焦燥と合言葉
ものすごい形相をした男が、汗にまみれた顔で、ある建物の扉を叩いていた。
ボス、開けてください、ボス、僕です、ジャンです、覚えていませんか、三年前に共に脱獄したジャンです。はぐれていましたが、ようやっと見つけたのです、是非開けてください、急ぎなんです、すぐそこまで、追手が来ております、ボス、開けてくださいませんか、そして、僕を仲間に、ファミリーに入れてやくださいませんか。そんな、合言葉ですか、三年前のことです、この三年間僕もいろいろありましたから、記憶が薄れているかも知れませんが、とにかく、ほら、ボス、もうそこまで銃の音が、いつ流れ弾を喰らうか分かったもんじゃない、僕の頭脳を褒めてくださったじゃないですか、開けてください、僕が力を出せば、ボスの野望を共に成し遂げられるのです、ボス、お願いします、開けてくださいませんか。合言葉を言わないと殺すだなんて、いつからボス、そんな人間味のないことを言うようになったのですか、あの時のボスは、そんな人ではなかったでしょう、三年も経ったのですから、それはもちろん変わるかもしれませんが、いくらなんでも合言葉なんで酷いでしょう。あの合言葉も、覚えにくく設計されていたものじゃありませんか、三年も覚えられないようになっていたでしょう。
では、ボス、昔話を話しましょう。ボスはあの時、よくケンカをしておりました、負けなしの男でした、仲間は尊敬し、ライバルもいない、そんな男でした。手錠を、腕力で無理やり外して、鉄柵を曲げたこともありました。よく覚えているでしょう、まだダメなのですか、なぜそこまで拒むというのですか、何があったのですか、疑心暗鬼になるような人ではなかったでしょう。では、では、本当にボスと近かった人にしか知られていなかったことで証明してさしあげましょう、脱獄した後、あなたは「ライナ区」の武器屋で居候をすると言っていましたね、そこに居候しながら、また一から組織を作り上げて、ここ「フィンベルグ」で覇権を握ると言いました。警察に追われた場合の逃げ先は「アーディン」方面であると言っていました。どうでしょう、これだけの情報があります。開けてください、ボス、どうでしょう、ボス。合言葉よりも、良いでしょう?
ものすごい形相をした男が、汗にまみれた顔で、ある建物の扉を叩いていた。開かれた扉の先から出てきた警察官は「アーディンか、ありがとう」と言った。
太宰治の『駆込み訴え』という作品が元ネタでっせ。




