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悪意の剣(6)


「にしても、びっくりしたぜ。どうも帰りが遅いなと思ってたら、純花が怪我したとかって、えらい大騒ぎでお前さんらが入ってきたからなぁ」

「お騒がせもそうですが、妹さんにお怪我をさせてしまい、本当に申し訳ありません……」

色宮道場……純花の家の、客間のひとつに通された東真と撫子は純花の次兄、草樹そうきと向かい合った形で椅子に座り、先ほどのいきさつを細かく説明していた。


「いやいや、別に純花が怪我したのはお前さんたちのせいじゃあないだろう。悪いのはすべて関井の残党どもだ。まったく、ようやくあのクソオヤジが消えてくれたと思ったら、あの親にしてこの子ありならぬ、あの師にしてこの弟子ありって性質の悪さだな」

分かりやすくも呆れかえった顔をしてそう言い、テーブルに頬杖を突きながら溜め息をひとつ吐く。


色宮草樹しきみや そうき

当年、十九歳にして色宮道場師範。


剣の腕は確かだが、長兄で道場主の英樹ひできに比べると性格的に難が多い。

飄々とした態度を常に変えず、どこか世間を斜に構えて見ているふしがあるが、その割に髪型などは少し洒落込んでいたり、幼馴染の撫子へ何かと絡んできたりと、掴みどころが無い。


「まこと、慙愧に堪えません。もっと私が強く注意していれば……」

「だからさ、東真ちゃん。お前さんが気に病む必要は無いんだよ。関井との因縁に関しちゃ、うちは慣れっこだしね。それに、純花の怪我も大したことは無い。ただのかすり傷さ」

草樹の言った通り、純花は軽傷だった。


矢がかすめた傷は皮一枚ほどを傷つけただけで、縫うほどでもない。


しかしとりあえず大事をとり、今は奥の間で休ませている。

一緒にいた紅葉と葵、それに長兄の英樹ひできが付き添って。


「にしても、今回はほんとに楓ちゃんが大活躍だったな。純花に関しても、葵ちゃんをつけておいてくれたおかげで助かったわけだし、兄貴もいい弟子を持ったもんだよ」

「本当に。大場には今後、頭が上がりません」

「そういや、その当の楓ちゃんはどうしたんだ?」

「念のためということで、レリアと合流して家まで送ってくるそうです」

「そりゃまた、ご苦労さんだな。帰ってきたら、ねぎらいにキスでもしてやるか」

「草樹さん……」

「……冗談だっての。頼むから、ただの悪ふざけ程度でそんなに睨まないでくれよ」

こういう、多分に空気を読まない冗談を言うところも草樹の特徴である。


東真も長い付き合いのため、ある程度は慣れているが、それでも厳しく対応するよう心掛けている。


ちなみに付き合いの長さだけで言うなら、撫子と草樹のほうが長いが、撫子はいまだに草樹の悪ふざけには慣れていない。


というより、完全に草樹を毛嫌いしている感すらある。


こうしたところは、男女間の関係の難しさなのだろう。


そんな、どうということのない話がしばらく続いた頃。

急にガチャリとドアを開け、英樹が客間に入ってきた。


色宮英樹しきみや ひでき

二十二歳の若さで、色宮道場の道場主を務める。


さっぱりと短く刈った髪に、切れ長で涼やかな目元が魅力的な好漢である。

人に優しく、己に厳しいという、東真をして剣士の理想形を見出させるほどの人格者。


失明の恐怖で暴走した楓に、本来なら門外不出であるはずの口伝奥義、非視ノ視を伝授。改心させるという、決まり事よりも生きた人間への配慮で動くという柔軟さをも持つ。


「……あ、英樹さん」

「やあ、紅さん。それに佐々さんも。こんな遅くまで大丈夫なのかい?」

「はい。家には少し遅くなると連絡しておきましたので。それより、純花のほうは大丈夫なんですか?」

「草樹から聞いてると思うけど、怪我は大したことはないよ。精神的なことについても心配はいらない。妹はああ見えても芯は強い子だと、君らも知ってるだろう?」

そう優しく微笑みながら言う英樹の姿に、ようやく東真と撫子も肩の力を抜いた。


「なんだよ、ふたりして兄貴が言った途端に落ち着きやがって。それじゃまるで俺の立場無しじゃねぇか」

「バーカ。あんたと英樹さんとじゃ、人徳が違いすぎんのよ。悔しかったら、もっと英樹さん見習って人間性から磨き直せっての」

「……かーっ、相変わらず俺にはやたら当たりが強いな、お前ってば……」

歯に衣着せない撫子の言い草に、草樹も腹立たしさを含めた苦い顔で答える。


そんな様子を、なお変わらずに英樹は優しそうに見つめていた。


と、

そこで東真は他にもいくつか思うところがあり、英樹へ声をかける。


「……あの、英樹さん」

「ん、なんだい紅さん」

「関井の……襲撃してきた連中、結果的にかなりの数を返り討ちにしましたけど、いかんせんやりすぎの感が強かったもので……」

「うん。大場さんに久世さん、それに照山さんと秋城さん。闇討ちへの対処とはいえ、確かに負わせた傷がやたらひどいね。特に大場さんと照山さんに切られた相手は全員、しばらく病室で寝たきりだろう。恐らく、紅さんの心配はみんなが過剰防衛で責められるんじゃないかと、その辺りじゃないかな?」

「……ご明察、恐れ入りました」

「心配はもっともだと思うけど、まず大丈夫だよ。相手は大の男。それも女子を相手に多勢で闇討ちだ。しかも飛び道具まで用意してね。完全に士道不覚悟の範疇だ。あちらがなお、責めを受けることはありこそすれ、こちらが責められるというのは筋道として有り得ないよ」

「英樹さんにそう言っていただいて、安心しました」

ほっと胸を撫で下ろすように、緊張で吐き切れずに溜まった肺の空気と合わせ、東真は感謝の言葉を述べた。


純花のこともそうだったが、これもまた気が気でないことだっただけに、英樹の言葉は良薬の如く、頭を占めていた悩ましさを解消してくれた。


「ただ、世の中には絶対なんてことは無いからね。間違いが起きないよう、私からも各方面にそれとなく口添えしておこう」

「……参ったね。ほんと、何から何まで英樹さんにはお世話になりっ放しだよ……」

「妹のご友人を庇うのは当然のことだよ。しかも妹の危機まで救ってくれたとあっては、全力で味方するのはごく当たり前さ」

「はー……どこまでも人間が出来てらっしゃるわ。どこぞのバカにも、爪の垢くらい飲ませてやりたいわね」

感心しきりに英樹を褒めそやしつつも、チクチクと草樹への嫌味を混ぜる。


毛嫌い、ここに極まれり。


そうした撫子の、やけに突っかかるような態度へ草樹も少しばかり腹を立てたのか、不満そうな顔を隠そうともせず、やにわに別の話題を振ってくる。


「それよりお前ら、関井の連中にばっかり気をとられてる場合じゃないぜ」

「何よ。他に何かあるっての?」

「純花から聞いてるだろ。例の斬人狩りのことだよ」

言われて、ああ、そういえばそんな話もあったかと、東真と撫子は無意識に小さくうなずく。


「この前、兄貴と一緒に道場を留守にしてた時のことだが、士道協会のほうからふたり揃って急に呼び出し喰らってよ。いろいろ聞かれた話がその斬人狩りのことだったんだ」

「……士道協会からの呼び出しで?」

「ああ。警察も容疑者が絞れなくて相当に行き詰ってるらしくてな。そこいらの道場関係者に手当たり次第で情報提供を求めてるんだよ。こっちは忙しいのに、いい迷惑さ」

「あんたの個人的感想なんてどうでもいいわよ。それで、その斬人狩りがどうしたっての?」

「もうすぐ、そっちに順番が来るかもってことだよ」

「……順番?」

「もうこの辺りで斬人のいる学校はほとんど品切れになっちまったのさ。とすると、近いうちにお前らんとこの学校に斬人狩りが現れる公算が大きい。そういう話さね」

片眉を上げ、おどけたようにして言う草樹だったが、言っている話は物騒なこと極まりない。


「気をつけろよ。噂話と違って、話半分とかってレベルの相手じゃない。実際にもう十人以上の斬人を病院送りにしてる奴だ。紅葉の腕には俺も太鼓判を押すが、それでもこの戦績は只事じゃあないからな。用心するに越したことは無いと思うぞ」

態度こそ口にしている話とは噛み合わなかったが、草樹の言わんとしていることはふたりともよく理解した。


東真がうなずく。

撫子もうなずく。


どちらも神妙な面持ちで。


一難去ってまた一難の状況は、まだ当分は終わりそうにない。


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