試し
---繁華街裏にて。
?「......[カドクラ]ッ!? テメェ何しやがる......!」
其処に二人の男が居た。
二人して共に学ランを着ている。一人は声を荒げ地面に伏し、もう一人はそれを上からただ見下ろす様である。
この時は、その見下ろす方が先に口火を切った。
??「いつも思ってたけどよ。てめえのその言動が目障りなんだよ、[ハザマ]。てめえここから失せろ」
?「フザケるな......[カドクラ]、テメェこそオレの眼前から失せろ......!!」
互いの威嚇合戦は遂に歯止めが効かない状況へ移行していた。
この[カドクラ]が[ハザマ]を殴り飛ばす少し前、そこ目の前にいる[ハザマ]という男は、これまた別の学ラン男の尻を追い回していた。カツアゲである。
この繁華街、路地裏汚い中華街の一端にある此処らの区画は、[カドクラ]という男がよく屯す場所であった。そこへ[ハザマ]が土足で上がって来たのだ。
今回の[ハザマ]の恐喝沙汰も、それがまた[カドクラ]を挑発する意図であるのは明白であった。
だから[カドクラ]は、この嫌な喧嘩を買ってやったのである。
カドクラ「毎度おれの周りうろちょろ飛び回りやがってよ。また見過ごしてやると思ってたのか」
苛立ちが互いの罵声に拍車を掛けていた。
カドクラ「おれは嫌いなんだよ、てめえみてぇに思い上がって他人を組み敷く野郎がな!!」
ハザマ「......オレがテメェの周り飛び回ってるだと?! テメェこそ思い上がってんじゃねえよ......! オレがテメェの邪魔してんじゃねえ──」
ハザマ「──テメェがオレの邪魔してんだよ......!!」
その瞬間には、[ハザマ]は既に地べたを蹴って駆け出していた。
[カドクラ]の居る方角へではない。
すぐそこで委縮して縮こまっていた、先程カツアゲされていた学ラン男の方角へ向かってだった。
ハザマ「止められんなら止めてみろや[カドクラ]!」
カドクラ「?! 何だ、辞めろ!!」
このとき既に、奴には[カドクラ]が止めに入るであろう事が解っていたのだろうか。
咄嗟の[ハザマ]のトチ狂った行動意図など、事実そのとき止めに入っていた[カドクラ]当人には解る由も無い。
だから急に振り向いた[ハザマ]の、その手に隠し持っていた折込ナイフにも気づくのが遅れたのだ。
カドクラ「──あ?」
気づいた時にはもう遅かったらしい。
対面、咄嗟に構えられた両腕を蹴剥がして、[ハザマ]はその[カドクラ]の懐へ飛び込んでいた。
不良同士の抗争。
最初から[ハザマ]という男はカツアゲの成否など如何でも良かったのだろう。
後から思えば[ハザマ]は元から、[カドクラ]へ対する日頃の意趣返しの機会を探っていただけだったのだ。
[カドクラ]の脇腹に、[ハザマ]のナイフが深く突き刺さる。
よくある不良達の喧嘩の顛末とは、その大体はこんな幕切れである。
…
……
…………
カドクラ「......」
カドクラ「......あ?」
カドクラ「...此処、は......」
[カドクラ]が再び目覚めたとき、そこで最初に目にしたものは今まで全く見た事もない光景だった。
目の前に、蹴破りがたい鉄格子が広がっていたのだ。
まるで地下牢獄か鳥籠の様だ。だがその牢屋を囲う周囲の壁の配色が、緑と赤の原色をした、おどろおどろしい模様の壁画で埋め尽くされているのである。
我に返ったとき[カドクラ]はその、血を思わせる赤錆の匂いに酷く気圧されした。
看守「......あ。お前も起きたか、18番」
檻越しの向かいにある椅子には、やたら肌の焼けた看守のような姿の男が座って居る。
壮年の看守姿の男は檻の中に入ってくると、[カドクラ]の腕に絡みついていた鎖を外して話を始めた。
なお入ってきた牢屋の扉は開けっぱなしである。この看守のザルさが伺える様だ。
看守「あー、いまからお前に、ここの概要を説明する。......ええと、一度しか読まないのでしっかり聞いておくように」
目の前の看守男が、手に持ったカンペに目を落として何やら文字を読み始めた。紙を両手で持った猫背の姿勢が相当に滑稽だが、自身の置かれているこの理解不能な状況下では全く笑う気も起きない。
看守 「えー、この世界は、君の住んでいた世界では無い」
カドクラ「............は?」
看守「よって君にこの世界の人権は無い。ここの世界の住民と同様に扱ってほしければ、君も"転生者"として、この地で開催されている”競技”に参加するように」
看守「詳細は......、んー......、詳しくはその左手の鉄篭手に聞いてくれ」
何を言っているんだこいつは? そう[カドクラ]が問いかける前に、その白髪気味の看守は[カドクラ]の左手にちらと目を落としてから、すぐに奴の手元の手帳へ記入を始める。
看守「えー風貌は、ザンバラ気味な撫付け髪に煩いモミアゲ......。向こうの国の学生服......」
一体やつが何をやっているのかが判らない。まずここはどこだ? そう考える[カドクラ]の後ろには、他にも見慣れない服装と褐色肌をして目を閉じた男女が数人、先ほどの[カドクラ]と同様に妙な鎖に繋がれて壁に磔られている。そいつらの左手には皆、いくつかの硝子のメーターと謎文字の計数機が付いた、無骨な鎧篭手のような物体がはめられていた。
そして、その物体は[カドクラ]の左手にも同じくはめられている。指先まで鉄の覆いがびたりとこびり付いていて、指関節は動かせはするが手から外すことができない。もはや自分の身体の一体と化していたのである。
目の前の看守は、それを”鉄篭手”と呼んでいた。
一体なんだこれは。
看守「......さて。その左手に付いている鉄篭手は、こっちの世界じゃ転生者にとっての生命線だ。くれぐれも故障させたり紛失したりしないように」
看守「転生者がどうやってこっちへ送られて来たのかは俺は知らないが、重要なのは、お前たちが向こうの国からこっちの世界へ来たという事実、それだけだ。もう来ちまった以上は、お前たちもこっちの世界の事情には従うしかないだろ?」
無茶苦茶を言いやがる。どこかへ勝手に連れて来られた上に、そのうえ郷に入れば郷に従えだと? ふざけるな。目の前のふざけた看守に己の反骨心を見せつけてやろうかと、[カドクラ]は力いっぱい握った拳をやつの前に振り上げた。いや、少し待て。
“お前たち”だと?
?「ってぇッ、何処だよココ...... 」
[カドクラ]だけでは無かったのだ。
後ろの壁に磔られていた数人の浅黒肌の男女。見返すとその中の一人、左から二番目に居た男が、[カドクラ]には見慣れた容姿に変わっていたのだ。
学生服、明らかに日本人の男である。その男の第一声がこれだった。
?「──!? [カドクラ]?! 何で、テメェがまだ生きてんだよ!?」
カドクラ「......あ? ......てめぇは...........」
[ハザマ]。新たに目の前に現れたのは、現実世界と言ったらいいのだろうか、向こうの世界では見覚えのある男。
学校や街中で弱い者虐めばかりを繰り返していたイケ好かないあの男、[ハザマ=マコト]であった。
看守「あー、おい暴れるな。いま枷外してやるから待ってろ」
看守「ええと名前は......、[ハザマ=マコト]君ね。風貌は......後ろで三つ編み、女っぽい髪形......。向こうの国の学生服......」
看守「[ハザマ]君は、......あー、面倒だから説明はぜんぶ鉄篭手から聞いてくれ」
暴れていた[ハザマ]がやっと冷静になった、と言うより周りの状況を見て困惑し始めてから、やっと己の左腕に付いている異物の存在に気づく。
ハザマ「オイ、[カドクラ]。鉄篭手って何だ」
カドクラ「おれが知るかよ」
ここに来て[カドクラ]と[ハザマ]の二人、看守の言う転生者たちの視線が、自身の左腕、鉄篭手の方へと向けられる。
その瞬間だった。
まるでタイミングを図っていたかの様だった。
左腕の鉄篭手から音声が聞こえてきたのである。
『コンニチハ、転生者。』
無機質な、女の機械音声。隣に居る[ハザマ]の左腕からも同様に、男の声をした機械音声が聞こえてくる。
?『転生者[カドクラ=ナガト]の、人格を確認いたしました。これより貴方へ、[人格転生プログラム]の、一部使用権を譲渡いたします。』
カドクラ「は......? 人格転生......プログラム......。それに、おまえは......」
?『[人格転生プログラム]とは、異なる世界に存在する他者の人格、それをガントレット所有者の肉体へと召喚する為に開発された、この端末に備わっている機能の名称です。ワタシは、この機能を転生者へ提供する為に本端末へ搭載されました。』
?『ワタシは転生者専用サポートAI、通称、[GAUNTLET]、です。コンゴトモヨロシク。』




