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妖異の剣(4)


校庭に出て、まず強く感じたのは……、


想像以上の凄惨さ。


剣を握り、斬人へと変化した紅葉は普段と違い、よほどのことでもなければ狼狽などしない。


それが、

明らかに冷静さを欠いている自分を感じていた。


あまりに惨たらしい。


ざっと見渡しただけでも、倒れている生徒は十人近い。

その誰もが、己が血に濡れ、なおも出血を続けている。


「……医者は、もう呼んだのか?」

忌々しげな顔をし、隣りに付き従ってきた男子生徒へ目も向けずに問う。


「え、あ……はい、もう救急車の手配は済んでます」

「だったら、さっさと残りの無事な連中を連れて校舎に入ってろ。あとは私の仕事だ」

怒鳴りそうになる声を必死に抑えて言った紅葉の言葉に、男子生徒は敏速に従い、校庭に残る警備の男子生徒たちに撤退を呼びかける。


その間、

襲撃者の少女に警戒しつつ、倒れた生徒たちを抱き上げて退いてゆく男子生徒たちを、左右にかすめながら、紅葉は少女へと接近していった。


すると自然、目が合う。

手に持った白刃をひらひらさせ、浴びた返り血で濡れた頬を左の袖口で拭きつつ、視線と気味の悪い笑みを送ってくる。


間違い無い。

士道協会と警察から、各校の斬人に伝達されていた容疑者の特徴と完全に一致する。


聞いていた時にも、どうも信用しきれていなかったが、直接、相手を目の前にしてもまだ確信できない。


幼すぎる。


正確な歳は分からないが、どう大きく見積もったとしても、自分たちと同年代がせいぜい。


自分や楓のような人間を特別扱いするつもりは無いが、それにしても、この若さでこれほどの騒ぎを引き起こしているのは信じ難い。


ともあれ、


そうした思慮は後でいくらでもできる。

今、しなければならないことは単純。


斬人狩りを撃退すること。

それに尽きる。


「……随分と、派手な暴れっぷりだな。ええ、おい」

血を吸い、湿った地面を一瞥し、不快感も露わに紅葉が言うと、少女は小首を傾げ、


「わたいは暴れてなんてないよぉ。ただ切ってただけ。よく切れるんだよぉ、これ。防断服が紙切れみたいに、スパ、スパ、スパってさぁ」

そう楽しそうに話す。


言っている内容と、切られた生徒たちの傷の具合を見て確信できる。

少女の持っている剣は刃引きされていない。


それどころか、相当の業物であろうことは確かだ。


「えらく……楽しそうに話すな」

「別に楽しくは無いよぉ。でも、しないといけないからしてるだけ。人を切って、斬人が出てくるようにして、そしたら斬人を切って……って。そうしないといけないからさぁ、仕方なくやってるだけ」

「……?」

少女の言っていることの意味が、紅葉には皆目、見当がつかなかった。


しなければならないこと?

斬人を狩ることが?


だとしたら、それは何故?

誰かに命令でもされているとでもいうのか?


「……確認するが、お前は斬人狩りか?」

「みたいだねぇ。わたいはそんな名前じゃないけど、みんなはそう言ってるよぉ」

「で……そう呼ばれる理由……斬人を、狙って切っているのは、それは誰かにそうしろとでも言われてやってるのか?」

「違うよぉ」

「……違う?」

「言ったでしょお。これはわたいがやらなきゃいけないこと。別に、斬人なら誰でもいいわけじゃあ無いんだよぉ。切らなきゃいけない斬人はひとりだけ。だけどさぁ、その斬人がまぁだ見つかんないんだぁ」

「……ひとりだけ?」

「そう、たったひとりだけ。だから今までのは全部ハズレ。でもいいんだぁ。クジはずうっと引き続けてれば、いつかは当たりが引けるでしょお?」

「……」

話をしながら、吐き気がした。


こいつはどう考えても正気じゃない。


しかし、動機ははっきりした。

言っていることの半分も理解出来ないが、少なくとも誰か特定の人物を狙って斬人狩りをしていることは確かだ。


問題はその、狙っている斬人が誰なのか。

加えて、何故にその斬人を狙っているのか。


疑問は膨らむ。

と、


そんな紅葉の心理などは察しもせず、少女もまた、紅葉へ質問をしてきた。


「ねぇ、ここの学校では、お姉ちゃんが斬人なのぉ?」

妙な質問。


この状況でわざわざ出てくるからには、それは斬人以外にいないだろうと、少女の思慮浅さに少し呆れつも、紅葉は素直に返答した。


「……そうだ。私がここの斬人だよ」

「じゃあさぁ、お名前、教えてよ」

「名前?」

「うん。お姉ちゃん、お名前なんていうのぉ?」

「照山……紅葉だ」


言った瞬間、


少女は全身の力でも抜けたように大きな溜め息をつくと、何故だかひどく落胆したような顔で紅葉を見つめ、


「てぇるやぁま、もぉみじぃ……かぁ……」

力無くそう言い、退屈そうに身を揺らしたかと思うと、またしつこく問うてくる。


「あのさぁ、お姉ちゃん。そのお名前、ほんとにほんとぉ?」

「ウソ言ってどうするってんだ。名前を偽る理由なんぞ私にゃ無い」

「そっかぁ……残念。またハズレちゃったよぉ……」

落胆の色が目に見えて濃い。


つまりは、少女の狙っている人間とは名が違うということか?


にしても、性別や身体的特徴などでなく、単に名前だけで相手を探すとは、えらくおおざっぱな探し方だとしか言えない。

それとも、それ以外に情報が無いのか?


まあ、少なくとも自分が目的の相手ではないらしいことは分かったのだから、それ以上は別に考える必要も無いだろう。

などと、思っていると。


「じゃあ……どうしよっかぁ。とりあえず、やるぅ?」

無気力な口調でそんなことを言う。


怒りを通り越し、半ば呆れた。

自分のしでかしたことに対して、まるで自覚が無い。


この言いようでは、その気が無いなら普通に帰れるとでも思っているようにも受け取れる。

が、言うまでも無く、そんなわけにはいかない。


起こした騒ぎ……とりわけ、傷つけた生徒たちへの責任は取らせる必要がある。


「お前がやらんといっても、やるさ。この惨事の始末はきちんとつけてもらわにゃ困る」

「警察に突き出すとかぁ?」

「ま、やったことを考えれば自然、そうなるだろうな。どうする。大人しく警察に行くか、私に突き出させるか。それくらいなら選ばせてやってもいい」

「警察は困るなぁ。まだ探してる斬人を見つけてないのに、警察なんかに捕まってる暇なんて無いもん」

「そうか……それじゃ、仕方ないな……」

言って、紅葉は小さく舌打ちした。


厄介な戦いになる。

それだけは戦う前から予測できたからだ。


見た目や態度からは、話に聞く実力は感じられない。


だが、

そうした要素で人の実力は知れない。


そこは紅葉もよく心得ていた。

印象と実力は必ずしも一致しない。


だから決して油断はしない。

始めから全力でゆく。


大の男相手と違い、女子供相手では多少、気分は悪いが、最悪の場合は腕の一本も切り落とす程度の覚悟で臨む。

少なくとも事前に聞いている相手の実力……何人もの斬人を倒しているという事実を思えば、そのくらいの心積もりでかからねば危険である。


「……怪我くらいは、覚悟しろよ」

つぶやくように一言。


少女に対してというより、自分に対しての言葉。

戦いの最中、切っ先が鈍らぬように。


途端、構える。

いつもの、独特の構え。


刀を鞘ごと腰から引き抜き、鞘口を握った左手と、柄にかけた右手で、横向きにした剣を前へ押し出すが如く突き出した構え。


始めて見る人間は誰もが奇異の目をそれに向ける。


ところが、


少女の反応は意外だった。

いや……、


始めは、その反応が意外であることに気がつかなかった。


紅葉の構えを目にし、見せた反応はまず呆気にとられたという表情。

目を丸くし、ニヤついていた口元からも、笑いは消えた。


そこまでは普通。

よくある反応。

で、あったが……、


にわかに表情が変わる。


丸くしていた目は鋭い眼光を帯び、表情を失ったはずの口元は、強く噛み締めた歯を覗かせ、狂気は変じ、殺気が全身から滲む。


その異変を、紅葉は驚きをもって見た。


それはまるで、自分が斬人へと変わる時の様子に似ていた。


ただし、

根本的な違いがある。


少女のそれは、もっと感情に根差した何か。


その証拠に、

少女からは目に見えるほどの濃度で、感情が噴き出していた。


憎悪。


絶対的憎悪。


そのあまりの強烈さに、斬人と化した紅葉ですら、足が無意識に後退しそうになる。

すると、


「……その構え……」

ぼそりと、つぶやくように少女が問う。


「お姉ちゃん……もしかして、関井道場の人……?」

先ほどまでとは、もはや別人。


人の形をした殺意。


暴力的なほどの気迫に、さしもの紅葉もたじろぎかけたが、なんとか踏みとどまって答えた。


「……正確に言えば違う……が、関係者であることは確かだ……」

「それって……つまり、お姉ちゃん……」

噛み締められた口元が歪む。


笑っているようにも見えた。


もしくは、

肉食獣が牙を剥くようにも。


どちらにせよ、

歪んだ口元から発せられた次の一言、


「関井の……娘なんだね」

それをきっかけ。


少女は顔全体を狂気に満ちた笑顔で覆い、刺し貫くような視線を紅葉へ飛ばした。


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