家族になったメイド
「君との婚約を解消して、妹と婚約したいんだ」
伯爵家の応接間。
隣にいる男性は、婚約者であるお姉様にそう告げた。
私は、お姉様から婚約者も伯爵家も奪ったつもりだった。
何も奪えていなかったと知るまで、たった一日しかかからなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「つまり、婚約破棄をすると?」
お姉様は、目の前の男性に静かに問いかけた。
「すまない。君に瑕疵はない。ただ、気持ちがどうにも移ってしまって、抑えられないんだ」
男性は申し訳なさそうな顔をしていた。
けれど、その視線が私に向けられると、途端に柔らかくなる。
私は少しだけ頬が熱くなった。
お姉様の婚約者だった男性。
そして、私を好きだと言ってくれた人。
私だって、最初から奪おうとしたわけではない。
ただ、好きになってしまっただけ。
「……そうですか。では、両家で正式に話し合いましょう」
お姉様は、それ以上何も言わなかった。
泣くことも、怒ることもなかった。
私は少し拍子抜けした。
もっと責められると思っていたから。
けれど、これで彼と一緒になれる。
そう思うと、胸の奥が弾んだ。
その夜。
伯爵家の居間には、お父様とお母様、そして私とお姉様が集まっていた。
「お前には気の毒だと思っている」
お父様は、重々しく口を開いた。
「だが、婚約を破棄された娘が伯爵家の当主になるというのは、外聞がよくない。家のためにも、跡取りの座を妹に譲ってほしい」
「……私に、ですか?」
思わず声を上げると、お母様が微笑んだ。
「ええ。あなたなら、きっと立派に務められるわ」
嬉しかった。
私はお母様の子だ。
お父様の前の奥様が亡くなると、私とお母様は伯爵家へ呼ばれ、お父様と同じ屋敷で暮らすようになった。
この屋敷へ来るまでは月に1回はお父様が来てくれていたが、平民の暮らしをしていたのだ。
だけど、屋敷へ来てからは違う。
だれもが私を伯爵家のお嬢様として扱ってくれた。
美しいドレスを着て、使用人に世話をしてもらう生活。
いつかステキな貴族が求婚してくれるかもしれない。
そんな夢を見たこともあった。
それが今、現実になろうとしている。
「できれば、家からも出てもらいたい」
お父様は続けた。
「お前が残っていては、妹がやりにくいだろう。伯爵家の籍も抜き、今後は一切関わらないでほしい」
そこまで言われて、お姉様は初めて表情を変えた。
「……正気ですか?」
少しだけ目を細めている。
お父様の顔が険しくなった。
「怒るのも無理はない。だが、これは伯爵家のためなのだ」
「いえ、そういう意味ではなく……」
お姉様は首を横に振った。
「私がこの家からいなくなる。それが何を意味するのか、本当にお分かりなのですね?」
「もちろんだ」
「私が、今後一切、伯爵家に関わらなくても?」
「くどいぞ!」
お父様が声を荒らげた。
お姉様はしばらく黙っていた。
そして、小さく息を吐いた。
「……分かりました。お父様にそのお考えと覚悟がおありなら、私は従います」
「そうか!」
お父様の顔が明るくなった。
「ただし、私の意思で家を離れる以上、後から戻れと言われても応じません。それでよろしいですね?」
「構わん!」
「では、必要な書類をお願いいたします。私の爵位継承権の放棄についても、正式に手続きをいたしましょう」
お母様も喜んでいた。
私も嬉しかった。
これで、お姉様の婚約者も、伯爵家の跡取りの座も手に入る。
お姉様は、そんな私たちを静かに見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
婚約解消の書類が整えられ、お姉様はそれに署名した。
続いて、伯爵家の籍から離れるための書類。
爵位継承権を放棄するための書類。
王家の担当官まで来ていた。
ずいぶん大げさな手続きだと思ったけれど、伯爵家の跡取りが変わるのだから、そういうものなのだろう。
「これでよろしいでしょうか」
お姉様は最後の書類を担当官へ渡した。
「確かに受理いたしました」
担当官が答えた、そのときだった。
「旦那様!表に、隣国の公爵家の馬車が!」
執事が慌てて駆け込んできた。
お父様が眉をひそめる。
「隣国の公爵家?何の用だ?」
「私がお呼びしたのです」
お姉様が答えた。
「昨日のうちに、通信魔道具で連絡を差し上げました」
ほどなくして、一人の老紳士が姿を現した。
「おお、待たせたかな?」
「いいえ、おじい様。ちょうど手続きが終わったところです」
お姉様は微笑んだ。
隣国の公爵。
亡くなったお姉様のお母様の父親だという。
「そうか。では、こちらの話も済んでおるな」
公爵様は王家の担当官に確認すると、お父様へ向き直った。
「さて。お主は、何をしたのか分かっておるのかな?」
「娘が自ら身を引きました。これで妹が伯爵家を継ぐことになります」
お父様は胸を張った。
しかし、公爵様は不思議そうな顔をした。
「……誰が継ぐと?」
「ですから、こちらの娘が」
「お主と妻の間の子であろう?」
「それが何か?」
「この伯爵家の継承権を持つのは、亡き我が娘の血を引く者だけだ。忘れたのか?」
お父様の表情が固まった。
「お主は婿として迎えられ、当主であった娘の死後、孫が家督を継ぐまで当主代理を任されていただけだ」
「……あ」
「当主代理の子に継承権などない」
私の胸が、嫌な音を立てた。
「し、しかし、私が長年この家を取り仕切って……」
「それと継承権に、何の関係がある?」
公爵様は淡々と答えた。
「唯一の継承権者が、自ら爵位を放棄し、家籍を離れた。この伯爵家は継承者を失ったのだ」
そこで、王家の担当官が口を開いた。
「本日をもちまして、伯爵位は王家へ返還されます。爵位に付随する領地と屋敷も、王家の管理下に移ります」
……え?
「お待ちください!」
お父様が叫んだ。
「それでは、私はどうなるのです!」
「当主代理としてのお役目は終了いたします」
「そんな馬鹿な!」
「先ほど、ご自身でお嬢様の離籍と継承権放棄に同意なさったではありませんか」
担当官の言葉に、お父様は何も答えられなかった。
お母様は真っ青になっている。
お姉様の元婚約者も口を開けて立っている。
私も、立っているのがやっとだった。
お姉様は、そんな私たちを見ても何も言わなかった。
ただ、公爵様に向かって頭を下げた。
「おじい様。これからお世話になります」
「うむ。よく頑張ったな」
「ありがとうございます」
公爵様は、お姉様の肩を優しく抱いた。
そして二人は、屋敷を出ていった。
私は、その背中を見送ることしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
伯爵家がなくなると、何もかも変わった。
屋敷からは退去を求められた。
お父様はご実家を頼ろうとしたが、今回の騒動を起こしたことを理由に、門前払いされたという。
お母様も、正統な跡取りを追い出した張本人の一人として、周囲から厳しい目を向けられた。
以前は親しげだった人々が、次々と離れていった。
そして、ある朝。
お母様は姿を消した。
私に一言も告げずに。
お父様とも、それ以来会っていない。
お姉様から奪った婚約者とも、あの日を最後に会わなかった。
気がつくと、私は一人になっていた。
……いや。
一人ではなかった。
「お嬢様、お茶が入りました」
いつもの声がした。
振り向くと、エナメルがいた。
長い耳を持つ、エルフのメイド。
伯爵家で私の世話をしてくれていた女性だ。
私が何もかも失ったというのに、彼女だけは以前と同じ笑顔で立っていた。
「……エナメル」
「はい」
「どうして、まだいるの?」
「お嬢様のお世話が、私の役目でございますので」
「でも、もうお給金なんて払えないわ」
「それでしたら、これから二人で働きましょう」
まるで、明日の献立を決めるような口調だった。
「……私も?」
「もちろんでございます」
「私、何もできないわよ」
「では、一つずつ覚えてまいりましょう」
そう言って、エナメルは微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
久しぶりの平民の暮らしは、大変だった。
まず、自分の部屋を自分で掃除しなければならない。
洗濯も、料理も、買い物も。
今までは、すべて使用人がやってくれていた。
「お嬢様。本日は、お野菜を洗っていただきましょう」
「わ、私が!?」
「はい。難しいことではございませんよ」
「……私、貴族令嬢だったのよ?」
「正確には、貴族令嬢と同じように暮らしておられた、でございますね。お嬢様の身分は、ずっと平民でございましたので」
「…………」
言い返せなかった。
エナメルの言うとおりだったから。
最初は包丁を持つのも怖かった。
洗濯では服を傷めた。
掃除をすれば、ほこりを別の場所へ移しているだけだと指摘された。
何度も泣いた。
何度も怒った。
けれど、エナメルは一度も私を叱りつけなかった。
「ふふ。昨日より、ずっと上手になりましたね」
失敗するたび、そう言ってくれた。
ある日のこと。
私は自分で作った夕食を、エナメルと一緒に食べていた。
形の崩れた野菜が入ったスープ。
少し塩辛い。
それでも、自分で作ったものだった。
「……ねえ、エナメル」
「はい、お嬢様」
「私が何でもできるようになったら、エナメルもどこかへ行っちゃうの?」
エナメルはスプーンを置いた。
「どうして、そのように思われるのですか?」
「だって……私、もうお嬢様じゃないもの。お世話なんて、必要なくなるでしょう?」
エナメルは、少しだけ首をかしげた。
「お嬢様が出ていけと仰らない限り、私はどこへも行きませんわ」
「……本当に?」
「はい」
「……なら、ずっとそばにいて」
「はい。承知いたしました」
その夜、私は久しぶりに安心して眠ることができた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて、私たちは貴族の屋敷で働き始めた。
エナメルは、私の姉代わりとして一緒に応募してくれた。
けれど、仕事は思うようにいかなかった。
最初の屋敷では、奥様の大切な服を傷めてしまった。
次の屋敷では、仕事を覚えるのが遅いと叱られた。
何度も失敗し、何度も職を失った。
エナメルだけは、どこの屋敷でも褒められた。
「お前は優秀なメイドだ。このまま残ってもらいたいのだが」
ある屋敷の主人が、そう言ったこともあった。
エナメルは丁寧に頭を下げた。
「ありがたいお申し出でございます。ですが、私はこの子の姉代わりでございますので」
「……姉代わり?」
「はい。この子を一人にするわけにはまいりません」
主人は残念そうな顔をした。
私は、その場で泣きそうになった。
だから次の屋敷では、もっと頑張ろうと決めた。
失敗したら、言い訳をせずに謝る。
分からないことは、恥ずかしがらずに尋ねる。
少しずつ、できる仕事が増えていった。
ある日、エナメルが私に声をかけた。
「風の便りで、あの方の近況が分かりました。お嬢様、お聞きになりたいですか?」
「あの方?」
「お嬢様の姉の元婚約者様でございます」
ああ。
お姉様の元婚約者。
私のことを好きだと言ってくれた男性。
あの騒動の後、ご実家からも籍を抜かれ、平民になったとは聞いていた。
「……ええ。今、どうしているの?」
「商会の事務員として働いていらっしゃるそうでございます。読み書きと計算ができますので、重宝されているようですよ」
「……そう」
「お会いになりたいですか?」
少し考えた。
好きだと言われた。
ステキだと感じたこともあった。
そして、あの人と結婚することが幸せだと思っていた。
でも、今は。
「……いいえ。元気なら、それでいいわ」
エナメルは何も言わなかった。
ただ、いつものように微笑んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いくつもの屋敷を渡り歩いた末、私たちは隣国の伯爵家に雇われた。
大きな屋敷だった。
以前、私が暮らしていた伯爵家を思い出したけれど、不思議と悲しくはならなかった。
私は下働きのメイドとして、掃除や洗濯を任された。
エナメルも同じ部署で働いていた。
今度こそ、長く勤めたい。
そう思いながら、毎日仕事を覚えた。
一年ほど経った頃、屋敷がにわかに忙しくなった。
「若旦那様がご結婚なさるそうよ!」
先輩のメイドが教えてくれた。
「そうなんですね」
「新しい奥様をお迎えするんですもの。これから忙しくなるわよ」
「はい。頑張ります」
それだけだった。
新しい奥様がどんな方なのか、私は知らなかった。
私たちは奥様付きのメイドではない。
婚礼の日も、裏方で食器を洗い、廊下を掃除していた。
遠くから音楽が聞こえてきた。
華やかな祝宴が開かれているらしい。
以前の私なら、綺麗なドレスを着て、あの場所に立ちたいと思っただろう。
でも、今はそんなことを考えなかった。
目の前には、まだ洗っていない食器が山積みだったから。
「お嬢様。こちらが終わりましたら、休憩にいたしましょう」
隣でエナメルが微笑んだ。
「ええ。そうしましょう」
それだけで、十分だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
婚礼の翌日。
私とエナメルは、庭の掃除を任された。
祝宴のために設置された大きな花飾りや木製のアーチを、職人たちが片づけていた。
私は散らばった花びらを集め、エナメルは少し離れた場所を掃いていた。
そのときだった。
ギシッ。
嫌な音がした。
顔を上げる。
木製のアーチが、大きく傾いていた。
前夜の雨で足元が緩んだのか、支柱の一本が外れかかっている。
そして、そのすぐ近くを、一人の女性が歩いていた。
女性は、まだ気づいていない。
「危ないっ!!」
私は箒を投げ出した。
考えるより先に、足が動いていた。
女性に駆け寄り、その腕をつかむ。
「こちらへ!」
「えっ?」
思いきり引っ張った。
けれど、アーチが倒れる方が早い。
間に合わない。
そう思った瞬間。
「……まあ。これはいけませんね」
エナメルの声がした。
次の瞬間、彼女は倒れかけた支柱のそばに立っていた。
片足を大きく踏み込み、支柱へ肩を当てる。
ギシッ!
木材がきしむ音がした。
そして、信じられないことが起きた。
私たちの方へ倒れてくるはずだったアーチが、ぐらりと横に傾いたのだ。
ドォン!
地面が揺れた。
アーチは、誰もいない花壇の方へ倒れていた。
私は女性の腕を握ったまま、尻もちをついていた。
「……だ、大丈夫ですか!?」
慌てて女性に尋ねる。
「お怪我はありませんか!?」
「ええ。大丈夫よ」
優しい声だった。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
女性がこちらを向いた。
そして。
私は息を呑んだ。
「…………お姉、様?」
そこにいたのは。
かつて、私が伯爵家から追い出したお姉様だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お姉様も、少し目を見開いていた。
「……あなた、ここで働いていたのね」
「は、はい……」
それしか言えなかった。
頭が真っ白だった。
お姉様は、以前と変わらず美しかった。
けれど、どこか雰囲気が違う。
落ち着いた物腰。
穏やかな声。
新しい奥様。
この屋敷の若旦那様と結婚した女性が、お姉様だったのだ。
「ケガは?」
お姉様が尋ねた。
「……え?」
「あなたも、ケガはなかった?」
私は慌てて首を横に振った。
「だ、大丈夫です!」
「そう。よかったわ」
お姉様は微笑んだ。
その笑顔が、何を意味するのかは分からなかった。
昔のことを許してくださったのだろうか。
それとも、もう私のことなど気にしていないのだろうか。
私には分からない。
「奥様!」
騒ぎを聞きつけた使用人たちが駆け寄ってきた。
お姉様は、すぐに彼らへ指示を出し始めた。
倒れた装飾に近づかないこと。
庭を立ち入り禁止にすること。
ケガ人がいないか確認すること。
落ち着いた声だった。
私は、その姿をじっと見つめていた。
昔から、お姉様はそうだった。
屋敷で何か問題が起これば、まず状況を確認し、必要なことを考える。
私が綺麗な服や宝石に夢中になっている間も、お姉様は書類を読み、領地のことを勉強していた。
当時の私には、何が楽しいのか分からなかった。
でも、今なら少し分かる。
誰かのために働くというのは、簡単なことではないのだ。
「お嬢様」
エナメルが隣に来た。
「おケガはございませんか?」
「……うん。大丈夫」
「よろしゅうございました」
その手には、いつの間にか私が投げ出した箒が握られていた。
「よく頑張りましたね」
「え?」
エナメルはニコッとだけ笑った。
「では、こちらのお掃除を続けましょうか」
私は思わず笑ってしまった。
「……そうね」
エナメルから箒を受け取る。
お姉様は、まだ使用人たちと話していた。
私はもう一度だけ、その姿を見た。
そして、仕事へ戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夕方。
エナメルと一緒に、使用人用の小さな部屋へ戻った。
二人で夕食を作る。
野菜を洗い、切って、鍋に入れる。
今では、エナメルに教えてもらわなくてもできる。
「ずいぶん手際がよくなられましたね」
「ふふ。エナメルの教え方がよかったのよ」
「まあ。嬉しいお言葉でございます」
私たちは笑い合った。
そして、ふと思った。
お姉様と私は、ずいぶん違う人生を歩んできたのだ。
母が伯爵家へ嫁いだときから、私たちは同じ屋敷で暮らしていた。
でも、必要以上に関わることはなかった。
お姉様は伯爵家の跡取りとして教育を受け、私は貴族令嬢のような暮らしを楽しんでいた。
お姉様は、伯爵家を離れてからも貴族だった。
私は、最初からずっと平民だった。
一時だけ、お姉様と同じ場所に立てるような気がしていた。
婚約者も、家督も、お姉様の持っているものを手に入れれば、自分も本当の貴族令嬢になれると思っていた。
けれど、違った。
私はお姉様の人生を奪おうとしていたのだ。
そのことは、今も変わらない。
お姉様にしたことが、なかったことになるわけではない。
それでも。
今日、お姉様と再会して分かった。
お姉様は貴族だ。
贅沢をする貴族ではなく、義務を背負い、責任を自覚し、人々を導く、そんな貴族だった。
もう、お姉様のことを羨ましいとは思わなかった。
あの方には、あの方の人生がある。
私には、私が自分で歩いていく人生がある。
元から、同じ道を歩く必要などなかったのだ。
そして、私には二人の姉がいた。
父の血を分けた、お姉様。
そして、血はつながらなくても、いつもそばにいてくれたエナメル。
お姉様は、貴族としてどうあるべきかを、その背中で示してくださっていた。
エナメルは、人としてどう生きるべきかを、私の隣で教えてくれた。
「……ねえ、エナメル」
「はい、お嬢様」
「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
エナメルは、少し不思議そうに首をかしげた。
「もちろんでございます。以前にもお約束いたしましたでしょう?」
「……そうだったわね」
私は笑った。
エナメルも微笑んだ。
かつての私は、何もかも手に入れたいと思っていた。
今の私は、身分も財産もなにも持っていない。
でも、毎日働いて、ご飯を食べて、明日も頑張ろうと思える。
そして、そばにはエナメルがいる。
エナメルと出会えたことが、人生で一番の幸せだ。




