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妖異の剣(2)


その日の昼休み。


いつもと変わらぬ五人の昼食。

机ふたつを繋げた小さな食卓は今日も狭苦しい。


「しかし……二時限目のあれは、本当にひどかったな……」

顔をしかめ、BLTサンドの包みを解きながら、東真がぽつりとつぶやく。


「なによう。あれは普通に注意すればいいだけのところをイジワルしてきた先生が悪いんじゃないの」

「いえ……あれはそういう問題ではないと私も思いますけど……」

「あ、ひっどいなぁ。純花まで敵に回るわけ?」

「……ですから、別に敵だとか味方だとかそういう話ではなくてですね……」

微塵も悪びれた様子も見せない撫子の態度に、純花もそれ以上話す言葉が見つからなくなってしまう。


すると、


「弁が立つのは、それはそれで長所ではあるが、士道を行く者、不言実行が肝要だ。女々しく巧言を弄するのは感心できん」

厳しい調子で東真が純花の言わんとしていたところを代弁した。


「あんたね……女々しいとか、言ってくれるけど、実際あたしは女なんですけど?」

「そこがいかんというんだ。己が立場に甘え、道を正そうとしないのは、それと知らずに非行をおこなってしまった者よりも性質が悪い」

「……っとに、あんたってば人のこと言う割に、自分も相当に口が達者じゃないのさ」

不満げな顔で最後にそう言いはしたが、撫子ももうそれ以上は言い返さなかった。


屁理屈では撫子が勝るが、実直な正論では東真に軍配が上がる。


特に、東真は信念に従って発言する分、言葉が重い。

そこを切り崩すのは、一言一言が軽い撫子には面倒な作業だ。


分かっているだけに、無駄に疲れる口論は避ける。

その意味では、撫子は立ち回りも利口なのである。


「それよりも、わたくし純花さんにお聞きしたいことがあるんですけど」

そんな矢先の話し始め。


撫子に関する会話が一段落したのを見計らったのか、急にレリアが純花へ質問してきた。


普段から共通する話題が少ないせいもあり、機会のそう無いふたりの会話は非常に珍しい。


「先日、関井の不埒者どもが襲ってきた時、純花さんから以前にお聞きしていた番号へ電話をかけましたら、何故か撫子さんがお出になったんですけど、あれはどういうことですか?」

「あ……ええ、いえ、それはですね……」

不審そうな目をして見つめてくるレリアの視線に押されるように、どうもはっきりしない純花の態度が気になり、横から東真も口を挟んだ。


「なんだ。色宮が教えた番号に秋城が電話して、ササキが出たのに何の問題があるんだ?」

「問題だらけですよ東真さん」

「……問題だらけ?」

「だってわたくし、純花さんから東真さんの携帯番号を教えてもらったはずなのに、繋がったのは撫子さんなんですから。どうしたことかと思うのは当然でしょう?」

そこまで聞き、


東真はひとり、変に納得した。

そして、


純花のほうへ顔を向けると、そこには伏し目になり、挙動が明らかにおかしくなっている彼女の姿がある。


それを見てさらに得心がいった。


「色宮……」

「……はい……」

「どうも、妙な気を回させてしまったらしいな……」

「……いえ……」

「いや、お前の気遣いは有り難い。良かれと思ってしてくれたのも分かる。だからあとは私に任せてくれていい。すまんな。変なところで神経を使わせてしまって」

「……すみません。こちらこそ、逆に面倒なことにしてしまったみたいで……」

伏せた顔をさらに下げ、謝る純花を、鹿爪らしく東真は見つめて言う。


どうやらふたりの間では会話は成立したらしい。


が、

頭の中の疑問符がひとつも解消されないのはレリアである。


「ちょっと、何なんですか。話がさっぱり見えてきませんよ。わたくしにも分かるように説明してくださいな」

当たり前のように、一体何がどうしたわけかをレリアは東真へ聞いてきた。


「うむ……つまりだな秋城、色宮としては……こう、慎重な考えからその……」

「ったく、いいわよもう東真は。あんたが説明しようとしたら、話が奥歯に挟まったまんま、いつになっても出てこないでしょうよ」

横で話を聞き、ほぼ大筋を理解した撫子が助け舟を出す。


自分で話すとは言ったが、東真も気を遣ってものを話す傾向があるため、話の要点がレリアに伝わるのに果たしてどれだけ時間がかかるか分かったものではない。


その点、撫子は口達者だが、勿体つけた話し方はしない。


もちろんそこは良し悪しであるが、話しづらいことを率先して話してくれる部分については、便利というか、重宝な性格なのである。


その辺りを了承してか、東真のほうも(あとは頼む)とばかり押し黙り、静かに一度だけ撫子へうなずいた。


「あのねレリア。純花としては、あんたに東真の電話番号を聞かれた時、こう思ったろうなとあたしは思うのよ」

「……?」

「はてさて、東真の番号を教えることは容易いが、そんなことをしたりすれば、東真に過剰な好意を抱いているレリアは東真に大きな心労を与えやしないか。そう心配したってわけよ」

「……心労……と、言いますと、わたくしが東真さんにしつこく電話を何度もかけて、ご迷惑をおかけするのではと、そう思われたということですか?」

「うーむ、当たらずとも遠からじね」

「……では、どういう意味なんです?」

「つまりさ、純花はあんたに東真の番号を教えることで、東真にまとわりつくきっかけを作る危険があるんじゃないかって考えたのよ。だから代わりに、連絡取るのには支障が無いようにあたしの携帯番号を教えたと……まあ、これはこれであたしに対して迷惑なんだけど……そこは今度あたしと純花で話し合うとして、とにかく純花の意図としてはそんな感じでしょ」

「何ですかそれ……まるで、それじゃあわたくしが東真さんにストーカー行為でもするような物言いじゃないですか」

「現に近い線のことはしてんでしょうが、あんたは」

「あら、失礼ですね。わたくしそんなことは一度だってした覚えはありませんよ」

「だとしても、あんたの態度が純花の心配を駆り立てたのは確かだわね」

「態度って……わたくしがいつ、どんな態度を?」

「はっきり言うけど、あんたの東真に対する態度は、傍から見て同性愛者が好きな相手にするそれにしか見えないのよ」

「……まあ!」

物も言いようで角が立つというが、撫子のこの言いざまはあまりに直接的すぎた。


おかげで、レリアは心外な思い込みをされていたことに憤慨という、ちょっと韻を踏んだような感じでご立腹である。


「最悪ですわ、根拠も無く人をゲイ扱いするなんて、それじゃあ、今まで皆さんはわたくしのことをそんな目で見てたってことですか!」

「興奮すんじゃないわよ。あくまでそう見えてたってこと。あんたがちゃんと否定してくれるなら、それはそれで信用するってば」

「人を勝手に色眼鏡で見ておいてその言い方はなんなんですか!」

「だーから、興奮しなさんなって言ってんでしょうに。あんたはもう……」

怒りの収まらないレリアの憤慨は相当なものだった。


もはや撫子の話も耳に入っていない様子である。


にもかかわらず、東真と純花は知らぬふり。

一度、襷は渡したのだから、後の処理は任せたということだろうか。


撫子には気の毒とも思えるが、それも仕方がない部分は多い。

自分で請け負ったからには、最後まで責任を持って処理するのが当然。


安請け合いしたことを後悔しても今さら遅い。

人生とは、かくも厳しいものなのだ。


……などと、

考えてみれば大ごとと言っても所詮、仲間内のちょっとした言い争いで揉めているその時。


本当の大事というのは、そんな時に限って起こる。


レリアの怒声でしばらく気がつかなかったが、ふと、東真たちは教室がざわついていることに気がついた。


見ると、窓際に多くの生徒が詰めかけ、校庭の辺りを眺めて何事か話しているのが聞こえる。


急に変わった教室内の様子に、さしものレリアも気を削がれ、キョロキョロと回りを見て、


「……どうしたんです。何か、あったんですか?」

こう言うもので、東真は席を立ち、一番近くにいた窓際の生徒へ話しかけた。


「おい、どうした。何があった?」

「あ、紅さん。聞いてなかったの?」

「聞いて……って、何をだ?」

「さっき隣のクラスから男子が来て、校門前で揉め事だって。なんか……斬人がどうとかって話してたような……」

「斬人……狩りか?」

「あ、そうそう」

「!」

返事を聞くや、東真は危機察知した小動物並みの素早さで後ろを振り返った。


瞬間、


自分のうかつさに怒りが込み上げた。


紅葉が、

いない。


騒ぎを聞きつけ、知らぬ間に姿を消すのは、斬人の身分を隠していた頃についた紅葉の癖だ。


それを知っていたはずなのに……。

思わず、


「くそっ!」

力いっぱいに教室の床を蹴り、自分に対する腹からの悪態を吐くや、東真は駆けるようにして教室のドアへ向かう。


と、


「ちょ、ちょっと東真、どうしたのよ急に!」

撫子がようやく教室と東真の急変に気付き、教室から出ようとする東真の背中へ叫んだ。


「紅葉がいないんだ!」

「……え……?」

「斬人狩りが来たっていうのに、あいつひとりで行かせて何かあったらどうする!」

「そ、そんなこと言ったって、もし……紅葉が敵わなかったら、あたしらが行ったって……」

「知ったことか!」

怒鳴り声と同時。


東真は叩きつけるように教室のドアを開け放つ。


「……私は紅葉を追う。お前たちは好きにしろ……」

「東真……」

それが最後。


東真へかけようとした言葉は、彼女の閉じたドアに阻まれ、ただ、けたたましく鳴り響く廊下を駆ける足音だけが撫子の耳に届いた。


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