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妖異の剣(5)


少女の変容した理由は分かる。


反応が恐ろしいほど露骨だったからである。


関井。

紅葉の旧姓。

紅葉の父方の姓。


彼女にとって忌まわしい、父親を思い出させる名。

同時に、彼女の身に染み付いた剣術流派の名でもある。


それら、どの要素が少女に異変をもたらしたかは分からない。

ただ、今はそんなことを気にしている場合ではないことは確かだ。


ここに至り、確信できる。


この少女は危険だ。


今なら納得できる。

十人以上の斬人が、この少女に屠られた事実。


それほどに、少女の変化は凄まじかった。


「……やったねぇ。ようやく当たりだよぉ」

「当たり……って、そりゃどういう意味だ……?」

「言った通り。当たりは当たり。関井……関井……やぁっと見つけた関井……」

はしゃぐように言う。


が、先ほどまでのどこか無邪気にも見えた様子は微塵も無い。

空腹に耐えかねていたところへ、獲物が舞い込んできた時の野獣の反応。


少女の喜びようは、それほどに禍々しかった。

理性の抑制などハナから無かったように思っていたが、違った。


本当に理性を欠いた状態がこれ。

獣の様相。


すると少女は、どこかかすれたような笑い声に混じり、語り出す。


「みんな勘違いしてたけどさぁ、わたいは斬人狩りなんかじゃないんだよ。関井狩り。関井の人間をひとり残らず切るのが、わたいの役目。ほら、これはその証拠」

言うや、校門をくぐった時から肩に担いでいた長い袋を無造作に地面へ放り投げた。


口を縛ってもいなかった袋からは、地面に打ち付けられた衝撃で中身が飛び出す。


中身は、

剣。


何本もの剣。


しかもそのどれもが、乾いた血がそこかしこに付着し、胸の悪くなるような茜色……黒ずんだ赤色に染まっている。


柄も。

鍔も。

鞘も。


「関井の道場、潰れたっていうのに、道場の連中がウロチョロしてたからさぁ。見つけたそばから、片っ端で切り刻んだんだぁ。で、これはそいつらが持ってた刀。もう剣なんて使えないようにしたから、要らないだろうなと思って、お土産にもらってきたんだよねぇ」

話ながら、ケタケタと笑う少女の声に、紅葉は思わず、歯が鳴りそうになった。


恐怖している。

斬人の紅葉が。


こんなことは父、影正の襲来以来だ。


「だからさぁ、お姉ちゃんも切るよぉ。ちゃあんと。切って、刻んで、抉って……突いて……もう二度と剣なんか持てないように、動けないように、しっかり……壊してあげる……」


刹那、


紅葉が動いた。


これ以上は耐えきれなかったのだ。

少女の狂気に晒されるのが。


だから先をとった。

すぐに終わらせるため。


こんな胸糞の悪い戦いを。


知らぬ間に、にじり寄っていた少女のせいで詰まっていた間合いは、ほぼ一足一刀の間合い。

一気に踏み込めば、それで決着がつく。


思い、紅葉は地面を蹴る。

一度の踏み込みで肉迫。


目の前に、狂った少女の目を捉え、放つ。


無影。


超高速の居合抜刀術。


鍔鳴りが聞こえれば、それは即、敵の敗北を意味する必殺剣。


間合いは完璧。

タイミングも十分。


確実に、少女が剣を持っている右腕を狙い、放った。


そして響く。

鍔鳴り。


ビィン、と甲高い金属音。


勝負あり。


あっけないほどの幕切れ。

しかしそれが無影。


鍔鳴りが聞こえた時点で、勝負は決する。

鍔鳴りが聞こえた時点で、すでに狙った相手は切られている。


この場合、紅葉が狙った少女の右腕。

気の毒にも思えるが、もはや少女の右腕は体を離れ、繋がってはいないだろう。


そう、


いつもなら。

いつもの戦いなら。


ところが、


これは普段の戦いではなかった。


剣を鞘に収めた紅葉は……、

愕然としていた。


手ごたえ無し。


つまり、

かわされた。


無影を。


完璧な狙いとタイミングで放ったはずの無影を。


頭が混乱し、額に脂汗が滲んだ。


有り得ない!

何故かわせた!


そんな動き、まったく見えていなかったのに!


自分でさえ何が起きたのかが分からず、鞘口と柄を握ったそれぞれの手が震える。


取り乱している。

理解不能な今、現在のこの事態に。


そこへ、

混乱の度を増す紅葉に対し、少女は変わらず、ケタケタと笑いながら話す。


「あはっははぁ、速いねぇ。全っ然、見えないやぁ」

「……!」

見えていない……?


なら、何故かわせた?

それとも、


実際は見えていたのに、嘘をついているのか?


次から次に頭に浮かぶ疑問で溺れかけていると、ふと、少女は真顔に戻り、


「だけどさぁ、見えなくっても軌道は読めるから、別に怖くもないねぇ」

平然として言った。


紅葉の混乱は限界に達した。


滅茶苦茶だ!


少女の言っていることは完全に滅茶苦茶だ!


抜刀した剣の軌道が読めることなど、当然のこと。

それは構えている腕の位置や、姿勢から容易に察知できる。


だが、無影はかわせるはずがない。

無影は、そんなことは関係無しに相手を切る技。


軌道が分かっていても、それに対応できないほどの速さで剣を振るう。


だからこその皆伝奥義。

対策をすら力でねじ伏せる。


それが無影だったはず。

なのに……。


「どうしたのぉ。戦ってる最中にぼんやりしたら危ないよぉ」

その声に、はっと我に返る。


言われるまでも無い。


戦いの最中に迷いを生ずるなど、致命的。


迷うな!

悩むな!


かわされた理由などは戦いが終わってからいくらでも考えられる。

今はとにかく、攻撃を続けるのみ。


一度はかわせても二度。

二度はかわせても三度。


数を重ねれば、いかな理由があろうとかわせるはずが無い。

強引に思考を払いのけ、二ノ太刀を放つ。


二度目の無影。


不気味なほど動きを見せない少女だったが、そのおかげで先ほどと同じく、完璧な形で無影が放てる。


そう思い、一気に抜刀する。


抜刀……、

しようと、

した。


が、


抜けない!

剣が!


払ったはずの混乱が、また頭の中で暴れ狂う。


と、

抑えるようにしたクックッという笑い声を漏らしつつ、少女が言う。


「お姉ちゃん。これ……なぁんだぁ」

声とともに小さく、ジャラリと金属の擦れるような音がし、はっと少女のほうを見た。


鉄の……鎖?


それを左手に持ちながら、また少女が笑う。

鎖の一端は、少女の腰にある鞘から伸びている。


さらにもう一端。

そちらは……、


紅葉の、剣に。

ぐるりと、柄と鞘口へ絡まり、鍔へ引っかかるようにして抜刀を阻んでいたのだ。


「最初に剣を抜いて、また鞘に収めた時に絡めといたんだぁ。気がつかなかったでしょお?」

言ったかと思うや、少女は急に足を踏ん張ったと見えた瞬間、一気に左手の鎖を引いた。


抵抗する暇も無かった。


声を出す間もなく、紅葉の手から剣が離れる。


途端、

鎖を巻き取るように、少女は左手で宙を舞ってきた紅葉の剣を奪った。


「……五徳猫が一徳目、鋼蛇はがねへび……」

ニタリと笑った口元から、少女がつぶやく。


その時、

紅葉は……、


倒れた。


へたり込んだといったほうが正確だろうか。


たたらを踏むように後ろへ数歩、退いたかと思うと、そのままペタリと尻もちをついた。


剣を失い、

斬人から、いつもの紅葉へ。


ガタガタとただ、全身を震わせる。

目にはうっすら、涙まで滲んでいた。


「さぁて……と」

ゆっくりと倒れた紅葉へと歩み寄ってきた少女は、すいと右手に持った抜き身の剣を紅葉の顔に向け、切っ先をくるりと回転させて言う。


「どうしようかぁ。どこから切るか、刻むか、抉るか、突くか。お姉ちゃんはどこがいい?」

小首を傾げた少女の目は、さらに強まる狂気と殺意で鈍く光り、紅葉を射るように見つめた。


校庭を風が吹く。


舞い上がる土埃。

黄土色をした土埃。


先だって、地面に吸われた男子生徒たちの血が、その一部をどす黒く染め、紅葉と少女の間を我関せずとでも言わんばかり、びゅうっ、と音を立て、吹き抜けていった。


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