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エピローグ(4)


いつもの央田川沿い。

いつもの登校風景。


学生服に身を包んだ学生たちを、寒風が容赦なく襲う。


特に詰襟の男子に対し、セーラー服の女子にとって首元から入ってくる風はちょっとした凶器である。


風の吹くたび、身が縮む。


そのため、マフラーを着用している女子は珍しくない。


それだけに、逆に目立つ。

男子の、それも詰襟着用者のマフラーは。


「いいやねえ。あの男子たちの中で、はてさて何人が手編みのマフラーなのか。加えるなら、それがガールフレンドからの贈り物なんていう照れくさいやらうらやましいやらの男子は何人いるのか。考えただけでもニヤついちゃいそうだわ。ね、ベニアズマ♪」


ニヤついちゃいそうなのではなく、すでにニヤついた顔で周囲の男子を見回しながら、撫子は横を歩く東真へ問うてみる。


これに、東真は当然の如く不機嫌な顔で回答した。


「くだらん……学び舎というのはそもそも勉学に励むために存在するのであって、うわついた色恋にうつつを抜かす場所ではない。というか、お前はどうしてそう最後に人を不愉快にするようなことを言い付け加えんと気が済まんのだ?」

「何、あたしなんかあんたの気に障るようなことでも言った?」

「……自覚無くやったんなら、それはそれで性質が悪いが、もしとぼけてるとするなら、悪質極まりないぞササキ……」


横を向き、睨みつけてくる東真を見ても、撫子はいつものようにイタズラっぽく笑うのみ。


まあ、わざとであるのはまず確かだろう。

が、それをはっきりと責める資格が果たして東真にあるかというと少しばかり疑問である。


東真もまた、撫子をきちんとした名で呼ばない。

しかも頻度で言えば東真のほうが格段に上だ。


佐々と呼ぶことなどほぼ無い。

いつでもササキ。


あだ名の範疇で考えれば可愛いものだが、それでも相手の了承のうえで無い限りは、どっちもどっちである。


そうして、

桜木橋の辺りまで差し掛かると、自然とふたりの目は橋のほうへと向く。


五徳猫を沈めた辺り。


央田川は海に近いせいもあり、塩分濃度が高い。


剣が朽ちて使い物にならなくなるには、それほど時間は必要無いだろう。


東真はそうなることを心から願っているが、撫子は心のどこかでまだなんとなくもったいないという感情がある。


下衆な考えだが、五徳猫ほどの剣ともなれば、値も相当になる。


加えて、件の仕込みの数々。


好事家ならば一体、いくらくらいの値段をつけるだろうかと、まさしく下衆の勘繰りなどしてしまう。


口には出さないが、そんな思いが胸を押し、撫子は思わず溜め息を吐いた。


ただまあ……、

五徳猫が東真の言っていた通りの殺人刀だというのも理解している。


刀を別名、人斬り包丁とはよくぞ言ったものだ。

あれはまさしくその手合い。


そこを思えばこそ、撫子も処分に納得した。

今の時代、人殺しの道具としての刀など、無用の長物である。


痛ましい事柄しか起こすまい。


これでいい。

この処置が一番、適切だった。


分かっている。

のだが、

やはり、心の中で何やら悶々としてしまう。


しかしこれも、時が解決してくれる。

年をまたげば忘れる程度のこと。


思い直し、撫子は視線を逸らした。

また自分たちの前を行く男子生徒のマフラーを見るために。


手作りか、既製品かの違いはある程度なら判別できる。


だが、

それが身内の作ったものなのか、ガールフレンドの作ったものなのかを判別するのはさすがに無理である。


そこだけがなんともむず痒いような感覚にさせる。


「ふうむ……人のためにマフラーなんて編んであげるとかって、どういう心境なのかしらね。あたしは編み物なんか全然だし、どうもそこいらの心理が分かんないなぁ」

「色恋を除いての考えなら……多少は分からんでもない。人は誰かに対して思いを込めたものを贈りたいと思うと、手作りという選択をしやすい。別に編み物には限らん。根付けや茶杓を彫って贈るというのもよくあるそうだぞ」

「根付けに茶杓ねえ……なんか、それも十分に難度が高そうだけど……」

「不器用なお前には土台、無理な話だ。諦めて親しい人への贈り物はどこか良いところで選び買うのが正解だろう」

「む……」


やり返した。

という意識は東真には特に無かったが、結果的に撫子へ軽い嫌味を吐く形となった。


そのせいなのかは分からないが、少し腹立たしそうにしている撫子に対し、東真はすっきりとした顔で歩いてゆく。


彼女自身が意識し、理解しているその理由はただひとつ。

五徳猫はもう無い。


それだけで東真は胸がすく思いがする。

曇天の冬空すら清々しい。


と、

何やらといろいろふたりで話しているうち、いつもの声が背後から聞こえてきた。


「おはようございます。紅さん、佐々さん」

すぐに声の主は知れる。


聞き馴染んだ声。

冬の空に、やんわりとした春風のような声。


純花である。


ということは、

当然ながら紅葉も一緒だろう。


思って、ふたりは揃い、後ろを振り返った。


するとやはりいる。


純花と紅葉。

変わらぬ、朝の光景。


「おはよう。色宮、照山。今日は朝から一段と冷えるな」

「本当ですね。雪でも降るんじゃないかと思ってしまいます」

「確かに」

「というわけもありまして、私から皆さんにプレゼントです。拙い出来ですけど、よかったら使って下さい」


言われて、東真は純花の言っていることに一瞬だけ何事だろうと考えそうになったが、彼女の頭が回転を始めるより早く、純花の行動がすべてを知らせてくれた。


大きなカバンから取り出された包み。

綺麗にラッピングされているが、袋が透明なせいで、中身はすぐに分かった。


マフラーだ。


「はい、これは紅さんの分」

「あ……すまんな……」

「それと、これは佐々さんの分です」

「あー……ありがとう……」

ひとつずつ、カバンから取り出されたそれを渡された東真と撫子は、少しばかり戸惑ったが、別にそれほど変なことでもない。


純花の性格上、普通に有り得ることである。


寒いだろうからマフラーを編んだ。

それだけのこと。


そこを自然としてしまうところが、純花の純花らしいところだろう。

よく見れば、純花と紅葉もマフラーをつけている。


「自分で作って自分でつける分にはいいんですが、人様に使っていただくとなると、ちょっと迷ってしまいましたが、せっかくならと思って、皆さんの分も編んだんです」

「てえことは……その、紅葉がつけてるのも純花の御手製?」

「そうなんです。照山さんには少し早めにお渡ししておいたんですが、それを今日はわざわざ巻いてきてくださったんですよ」

「ははっ、ほんと相変わらず仲良しだわね。あんたらってば」

そう言って、撫子が笑う。


つられるように、純花も笑う。


それを見ながら、東真も微笑ましい気持ちになった。


今回は殺伐とした戦いだっただけに、こうした日常の何気無さがうれしい。

仲間の優しさが、季節と逆行したように温かい。


思いつつ、ふと撫子、純花、紅葉と順番に目をやってゆく。


すると、

はっとした。


紅葉が、


肩に収納ケースを掛けている。


純花の背後に隠れているせいと、マフラーに隠れていてすぐには気づかなかったが、確かに左の肩へ、収納ケースを背負っている。


ということは、

紅葉が剣を持っているということ。


今までならば考えられない。

常に剣を忌避し、必要以外には関わりもしなかったはずの剣。


それを、

紅葉が持っている。


顔は……、

笑っている。


いつもの、ぎこちない笑いではあるが、少なくとも剣に対する忌諱からくるものではないのは分かった。


そして、

東真はあえてそのことに触れない。


ただ、心から微笑んだ。


終わりが訪れ、

始まった。


新しく。


そのことを察し、東真は微笑む。


「本当に……今日は、冷えるな。しかし……」

言うと、鉛色をした空を眺めて、


「不思議と、温かいよ……」

そう言葉を次いだ。


学生たちが歩み、進む。

刺すような寒さの風にも負けず。


雲に覆われた空の上。


そこにはどこまでも青い空がある。


冬の寒々しいその光景に反し、東真の心は澄み渡り、明るい晴れ間が見えた気がした。



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