表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

悪意の剣(4)

同時刻。


色宮道場も間近の薄暗い小道で、純花と紅葉は完全に立ち往生していた。


いつの間にか道の左右からふたりずつ。

挟撃される形で剣を持った男たちに囲まれてしまった。


さらにまずいことに、

先ほどから、どこからともなく散発的に飛んでくる弓矢。


それをかわしながら、加えて左右の敵にも気を配らなければならない。

状況は東真と撫子が遭遇したそれと似ているようで、実は大きく異なる。


東真と撫子は剣を持っていた。

純花と紅葉は剣を持っていない。

これが致命的。


丸腰の相手と見るや、男たちも東真たちの時とは違い、積極的に剣を振るって攻めてくる。


脅威が無いと判断されたためか、攻撃にも遠慮が無い。

そんな猛攻を、弓にも注意しながら純花が体術でいなす。

しかも紅葉を庇いながらである。


剣を持たない状態の紅葉は、一転して仲間内では最弱と言っていい。


身を縮め、震えながら時折、小さな悲鳴を上げる程度しか出来ない。


剣を持たせれば最強。

剣を持たなければ最弱。


なんとも皮肉。

今や、純花にとっても紅葉は単なる足枷になっている。


関井道場の人間は、道場主だった影正の影響で刀を刃引きしない。


すなわち、真剣を持った男四人と、どこから射かけてくるかも分からない弓の射手。それらにすべて、紅葉を庇いつつ対応せねばならない。

結果として当然、純花の限界は確実に近づいていた。


もう何度目となるか。

居合の姿勢で間合いに入ってくる男へ自ら踏み込み、肉迫して手で捌いては宙に投げる。


そのたび地面に転がった男は低い苦鳴を漏らしたが、弓に神経を割かれているため、どうにも投げの威力が削がれてしまい、しばらくすると投げうった男は立ち上がってきてしまう。


きりが無いとはまさにこのこと。

純花ももはや息が上がり、ゼェゼェと喘鳴を漏らし始めていた。


そこへ、

息が切れ、動きも鈍くなりだした純花を狙って暗がりから弓矢が襲い掛かる。


とっさにかわそうとした。

ところが、


敵の射手は想像以上にしたたかだった。


射線を、純花と紅葉の双方に合わせて矢を放ったのである。


これでは純花が矢を避けても、紅葉に命中する。


万事休すかと思われた。


だが、

純花は最後の力を振り絞ると、矢を避ける動作と同時に、紅葉へ体当たりを喰らわせた。


九死に一生。


地面にふたりして転がりつつも、矢の直撃は回避した。

気付けば、震えて地面に伏せる紅葉へ純花が覆いかぶさるような形で動きが止まる。


「て……照山……さん、大丈夫……です……か……?」

気息奄々として、それでも紅葉の安否を気に掛ける純花の言葉に、紅葉は小刻みにうなずく。


そしてその目に見る。


顔から汗を噴き出し、かすめた矢に傷つけられた左の肩口から二の腕を伝い、手にまで流れるひとすじの血を。


我が身の情けなさと、純花への申し訳無さに、思わず涙が出そうになった。


こんなことなら、剣を持参しておくべきだった。

そう後悔が心を満たす。


そんな紅葉の心情を察してか、純花はもはや声も出せない、動くこともできない状態で優しく紅葉に微笑む。

気にしなくていいとばかりに。


確かに注意が足りなかったのは不覚だったかもしれない。

でも、これは自分たちの主義に沿っておこなった行動の結果だ。

仕方がなかった。


ただひとつの微笑みに、多くの言葉を乗せたような純花の表情に、紅葉は再びうなずいた。


それとほぼ同じタイミング。

男たちが一斉に飛びかかる。


限界に達した純花。

戦うことのできない紅葉。

凄惨な結末だけが想像される絶体絶命の状況。


と、


まさしくそのわずか手前。

事態が変わる。


「ぐぁっ!」

夕闇の空へ響き渡る叫び声を合図。


純花と紅葉に向かっていた男たちの足が一瞬、止まった。

その刹那、


「紅葉さん、受け取って!」

甲高い、聞き覚えのある少女の声が同じく響いたと思うと、倒れた紅葉へ目掛け、ひと振りの剣が投げつけられてきた。


反射的に、

紅葉は、剣を受け取る。


途端、


起きる。

化学変化のような激しい変容。


長い前髪に隠された双眸がギラリと光り、ざわりと妖しく髪が揺れなびく。


瞬間、

勝負は決した。


瞬く間。

文字通りの瞬く間。


ほとんどひと繋ぎにしか聞こえないほどの恐るべき速さの鍔鳴りが四度。


それをもって、


四人の男たちが大量の血飛沫とともに、声すら出せず、地面へと倒れ込んでゆく。


関井心貫流が奥義、無影むえい


居合抜刀の際に生ずるはずの、刀身の光芒はおろか、刀の影すら見せぬ不可視の斬撃。

そこにはすでに、怯え震える紅葉の姿は無い。


剣鬼。

斬人である紅葉の姿がそこにあった。


「遅れてすみません。かーなり危なかったですよねぇ」

先ほど聞こえてきた少女の声が、その場に似つかわしくない陽気な調子でそう言い、電柱の陰から姿を見せる。


ぱっと見、普段の紅葉によく似ている。

長い前髪に隠れた両の目。


ただし、滲み出ている剣術狂いに特有の雰囲気と、紅葉より幼さが強い面立ちが大きな差異であろうか。


足元に転がる、弓を持った血まみれの男を足蹴にしながら、口元へ笑みを浮かべるその様に、楓と同種の匂いを感じさせた。


「……久世くぜ……か?」

事態の収拾を見届け、安心して倒れ掛かってきた純花に肩を貸しつつ、紅葉がつぶやく。


「名前、覚えていただけてて光栄です紅葉さん。久世葵くぜ あおい、楓さんからの命を受けて参上いたしました」

姿勢を正して少女が言う。


久世葵くぜ あおい

楓が放校された剣術エリート校、向原剣技学校の一年。

向原時代から楓の懐刀として活躍し、元場に移った今もなお楓を強く慕い、付き従っている。


元場の剣道部と楓との間に起きた諍いに代理として参じ、手練者四人をも含む元場剣道部員、総勢五十二名をわずかにひとりで屠った事件は記憶に新しい。


「なるほど……大場の指示で、な……」

「さすがでしょ楓さんてば。ほんと、いい勘してるなぁって、私も惚れ直しましたよ」

「……ふん。どうやら、借りを作っちまったか……」

言って、紅葉は足元に血みどろで倒れる男たちを睨みながら、小さく舌打ちを鳴らした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ