男爵令嬢は困ってます!溺愛しても甘やかさないでください!
婚約クラッシャーと呼ばれていた令嬢がいる。
男爵令嬢アニマ・ライコネン、18歳だ。
下位貴族には珍しい金髪に、くるくると丸く大きな青の瞳、見た目は良い方で、17歳までは幼さが残る体型だったが、今では若干育ってきた胸にホクホクしている。
アニマは友人が多い。
学園に入学するまで田舎の極小領地で育ち、あか抜けもせず自然体の彼女への友愛は、
男女問わず、高位貴族から下位貴族まで、多くの学生から向けられている。
アニマはとにかく惚れっぽい。
初恋は父。2度目の恋は兄。次は……。その次は……。
片手どころか両足を含めても足りないぐらい恋をしてきた。
だが、失恋の経験値が上がるだけで、実を結ばない。
アニマにはmyルールがある。
人のものには手を出さない。人の恋路を邪魔しない。身分の差を自覚する。
学園の初期に学ぶことを、身をもって体験して学んだ。
いや、それ常識だから!……と後に友人に言われたが。
アニマはmyルールに則り、恋に落ちても見つめるだけでいた。
見つめるだけ。
見つめるだけ。
見つめるだけ。
……ストーカーである……。
実害は、……多分ない。
ほんの少し居心地が悪いくらい。
それでも相手はアニマの恋心に誠実に向き合い断りをいれる。
失恋はするが、素晴らしい人を好きになれたとアニマは自分を褒める。
事実、アニマが惚れる相手は実績がある。
父は田舎の極小領地の当主だが、何故か国王陛下の友人で、三ヶ月に一度ほど王宮に上がり話し相手をしている。
領地も順風満帆で領民にも慕われている。
兄も兄で、文官として学生時代の友人である第二王子殿下の側近をしている。
いや、ライコネン家は人たらしなのか!……と友人は言うのだが。
学園を卒業した先輩方も、各々仕事を誠実にこなし頭角を現している。
誠実であり、公平であり、紳士であり。
アニマが惚れた相手は極上なのだ。
だから、アニマに惚れられることは、一種のステータスになっていた。
アニマには人を見る目がある。
学園中が認めていた。
そのうち、「私の婚約者をどう思うか」と相談されるようになった。断りきれず、
「惚れた」
「惚れちゃうかも」
「ふつう」
「イマイチ」
「絶対イヤ」
で答える。
いや、成績表かよ!……と、友人に突っ込まれたが…。
「イマイチ」と「絶対イヤ」の半数以上が、何らかの問題があり、相手有責で婚約破棄をした。
だから、アニマは婚約クラッシャーと呼ばれていた。
アニマのただの直感なのに……。
「イマイチ」と「絶対イヤ」組に恨まれはしたが、
持ち前の直感で回避。
相談した令嬢はもちろん、純粋で弁えているアニマからの好意に、相手もその婚約者も悪い気はしない。むしろ可愛いと思う。
小動物を可愛がるように、アニマの周りには人が増えていった。
いや、さすがに第三王子には遠慮しろよ……と、友人に忠告されたが。
アニマの日常は変わらない。
成績は中の中。淑女教育もついていけるようになった。最終学年だから当たり前だ。
変わらないはずだった。
「うわぁ……」
食堂に向かう中庭を友人達と歩いていると、
この学園では今まで見たことのない景色に、アニマは思わず声が出た。
ピンクブロンド髪の女子生徒と数人の男子生徒。
「あれが噂の男爵令嬢ね。あんなに異性を侍らかして、みっともない」
「見て!あの方達、アニマに絶対イヤと言われた令息達よ」
ああ、なるほど。アニマは納得した。
アニマの目にはその様子がどす黒い塊に見えていた。
マリナ・ハミルトン男爵令嬢。
最終学年で編入してきた男爵の庶子で、美しく育った愛人の娘を引き取ったらしい。
ピンクブロンドの髪に淡い緑の大きな瞳。ぷっくり膨らんだ唇と豊かな胸は、小柄なのに色気を感じる。
同じくらいの背丈なのにずるい…と思ったのは友人に内緒だ。
周りには婚約破棄された侯爵令息が二人、伯爵令息が三人。いずれもアニマが絶対イヤと言った高位貴族。
婚約者はもういないし、性格と環境に難ありだけど、彼女も似たような感じだからいいか。とすぐに興味をなくした。
が、相手はそうではなかった。
数日後、
テラスで放課後の紅茶を友人達と楽しんでいると、
「アニマさ〜ん」
五人の令息を引き連れたマリナに、甘ったるい声で話しかけられた。
初対面で名前呼び&さん付けですと!?
淑女教育の基本中の基本ですよ。
さすがにアニマでもわかる。
「何か用でしょうか、ハミルトン様」
嫌味ではなく、私のほうが賢いわね!と、ちょっと得意気に返事をしたアニマに、友人達は「よろしい」と頷く。
アニマの淑女ぶりが成長したのは、彼女達のおかげであった。
彼らは下を向いて肩を揺らしていたが……。
「え〜、固〜い!同じ男爵令嬢なんだから、マリナって呼んでよ〜」
「絶対イヤです」
即答かよ!と友人達は悟った。
「なんでよ!……聴いた!?私、こうしていじめられてるのよ!」
マリナはそばに居た侯爵令息の腕にしがみつき、胸を押しつける。
「貴様!マリナになんてことを言うんだ!」
大丈夫か?と、他人が、頭を撫で、肩に手を置き、背中を支え、腰に手を回す。
エー、ココハドコデスカ……。
オサワリパブデスカ……。
「え、えーと、ご要件は何でしょうか?」
アニマは呆気にとられたが、話を促す。
くすん、くすんと鼻を鳴らしながら、令息の差し出したハンカチで目元を拭くが、当然濡れはしない。
「……相談があるの。……私、今まで……。」
マリナは出てもいない涙を拭きながら、自分の境遇について話し始めた。
引き取られたものの、正妻に嫌われており、朝の準備から夜の片付けまで、使用人と同様に扱われていると。
母は変わらず別邸におり、父はあまり帰って来ず、味方はいない。
学園が唯一の自由時間だか、帰ればその分仕事を押し付けられる。
くたくたで休みたいのに、部屋は使用人部屋で硬いベッドしかない。
「そんな私を気にかけてくれたのが彼らなの」
顔を上げニコッと周りを見る。
ウンウンと頷きながら、更にマリナの身体を撫で回す令息達。
「でね、もうすぐ卒業でしょ。誰かと婚約しなきゃならなくて……。このままだとお父様に金持ちのジジィに嫁がされるわ。
だけど、この五人がプロポーズしてくれて……。嬉しかった……!」
当たり前だ!
ジジィになんてくれてやるものか!
と、更に更にマリナの身体を撫で回す。
「でも私、選べなくて……。誰を選べばいいか、教えてほしいの!」
「「「「ハアっ!?」」」」
友人達が一斉に声を上げるが、紅茶を飲み込んだ分、アニマは出遅れた。
「こんなくだらない事に付き合わなくてもいいわ!」
「何が相談よ!」
「ただのモテ自慢じゃない!」
「何を!マリナが悩んでるんだ!」
「助けるのが当たり前だろ!」
「性悪な令嬢達め!」
「やめて!私のために争わないで!」
淑女教育はどこへやら。
高位貴族の矜持はどこへやら。
まあ、「絶対イヤ」組には元々ないが…。
そんな言い争いをアニマはずーっと見てる。
ずーっと見てる。
ずーっと見てる。
ずーっと……。
そして、
「はい、わかりました」と答えた。
どうぞお座りください。と着席を促す。
「アニマ、いいの?大丈夫?」
こんな奴ら、ほっといていいのよと、友人達は席を離れない。
「大丈夫です」
何なら面白いものを見せてもらったので、真剣に答えようと思っていた。
ゴクリと令息達はツバを飲む。
「一人を選ぶ必要はありません。誰を選んでも一緒です」
「そうはいかないわ!ジジィと婚姻させられるもの!」
「そして五人で彼女のために家を買ってください」
「私に愛人になれというの!?嫌よ!」
「あなたの母親は不幸に見えましたか?」
「……それはないけど……」
「ならば、それが最善策です」
「……」
マリナと令息達は黙りこむが、アニマは更に念を押した。
「必ず家を買ってください」
ただの直感ですから、言うとおりにしなくても良いですけどね、と言ってアニマは席を立った。
その後、
マリナ達は郊外に家を買ったらしい。
マリナは一人を選べない。令息達はマリナから離れられない。
マリナは愛人の道を選んだ。
結局アニマの言うとおり、それが最善策だったのだ。
「どうして家を買うことを勧めたの?」
友人達に問われ、アニマは自分が感じたことを説明する。
「まず、彼女はダメダメさんです」
アニマの言いっぷりに、思わず笑いが出る。
「ハミルトン様の言っていることは嘘ばかりです。
男爵家で虐待など受けていません。
朝から晩まで働かされているのなら、もっと肌ツヤは悪く、隈もできます。
ですが、彼女は髪もサラサラですし、手先も綺麗でした。
返って家では正妻様に当たっていたのではないでしょうか。見た目の弱さとは真逆ですね」
なるほどと友人達は頷く。
「そして、「絶対イヤ」組さんですが、何も変わっていませんし、更に磨きがかかっていました。もちろん悪い方へ。いずれやらかして、廃嫡になるでしょう。
ならばお金のあるうちに、逃げ道を作った方がいいのではと、家の購入を勧めました」
まあ、借金で取り上げられるでしょうけど……と続けた。
アニマが言うには、
一人で地獄を背負うのではなく、
皆で背負って痛み分けをしなさい。
と言うことらしい。
「優しい子ね」
「……そうでしょうか、不幸を五倍にした気がしてきました」
今になってシュンとするアニマ。
彼女らの周りはどす黒かった。
欲の塊だ。
けれど、誰しも欲はある。
しかし、彼女らは人を陥れ、のし上がる強欲だ。
決して良い方向へ導くものではない。
でもその様子は……。
初めて見たくだらない小説のように思えて、
アニマはちょっと楽しかったのだ。
そこにはアニマが培ってきた図太さがあった。
もうちょっと楽しみたいと思う気持ちがあったのは否めない。
だから今になって、ちょびっと反省している。
「さて、そろそろ私達はお暇しましょうか」
「そうね、婚約ホヤホヤのお二人を邪魔してはいけないわ」
ボッと赤くなるアニマ。
アニマはつい先日婚約した。
相手は一番の友人だった。
学園に入学して、一番に恋した人の友人。
公爵家嫡男、アレックス・ロズベルグ。
見ているだけだったアニマに、
「あいつ、婚約者いるよ」と教えてくれた人。
大切にしてるから諦めたほうがいいと助言してくれた。
失恋しても、「さすが私の好きになった人だわ」と悲しみもせず笑うアニマを、
「おもしれーやつ」扱いをしてからの仲だ。
廊下ですれ違えば声を掛け合った。
図書室で勉強すれば向かいに座った。
ダンスのレッスンではパートナーになった。
公爵家嫡男様だ。
一番親しい異性の友人として線引きしていた。
アニマは田舎の極小領地の男爵令嬢だからだ。
アニマは、アレックスを見なかった。
「さすが私の好きになった人だわ」と言いたくなかった。
この言葉は、失恋した時に使う言葉だ。
アニマの直感だった……。
神殿に行き、この直感力が「鑑定眼」だと判明した。プラス、未来視もわずかだが出来るらしい。
へー、そうなんだ。としか思わなかった。
鑑定眼があろうがなかろうか、アニマの日常は変わらない。
多少のイレギュラーがあっても、
勉学に励み(?)、淑女教育に精を出し(?)、
友人達とカフェに行く。
変わらない日々が続くのだろうと、
アニマは思っていた。
だが、そうは行かなかった。
次の日には神殿から連絡が行き、王宮に参上することになった。
父親が王都に来るまでは日がかかるため、
友人を代表してアレックスが付き添うことになった。
昨日はサラッと流したが、
「鑑定眼」の持ち主は100年に一人現れるか現れないかの、希少なギフトだった。
国で厳重に保護されなければならない存在である。
「ならば、アニマ嬢を私の妻とし、ロズベルグ家が後見となりましょう。
出逢って五年、アニマ嬢を想ってまいりましたが、
公爵家と男爵家、想いを伝えることはないと思っておりました。
アニマ嬢を他人に任せることなど出来ません。
どうか、鑑定眼を守護する役目を私にお授けください」
アニマの涙腺は崩壊した。
淑女たるもの人前で感情を出してはいけない。
高位貴族の友人が見たら怒るだろう……。
いや、優しく抱きしめてくれるに違いない。
「わ、私もアレックス様をお慕いしてますぅ〜
」
若干、マリナのような話し方になったが、
それはご愛嬌ということで。
こうしてアニマはアレックスと婚約した。
皆が祝福した。
令嬢達はアニマを抱きしめ、
ようやくか!と令息達は、アレックスの背中を叩いた。
卒業したら婚姻することになる。
男爵令嬢が将来、公爵夫人になるのだ。
焦らずにはいられない。
友人達は、さらに厳しくマナーや礼儀をアニマに仕込んだ。
アレックスはそのままでいいと言うが、
友人達は、それはアニマのためにならないと
叱責する。
社交界に出たら通用しないと。
アレックスはアニマに甘い。
今もそばで優しく見つめてくれる。
そんなアレックスをアニマは見つめ返す。
お互いに今まで出来なかったことだ。
幸せで仕方ない。
……なんてしてる暇はない!
今日はアレックスのお母様にマナーのレッスンをしていただくのだ!
「早く行かないと!」
ドレスをまくりあげて走……らない。
アレックスにエスコートをお願いし、早足で歩く。
アニマの日常は変わった。
男爵令嬢は公爵夫人になるために。
惚れっぽい男爵令嬢はいなくなった。
婚約クラッシャーもいなくなった。
今はただ一人を愛し愛される令嬢だ。
でもあまりにも唐突すぎて…。
男爵令嬢は困ってます!
アニマをもう一話書いてみました。
読んでいただき、ありがとうございました。




