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執着の剣(4)


英樹を始め、撫子、純花、レリアら、見舞い客が去ってからしばらく。


東真はベッドへ横になりながら、なお悩んでいた。


どうするのが最善なのかが分からない。


斬人狩り……士倉茜は、憎悪に燃え、こちらの話になど耳を貸さないだろう。

とはいえ、戦うにも気が引ける。


だからとて、戦わねば関係の無い松若の生徒たちにまで累が及ぶ。

どうしてよいのか分からず、頭をしきりに掻いた。


悩めど悩めど、答えは出ない。


そうこうするうち、

日も落ち、時刻も夜の七時を回った頃。


病室の外、

ナースセンターの辺りから、会話が聞こえてきた。


内容はよく聞き取れない。

まあ、別に聞く気もあるわけではないのだが。


そんなことを思っていると、

病室へ、すっと人影が侵入してくる。


ふたつの影。

見て、素直に何事かと思った。


葵と楓だ。


とうに面会時間など過ぎているというのに、ふたりは悠然と東真のベッドまで近づき、


「どうも、ご無沙汰してます東真さん。久世です」

「おう、生きとるか?」

そう言った。


まあ……、

葵のほうはいい。


別に何の問題も無い、平凡な挨拶。


が、楓のほうのは論外だ。


分かりやすく性格が出ているが、入院している人間に会っての一言目が「生きてるか?」とはどういうことだ。


その他に疑問もある。

なんでふたりがここに来たのか。


なんで面会時間が過ぎているのに、病室へ入ってこれたのか。

苦い顔をしつつ、東真はひとまず声を発した。


「……大場、それに久世。どうしたんだ、急に?」

「もちろん、見舞いやがな。仲間が腹ぁ刺されたっちゅうのに顔も見に来んほど、うちは薄情やないで。ま、顔見る言うても、うちは顔なんぞ見えへんけどな」

「それは……すまんな。迷惑をかけた」

「迷惑ちゃうやろ。心配や。あんたももうちょい、自分の立場いうもんを自覚せなあかんで」


それなら、自分も一言目には気をつけろと突っ込みたくなったが、そこはいちいち触れていると面倒そうなので、そのまま流す。


「しっかし、相変わらず病院いうのは融通が利かんな。少しくらい面会時間が過ぎとるいうて明日にしてくださいやで。こちとらそないにヒマやないわ」

「でも、ナースセンターで楓さんが刀の柄をポンポン叩いたら、すぐに通してくれたじゃないですか。あっちだって仕事だから言ってるだけで、ちゃんと話せば分かってくれるんですよ」

「いや待て、それは説得じゃなくて脅しだ!」


楓のほうも大きく問題だが、それを認識してるのか疑わしい葵の返事に、つい東真も反射的に突っ込みを入れてしまった。


「脅しやあらへんよ。うちはただ、『分かるな?』て言うただけや」

「そんな台詞を剣の柄、叩きながら言ったら立派な脅しだろうが!」

「やかましいなぁ。ここは病院やで。腹の傷にも響くやろし、もっと静かにせな、あかんで」

「……お前にだけはそれを言われたくない……」


どう考えても(見舞い)と称する(嫌がらせ)をしに来たようにしか思えない楓に、東真は頭を抱えてしまった。


「まあそう邪険にしなや。うちらかて、あんたのことを思うて足運んできたんやで?」

「……それは有り難いとは思うが、お前たちの好意が私には重たい……」

「ははっ、ええやないか。人情の軽いこんな世の中で、人の好意が重いなんちゅうのは最高の幸せやがな」


やんわりとした表現にしたのがまずかったのだろう。


完全にこちらの思いを勘違いした楓の様子に東真は諦めて嘆息する。


と、

楓の笑い声が止まってしばらく。


露の間の沈黙を挟み、急に一転、楓は真面目な声音で話し出した。


「……ところで、な……東真」

「……ん?」

「こんなん、腹に穴の開いとる人間つかまえて言うことやないかもしらんけど、念のため言うとこ思うてな」

「何をだ?」

「今回の決闘、うちらだけで片付けてまうから、あんたはゆっくり寝とりや」


瞬間、


抱えていた頭を上げ、東真は楓を見た。


表情から見て、言ったことが本気だというのだけは分かる。

横に連れ立った葵の顔もまた真剣だったことからして、ふたりの心意は察せた。


つまりは三日後の戦いへ向かう気の自分を諌めに来たというわけだ。

しかし、


「大場……言いたいことは分かる。傷を負っている私が戦いに加わって足手まといになるのを恐れ、止めているんだろう。だが、今回の決闘には松若生徒たち全員の無事がかかっている。腹の傷ひとつ程度で弱音を吐くわけにはいかんし、なによりこのぐらいの傷でお前たちの足を引っ張るほど、私は虚弱体質じゃない」


頑として言う。


今回の戦いは、確かに避けたい。

とはいえ、


それは心情の問題である。

背負っている責任の重さは変わらない。


松若の生徒たちに被害が出るようなことになれば、それこそ後悔では済まない。

口調の中から東真の頑なな意思を感じ取ってか、楓は少し黙り込むと、何か考えるように自分の顎を指で撫でながら、再び口を開いた。


「……ほんなら、うちからもひとつ、あんたに言うとくことがあるで」

「なんだ?」

「あんた、以前の辻斬り事件の時、葵とやり合うたことあるやろ?」

「……ああ。ただ、すぐに仲間たちで取り囲む形になったから、実際に切り結んだのはほんの少しだったが……」

「で、その時、どう感じた?」

「……感じた?」

「えらく、やりにくいと思ったんちゃうかと聞いとるんや」


言われ、当時の記憶を思い出す。

確かに……。


あの時、ひどく間が外れるというか……こう、噛み合わないような苛立ちに近い感覚が会ったのは、何とはなしに覚えている。


紅一刀流くれないいっとうりゅう。それがあんたの流派やったな。洋の東西を問わず、あらゆる剣技を吸収して作られた流派。逆を言えば、これほど型にこだわった流派も珍しい」

「それが……どうしたっていうんだ?」

「相性が最悪なんよ」


断言。

それも強く、厳しい口調で。


「ええか、型に沿って正確に剣を操るもんにとって、もっとも戦いづらいのが我流の剣やと、あんた自身も分かっとるはずや。葵の剣は我流。今度の相手である士倉……茜いうのも我流やいう話や。うちが葵に真元流を仕込まんかったのは、あんたみたいな型重視のタイプへ対する対策の意味もあんねん。我流の剣は型を持たんよって、剣筋が読めん。相手の動きを先読んで戦うのは剣術の基本。それを封じられるのがどれほどの不利かいうことくらい、分かるやろ」


返せる言葉は見つからなかった。


あまりにも、その通りであったから。


楓の言う通り、我流の剣筋はそれぞれに違う。

戦いながらそれに合わせる必要が出てくる。


ところが、

型を重視する紅一刀流においては、知っている型や技に対しての対策は即座に出来る反面で、知らない型や技には適応するのに余計な時間がかかる。


身に染み付いた型が、逆に仇となるのだ。

そこを、見抜かれていた。


指摘の正確さゆえに、東真は言い返すことすら出来なかったのである。


「とにかくや。こっちの頭数はあんたがおらんでも揃ってんねん。無理をするんもええけど、耐えて忍ぶのも士道やで」


気を抜き、そう言った楓の言葉に、東真はただ無言を通した。

うなずくことも無く。押し黙ったまま。


三日後には戦いがあるという事実だけを心に思いながら。


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