第5話 明らかな嘘
本日最後の五話目になります!
まだ少しだけ肌寒い朝のこと。
コツコツ、と履き慣れないローファーを辺りに響かせながら、徒歩で二、三分離れたお隣さんの家を目指して歩く。
「はーあ……」
私の口からは、定期的にため息が漏れ出ている。
それもそのはず。
今から、とっても、とっっっても、気まずい思いをしに行かなければいけないのだ。
「あーぁ…………」
話は五分前に遡る。
「和奏、ちょっとこれ見て」
「んー?」
玄関でローファーに履き替えていると、お母さんに呼び止められた。
エプロンで手を拭きながら、スマホの画面を見せてきた。
「何々……春美さんから?」
「和奏、高校もアリスちゃんと一緒でしょ? だから、中学校の頃みたいに一緒に登下校して欲しいんだって」
そう。何の間違いか、私とアリスは高校も一緒だったのだ。
小中高と十二年も通学を共にすることが決まった瞬間だった――未だに気まずいままだけど。
時間的には余裕があるから問題ないけど、そんな急に言われても……。
今はアリスと会うのが気まずいから、あんまり関わりたくないんだよね。――とは口が裂けても言えない。
「ちょ――これ、一週間前に送られて来てるじゃん!」
「いやー、ごめんね? お母さん、ついうっかり忘れちゃってた」
「うっかりって……」
あからさまな嘘。
お母さんは、アリスに極力会いたくない私の気持ちなんて、お見通しだったのだ。
一週間前に言ったら私がぶーぶー言うから、どうやっても避けられない登校直前になって、言ってきたに違いない。いや、絶対にそうだ。
「ハァ……分かった、行くよ」
言い争いをしても、お母さんには勝てっこない。
仕方なく頼みを了承すると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「まぁ、和奏が何に悩んでるのか、大体想像できるけど……そういう時は――」
「そ、そういう時は?」
お母さんは、意味深にニヤリと笑ってから言い放った。
「当たって砕けろ、よ! まだ高校生になったばかりなんだし、うじうじしてる時間がもったいないわよ~!」
「は、はぁっ!?」
――ということが、家を出る前にあったのだ。
「はぁ……って、ため息吐いてると、余計に憂鬱に感じてきた」
私の気持ちを知ってか知らずか、穏やかに降り注ぐ朝日が、じんわりと体全体を温めてくれる。
見慣れた通学路に、見慣れた山々。電線に止まったスズメが、挨拶するようにちゅんちゅんと鳴いている。
中学生の頃と何一つ変わっていない、田舎の通学路なのだけど、制服が変わるだけで、全てが真新しく感じてしまう。
「ふ~ん、ふんふんふ~ん」
気分転換に口ずさむのは、私のお気に入り。
エルガー作曲『愛の挨拶』。よくアリスとも合奏していた曲。
ゆったりとしたテンポに心安らぐメロディーが、調和する朝の田園風景に相応しい一曲だ。
新品の黒いブレザーは一回しか洗濯をしていないからか、生地全体的が硬くてごわごわする。
黒とグレーのタータンチェックが可愛いスカートも、中学生の時より少し短くて、風になびいた裾が、脚に当たる位置に違和感を感じる。
一番慣れないのはセーラー服になかった黒とグレーのレジメンタル柄ネクタイ。
しかも簡易的なネクタイじゃなくて、ちゃんと結ぶ必要があるネクタイだ。
折角気持ちよく口ずさんでいたのに、一度に気になったらどんどんと違和感が膨れ上がってきた。こりゃダメだ。
「あー、あーーーっ……うーん、首に凄い違和感を感じる」
一応お母さんにチェックしてもらったものの、ちゃんと着こなせているのか不安になってきた。
なんとなく落ち着かないから、シャツと首の間に人差し指を入れてピタリと張り付いていた襟首に空間を作る。
「ふぅ、ひとまずはこれでいっか」
車も滅多に通らない一本道を歩いていると、大きな家の前に到着した。黒い屋根に、真っ白な壁。周囲を白い塀に囲まれた、二階建ての大きなお家だ。
「コンクールのお祝いパーティー以来、かな……」
ごくり、と生唾を飲み込んだ。期間にして、およそ三か月。
全国大会で奨励賞受賞――という快挙以来、学校以外ではアリスとの関わりを絶っていた。
久しぶりにアリスの家にやってきた。
【千代野】と彫られた表札の下にあるインターホンを、袖から人差し指だけ出してピコリと押し込む。
表札からお察しの通り、ここがアリスの家だ。一般的なサラリーマンである家の両親と比べると、かなり大きな一軒家である。
相変わらず、お城みたいなお家だなぁ……と家に一瞥をやりつつ、いつものクセで家の奥にある駐車場を覗き込む。
「あれ、今日は太一さんの車ない?」
ここ最近、朝方には駐まっているはずの、黒のファミリーカーが無い。
おかしいな。
春美さんは妊娠中だから、実家に帰ってるって聞いてたけど、代わりに太一さんがいるはず……もしかして、急患でも入ったのだろうか。
あ、春美さんはアリスのお母さんね。太一さんはお父さん。
春美さんが看護師で、太一さんが医者――アリスのご両親は、共に医療従事者だ。だから、お家もそれ相応に大きい。
となると、アリスは家に一人……?
中学生の頃は、アリスの準備が出来ていて、家から学校までの往復を手助けすれば良かったのだけど――
「春美さんがいないってことは、もしかして準備が出来ていない……ってこと?」
――もしや、これは大変なことになるのではなかろうか。
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