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ネカフェで偶然出会ったクラスの優等生。節約のために恋人割を提案されて、気づけば狂った距離感で過ごすようになっていた。  作者: ななよ廻る
第1部 第3章

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第4話 彼女の首筋に鼻先を押しつける

 灰野の私服は初めて見る。

 土日なんだから当然なんだけど、制服姿以外を目にしたことがなかったから新鮮だ。肩が見えるオフショルダーで、夏らしい装いのブラウス。清楚とセクシーが行ったり来たりしている。


「……連絡しただけ」

「つまり、会いたいってことだ」

「曲解って知ってる?」

「あなたは正しいです」


 英語の日本語翻訳みたいな返事だった。

 1から10まで懇切丁寧に論破したいが、聞く耳はベージュの髪に隠れているのでどうせ意味はない。読んでいた漫画からそっと顔を上げて、さっそくクッションを確保する灰野を見る。


「というか、来られたんだな」

「熱烈な告白だったから」

「“月が綺麗ですね”」

「外、曇ってたよ」


 灰野が言葉以上の意味を読み取れるとは思えなかった。やっぱりただの妄想だ。


「もう20時だろ」


 普通は親が心配する。女の子ならなおさらだ。

 ただの共有で、確認。来る必要なんてなかったんだ。


「来てほしそうだったから」

「……言葉の裏なんてないっての」


 顔を漫画で隠す。

 近すぎて読めない。でも、見えなくなるなら十分だ。


「…………近くない?」

「近づいたからね」

「そりゃそうだ」


 じゃないが。


「なんで人の肩に頭乗せてるんだよ。ここは電車じゃないんだが?」

「ネカフェって知ってる?」

「俺が物を知らないみたいな言い方」


 ネットカフェなのはご存知なんだよ。


「寄ってきた理由を訊いてるの」

「……そういう夜もあるよ」

「指示語やめて」


 全然わからん。


「人肌が恋しくなる夜ってこと」


 ね? と、寄せてきた顔が笑みに変わって、なにも言えなくなる。

 わかっていないようで、わかっていて。

 その癖、こっちの事情を追求もしてこない。そのことに甘えている自覚があって、羞恥に溺れそうになるけど、今日だけはって理性に蓋をする。


「くすぐったい」

「やり返しただけ」


 灰野の首に埋めるように顔を押しつける。鼻先が首筋に当たる。すんっ、と鼻を動かすと、金木犀のような爽やかな香りと、女性特有の匂いが混じって感じられた。


「なに? 匂いフェチ」

「好きかも」

「……肯定されると困るんだけど」


 戸惑う気配を感じる。

 でも、拒絶はされなくて、それをいいことにそのまま顔を埋めてしまう。よくないと思う理性はある。状況も、行為も。でも、灰野相手だといいかなって、一線を軽く超えてしまえる。


「律は……消臭剤?」


 マーキングは消した。


  ◆ ◆ ◆


「かんぱーい」


 と、灰野がグラスをぶつけてくる。中身は冷やしココアで、ガムシロップとミルクが混ざった灰野スペシャルだ。俺はアイスコーヒーで、そうした混ぜものはない。


「試験お疲れ。今日はご褒美で律の奢りで」

「なら、灰野が俺の分を奢って」

「いっぱい頼も」


 断りもせず、灰野がメニュー表を引っ張り出す。俺より頼んで得しようということだろう。なら俺も、と行きたい。でも、先週の休みを振り返ると、どうにも恥ずかしい真似をしたなと遅まきながら理性が火照って、これくらいは自省の範囲かと止めはしない。


「ポテト」

「ディップは?」

「マヨ」

「ケチャップ」

「なら、オーロラソースで」


 それ、間《あいだ》ってことになるのか?


「ロシアンたこ焼きあるよ」

「灰野が辛いの得意なら頼めば」

「律が辛いの苦手なら頼む」

「ちょー得意」

「――はい、注文」


 マウスカチカチで頼みやがった。

 天邪鬼なのか、こいつ。

 そのあともいくつか注文して、料理が届くまでの隙間に灰野はべたーっと顔から倒れる。お尻を突き上げて、丸っとしている。


「……触る?」

「お餅みたい」

「どちらかといえばおっぱい」


 触ってない。

 疲れて知能が下がってるんじゃないか。時折、口から出る下品さは疲労と比例しているのかもしれない。比例していいものじゃないと思うが。


 学生らしく猥談をしていたら料理ができて、受け取りカウンターまで取りに行く。


「よろしく」


 ……もちろん、俺が。

 戻ってきてもお尻を突き上げたまんまだったので、その上に料理が乗ったトレーを置いてやる。


「私のプリティーなお尻をテーブルにするとは不届き」

「なら起きなさいよ怠け者」

「怠けて生きていられるならそれでもいい」


 ごそごそ動くので、トレーを尻からテーブルに移す。

 壁に寄りかかって座って、ポテトをひとつまみ。美味い。と、さっそく冷凍っぽいグランドメニューに舌鼓を打っていたら、灰野が俺を座椅子代わりにして、すっぽり足の間に収まってきた。


「あー……楽」

「リクライニングは別の部屋だぞ」

「ポテト」


 上を向いて、あー、と口を開けてくる。

 白い歯どころか、唾液で濡れた口内が上からしっかり覗けて反応に困る。早くしろと動く舌に、オーロラソースをつけたポテトをそっと乗せる。


「しょっぱうま」

「触れ合い体験」

「女子高生に餌付け」

「検挙されそう」


 ほっこりから一気にいかがわしさが増した。


「次ぃ」

「たこ焼きで」

「ロシアンだったら律に返すから」

「吐き出す前に口塞ぐ」

「どうやって?」


 挑発的に笑うので、ガチで想像通りの塞ぎ方してやろうかなと思う。やらないけど。

 適当にひとつ灰野の口に放り込む。


「あひゅっ……っ!? あ、にゅぅ~~っ!?」

「あー」


 日頃の行いかな。

 とりあえず手で口を塞いだら、舌で舐められてひゃっと悲鳴を上げてしまった。


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