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プロローグ(3)


「で、今朝言ってたその斬人狩りってのは、どんな話なの?」

話題が再び持ち上がったのは、その日の昼休みのことだった。


どうも込み入った話らしいということで、撫子は早く聞きたい衝動を抑えつつ、昼までの授業を完全に聞き流して過ごしていた。


剣術の実技指導の際すら、東真との模範試合中に呆けてしまい、瞬く間に一本取られて、今は打ち込まれた右脇腹をさすりながらも身を乗り出し、純花に話をせっついている。


「こらササキ、あんまり身を乗り出すな。ただでさえ狭いのに、これじゃメシが食えん」

「もう、いちいちうるさいわね。手狭なのはあたしのせいじゃないでしょうよ」

「誰のせいとか、そういうことを言ってるんじゃない。手狭はすでに承知のことなんだから、それに合わせて人にも気を遣えと言ってるんだこの無思慮者!」

同じクラスとはいえ、隣接しているのが東真と撫子の席のみのため、机ふたつを足した場所で純花と紅葉も食事。


なんとも手狭である。

ブリックパックの牛乳にストローを差しながら、忌々しげに撫子に文句をつける東真の心境もよく分かる。


特に、


「そうですよ。昼食の時間くらい、ゆっくりできるよう配慮しないでどうするんです?」

澄ましてそう言いつつ、ゆったりとペットボトルのジャスミン茶を飲む五人目の人物の存在を考えるとなおのこと、である。


一見してまず際立つ、ブロンドのツインテール。

大振りなメガネ。

日本人離れした彫りの深い顔立ちと、厚い唇。

カーキ色のブレザーを着ている時点で、違和感は最高潮に達する。


「あのね……少なくともあんたには突っ込まれたくないわよあたしは」

「何故です。わたくし、何かおかしなことでも申しました?」

平然として問い返す。


彼女は秋城レリア(あきしろ れりあ)。

日本人の父親とフランス人の母親を持つハーフだという事実を知れば、その容姿にも納得するだろう。


当然ながら、松若刀剣学園の生徒ではない。

学区を同じくする川向うのミッション系士道学校、鈴ヶ丘フェンサーズスクールに通う、東真たちと同じ二年生である。


それは数か月前のこと。

女子でありながら、しかも同じ学生という身分でありながら斬人という立場にある人間が松若にいると知ったレリアは、純粋な興味と闘争意欲に駆られ、その時はまだ正体を知らなかった紅葉との決闘を求めて松若にやってきたが、その条件として提示された東真、撫子との対戦で撫子を破ったものの東真には完敗し、それが縁で現在は東真を筆頭に松若の四人とは友人関係(にあると当人は思っている)である。


そのため、彼女は昼休みになると即座に松若へと駆けつけるのが今では恒例となっている。


ちなみに、

彼女には「ジャンヌ・ダルクの再来」というふたつ名があるが、これは決闘の際、冷静なように見えて実は狂気に満ちた暴力性を表すところから、(狂信者)であったとされるジャンヌと(狂犬)のような性質の彼女を重ね合わせ、鈴ヶ丘の生徒たちがつけた隠喩めいた蔑称であることはあまり知られていない。


「あーもう、純花ったらさっさと話してよ。そうすりゃあたしだって気掛かりが無くなって、ゆったり出来るんだから!」

「はいはい。そんなに急かさなくても、ちゃんとお話ししますよ」

いい歳をして駄々をこねるような撫子に苦笑しつつ、純花はそう言って静かに話を始めた。


「照山さんが斬人ということもありますし、今さら私が言うのも何ですけど、斬人の主な役目は決闘の際に生じた暴力的トラブルの仲裁にあるというのは、もう皆さんご存知ですよね」

「うん」

「ということは逆に言うと、斬人を表に出させるには暴力的トラブルを起こせばいい。という考え方もありますよね」

「……うん」

「どうやら私の聞いた斬人狩りというのは、そうしてわざと決闘中にトラブルを起こし、斬人を引きずり出し、それを討ち取っているらしいんです」

「……うーん」

話を聞いていた撫子の相槌が、明らかに少しずつ、くぐもってくるのが全員に分かった。


納得いっていないのが如実に伝わってくる。

しかし大した心配は無い。

撫子は基本的に自分の気分を偽れない。

腹に溜めておいて、口には出さないということはほぼ有り得ないのである。


「はーい、純花に質問」

「何です?」

「それってさ、言うのは簡単だけど、実際やるとなったらとんでもなく大変じゃない?」

「そうですね」

「だって、あたしが知ってる斬人ったら、ただのふたりしか知らないけど、そのふたりともに共通してるのは、化け物みたいに強いってことよ。それを狙って討ち取るなんて、どんだけの人数でかかってるわけ?」

この撫子の疑問はもっともだと言える。


撫子の知る斬人。

ひとりは照山紅葉。


またの名を関井紅葉せきい もみじ

彼女は、元は関井心貫流せきいしんかんりゅうという剣術流派の家系に生まれた。

が、父であり道場主でもあった関井影正せきい かげまさと母との間に男子は生まれず、彼女は女の身で関井心貫流を継ぐことを求められ、日々の厳しい稽古の末に心が砕けた。


結果、剣を持った時の自分と、剣を持たない自分とを別人格のように扱うことで一応の安定を得ていたが、そんなある日に、父である影正は母以外の女性との間に男子を儲け、それまでは跡継ぎとして育てていた紅葉を母ともども家から追い出したのである。


この所以から、彼女は父方の姓である関井を捨て、母方の照山姓を名乗るようになった。

そして父の仕打ちに反発した紅葉は、あれほどまでに忌諱していた剣を再び握り、斬人の資格を得て松若で生徒と斬人という二重生活を送っていたのである。


ところがそれを快く思わなかった父・影正により校内で衆人環視の中、惨敗。正体も晒され、精神的に追い詰められるが、東真らとの共闘で見事、父・影正を破り、その道場も結果的には看板を下ろさせるに至った。


無敵とも思えた影正の剣技「音斬おとぎり」に対抗するため、計略は用いたものの、その実力は間違い無く人外の域にある。


そして今ひとり。

正確には元・斬人。


全国の士道学校の中でもエリート中のエリートのみで構成される向原むこうはら剣技学校の斬人であった少女。


名を大場楓おおば かえで

分派である関井心貫流の源流ともいえる真元流しんがんりゅうの使い手。


目を患い、早晩、失明するだろうという事実に神経を病み、剣の道に未練を残さぬためにとの考えから暴走。

各校の斬人を次々に襲い、放校処分で松若と同じ学区の元場剣学校に編入。

だが、一度狂った精神の歯車は止まらず、さらなる暴走の中でついに紅葉と決闘。


純花の実家である色宮の道場でおこなわれた勝負は相討ちとなり、燃え尽きられなかった勝負の結果に泣き崩れるも、純花の長兄であり、居合抜刀色宮流道場の道場主でもあった色宮英樹しきみや ひできから視力を失って以後も剣を続けられるようにと、本来ならば秘中の秘である口伝奥義「非視ノひしのし」の修練を提案され、改心。

現在は色宮道場で日々、稽古に励んでいる。


そんな彼女もまた化け物じみた強さだった。

ということは、楓の例に倣って考えれば、斬人相手に(狩り)などと大それた行為は同じ斬人同士か、もしくはよほど数を頼みにしての戦いしか思い浮かばない。


思考の方向性はまったく正しい。

正しくはあるが……、


純花から返ってきた答えに、その考えは完全に裏切られる。


「いえ、数に任せての戦いではありません。わずかにひとり。ひとりで斬人を次々倒しているそうです」

「ひとり……で?」

「はい」

「……って、それだと、そいつもまた楓の時みたいに斬人だとか?」

「違います」

断言口調で純花が言う。


と、

紅葉がぼそぼそと小声で話を補足するように話し出した。


「……容疑者の姿や特徴は分かっているんですが、それと私の持ってる手練者リストを照らし合わせても、該当する人間がいないんです」

「手練者リスト……ああ、斬人になるともらえる全国の斬人や手練れのリストよね」

「はい。それが該当者なし。正直、協会や警察のほうでも容疑者の絞り込みができずにかなり参ってると思いますよ。何せ……」

「……?」

「剣士としてまったく無名な人間が、すでに十人以上の斬人と、手練者リストにも載っている人間が多数在籍している著名な士道学校の剣道部を五十校以上も全滅させてるんですから」

嘆息するように言う紅葉の言葉に、撫子は少しばかり、ぞっとした。


「問題はその他にもあります。ペースです。これの犯人、これだけの犯行をここわずかひと月ほどの間におこなってるんですよ」

「ひ、ひと月って、それじゃ……」

「一日に三校や四校というペースの時もあったみたいですね。何にしても異常です」

「んな、悠長に構えてんじゃないわよあんたも。紅葉だって斬人なんだから、松若が狙われる危険性も十分あるわけでしょ?」

「その時はその時……最悪の場合の覚悟は出来てますから、大丈夫です」

「まあた、そんな嫌な言い方しないでよ、あんたってば……」

撫子としては、紅葉の実力はよく知っているつもりである。


とはいえ、心配が無いとは絶対に言えない。

今までも、自分などとは別次元の実力を持っているにもかかわらず、窮地に立たされてきた。


世の中には予想もできないほどのことがある。

思えば、単純に斬人である紅葉や楓よりも実力が上の人間はいた。


紅葉の父である影正。

純花の兄である英樹。


ただし、ふたりとも手練者リストには載っていたはずだ。


そこの点については、何とも言えない不安感が募る。

正体不明の相手というのは、まるで透明人間を相手しているようで、薄気味が悪い。


「ササキ、もうその辺りで仕舞いにしろ。こういうことはなってみなければ分からん。先行きを心配して神経をすり減らすより、日々の鍛錬にその労力を費やせ。身にならん努力はせぬが勝ちだ」

「そうですよ。大体、わたくしたちが当面心配すべきことは他にあるんですから」

貴重な休み時間を心労で潰そうとする撫子たちの長話をようやく絶ち終わらせたと思った東真だったが、思いがけず横からレリアが話を被せてきてしまい、剥がしかけていたBLTサンドの包みを摘まんだ指を止めた。


まさか今度はレリアが長話を始めたりはしないだろうかと怪訝な顔をしていると、その不安はとりあえず杞憂に終わる。


「先日、ちょっと小耳に挟んだところによると関井道場の残党たち、どうやら意趣返しと道場再建の下地としての名誉回復のため、わたくしたちを狙っているらしいですよ」

そう一息に言い切ると、レリアは持参したランチボックスの中から、半分ほどをアルミホイルに包まれたクロックムッシュを摘まみ上げて頬張った。


パンにハムとチーズを挟み、バターで焼いたホットサンドの一種。

表面に塗られたベシャメルソースが、見ているだけでも食欲をそそる。


それはさておき。

発言して直後、口にものを運んだレリアの行為は、つまりこういうことだろう。


(あとは聞かずに、各自で考えてください)


確かに、どれも対策を考え出したらきりが無いことばかりだ。

まあただ、そうではあるが、


何もしないというわけにもいかない問題ではある。


自分たちで盛り上がっていた斬人狩りについての対応もはっきりせぬまま、新たにレリアから与えられたお題に悩ましげな顔をして弁当をつつく撫子、純花、紅葉の様子を見つつ、東真は自分としては何をすべきかを考えながら、手元のBLTサンドへ豪快にかぶりついた。


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