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摩天の剣(3)


うれしい誤算という範疇に入れていいものかは少しばかり微妙だったが、階段へと向かう紅葉と楓によって、それを阻もうとした敵の手勢八人が、あっという間に地へ伏した。


これでうまくすると敵の数は残り七十。


ひとり頭は二十三人程度の相手をする計算となる。


まあ……簡単に言ってしまって、焼け石に水そのものの状況だろう。


「ったく……あいつら……紅葉も楓も、見事に自分へ降りかかってくる火の粉だけしか払っていかなかったわね……」


少しは気を回して、数人余計に倒していってもバチは当たらないだろうにと思いながら、撫子は強制的に押し付けられた自分たちの役割分担を如何にしてこなすかを考えていた。


「どうする。相手を全滅させるつもりで戦うか。それとも、紅葉と楓が茜とかいう小娘を倒すまで時間を稼ぐ方法をとるか。あたしとしては時間稼ぎでどうにかこの場をしのぐのが上策と思うんだけど……」

「全滅させる方向でいきましょう」

「少しは考えてから返事しろ、このパツキンメガネ!」


撫子の問いに向けて、被せ気味で返されたレリアの無思慮な答えに怒鳴り声を発しはしたが、それが無理もないというのも分かる。


レリアはあの士倉茜という娘に対し、危なっかしいほどの敵愾心を燃やしている。


無論、撫子とて同じく親友の東真を刺されているのだ。

怒りの度合いに差こそあれ、憤懣やるかたないのは共通の感情である。


ただ、

困ったことにレリアはその怒りが強すぎて、細かな状況判断が出来ているとは言い難い。


どこぞの時代劇でもあるまいし、ひとりにつき約三十人切りをしなければならないなど、一体どんな大活劇だと言いたくもなる。


とはいえ、

そんなことを思っているうちにも相手はどんどんと包囲を狭めてくる。


のんきに対応策を練るような余裕は無い。


「そろそろ……間合いも限界か……」

多勢を相手に間合いを詰められ過ぎれば、こちらは動きがとれず、なますに切り刻まれる危険は高まる。


そこを思うと、動きのとれる間に決断は下さなければならない。

そして、それはまさに一刻を争う。


「……仕方ないか。ひとりにつき二十三人。やれるかどうか、やってやろうじゃないの……」


覚悟は決まった。

覚悟が決まれば、やることも決まる。


そこからの動きは迅速だ。


「オーケー、レリア。あんたの案で行くわ。出来るかどうかは別として、こいつら全員、叩きのめすつもりでいくわよ」

「意見の一致ですね。うれしいですわ。では……」

右から、レリアが手に持ったレイピアとマイン・ゴーシュを打ちつける音が響く。


自分を鼓舞する意味合いなのか、そこの辺りはよく分からないが、いろいろな意味でレリアが(やる気十分)であることだけは嫌というほど伝わってきた。


続いて、

左のレティシアが、おもむろに背に負ったツヴァイ・ヘンダーを襷掛けにしたベルトから引き抜くと、やおら構える。


すらりと、何の気負いも感じない美しいフォーム。


そこはいい。


そこはさすがにレリアの妹だけはあると思う。


が、

違和感。


思えば、レティシアからは何かにつけて違和感を感じっぱなしだ。


ここまでくれば、加えてひとつやふたつの違和感はどうというほどのことは無い……とは正直なところ、言い切れない。


人間はそれほど容易に物事を受け入れやすくはならないのだ。


しかもその違和感の原因。

普通であることが違和感なのである。


自分の左右へ展開するレリアとレティシアの準備を確認していた撫子も、レティシアに対しては二度見してしまった。


一度目に見て、しっかり構えているのを確認し、視線を前方に戻した直後、


その、まるで間違い探しのような違和感に気付き、二度見した撫子はしばらく、レティシアの姿に呆然とした。


繰り返すが、彼女の持っている武器はツヴァイ・ヘンダー。

両手用の武器。


大きさも重量も、それを想定して作られている。


はずである。


だけに、

受ける。


強烈な違和感。


そう、

レティシアは、普段のレリアがレイピアを構える時の態勢そのまま、右手一本でこの長大な剣を持ち、半身の姿勢で切っ先を前方の敵に向かって突き出していたのである。


縦に二メートルある棒の中心から、横に同じく二メートルの棒が突き出ている。


記号として見るとそんな姿。


Tの字が横倒しになったような、レティシアの姿がそこにはあった。


「……う……そでしょ。あんたの妹……その剣で、そのスタイルで戦うわけ……?」

「そうですよ?」

「いや、だって、それって確か両手用の剣……」

「ええ。全体重量は四キロ少々ですが、長さが二メートル近くあるため、てこの原理で手首にかかる負担は軽く十キロを越えます」

「そんなもん、片手で扱うのおかしいでしょうがっ!」

「あら、だからこそ練習になるんですよ。負担が軽くては意味がありません」

「……練習?」

「わたくしがいつもレティシアにさせてる練習法です。この練習法のおかげで、レティシアは通常のレイピアなどは鳥の羽の如く軽く、振り回せるほどに鍛えられておりますの」

「あんた……自分の妹に対して、どんだけスパルタなのよ……」


練習と呼んでいるそのものの異常な過酷さはこの際、置いておくとして、


実戦に練習という概念を持ち込んでくるレリアの非常識さにも頭がクラクラする。


それに姉の言うこととはいえ、こんな無茶な戦い方をごく普通に受け入れているレティシアも相当である。


やはり、この姉妹を自分たちの常識で推し量るのは土台、無理なことなのかもしれない。


ゆえに頭を切り替える。

今、やるべきことへ。


「……いいわね、ひとりにつき二十三人。時間をかけるほどこっちが不利になるから、速攻でいくわよ」

「了解しました。では、レティシア。先陣の栄誉は貴女がお受けなさい」

「……はい」


撫子が確認する。

それにレリアが答え、レティシアへ指示を出す。

さらにそれへ、いつものように抑揚の無い声でレティシアは答え……、


文字通りに、

飛んだ。


依然、もっとも近い敵との間合いでも三間を切る(約五メートル)ほどの距離があったというのに、レティシアはそれをやすやすと越えて剣を放った。


はるか先にいるように見えた相手が吹き飛ぶ。

馬上の突撃兵が構える槍をまともに喰らったように。


事実、それに近いものではあった。

恐ろしいほどの瞬発力で突進してきたレティシアの剛剣の切っ先は、もはや尋常な剣の一撃に例えるのは不可能である。


後方の壁近くまで一気に吹き飛ばされた仲間を見て、少なからず敵の間に動揺が走ったように見えた。


そこを見逃さず、

レリアも飛ぶ。


地を蹴り、敵陣の只中へ。


そして振るう。

普段なら一本の凶刃を、今日は二本。


一撃で敵ふたりが一度に吹っ飛ぶ。


すでに本来の用途を完全に逸脱している。


マイン・ゴーシュは主に防御用の短剣であるのに、レリアはいつも通り、守りには関心無しといった風で、敵への攻撃のみに特化していた。


まるで方向自在に振るわれる猛牛の角。

右の敵を吹き飛ばし、左の敵も吹き飛ばす。


表情には早くも狂気がみなぎり始めている。


「……覚悟してくださいまし。あの小娘を貫けない鬱憤は、貴方たちを身代わりに晴らさせていただきます。ついては……少しばかりの怪我で済むなどとは思わないことですわ!」


言うが早いか、

レリアがまたしても飛んだかと思うや、瞬く間に周囲を囲もうと近づいていた敵勢が四人ほどまとめてその場に倒れた。


鎧通。

倒れた相手がもれなく、床を血で染めている様から見て間違い無い。


くぐもった呻き声を上げつつ、床で苦しげにもがく姿から察し、急所こそ外しているのだろうが、かなり危険なところを刺し貫いていることだけは想像できる。


その間にも、勢いこそ姉には劣るがレティシアの剣もまた確実に敵を吹き飛ばしていた。


レリアに比べ、得物のせいもあってか、一撃一撃が重い。


突きを喰らった人間が、どれも壁にぶつかって跳ねたボールのように宙を舞う。


幸いなるかな、レティシアは鎧通を使えないのか使わないのか、基本的に相手は吹き飛ぶだけである。


仮にこの馬鹿でかい剣で鎧通など放った日には、人の串刺しが次々に出来上がるだろう。


それこそ地獄絵図。

死人が出ないほうがおかしくなる。


そこを見越して、レリアも重量級のレティシアには鎧通を仕込んでいないのかもしれない。


そうこうするうち、

敵の動きが偏り出す。


左右へと展開しているレリア、レティシアの業前に恐れをなしたのか、中央に陣取った撫子に敵が集まってくる。


基本的に通常の日本刀は、多対一の戦いを想定していない。


一対一の正々堂々たる勝負。

それが士道。


ゆえに、ひとりの剣士へ多勢が襲い掛かった場合の有利は想像以上である。


ひとりにふたりが切りつければ、剣速は二倍。

ひとりに五人が切りつければ、剣速は五倍の計算となる。


手数の分だけ、対応はそれに合わせねばならない。


紅葉や楓のように尋常ならざる剣速を身に付けていれば、数を頼みの輩にもやすやす太刀打ちできるが、まともな人間にそれを要求するのは無茶というものである。


だからこそに、

敵も撫子に狙いを定めた。


背後に丸腰の純花を庇いつつの戦いというハンディもあり、西洋剣術には不慣れであろう敵にとって、レリアやレティシアより与しやすい相手と思われたのだろう。


囲むように飛びかかってきたのは、総勢十二人。

手数だけでも十二倍。


中央を突破するが如くに突撃してきた敵の群れを見て、レリア、レティシアも撫子への助勢に向かおうと踵を返そうとしたが、そこは敵もさるもの。


各個撃破作戦でゆくと決めたらしき敵の動きに封じられ、レリアもレティシアも、その場から撫子のところまで戻るに戻れない。


「こ……の、邪魔ですわっ!」

囲みを強化して撫子への加勢を妨害する敵に容赦なく鎧通を喰らわせるレリアだったが、相手もまた必死であることをそこで思い知らされた。


肩や肘、膝などの関節部分。

鎧通により、ピンポイントで貫かれればその激痛で動きが止まる急所。


命にこそかかわらないが、ここを破壊されれば、いかな精神力の強い者でも戦闘続行は不可能となる。


のはずが、

まだ動く。


血を流して倒れ伏しながらも、少しでもレリアの動きを止めようと剣を振るってくる。


執念。


思えば、彼らも茜と同じく、関井への怨讐で戦う執念の塊だ。


それが本来なら戦闘不能になるはずの傷を負ってすら、なおも彼らを動かす。


この予想外の執念に気押されたためか、レリア、レティシアともに目の前で囲まれてゆく撫子をただ、見ているしかない。


レリアは頭に関井道場での記憶が蘇り、ぞっとした。

また、撫子がなますに切り刻まれるのを見ることになるのかと。


気付けば撫子への包囲の間合いは一間を切った。

ここまで来ては、もう助けに向かう時間は無い。


閃く十二本の剣が、撫子に目掛けて振るわれるのを直視し、


「撫子さんっ!」

悲痛な声をレリアが上げた。


その、

瞬間。


「鋭!」


倉庫内に木霊する気合い声とともに、撫子が居合抜刀する。


初太刀が前方の敵の一撃を弾く。


続き、

返す刀でさらに右方向からの斬撃をこれまた弾く。


燕返し。


撫子の得意とする剣技。

撫子が唯一、用いることができる剣技。


だがそこまで。


燕返しは初太刀と二ノ太刀のみ。


あとに残った十本の剣は無情に振り下ろされる。

絶望的状況は変わることは無い。


ように、

思えた。


ところが、


「応!」


再びの気合い声。


と同時に、

またも閃く。


三ノ太刀。

左からの攻撃を弾き、


四ノ太刀。

またしても前方の敵の攻撃を弾く。


五ノ太刀。

六ノ太刀。

七ノ太刀……。


止まらない。


次々に撫子の剣は、繰り出されては反転し、また閃く。


それどころか、

加速している。


剣は舞うごとにその速度を上げ、始めこそ敵の攻撃を弾くに止まっていたものが、ついには、

切る。


ひとり、

ふたり、


三人、四人、五人……、

止まらない。


加速し続ける切っ先は縦横に撫子の周囲を飛び回り、囲んでいた敵を次々と切り裂いてゆく。


それはまるで白刃の吹雪。

舞い散るように辺りそこらじゅうへ飛び交う刃が、加速度を増して撫子を覆う。


そして。


ビュッ、と、ひときわ大きな風切音を発して撫子の剣が止まった時、


その周囲には、すでに、

向かってきていた十二人全員が、撫子と純花の足元を囲むように床へと倒れ込んでいた。


その光景の凄まじさに一時、レリアやレティシア、さらには彼女らと交戦していた敵勢までが露の間、その場で硬直した。


起きた出来事を理解できず、目視した事柄を判別できず、戸惑いから、ざわめきすら起こる。


そんな周りの事態とは対照的に、撫子は全身を汗で濡らしつつ、ゼェゼェと早く、浅い呼吸音を響かせる。


肩を上下させ、真っ直ぐに向いた顔から滴り落ちる汗を床に吸わせながら。


一点、

口元にだけ、

自信に満ちた笑みを浮かべて。


そこで、

はっと、我に返ったレリアは問う。


眼前にいる敵のことなど忘れたように。


「……撫子……さん。なんですか、今の、技……?」

その問いに、何故か静まり返った倉庫内へ響き渡るような大音声で撫子は答えた。


「名付けて、飛剣群鳥ひけんむらどり!」

会心の笑みを湛え、そう言った。


群鳥。

言葉の通り、群れ集まった鳥のこと。


燕返しの弱点である初太刀、二ノ太刀の後に生じる隙を埋めるため、撫子が考えた荒唐無稽な発想により編み出された技。


二ノ太刀で止まることにより、隙が生じるならば三ノ太刀まで。

三ノ太刀で止まることにより、隙が生じるならば四ノ太刀まで。


突き詰めれば、


剣が止まることで隙が生じるなら、剣を止めなければいい。

敵が倒れるまで、何度でも剣を振るい続ければいい。


そんな無茶苦茶な理論を実践したのが飛剣群鳥。


ある意味で、いかにも撫子らしい思考から発生した技といえる。


「何事も突き詰めていくと面白い結果が出るもんだわ。燕返しを突き詰めに突き詰め尽くした最終形がこれよ!」

まだ整い切らぬ息を無理に押し出し、傲然と言う。


顔には満面の笑み。

よほどに実戦でうまく技を繰り出せたのがうれしいらしい。


「や……確かに、すごいのは認めますけど……撫子さん確か居合使いですのに、もはやそれ、居合と一切関係無いですよ……」

「うるさいわね。変なところにこだわっても勝てないのよ。居合は私の基本スタイルではあるけど、それにプラスアルファするものが居合である必要は無いの。お分かり?」


シンプルながら、的を得た答え。


型にこだわらず、

型に縛られず、

芯を一本だけ通しておけば、あとは必勝のための戦略と思えば迷わず取り入れてゆく。


これもまた、柔軟な思考の撫子ならではであろう。


「なるほど……あくまで基本スタイルに対するプラスアルファですか。納得です」

珍しくも、撫子の発言をレリアが全面的に肯定したその途端、

呆けていた敵勢が動きを取り戻し始めた。


考えてみれば、ここまで戦いの最中に空白時間を作るほうも相当に左巻きである。


それが撫子の技に対する度を越した吃驚が原因としても。

その様子を横目に見つつ、レリアも今度は余裕に満ちた笑みを浮かべ、言った。


「大したものですわね……わずか三日でここまでの成果を上げてくるなんて。わたくしの心配も杞憂だったというわけですか」

「当たり前よ。いつまでも仲間内でドンケツ扱いされててたまるかっての」

「心強いですわ。さあ、ではその調子で手早くこの連中を片付けてしまいましょう!」


言って敵に向き直り、レリアが一声、発する。

勝利を確信し。


だ、が……、


「……や、ちょっと……タンマ……」

「え?」

思いがけず、


撫子から力無い声が返ってくる。


今までの威勢の良さが何だったのかと疑うほどに。


「どう……しました。何かあったんですか?」

「……あ、いや……それは、さ……あたしも、こいつらをとっとと片付けたいってのは、山々なんだけども……」

「……けど?」

「……ごめん……もう、腕が上がんない……」


溜め息交じりのその言葉に、レリアは思わず風切る勢いで撫子へ目を向けた。


向けて、

見た。


両手をダラリと垂らし、カタカタと小刻みにその両腕を痙攣させている姿を。


「はぁっ?」

「……練習で無理しすぎたみたい……ほんとごめん……」

情けなく一言。


加えて気まずそうな視線。


そんな撫子を観察し終え、レリアは、


「……あれだけ自信満々に言っておいて、一発屋なところだけはそのまんまですかっ!」


先ほどの撫子に勝るとも劣らない、倉庫を揺るがすほどの大音声を腹の底から吐き出した。



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