これがホントの転生ネタ
別に俺は何かの宗教を信仰しているわけではありません。だからといってそれらを信仰している人をバカにする気もありません。
白い空、白い地面。白白白…一面白いただ白いだけの世界。もうそれだけでここが地球とはかけ離れた異世界であるとわかる。そしてそこにいる1人の老人。翁はこの世界の主であり神、そして俺たち地球を見守る者であり、管理者、神と呼ばれるものでもある。
そんな翁の目に留まった1人の男の死。それは本来ここでは死ぬはずのない男の死であった。男の死因は病死であったが、それは本来治る筈の病であった。
そういったことは過去にも時々あるものだった。病死然り、事故死然り、他殺然り、自殺然り。人が本来迎える筈の寿命、そして死因とは違った時にそして違った理由で死ぬ者はかの男が初めてではない。いや強いて言うならばそれは人間に限った話ではない。他の動植物にも本来の寿命よりも前に命尽きる物が多々ある。
そういったモノの魂は翁の管理する天国、又は地獄のどちらにも逝けない。理由は翁にも分からないがそれが決まり事、ルール、定義だ。ではそれらはどうなるのか?
"転生"することになる。ヒトも動物も植物もこの翁のもとに一度連れてこられて来世の希望を聞かれる。
『種族は何がいい?』
『容姿はどうする?』
『特典はどうする?』
まあ、特典といえども足が速くなる才能や頭がよくなる才能、計算が早くできる才能とか他より頭一つ抜きん出てる程度の物に過ぎないが。流石に何処かのファンタジー小説みたいに邪気眼が欲しい、みたいな願いは聞き入れられない。
ああ、そんなこんな話しているうちに男が、いや男の魂が翁のもとにやって来たようだ。
「あ、貴方様は…?」
「私は…神だ」
ちょっとしたネタに走るのが翁のマイブームだったりする。
「ははあーーー!」
それを聞くや否や男は土下座を通り越して五体投地。他の種族以上に知能、感情、そして信仰心のあるヒトがよくやることだ。因みに中学二年生にはいきなり翁に殴りかかる者もいる。
「おもてを上げよ」
「はいっ」
翁はこういった者の扱いも心得ている。
「率直に言おう。ヌシは死んだ」
「はい、既にそれは心得ております」
翁に言われ、正座に姿勢を変えた男が返事をする。今の見た目はこんな若い、二十代のような男だが、実際死んだのは御年八十。数人の弟子に看取られた立派な大往生だった。
「しかしそれはヌシの本来の寿命ではない。ヌシはあのとき死ぬべきではなかったのだ」
「……は、はあ」
さかしそんな生き地獄、ゴホン生き字引であった男も死ぬのは初めて、それも自分の死は特別なものらしい。と言われれば困惑するものだ。
「だからヌシは天国にも地獄にも逝けぬ。転生してもう一度人生を謳歌してもらわなければならぬ」
翁がそう言ったとき、男の肩が確かに震えた。それはそうだ、死んでみれば分かる。命は、生は尊いモノなのだと。翁はそう思った。
しかし今回の死者は他とは一味違った。
「廻るのですか…」
「ん?」
「入寂できなかったのですかあああ!」
そう、男は僧だったのだ。
仏教では人は一生転生輪廻を繰返し苦しむとされ、その転生輪廻から解脱するには悟りを開かねばならないとされている。
そう、男は悟りを開こうと努力していた僧だったのだ。
「うわあああ、いや、悟り開けたと思ったのになあ」
「え?ちょ、ま、え?」
翁はこんなタイプの人間は初めてだ。長らくここでは様々な魂を相手にしてきたがこんな男は見たこと無かった。
多分こんな様子の男だから悟りを開けなかったのだろう。
「くっそ、だからあれほど回る回る言うなって言ってたのに…」
受験生に『滑る』『落ちる』は禁句なように、仏道関係者に死に際での『回る』は禁句なのだ。
というかこの弟子たち、危篤の師匠を元気付けようと色々な大道芸人をやんだのだが、
『皿回し』
『独楽回し』
『猿回し』
『傘回し』
と最早師匠への怨みすら感じられるほどの『回す』のオンパレード。しかしそこは生前悟りを開いたと思っていた高僧、弟子たちの奇行を優しくたしなめることはあっても怒鳴り付けることはしなかった。ただし末弟、テメーはダメだ。いくら面白い時計だからと言って"反時計回り"に回る時計はダメだ。反時計回り、別名"地獄回り"。流石にこの時は男も怒り、弟子の頭を叩いた。
「まあまあ落ち着いて。早速話を進めるが来世はやはり人間で産まれたいか?」
「あ、はい。まあ…」
中には好きな動物に転生したいと申す者、ライオンとかが人気、もいる。しかし男の来世の目標は決まっている。そう、転生の環から解脱することだ。そのためには人間でいた方が有利に決まっている。考えてもみろ、ウミネコと人間であればどう考えても人間の方が悟りを開きそうだろう。
まあ、あえてヒトでない動物に転生するのも苦行の一つかもしれないが。
「容姿はどうする?」
「あ、できれば坊主でお願いします」
坊さんだけに。しかし男もただ上手いこと言っただけではない、ちゃんと他にも理由はある。いや、散髪が面倒臭いというだけなのだが。
「特典はどうする?」
「特典?」
「うむ、何かしらの才能だな。『足が速くなる』とか『頭の回転が早い』とか」
「そうですねもう回りたくないので頭の回転はやめときましょう」
あれだけ悟ったと勘違いし、前世では少し有名になってた男、実は今穴があったら入りたいほど恥ずかしい。あれだけ持ち上げられて実は悟ってなかったとか道化にもほどがある。
最早男にとって『回る』はトラウマだった。弟子達による最期の回転祭りさえ無ければまだましだったかもしれない。
「ふむ、では悟りやすい才能をください」
「え?悟りやすい才能?」
初めて言われる素質。時々ある不可能な特典は無理と突っぱねればよい。男の"悟る"という事象もある意味オカルト。だから突っぱねようと思えばできなくもない。
しかし前世で一生信じてきた神を否定することを翁はできなかった。しかし『悟りやすい才能』なんてモノは存在しない。翁は何か代案を考えた。
「では、頭の回転が「すみません、それだけは勘弁してください」……ふむ」
「では『他人よりも聡明になる才能』としよう。後は自分で精進せよ」
「ははあーーー」
モノは言い様。中身は全く同じなのに言葉を変えれば納得する。人なんて意外とチョロいものである。