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摩天の剣(2)


茜に指定されたのは、


場所。

央田川へかかる説破橋せっぱばし付近にあると書かれていた説破橋第四ビル。


時間。

午後六時ちょうど。


終業時間と、用意や移動にかかる時間も加味してのこの時間……と、考えるのは少々、相手を親切者と思いすぎだろう。


季節がら、この時間ともなると周囲は真っ暗。

それも説破橋付近は問屋街のため、このぐらいの時間にはどこも店を閉め、閑散としている。


狙ってやってるのだとしたら、恐ろしい。


人通りも無く、暗闇の中での戦い。

待ち伏せの意味合いならば最高のシチュエーションだ。


「ここで……間違いは無いみたいですけど……」

指示の書かれた紙と、建物を交互に見つつ、純花はすっきりしない声を出す。


「ここ……ねえ……」

続くように、撫子もまたモヤモヤとした気持ちを言葉にする。


説破橋第四ビル。


どう見ても、完全な廃ビルであった。


「しかもこれ、取り壊し中じゃん。入って大丈夫なの?」

「向こうが指定しとるのがここやいうなら、そうなんやろ。むしろ、取り壊し中の廃ビルならではの利点ちゅうのもあるからな。誘い込んでの闇討ちには、これほど最適なもんはなかなかあらへんよ」

「……いちいち嫌なこと言わないでよ。妙に身構えちゃうじゃないのさ」


楓の不穏な言動に少なからず腰が引けつつも、撫子もその言い分には納得していた。


確かに、闇討ちには最適の環境だ。

現実、注意するに如くは無し。


よくよく観察してからの突入が望ましいのは明らかだろう。


見たところ、

ここも以前は何かの問屋だったのか、一階部分は倉庫になっているようだ。


正面には大きなシャッターが閉まり、通常の入り口はその横にひっそりと、小さな錆びついたドアひとつ。

他にはそれらしき入り口のようなものは無い。


「こっからじゃあ、一度にみんなで入るってのは無理だよねえ……」

「先鋒を務めるのがお嫌でしたら、わたくしが行きましょうか?」

「そういう単純な話じゃないのよ。もうちょっとこう、戦略的な動きってものを……」

「でしたら余計にわたくしが適任と思いますけど」

「?」

「狭い場所で動き回ることを考えた場合、得物が小さいほうが対応が迅速にできます。その点では同じ日本刀でも今回、集まっている方々は全員が居合使い。すなわち長柄の刀。取り回しの利点を考慮すれば、わたくしのレイピアが一番、小回りが利くと思いますよ」

「……ふむ」


こうして理詰めで話されると、なんとも分かりやすい。


「異論が無ければ、わたくしから入ります。皆さん、いかがです?」

レリアの声に、撫子は首を縦に振る。


純花も。

紅葉も。


ただ……、

楓だけが、だるそうに手をひらひらさせている。


(さっさと行け)という意味らしい。


レティシアは……、

無反応ではあったが、まあ、姉の提案を蹴るということはこの子に限って無いだろう。


「では、入ります……」

言い残し、

レリアはドアノブを回すと、ゆっくりと押し開けた。


暗い。


まだ外灯がある分、外のほうが明るい。

物音もせず、中の様子は正確には知れない。


「……ここからだと、よく分かりませんね。とにかく入ってみます」

「じゃあ……もうめんどくさいから、みんな一緒に入る?」

「ええんやないか。どうせ大差無いやろ。なあ、紅葉?」


レリアの言葉から急遽、判断を変えた撫子の提案に、楓が答える。

どこか意味ありげな表情で紅葉のほうを向きながら。


何かを、察しているような口ぶりで。


「よし、それじゃとっとと入っちゃいましょ。先鋒はレリア。殿しんがりは純花。あとの順番は自由で。いい?」

「……分かったから、早よ入りぃな」

普段と打って変わり、やたら慎重な撫子の態度に苛立ったのか、楓が面倒そうな声を上げる。


そこに少しばかり、むっとした撫子だったが、思えば自分でも構えすぎている感があった。


いつもは、一緒にいるはずの東真がいない不安感からかもしれない。

柄にも無く、慎重に過ぎる。


ここは一発、度胸試しとばかりに突っ込むのが自分の性格だと思い返し、


「うっし……では突撃と、参りますか!」

掛け声、一声。


小さなドアの狭い入口から、ざっと流れ込んだ。


一斉に。


そして、

全員が入ると……、


やはり、


しん、と静まり返っている。


暗いながらも、ある程度の視界を確保して見える範囲では、やはり一階部分は倉庫らしい。


高い天井。

広い室内。


主に障害物となるようなものは、規則的に並んだ鉄柱くらいのものだ。


仕切りの壁などはすでに壊されているせいで、奥行きがやたら広く感じる。


そんな様子を見て、


「こーれは……ちょっと、心配しすぎたかな……?」

「特に人がいるという感じもいたしませんし、どうも大人数での待ち伏せというのは考え過ぎだったようですね」

暗闇に目を凝らしながら、撫子とレリアはそう話し合う。


と、

急に。


クックッと、込み上げてくる笑いを抑えるように口に手を当て、楓が言う。


「人がおらへん……か。おもろいなあ。ホンマおもろいわ……」

「……え?」

「少なくとも、うちと紅葉に限っては、ここにおる団体さんのことはドアから中へ入る以前に気がついてたで。そやろ紅葉」

「……な、ちょ、だ、団体さんって……何よそれ、紅葉?」


楓の言っていることの意味が分からず、戸惑いの声を撫子が上げたのへ被さるように、変化は起きる。


バチンッ、と大きな音が倉庫内に響いたかと思うや、楓を除く全員が、目を……伏せた。


突然の照明。


真っ暗闇から一転して真昼のような明るさとなり、目がその変化に追いつかない。


瞬間、


「いらっしゃい。時間ピッタリだねぇ」

聞き覚えのある少女の声が、頭上から聞こえてくる。


徐々に光へ慣れ始めた目を開いてゆくと、同時に、


「腹ぁくくってから目ぇ開けたほうがええで。何も知らんと入ってきたもんには、この状況はかなり心臓に悪いやろからな」

楓の声。


すると、

ぼんやりとしていた視界がはっきりしだす。


そこで理解する。

楓の、言葉の意味。


実際、目に入ってきた状況を冷静に理解するのには、若干の間が必要だった。

一階から二階までが吹き抜けになった一階倉庫部分の構造は事前にある程度、予測していた。


が、

そこに集まった……楓の曰く(団体さん)とやらの存在は、撫子に限らず、他のメンバーらも少なからず衝撃を受けた。


まるで何かの時代劇でも見ているような、奇妙な感覚。


がらんとしていると思い込んでいた倉庫内は、顔を頭巾で隠し、各々に抜刀した人々でごった返している。


数は、五十ではきかない。

さりとて百は言い過ぎになる。


誤差を含めておよそ……七、八十人といったところだろうか。


構えを見る限りでも、素人でないのは明らかだ。


「すごい数でしょお。これ、みぃんな関井に道場を潰された人たち。自覚が無いってほんとに怖いよねぇ。こんだけの人たちに恨まれてるっていうにさぁ。のうのうと生きてるんだもん」

ケタケタと不快な笑い声に混ぜ、そんなことを言う。


士倉……茜。


吹き抜け部分の二階に位置する場所の、張り出た廊下の手すりから身を乗り出し、こちら側の様子を見つめている。


「へぇ、この前の面白いお姉ちゃんも来てるんだねぇ。けど、今日はこの前とは違って、丸腰だとしても許してあげないよぉ」

「元よりそんなつもりはありません。友人たちの窮地へともに参じるに、我が身の保身など、始めから考えていません」

「あはっはっ、やっぱりこのお姉ちゃんは面白いやぁ」


どこか不思議な茜と純花のやり取りを横で聞きつつ、撫子は大急ぎでこれから始まる戦いへの目算を進めていた。


敵は七、八十人。

悪いほうに考えて八十人と仮定して、こちらの人数が六人。


うち、剣を持たない純花を戦力に数えるのは乱暴なので除外するとして、実質戦力は五人。


撫子、レリア、レティシア、紅葉、楓。

ひとり頭、十六人を相手にする計算になる。


加えて、紅葉ですら勝てなかった茜。


紅葉と、最低でも互角の腕を持つ楓がいるといっても、間違い無く関井道場の時より分が悪いように思える。


戦う前から溜め息が出そうだ。


そうこうするうち、

今度は茜の興味が、楓に移ったらしい。


珍しいものでも見るような目でしばらく楓を見つめると、おもむろに口を開き、


「……そこのお姉ちゃん。さっきからどうして、目ぇ開けないでいるの。眩しいの?」

興味のほどが伝わってくる声音で問いかけてきた。


そしてそれを聞いた楓はといえば、

相変わらずのリラックスした調子で答える。


「んなもん、開けても意味が無いからや」

「……?」

「うちはもう目が見えへんねん。まぶたを開いて見えるもんなら、いくらでも開けたるけど、見えへんもんを開けても、しゃあないやろ?」

「ふぅん……」


この答えで、茜は茜なりの納得がいったのか、それ以上、問いはしなかった。


代わりに、

「ま、いいやぁ。でも……わたいは関井の味方するやつだったら、目が見えようが見えまいが手加減してあげないからね……」


冷然と言い、


「じゃ、始めよっか。ルールは簡単。あんたたちがわたいを倒せたら、松若に手は出さないであげる。逆に、あんたたちがわたいを倒せなかったら、あんたたちも松若の連中も残らず切り刻む。ね、簡単でしょ?」

そう付け加えた。


「……分かったわよ。大体、ハナからこっちに選択肢なんて無いんだから、その条件飲むわ。だから、さっさとあんたも下りてきなさいよ」

それに、口惜しさの滲む声で撫子は回答する。


選択肢の無い辛さ。

背負うものや、守るべきものの多い身の辛さが沁みる。


こういう時、手前勝手と分かっていても、東真がいない心細さが神経にくる。


そんな、精神的負担に耐えながら発した撫子の言葉だったが、対する茜のほうはといえば、


「……やーだよぉ」

「は……?」


舌をチロチロと出して言うその姿に、撫子も一瞬、唖然としてしまった。


「今、自分で言ったでしょ。あんたたちに選ばせてなんてあげない。わたいを倒したいなら、そっちから来なよ」

「な、あ、あんたねぇっ!」

「わたいと戦いたかったら、屋上まで来なよ。ま、来れればだけどねぇ」


言い残し、慌てる撫子には目もくれずに茜は二階から走り去る。


思っていた以上に素早い身のこなしで、瞬く間に奥まったドアから続くらしき階段を、一気に駆け上がっていってしまった。


残ったのは撫子らと約八十人の手勢。

不幸中の幸いと言えるかは疑わしいが、少なくとも刀以外のもので武装している人間がいないのが唯一の救いだろうか。


「あん……の、クソガキ!」

置かれた状態以上に、その扱いのぞんざいさに腹を立てたが、今はそれどころではない。

すぐさまひとりずつの担当する相手の人数を伝えようと、撫子が後ろを振り返ったその時、


「ちゅうわけや。撫子、レリア、レティシアちゃん。純花ちゃんのことは任したから、ここで踏ん張っといてえや」

耳元に一声、


すっと聞こえたかと思うと、人影が横をすり抜けてゆく。


楓だ。


気付けばもう、早くも囲みへ駆け寄りつつ、階段へ迫っていた。


「な……それじゃ、あんたはどうすんのよ!」

「うちは紅葉の露払いや。じゃ、後は頼んだで」


ひときわ大きな声で戻ってきた楓の返事に、その背後を見ると、まさしく紅葉も楓に同行している。


つまりは……、

楓だけでなく、紅葉も戦線離脱……?


信じたくはないが、目にも明らかな事実。


ただの一瞬で崩れ去る。

計画が。


五人で八十人の計算が、三人で八十人。

ひとりで二十六、七人。


意識こそ飛ばなかったが、軽くめまいがした。


だが、

思っている間にも、敵の包囲は縮む。


抜刀した剣を構える者。

居合の構えをとる者。


思い思いに、こちらへと迫ってくる。


「こ、んの……どいつもこいつも、チームワークって言葉を知らないのかっ!」

その場で即座に頭を抱えたい衝動を力づくで抑え込みながら、撫子は残るレリアとレティシアを左右に配し、憤然として居合の姿勢に入った。


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