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摩天の剣(1)


必要な時間は瞬く間に経過する。


三日間。

それを各自が必死に過ごした。


ある者は、肉体的鍛錬を。

ある者は、頭脳的戦略を。

整えて、来た。


いつもの集合場所、

色宮道場へ。


「……ふむ、思ったよりは数が揃ったわね」

集まった面子を見渡し、撫子が言う。


人数は六人。

関井道場の時と比べても、数だけならば今回のほうが集まりは良い。


「でも、どうなんでしょうか。相手はひとりだというのに、こんな大人数で向かったら、士倉さんに悪印象を与えるのでは?」

「ま、そこは心配する気持ちも分からんではないけど、向こうは今回の戦いに関して、一言もひとりきりで戦うなんて言うてへんのやろ?」

「……はい。それは、そうなんですが……」

「せやったら、まず問題あらへんよ。相手は場所を指定して待っとる。とすれば、まずあちらは万全の準備でうちらを迎え撃てる態勢を取っとると考えるのが妥当や。間違っても、ひとりでのんびりと待ち構えているなんてことは有り得へんやろし、もし万が一にそうやったなら、その時はその時になってから考えればええことや。出向いた上で、手出しするか、せえへんかは決められるからな」


楓の話に得心したのか、純花は、こっくりとうなずいた。

が、


「しかし、もしひとりであった場合には、他の問題も出てきますよ」

「他の問題?」

「誰が、あの小娘と戦うかってことです」

「それは……基本的に紅葉に戦ってもらうのが道理じゃない?」

「それはそうだとは思いますが、道理としての部分以上に、感情としてそこを通せない気持ちもあるのが、わたくしの正直なところです」

「感情……ねえ。そこは分かるには分かるけど、あんたに紅葉でも敵わなかった娘の相手が、果たして務まるの?」

「言いましたでしょ。わたくしはあの小娘を穴だらけにすると。ですので、装備もそれなりに考えてきました。普段でしたらレイピアしか用いませんけど、今日は特別です。どうやら東真さんと紅葉さんの話を総合するに、相手の得物はかなり変わった仕掛けがされていると思われます。ので、こちらもそれに対応できるよう、マイン・ゴーシュも用意しました」


マイン・ゴーシュ。

主に相手の剣を受け流すのに用いる防御用の短剣。


利き手と違う手に持って扱うのが通常。


この戦闘スタイルは、奇しくも宮本武蔵の二天一流における二刀流の戦い方に似ている。


これもまた、右手の大刀は攻撃。左手の脇差は防御をメインとして用いる。


古今東西、物事は突き詰めてゆくと、どこかしら似通ってくるのだということを証明する事例のひとつと言えよう。


「わたくしの鎧通は左右どちらの手でも放てます。逆に、短剣であるマイン・ゴーシュのほうがより力の分散が起きづらいので、効果的な鎧通が可能です」

「効果的な鎧通……ね。なんか詳しく聞くと怖くなりそうだから、深くは聞かないわ……」


言いはしたが、先だって(ザルのように穴だらけにする)と言っていた件もある。


万が一……いや、万より確実に分母は小さいだろう確率で危険な動きをしそうなレリアを思うと、果たしてその時、誰がレリアを止めればいいのかを考えただけで胃が痛い。


そんな、面倒事はひとつで十分だと嘆息している撫子の目に、これまた出来れば見えてほしくないものが見える。


レリアの背後に立つ人影。

ひと目で少女のそれと分かるが、違和感がすごい。


肩より少し上辺りの黒髪のショートヘア。

目の大きい、幼さの強いその顔立ちの可愛らしさに反比例し、表情は薄く、どうも感情を読み取りづらい。


加えて、

その体躯。


前に立っているレリアが比較対象となって分かりやすいのだが、その大きさが異常なのだ。


レリアの身長は多く見積もっても170センチ前後。

その後ろから、ほとんど遮られずに顔が見えている。


そこから計算するに、少女の身長は180を軽く越えている。


こうなると、表現がおかしくなる。

これは(少女)と言っていいものなのかどうか。


まあ、そこはさておいたとしても、撫子としては口にせざるを得ない疑問がまだあった。

それは、


「ところで、レリアさあ……」

「なんでしょう」

「もう……なんか、突っ込むのも嫌なんだけど、あんたの後ろに突っ立ってる巨大少女……」

「ああ、妹のレティシアですね」

「はいはい、レティシアちゃんね。そのレティシアちゃんだけど、なんか背中に磔用の十字架でも背負ってるみたいに見えるのは、あたしの目の錯覚?」


ここである。


磔台と見紛うような何か。

それに対する疑問が撫子の頭の中では渦を巻いていた。


しかし、

撫子の望む答えであったかは甚だ疑わしいが、質問への回答はすぐにレリアから返ってきた。


「いいえ。これはツヴァイ・ヘンダーですわ」

「ツヴァ……何?」

「ツヴァイ・ヘンダーです。純正のドイツ製。(刃物の3S)で名の通ったゾリンゲンに発注して作らせた逸品ですのよ」


ツヴァイ・ヘンダー。

近世初めごろにランツクネヒテ(ヨーロッパ、主にドイツの傭兵団)が使用したことで有名となった、両手で扱うための長大な剣。


長さは二メートル近くもあり、重さも三キロを超すものが珍しくない。


余談だが刃物の3Sとは、

日本の関、ドイツのゾリンゲン、イギリスのシェフィールドのことを言う。


それぞれのイニシャル、関(Seki)、ゾリンゲン(Solingen)、シェフィールド(Sheffield)から呼ばれ、世界の刃物工業の三大都市として極めて著名である。


話を戻し、

レティシアはそのツヴァイ・ヘンダーを襷掛けに右肩から背負っていた。


「レティシアは姉のわたくしから見てもかなり大柄ですので、この剣もそれに合わせて作らせました。全長二メートル。刀身だけでも一メートル三十センチ。重量は四キロ強あります」

得意そうに話すレリアに対し、撫子はただ、呆れるよりない。


理由は、

それこそまさに聞くまでもない。


「……レリア……」

「はい?」

「前から分かってたことではあるけど、やっぱりあんたは頭がおかしいわ……」

「あら、ひどいですわね。何をもってそんなことおっしゃるんです?」

「こんなもん、どう考えたって得物として問題外でしょうよ。刃引きしてあったって、警察に今、声かけられたら速攻アウトだっての」


正論である。


刃引きをしている刀剣の所持についてはこの時代、よほどでもなければ原則許可されてはいるが、二メートル以上のものについてはある程度、規定が厳しい。


重量武器(刃に頼らず、鈍器としての用途が可能な武器)は、武士道精神とはかけ離れている上、刃引きした刀剣と違い、純然たる危険物という扱いになる。


レリアがレティシアに持たせているものは間違い無く、その判断すれすれの品である。


ところが、


レリアは撫子の言い分に、さも苦渋の決断でもしたような顔をして答える。


「そこは仕方がありませんわ。だって、わたくしは(そういうつもり)でこの剣をレティシアに持たせたんですから……」

「……あんたは自分の妹に、本気で相手をぶっ殺させる気か!」


鹿爪らしい顔をしながら悪ふざけとしか思えないことを言うレリアに撫子もつい、語気が強くなる。


もう少し柔らかく、(そういうつもりとはどういうつもりか?)などと聞いても良かったかもしれないが、ここはさしもの撫子も感情が先立ってしまった。


出発前から頭が痛い。


いつもならこうした役回りは東真が担当するのだが、残念ながら今回はいない。

改めて日頃、東真が頭を悩ませている事実に気づき、撫子は同情の念を強くした。


新たに知り合った楓らのおかげで、頭数には困らないが、何かもっと、根本的なところで困る要素が増えた気がしてならない。


などと、

あれこれと考えているうち、撫子はふとした違和感を感じ、メンバーを確認し直す。


自分とレリア、純花に紅葉、レディシアが加わり、さらに楓がいる。


東真がいないのは当たり前。

絶対来ないようにと、釘を刺しておいたのだから。


ただ……、


「……あれ、そういえば……」

頭に浮かんだ違和感の正体に気付き、撫子は楓へ聞く。


「ねえ楓。あんたの腰巾着、葵ちゃんはどうしたの?」

いつもなら、こうした場面には必ず一緒になってついてくる葵がいない。


下手をすれば東真に対するレリア以上の粘着性を見せる葵が、楓に同行していないのはどうも腑に落ちない。


何か、特別な理由でもあるのかと思って撫子は聞いたわけなのだが、


「さあて、な……」


この一言のみ。


楓はわざとらしく、撫子の質問を聞き流すようにして横を向いてしまった。


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