34話
屋敷の庭園に3ヶ所に布の天幕が張られた。
なぜ3つも天幕があるかというと、深紅の天幕は貴族専用、深青の天幕は商人専用、深緑の天幕は一般庶民用と別れているためだ。
はじめ私は、貴族も商人も庶民も、皆同じひとつの天幕でフリーマーケットを催そうと考えていた。
しかし、それはヴィクトルの助言により即座に却下された。
「あなたは本当に、この世界の階級制度を理解されてないようですね」
ため息をつきながら冷ややかな目線を寄越してくるヴィクトル。
……いや、今はヴィクトール嬢か。
フリーマーケットでの彼の肩書きは、私の遠い親戚で、北部ローデルク地方では知らぬものはいないという大商人の一人娘。という設定。
これならこのフリーマーケット内を自由に動き回れるし、貴族、商人、一般庶民に私の古着たちを直接売りさばくことが出きるはずだ。
はじめだけ私がちょこちょこ顔を出していれば、お客さんたちの信用も得られるだろうし、グッドアイディア! 私っ!! と自画自賛していた。
ヴィクトール嬢は世の中そんなに上手くはいかないと脅すようなことを言う。
やってみなけりゃ分からない! こっちは異世界転生してるんだ、こうなりゃドンとこーい、ですわよ。
「流石にひとつのテントはおやめください。貴族は基本、服はオーダーメードの一点もの。一回着て捨ててしまうことも珍しくありません。方や、一般庶民はお金がないので古着を買って、それを破れると繕ったり、あて布をして大切に着ます。そんな価値観の人間が同じテントでいいはずがないでしょう?」
ヴィクトール嬢は口酸っぱくして諭した。
「そう言われると、そうね。私が無知すぎました」
私は素直に彼に謝った。
それにしても、貴族の服を一回着て捨ててしまうのには聞き捨てならなかった。
そんな勿体ないことして! とにかく腹立たしかった。
貴族と一般庶民の服への価値観は、天と地ほどにかなりの隔たりがある。それをどうにか出来ないものかと思わずにはいられなかった。
「例えば、ドレスなどの古着を大胆なデザインにリメイクしたら、貴族も古着を買うようになる。それに、貴族の要らなくなったドレスを買い取って、古着を巷に増やしていけば一般庶民も手に取りやすくなるでしょう?」
「貴女はさも簡単に言いますね、そんなに簡単にいく訳がない。それに、ドレスをリメイクなんて、いったい誰がやるんです??」
「私がいるわ!」
ヴィクトール嬢は疑り深い目でこちらを見やった。実に私の心をえぐる視線だ!
「貴女が?」
「こう見えても裁縫は得意よ。中学校の家庭科の授業はずっと5だったし」
「何を言っているのかわかりません」
私は肩をいさめた。
「つまりね、心配ないっていいたいのよ」
「はぁ、貴女の裁縫がどれくらいのレベルか知りませんが、この世界のお針子はかなり技術がいりますよ」
ヴィクトール嬢はつと、着ているドレスの豊満な(と言っても作り物だが)胸元から、シルクのハンカチを取り出した。
あまりの色っぽい仕草に女の私でもグッとくる。
というか、他にハンカチを仕舞っておく場所ないのかしら? いや、あなたもしかして、豊満な胸を見せびらかしたいんじゃあ……。なんて、考えていたら、ハンカチの端に目が留まった。
「き、きれい……。これは何?」
中央が○、○を中心に放射状に矢のような線が細かく描かれている。
ヴィクトール嬢はハンカチを私に手渡して見せてくれた。
白地のハンカチに青や紫の糸を使った幾何学模様みたいなのが刺繍されていた。
「雪の結晶です」
「雪の結晶! 確かに、見たことある模様だと思った」
「この模様は私の故郷ではよく使う図柄なんです」
「へぇ、すごっく素敵ね。それにとても美しい。高度な芸術品だわ」
これなら誰が見ても美しいと感じる、緻密に計算された洗練された仕事だ。
「きっと、これを刺繍した人は国宝級の技術者なのね!」
「ぷ、ははは……」
突然、ヴィクトール嬢が笑いだしたので、私は思わずびくりとした。
「どうかしたの?」
「いえ、これは私の亡くなった母親が刺繍したものです。この国では底辺とされる階級の奴隷が作ったものなんです」
「亡くなったお母様の!? ごめんなさい。あんまり素晴らしい刺繍だったから、私、適当なことを言って」
私は急に恥ずかしさと申し訳なさを感じた。おそらく、これはヴィクトール嬢いや、ヴィクトルの母親の形見なのだろう。
国宝級の技術者だなんて、適当にもほどがある発言だった。
しおらしく肩を落とした私に、彼は首を小さくふった。
「いいえ、そんな風に言って貰えて、亡くなった母親も喜んでいると思います。どんなに優れた芸術品でも奴隷が作ったものと分かると、皆はすぐに嫌な顔をするから」
「そう……」
ヴィクトルの横顔が今までで一番悲しそうに見えた。これまでの人生でどれほどの辛い経験をしてきたのか、私にはわからない。
でも、やはり、そんな階級制度は間違っているとしか思えなかった。




