妖異の剣(3)
昼休みの校門前。
異変はいつでもここから起きる。
そう、
この日のそれも例外ではなかった。
「……だから何度も言ってるように、部外者は原則、校内には入れないんだよ」
「なんでぇ?」
「なん……でって、つまり、部外者をむやみに校内に入れて何かあったら困るからだよ」
「なんでトラブルがあると困るのぉ?」
「そ、それは普通に困るだろ。厄介事が起きて得する人間なんているわけないじゃないか」
「そうかなぁ」
不思議なやり取り。
昼休み、校門前を警備している男子生徒三人が、他校の女子生徒らしき少女と、どこかずれた様子の会話をしている。
少女はセーラー服……制服こそ着ていたが、どうも見かけた感じのしない制服のため、どこの学校に通う生徒かまでは分からない。
ぼさぼさの長い黒髪は肩を少し越した辺りまであり、ところどころの髪が跳ねている。
何やら眠たげな目をし、口元だけうっすら笑っているが、全体の雰囲気は無表情に近い。
そうした見かけに加えて、素振りやしゃべり方も変に幼く、まるで小学校低学年の子と話しているような感覚さえ覚える。
わずかに一点。
そのどこかやんわりとした雰囲気のせいで、なかなか緊張感を感じづらいのだが、ここは気を張っていなければと男子生徒たちに思わせる要素がひとつ。
少女は腰に帯刀している。
その事実だけで、警戒だけはしておく必要がある。
それに加え、肩にも何か長物を入れているらしき袋を担いでいるのも気になるところだ。
「トラブルが起きたら、わたいはうれしいんだけどなぁ……」
「は?」
「だってさぁ」
瞬間、
ちょうど少女の前を塞ぐように立っていた男子生徒三人が、ほとんど同時にその場へ倒れた。
声ひとつ上げず。
静かに。
ただ、
倒れるそばから舞い上がる血飛沫だけが、鮮明に事態の危険性を表している。
「トラブルが起きれば、斬人が出てくるでしょお?」
もはや誰に言うでなく、言葉を続ける少女の手には、いつ抜いたのか、ひと振りの剣。
足元へ転がった男子生徒を見ようともせず、少し横へ迂回して校舎を目指し、歩き出す。
それを、
校舎近くから遠巻きにその様子を見ていた校門警備担当の男子生徒たち十数名が、大声で騒ぎ出してからが始まりだった。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
そうとしか表現のしようが無い。
恐れていた斬人狩り。
まさにそれが今、松若に襲来していた。
一方、
時、同じく。
校舎の廊下を走る紅葉の姿があった。
腰には純花の長兄である英樹から拝領した宮本包則が作、長柄大業物。
横には並走する男子生徒がひとり。
急ぎ、校庭へと向かいつつ、男子生徒から細かな状況を聞いていた。
「……で、相手はひとりで間違い無いんですね?」
「はい、ひとりだけです。しかし恐ろしく腕が立ち、襲撃を警戒して増員していた警備の生徒たちも次々に……」
「分かっています。とにかく急ぎましょう」
言って、さらに足を速める。
噂に聞く通り、たったひとり。
その事実から、嫌な予感だけが強まる。
話では聞いていても、実際にその行動を目の前にすると、それがどれほど正気で無いことかを思い、相手の実力もそうだが、精神状態にも疑問が湧いた。
言うまでも無いが、斬人は全国でも飛び抜けて剣の腕が立つ者だけがなれる。
それを承知でただひとり、襲撃してくるからには、普通はそれなりの根拠が必要になる。
楓が以前に起こした事件と比べての相違点はひとつ。
襲撃してくる者が斬人か、斬人でないか。
楓は全国トップの、士道学校ではエリート中のエリート校である向原の、それも斬人だった。
そこを思えば、ほかの斬人はすべて格下。
襲撃するにも自信があったろう。
だが、今度の事件……しかも現在進行形のこれは、斬人でもなければ、名の知れた手練者でもない。
もちろん、理屈的に考えれば、世に隠れた名人がいたとしても不思議はない。
しかし、そうした人物は総じて自分の意思から己の腕を秘匿している。
世俗と隔絶し、純粋に剣の道を究めんとするゆえ、名や地位、名誉などに興味の無い、孤高の求道者として隠者の如き生活をしている場合がほとんどだ。
だから、こうして突然に知られていない手練れが現れ、派手に世間へと露出するような動きをする目的がいまいち謎なのだ。
どうした事情で急に、隠していた己の実力を世に知らしめんと行動しだしたのか。
それとも、そうした流れで相手が動いていると考えているこちらの思考自体が間違っているのだろうか。
どちらにせよ、当人に会うのがもっとも手っ取り早い。
話すかどうかは別にしても、会えば相手がそうしたところを説明してくれる可能性もある。
なんにしても、当座しなければならないことは決まっているから迷うことは無いのだけは確かである。
襲撃者を倒す。
それが斬人の役目。
単純明快だ。
今までに襲われた他校の斬人もそう思い、戦っただろう。
さて、果たして……。
自分はその、謎の実力者に敵うかどうか。
問題があるとすればそこだけだ。
そうこうするうち、
たどり着く。
校舎一階、入り口。
ドミノのように並ぶ下駄箱の合間から、ガラス戸越しに外の様子が見えてくる。
見えて、
ぐっと、歯を噛み締めた。
血染めだ。
外の入り口付近にいる人影の足元。
倒れ伏している生徒たちもそうだが、人影もまた、返り血で全身が赤く染まっている。
そして思う。
(……嫌な、感じだ……)
今までにも騒ぎはいろいろあったが、今回ほど血なまぐさい騒ぎは無かった。
ふと、
場面が関井道場に乗り込んだ時の記憶と重なり、顔をしかめる。
(また……あんな修羅場に、なるのか……?)
そんな、不吉な予感を振り切るように、紅葉は剣の鞘を強く握った。
瞬間、
いつもの変化。
かっと、見開いた目に力が宿る。
紅葉から斬人へ。
全身の血が湧き立つ。
駆けていた足がさらに加速する。
そのまま、
勢いをぶつけるようにして、ガラス戸を開け放った紅葉は、校庭へと躍り出た。




