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悪意の剣(2)


話し合いの結果というのは、往々にして考えていた通りにならないほうが普通である。

よく聞く言葉がある。


「話せばわかる」と。


正確に言えば、これは1932年の有名な出来事、五・一五事件の際、時の首相だった犬養毅いぬかい つよしが自分を襲撃してきた青年将校たちに向かい、発した言葉だと言われるが、この言葉に対する青年将校たちの反応はこうだった。


「問答無用!」


この言葉とともに至近距離からの銃撃。

もちろん、犬養はその後に死亡した。


このように、人と人とが話し合いだけで分かり合えると思ったら大間違いだという教訓がこの事件からは読み取れるだろう。


そう、人間同士が理解し合うというのは、それほど簡単なことではないのである。


結果、

東真の提案から始まった集団下校の実際は、このようになった。


「思うに……」

「ん?」

「人を動かすというのは……特に、思うように動かすというのは実に困難なことなのだということを、今日は痛感した」

「んなもん、当たり前でしょが。今さら何言ってんのよ」

少々の立腹に呆れを混ぜた声音で、撫子はつぶやくような東真の言葉に返事をする。


学校からの帰り道。

現在、一緒に歩いているのは東真と撫子のみである。


つい先ほどまではレリアも一緒だったが、川向うに住むレリアとは道が分かれたため、先ほど別れた。


東真と撫子の口論にまで発展しそうになった昼休み。

その場をなんとか収めたのは純花の発言だった。


「紅さんも佐々さんも落ち着いてください。とにかく、おふたりの意見が対立しているというのは分かりましたから、ここは折衷案を取りましょう。東真さんは最初、最低でもふたり一組という言い方をしていましたし、その程度ならば十分に現実的だと思うんです。だから、それでおふたりとも妥協なさってはいかがですか?」

これで決まった。


果たして、途中までは五人一緒の帰り道であったが、今は分散して三方に分かれている。


東真と撫子。

レリア。

純花と紅葉。


結局のところ、普段と何も変わっていない。


「どうでもいいけど東真、あんたもう自分ちの道、通り越してるわよ。早く帰んなさいよ」

「いいや。きちんとお前の帰りを見届けてからでないと心配でかなわん」

「心配してくれんのはうれしいけど、どうも鬱陶しいのよね……」

「私だって別に好きで張り付いてるわけじゃない。お前がもっとしっかりしてるなら、こんな心配はハナからせんで済むんだ。己が普段の行いを反省しろ」

「……ほんっとに、言うことがいちいち腹立つわねあんた……」

忌々しげにつぶやく撫子を無視するように、東真はピッタリと撫子の横について離れない。


時期的にも日暮れが早いため、すでに並木道の外灯には明かりが灯り始めている。

この暗がりで、急に襲われたら……。

そうした心配が東真の胸を占める。


それに対し、撫子のほうはといえば、


「ほら、もう道が開けるわ。あとは階段下りて大通りに出るだけなんだから、あんたもさっさと帰んなさいっての」

そう言い、面倒そうに目の前およそ十メートルほど先で広くなった道を指差す。


確かにその辺りまで行けば照明も多く、急な襲撃があったとしても対応はそれほどに困難ではないだろう。

ここに及び、撫子の言い分にも少し納得して東真もうなずこうとした。


途端、


まさしくその瞬間だった。

背後に風を切るような音を聞いた東真が叫んだ。


「ササキ、伏せろ!」

「へ?」

呆けた声を発する撫子の反応は気にも留めず、東真は声を出しながら同時に撫子の肩を掴み、強引に屈ませた。


刹那、


ふたりの頭上をかすめて何かが飛んでゆく。

それの正体を、独特の風切り音から察した東真が続けて叫ぶ。


「弓矢だ!」

今度も言葉を発しつつ、東真は素早く背負っていたケースから剣を取り出し、ひと間も置かずに抜刀した。


見れば、知らぬ間に木陰から三人ほどの人影が躍り出ている。

しかもそれぞれに帯刀した人影。


悪い予感の的中に歯噛みする東真へそれらの人影は囲むように周囲に散ると、そのうちひとりが傲然と呼ばわった。


「我ら、関井影正先生に師事せし関井道場が門下。先だっておこないし決闘にて、先生に無法を働きしそなたらに天誅を加えんと欲し、本日ここに集いたり!」

それに呼応するように、残る二名からも喚きが飛ぶ。


対して、


「ふざけるな、あれは尋常の決闘であったろうに!」

あまりに手前勝手な襲撃者の言い分に腹立ち、東真も剣を構えつ、言い返す。


「それどころか、刃引きもしていない真剣で勝負を挑んだそちらこそ非道であろうが。我が身を振り返ってからものを言え!」

「やかましい!」

東真の言葉をまさしく聞く耳持たずといった形でがなり飛ばした男の声を合図としたように、またも東真らのほうへ目掛け、暗がりから矢が、ひゅっと音を立てて飛んでくる。


姿勢を低めていたところを狙って放たれたためか、今度の矢はまだ事態を飲み込めずに、目を丸くしていた撫子の足元で地面に跳ね返り、カランと乾いた音を立てて地に落ちた。


これには撫子も慌てて、肩のケースから剣を取り出し、


「ちょ、ちょっと、冗談じゃないわよ。弓矢まで用意して闇討ちしてくるなんて、こいつら、正気なの?」

覚悟もままならずにわめいた。


「取り乱すなササキ。こいつらがまともじゃないのは先刻承知のことだろう。泣き言を言う暇があるなら腹をくくれ。しっかり構えろ!」

「……そ、んなこと言ったって……」

泣き言ぐらい、言いたくなるわよと続けたかった撫子であったが、確かに今は覚悟をするより他にないと思い直して口を閉ざす。


とはいっても、

状況があまりに不利なのは悲しいかな事実である。


この暗がりのどこから射かけてきているのか分からない弓矢に注意しつつも、ふたりで三人を相手にしなければならない。


しかも襲撃者の手際の良さから見て、恐らく自分たちがここに来るのを待ち伏せしていたのは間違い無い。


とすると、事前に自分たちの到着前まで目を閉じているなりして目を闇に慣らしていた可能性も高い。

用意は周到と考えるべきだろう。


囲むように立つ三人も、包囲を縮めようとはしてこない。

それぞれ間合い、およそ一間半(約三メートル)。

そこから先は引きも詰めもしない。


思うに、暗がりから射かける弓矢で手傷を負わせ、動きが鈍ったところに畳み掛ける算段だと見てよい。


「くそっ……これを危惧していたというのに、まったく策を講じられずに襲われることになるとは……」

当人にその気は無いのだろうが、東真のこの一言は撫子には痛かった。


まるで自分の危機感が不足していたことを責められているようで。


しかし、今となってはそんなことを気にしている場合ではない。

こうしている間にも、どこからか突然に弓矢が飛んでくるかもしれないのだ。


緊張の糸を張りつめ、闇に慣れぬ目を凝らすより手立ては無い。

気付くと、自然に東真と撫子は背中を預け合う形でその場に立っていた。


寒空の下、ふたりの頬を冷や汗が伝う。


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