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ネカフェで偶然出会ったクラスの優等生。節約のために恋人割を提案されて、気づけば狂った距離感で過ごすようになっていた。  作者: ななよ廻る
第1部 第5章

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第3話 好きな女の子はいる?

「今日は鮫の気分」


 犬でも吸血鬼でもなく、鮫だったらしい。違いなんてわからないが。

 うぅっと威嚇するような唸り声は犬みたい。でも、本人が鮫と言っているなら鮫なんだろう。これ以上噛まれるのもあれなので、振り解いて定位置に座る。……よだれついてる。


「で、なに怒ってんの?」


 なんかしたっけ?

 歯をカチカチ噛んで音を立てた灰野は、うつ伏せになってぼそっと零す。


「……律には関係ないから」

「噛まれたのに?」


 しかも、俺が悪いってさっき言ってたのに。

 よくわからないけど、先週会ってからその間になんかあったんだろう。わざわざ水曜日に呼び出すくらいだし。


「圧はかけといたから大丈夫だと思う」

「パワハラ上司?」

「違う、お話しただけ」


 オブラートに包んだ言い換えにしか聞こえないが。

 ただまぁ、疲れているのは本当みたいで、立ち上がるどころか身動きひとつしない。こういうときの灰野はエネルギーが不足しているのかもしれなかった。

 ネカフェには寝に来てるって感じだったもんな。


 テーブルを見る。なにも置いてない。


「飲み物取ってくるわ。ココアでいいな?」

「……」


 そろっとベージュの瞳が端に寄って見上げてくる。


「……うん、お願い」


 素直。

 ドリンクバーでココアを淹れる。


「体に悪そう」


 ガムシロップとクリームを入れる度に思う。灰野の体は血の代わりに甘すぎるココアが巡っているんだと。健康に悪いから止めさせたい気もするが、ただのクラスメイト。余計なお世話でしかないし、ああいう空っぽの灰野を見るとこれくらいは、と思ってしまう。


「社畜のエナドリみたいなものか」


 灰野は甘すぎるココアで動いている。


「……運動くらいは付き合うかな」


 多少、代謝もよくなって、マシになるかもしれない。効果のほどはわからないけど。

 コーヒーと一緒に持って帰ると、やっぱり灰野は部屋を出る前と同じ体勢だった。浜に打ち上げられた魚……というか、鮫? 微動だにしない。


「持ってきたぞ」

「うん」


 返事だけ。


「……飲まないの?」

「じゃあ、飲ませて」

「口移し?」

「ちゅー」


 冗談で言ったのに唇を尖らせてきた。

 やれということか。やらんけど。


 飲ませてという割には起きる様子もない。ただ、このまま放っておくのもなー。ふむ。考えて、灰野の脇に両手を突っ込む。


「…………なに?」

「座らせようと」


 さすがに寝ながらは飲ませられないし、お行儀も悪い。

 前も思ったけど軽いよな、灰野。お腹に贅肉ないし、子どもみたいに簡単に持ち上げられてしまう。


「ちゃんとご飯食べてる? 野菜も取れよ」

「田舎のおばあちゃん?」

「飴ちゃん食べる?」

「たべりゅー」


 引き出しの少なさに泣きそうだ。田舎のおばあちゃんって、なにを言うんだろうね。細すぎる、もっとお米食べな! とか?

 壁に背をつけさせて、ココアの入ったカップを持つ。

 持って……。


「零しそう」

「服汚したら勉強。ちな2万」


 緊張感増したな。


「……ストロー持ってくる」

「いやいける」

「俺がいけねーのよ」


 怖すぎる。

 なので、ストローを持ってきて再トライ。戻ってきたら灰野が寝転がっていた。


「……なんでもとの体勢に戻ってんだよ」

「眠い」


 赤ちゃんめ。

 しょうがなく、また脇にズボッてして起こす。眠たげに落ちた瞼。その無気力さはどこか西洋人形を思わせた。やってることはおままごとの人形だけど。


 カップにストローを差して、灰野の口元に運ぶ。


「ん」


 ちょん、と薄い唇に触れて、吸いついた。

 ストローの中をココアが上っていく。そのまま灰野の口まで上って、


「ゔぇふ」


 むせた。

 だぼっと緩めのシャツに飛沫が跳ねたような……気のせいだろう。俺はなにも見ていません。普通に俺の顔には跳ねたが。


「ごめん」

「いや、いいけど」


 手の甲で頬を拭う。


「ご褒美だった?」

「やっぱ謝ってくれる?」

「ごめんなさい」


 今日はやけに素直だな。ぺこっと頭を下げてきた。

 そのまま軟体動物みたいに溶けて崩れそうになるのを支える。


「なんかもうあれだ、介護してる気分」

「おじいちゃん、飯はまだかのうぉ?」

「3日前に食べたでしょう?」

「昨日はローストビーフ」


 いいもん食ってるな、このおばあちゃん。

 のべーっと倒れそうで、このままだとココアを飲ませるどころじゃない。置いといても勝手に飲むだろうから、それが一番お互いに無駄のないやり方なんだろう。

 でも飲ませる。なぜなら意地になってきたから。


 というわけで、後ろから支えて飲ませる。


「楽」


 ぽふ、と頭を預けてくる。


「ねー」


 ストローでちゅーちゅーしながら、灰野が訊いてくる。


「律は好きな子いる?」

「子持ちししゃも」

「私はいくら」


 お高い女だ。


「で?」

「修学旅行の夜かよ」

「いいでしょ教えろよー」


 頭で胸を叩いてくる。

 なんか急。どういう思惑でこんな話を振ってきたのか。……あー、なる。


「告白されたのか」

「……」


 なんか黙っちゃった。


「…………むしろ逆というか」

「逆?」

「で?」


 反応がループしている。

 ココアを置くと、灰野が体を反転させた。向かう……というか、膝の上で抱きつくような体勢になる。灰野の胸が俺の体で潰れる。琥珀の瞳、その奥すら見通せそうな距離で俺を見つめてくる。


 瞳の中で、自分と目が合った。


「いない」

「そっか」


 ならよし、と首筋に顔を埋めてくる。

 なにがよしなのか。

 両手を上げて、こっからどうしようと、鼓動が早くなるのを感じる。


「……制汗剤と汗の匂い」

「隠しきれてないな」


 香水でもつけようかな。

 なんて思ってたら、カプッ、と噛まれる。鮫は続くらしい。


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