でみんなのことを守るといってみたり。魔王様は本当に不思議な人だ。ヨグはそう思う。

 自分は臣下であり、魔王様を守る存在だ。その逆はありえない、使い捨ての駒となることを喜びに感じる。だからこそ、確かに自分が魔王の役に立って死ねるそのときまで、この命は大切にとっておこうとアザトフォートは決めている。フーリッジの名を持つ勇者、警戒しすぎるということはないだろう。

 「それでは魔王様」

 ヨグはアザトフォートに地面に下ろしてもらってから、深く深く敬礼し

 「おやすみなさいませ。良い夢を」

 「うん。おやすみ」

 そう言ってヨグはアザトフォートと別れた。

 酷く幸せな気分だった。


 おやすみ、などと言っておきながら……その日の晩、ヨグはあまりよく眠ることができなかった。

 流れでユースのことを城内に泊めてしまったは良いものの、そのことが今になって心配になってきたのだ。魔王アザトフォートとその臣下である四天王は無敵の存在でなくてはならないという原則から、人間の挑戦者は基本的に公平な決闘の形で迎え撃つことにはしている。が、このような事態は初めてだ。

 かといって、今更そのことを騒ぎ立てる訳にもいかなかった。そんなことをすればクトゥグアやハスタールあたりから臆病者呼ばわりされることに違いなかったし、第一ユースを殺害するなどして対処しないことは、他でもない魔王様が決定したことなのだ。

 ならば……今自分にできることは、せいぜいが魔王様に何かないかどうか、しっかりと見回っておくことだけだろう。ヨグはそう結論付けて、魔王様の様子を見るために五階へ向かった。

 「……うん。よく眠られている」

 寝室では、アザトフォートはとても安らかな寝顔でよく眠られていた。臣下の一人としてはこの寝顔を眺めながら寝ずの番を決め込みたいところでもあるが、ヨグの持ち場は三階ということになっている。深夜の襲撃に備えて皆で決めたルールである以上は、守っておくべきだろう。

 そう思い、ヨグはその場を後にした。その時ふと思い立って、ヨグは一応一階にも行っておくことにする。今この城内にいるイレギュラー、女勇者ユース・フーリッジのことも、一応見回っておくべきだと考えたのだ。

 二階の階段を降り、九頭龍の寝室の横を通過しながら一階へ。

 「なんだい? ヨグ。おまえも見回りに来てるのかい?」 

 そこでヨグはいけすかない奴とあった。ハスタールである。

 「おまえもってことは。ハスタールもユースがおとなしくしてるかどうか見に来たってことか?」

 「そうなるね。はん、気があっちまった。おまえと気が合うなんて、こんな不愉快なことはないと言っていいね」

 どうもこいつとは気が合うとは言いがたい。ヨグは毎度のことながらそう思う。言動にいちいち人を逆なでする悪意があり、協調性がまるでない。単独行動で成果をあげるだけの実力があるから、尚たちが悪い。

 「女はおとなしく寝ていたか?」

 「ああ。そりゃあもう、敵地にいるっていう緊張感なんかまるでなかったね。っつー訳さ、ヨグ。おまえのは無駄足だってことさ。ユースを見回る必要はもうない」

 「これからおまえはどうする?」

 「魔王様に変わりがないかどうか見てくるところだが? あ、ひょっとするとヨグ、おまえがもうそっちの方は終わらせちまってるところか?」

 「そうなる」

 「ふうん。ご苦労なことだね。信頼してやることにするよ」

 そう言ってハスタールは挨拶もなく自分の持ち場である五階までの階段を上っていく。途中までの道のりは同じなのだから、談笑までは望まないまでも、せめて歩幅をあわせるくらいしてくれても良いだろうに。

 不満を覚えながら、ヨグは自分の寝室へと戻っていった。

 「……もう二時か」

 時計を確認し、ヨグはいよいよ本格的に眠らなければならないと悟る。魔族とて睡眠は必要なのだ。


 「ヨグぅ……。ねぇ、ヨグ。起きてぇ……」

 その愛らしい声を聞いて、飛び起きないものは臣下として失格だ。午前四時三十分ごろ、ヨグは愛らしい魔王様の声に飛び起きた。

 「どうされましたか? アザトフォート様っ!」

 魔王様は寝室の廊下側の窓からこちらに視線を向けていた。鉄格子のはまった窓の向こうに、アザトフォートのいとしい顔が見える。ヨグはすぐに寝室の扉を開け、アザトフォートを部屋に招いた。

 「ヨグ……。今、変な音しなかった?」

 「変な音?」

 ヨグは首をかしげる。今の今までずっと眠っていて、そんなもの聞き逃してしまっていた。

 「うん……なんか。燃えるみたいな……。聞こえてすぐ降りてきたんだけど……」

 「申し訳ございません。聞き逃してしまいました」

 魔王様がおっしゃるのならそれは絶対、つまり自分の聞き逃しだ。なので、ヨグはそう言って頭を垂れる。

 「いつもなら。オソノン騎士団の連中が城に石を投げてくる時間ですね」

 オソノン騎士団は魔族に対抗するために人間が組織した軍隊だ。奴らの訓練は四時きっかりから始まり、走りこみの途中、きっかりこの時間に魔王城に向かって石を投げてくる。魔族妥当の意思を再確認することが目的らしいが……しかし忌々しい奴らだ。

 「そうだね……でもその音とは違うくって。とにかくなんか怖いよ。……今お城の中に、他所の人来てるんでしょう?」

 「は。申し訳ございません、あんな者泊めるべきではありませんでした」

 やはり悪戯に魔王様を不安にさせるだけだったか。あんな小娘恐れるにたらないとは言え、魔王様の安眠の為に自分がじきじきに叩き潰しておくべきだった。

 「ううん。ねぇ、ヨグ。今日はこっちで寝ていい?」

 「は?」

 ヨグは一瞬、ほうけた顔をして

 「それは。一晩あなた様をお守りせよということでしょうか」

 「そう。あと……ヨグといると安心するし。えへへ……ずっと抱いていて良い?」

 言って、アザトフォートはヨグの体を抱きしめて、ヨグのベットへと移動する。テディベアを扱う少女のように、ヨグの頭をなで、背中をまさぐり、一緒に横になる。

 ……たまらんわい。

 何より、その『音』とやらを聞いて不安になった魔王様が、他でもない自分を頼ってくれたということが、ヨグには何より嬉しかった。

 「では今宵はこのヨグめが魔王様をお守りいたします。安心して眠られてください」

 「うん。ありがとう」

 花が咲くように魔王様は笑う。

 「誰か来たら言ってね……」

 「御意のままに」

 その一晩中、ヨグは一睡もせず、魔王様に抱きしめられる悦楽を味わいながら、鉄格子の窓を見張り続けていた。

 結局、朝の七時までその窓の前に人影が写ることは、ついぞなかった。


 「起きてるかい? ヨグ」

 そう言って鉄格子の窓から顔を出してくるのはハスタールだった。

 時刻は朝の七時。登り階段の方からハスタールがヨグの部屋の前まで降りてきた。そろそろ起床する時間だが、この男があろうことか自分のところにやってくるとは。

 「なんだハスタール」

 ヨグはアザトフォートに抱かれながらそう答える。ハスタールはその様子を見てあからさまに目を剥いた。ヨグは優越感に満ちた表情でハスタールを見返す。ハスタールは悔しそうな表情を必死で取り繕った様子で怒鳴った。

 「とっとと起きるんだ。大変なことになってるんだ、うすのろっ!」

 ああ……そんな大声を出したら……と思うのもつかのま、ヨグを抱いていた魔王様がハスタールの大声に目を覚ました。

 「何が……あったの?」

 「ああ。魔王様、これはお眠りのところを失礼いたしました」

 ハスタールは丸まるように頭を下げて

 「ですが……大変なことになったのです。魔王様には、その、特に申し上げにくいのですが……」

 彼にしては酷く言いずらそうに……ハスタールは重々しく口を開いた。

 「先ほど九頭龍が五階に来て、魔王様の部屋を訪ねました。しかし魔王様はこちらの部屋にいたようで……代わりに私が彼女の報告を聞いたのですが」

 確かに九頭龍は階段の前を通過していった。ほんのついさっきの出来事だ。

 「それによると」

 ハスタールが息を呑んでから口を開く。

 「クトゥグアが……殺されたようです」

 なんかアレよ。

 なろうでやっていく以上、こういうのも描けた方がいいと思って頑張ってみた。

 描きたいのはミステリっぽい奴だけどよく見るのはテンプレファンタジー。じゃあテンプレファンタジーっぽい世界観でミステリやりゃいいじゃんという天才的な発想。うんマジ俺すげぇ。

 決して他に連載している奴をサボって描いた訳ではない。

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