執着の剣(1)
有り難くないことだが、東真たちは何かと病院のお世話になることが多い。
ここのところ、決闘続きだったこともある。
やたらトラブルに巻き込まれる性質だというのもある。
なんにせよ、
今、東真は六人部屋の病室でベッドへ横になっている。
撫子、純花、レリアの見舞いを受けながら。
「それで……あんた、傷の具合はどうなってんの?」
「心配はいらん。手術中に医者が話していた内容によると、傷は腹膜の手前で止まっている。内臓まで達していたら大ごとだったろうが、ひとまずは運が良かったと言えるだろうな」
「運が良かったって……あんた、腹膜の手前って言ったらそれ、もうほとんど内臓の近くまで刺されてたってことじゃないの!」
「大声を出すなササキ。ここは病院だぞ」
「あう……」
慌てて口を塞ぎ、撫子はキョロキョロと視線を泳がせた。
「でも、まずは大事が無くて本当に良かったですね。先ほどナースセンターの方にお聞きしましたけど、傷は思ったより深くなかったし、傷口も綺麗だから二週間ほどで抜糸できるだろうと、そうおっしゃってました」
「二週間か……思ったよりかかるな……」
「関井道場での戦いでも抜糸まで二週間でしたものね。やはりこういうものは、なかなか素人には判断できないものなんですよ」
「まあ、入院も念のために今日、明日だけのちょっとした旅行程度のものだからな。そこから思えば、関井の時より浅手なのは確かだ」」
「そうですよ。だからしっかり休んで、ちゃんと治してください。無理したらいけませんよ」
「うむ……」
純花の言っていることには納得しつつも、二週間もの長養生を強制されたことには不満があるらしく、東真は複雑な返事をする。
「それはそうと、紅葉と例の斬人狩りはどうなった。私は、お前たちが駆け付けたところまでしか記憶が定かじゃないんだが……」
今一番、東真には聞かれたくないし、聞かせたくはない話題を振られてしまい、撫子と純花は揃って口ごもる。
三日後に再度の勝負。
そんなことを知ったら、東真の性格である。
黙って寝ていてくれるはずが無い。
ここはどう誤魔化したものかと、撫子と純花が頭を痛める。
と、
空気を読まない人間が、すべてをぶち壊す。
「紅葉さんのことでしたらご心配無く。すり傷や打撲こそ多かったようですが、東真さんよりよほど軽傷だったそうですよ」
「そうか……それはなによりだ」
「三日後の再戦にも差し支えは無いでしょう。というより、今度は紅葉さんと東真さんには、お手間を掛けさせませんよ。あの……斬人狩りの小娘は、わたくしがザルのように穴だらけにしてみせますから。うふ……ふふ……」
相変わらず、戦いのこととなるとレリアはいちいち物騒だ。
特に、今回は私怨が絡んでいるだけに、その闘争意欲……を完全に通り越した狂犬じみた衝動は尋常ではない。
だが、
この場においては、問題となるのはそこではない。
「……何だ、その、三日後の再戦って……?」
「あの小娘、あの後すぐに学校から引き揚げていったんです。何を思ったのか知りませんが、三日後に改めてあちらの指定した場所で再戦をと言い残して。出向かなければ松若の生徒全員を血祭りにあげるみたいなことを言ってましたね。けど、それは有り得ません。こちらも相応の報復をしなければ、腹の虫が治まりませんから。ですので、東真さんはどうか何も心配などなさらず、静養していてくださ……」
「できるか、バカッ!」
言い放つや、まるで爆竹でも破裂させたように東真はベッドから飛び起きようとした。
それを、撫子と純花が即座に押さえつける。
「こ、この大マヌケ、なんで東真にその話しちゃうのよ!」
「あら、話したらまずいところでもありましたか?」
「逆にまずくないところが見つからないわよこのパツキンメガネ!」
うっかりでもなく、口を滑らせたわけでもなく、単に無自覚で話を漏らしてしまったレリアをどやしつけながら、撫子は必死で暴れる東真の肩を掴み止める。
一方で、純花もジタバタしている東真の足を毛布でくるみ、どうにか立ち上がらせまいとしていた。
「お、大人しくしてください東真さん、傷口が開きます!」
「うるさい、傷が開くのどうのなぞ、今は言ってられるか!」
「そ、そんなこと言ったって、その体で三日後の勝負なんてどう考えたって無理ですよ!」
「黙れ、放せ、こんな時に大人しく寝てなんかいられるわけ……」
そこまで言ったところだった。
暴れていて気がつかなかったが、知らぬ間に仕切りのカーテンが開けられ、見舞い客が様子を覗いていた。
見れば、
英樹だった。
いつもの優しげな顔つきこそ変わらないが、この事態を見て、少なからず表情に困惑の要素が加わっているのが分かる。
「……えーと、何か取り込み中だったかな。もし忙しいようなら出直す……」
「あ、いえ、別に何でもないんです英樹さん。すいません、なんだか騒がしいところをお見せしまして……」
まさか、英樹が見舞いに来てくれようとは思いもしなかったこともあり、東真は驚きのせいで多少、冷静さを取り戻した。
「手ぶらでは何かと思ったんでね。これ、千疋屋の果物詰め合わせ。好き嫌いが無ければいいのだけど、もしよければどうぞ」
「これは……申し訳ありません。わざわざこんな高価なものまでいただいてしまって」
「そういうことは気にしないでください。お返しなどもお構いなく。気持ちのものだからね、変に細かく考えずに受け取っていただけたほうが有り難い」
「重ね重ねのご高配、まことに痛み入ります。加えて、多忙なところをご足労までおかけしてしまって、心苦しい限りです」
ベッドから起こした半身を折り、東真は頭を下げる。
それを見ながら、英樹は微笑みながら見舞いの品を純花へ渡した。
言葉こそかけなかったが、行動だけで通じる。
(切り分けて、皆さんにお出ししなさい)ということだ。
純花もそれを自然に理解し、うなずいてからベッド脇の棚に置かれた果物ナイフと皿を取り、椅子に戻って膝にそれらを置くと、器用に果物を剥き始めた。
そうしている間に、英樹は仕切りのカーテンを閉めながら話す。
「忙しいというのは、言い方を変えればつまり優先順位の問題なんだよ。仕事が忙しいという理由で見舞いに来ないというのは、忙しいんじゃない。単に何が大切かを履き違えている人間の間違った言い訳だよ」
「あ……」
「妹のご友人が大怪我をした。その見舞いにくることよりも仕事が優先されるとしたら、私に道場を営む資格は無いよ。そこまで義理を欠く行為を平然とする人間が人を指導するなんて、身の程知らずのすることさ」
「言葉も……ございません……」
下げた頭をさらに垂れる。
英樹が若くして人格者であることは理解していたつもりだが、よもやこれほどだとは思わず、感心を通り越して、東真は恥じ入ってしまった。
まだ二十二歳。
自分に置き換えて、果たしてあと五年の間に私はここまでになれるだろうか。
人は歳ではない。
ただ歳を取るだけなら、誰にでもできる。
その点、
英樹は歳月の重みが違う。
願わくば、将来はこのような人物になって、士道を貫きたいと思う。
「まあそう改まらないでくれ紅さん。そうは言ったが、下心が無いわけではないんだ」
「……下心……?」
「見舞いの用事の他に、ちょっと君らに急ぎ、話さなければならないことが出てきてね。それで足を運んだところもあるんだよ」
「急ぎ……と、言いますと?」
「例の斬人狩りに関わる話だ」
「……!」
一度は落ち着いたはずの東真の体が、またもベッドの上で揺れた。
「落ち着いてくれ。別に今すぐどうこうなるような話じゃない。ただ、これから恐らくは再び戦うことになるだろう斬人狩りの、その詳細な情報。それが分かったので、伝えに来たというだけなんだよ」
「それは、あいつの妙な戦い方や、目的に関することですか?」
「その通り。それ以外にもいろいろなことをね。慌てなくても大丈夫。ひとつ残らず話すさ。ただし、かなり長話になると思うから、覚悟して聞いてくれ」
英樹の言葉に躊躇無く、力強いうなずきをひとつ。
返すように英樹もうなずく。
そして始まる。
思いもしなかった数奇な話が。
斬人狩りの、真実の物語が。




