表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛を込めて、アリスに捧ぐ協奏曲  作者: さこここ
第3章 二人の目指す場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/41

第40話 全日本ジュニア器楽コンクール・予選

 控え室は、水を打ったように静かだった。

 時折パイプ椅子がきしんだり、リュックを開けたりする物音が響くだけで、誰も話そうとしない。


 本番を控えた特有の空気感、というのだろうか――ピリピリと張り詰めた雰囲気にてられて、緊張してきた。


(ねえねえアリス)

(どうしましたか?)

(……私、ちょっと緊張してきた)


 少しでも緊張を和らげたくて、声を潜めてアリスの肩をちょいちょいと突く。


(えっ、早くないですか?)

(だって、二人のコンクールって久々なんだよ!?)


 それを聞いて、アリスは意外そうに首を傾げた。


(そうでしたっけ?)

(そうなんだって!)


 私だってさっきまで忘れてたけど、実はそうなのだ。

 一人でフルートを吹くのは小学生以来なんだよね。


 いつも二人で一緒に吹いてたから、そんな久しぶりって感じはしないけど。


(…………頑張ってください、和奏ちゃんなら乗り越えられます!)

(まさかのお手上げ!?)


 と、しょうもない会話をしていると十一時三十分が近付いてきた。

 控室の空気が、一層ピンと張りつめたような感じがする。


「プログラム四番の方、リハーサル室へご案内します」

「は、はいっ」


 そんな空気を破るように係員が控室に入って来て、少し緊張してそうな二人組を連れて行った。


「…………」


 この期に及んで、何かできるわけではないんだけど、本番のことを考えると何かしたくなる。


 どこかムズムズとした気持ちのまま、無言で時間が過ぎるのを待つ。

 得てしてこういう時は、時間の流れがやけに遅く感じてしまう。


(アリス。もうちょっとで、審査が始まるよ)

(そろそろお昼ですか?)

(う、うん……そうだけど)

(それでは、そろそろ軽食を食べませんか?)


 確かに。

 緊張で、胃がキュッとなる前に買って来たサンドイッチをつまもう。


「あのぉー、すみません」

「はい、どうされました?」

「えっと、控室って飲食してもいいですか?」


 ということで、部屋の外で待機していた係員に、控室は飲食が可能か聞いてきた。


「あ、大丈夫ですよ」

「分かりました。ありがとうございました!」


 あっさり許可が下りたので、ビニール袋をガサガサいわせながら、アリスと一緒にサンドイッチをパクつく。


 どうやら皆気になっていたみたいで、私たちが堂々とサンドイッチを食べ出したら、控室のあちこちからビニール袋の音がし始めた。


(皆、お腹減ってたのかな?)

(ふふっ、そうかもしれませんね)


 昼食後、やることがなさすぎて、一分おきに時計をちらちらと見ている。

 何か、時間の流れを忘れさせてくれる良案はないだろうか。


(ねえアリス、何か暇つぶしできるものってないかな?)

(……思いつきませんね)

(だよね……あーぁ、音出しさえできたらなぁ)


 歯磨きも終わったし、トイレにはさっき行ったばかり。

 暇過ぎて、椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。


(ふぅ……)


 照明をぼーっと見つめていると、首が痛くなりそうだったから一瞬で止めた。


 …

 ……

 ………


 今の時刻は十三時三十分。

 控室に入ってから二時間経った。予定なら、プログラムが十番目の人が演奏している頃だろう。


「プログラム十四番の人、リハーサル室へ案内します」

「はい!」


 また一組、リハーサル室へ連れて行かれた。

 全部で二十一組もいたはずなのに、残っているのはもう七組だけ。


 演奏が終わった組が、一組また一組と戻ってくるたびに、否応いやおうなしに心臓の鼓動が速くなっていく。


 緊張はもちろんある。だけど、それだけじゃない。

 なんというか、早く本番が来てほしいような、来てほしくないような……そんな気持ちだ。


 アリスと作り上げた『ごしきひわ』を、皆に聴いて欲しいと思う私もいれば、まだもう少しだけ私たちだけの秘密であって欲しいと思う私もいる。


「プログラム十五番の人――」


 十六番、十七番とどんどんと呼ばれて行き、次は私たちの番だ。

 もうすでに、フルートを組み立ててリハーサル室へ向かう準備はバッチリ。


(アリス、準備はいい?)

(はい。和奏ちゃんの方はどうですか?)

(悪くないよ)


 そんな話をしていた時、だいぶ呼び方が雑になってきた係員から、私たちの番号が呼ばれた。


「プログラム十八番の人ー」

「「はい」」


 フルートだけ持って、アリスとリハーサル室へ向かう。

 いよいよ、いよいよだ……!


 控室から少し歩いた先にあるリハーサル室に案内された。

 部屋には、メトロノームや電子ピアノが用意してある。


「それでは、十四時五十五分までは音出しが可能です」

「「分かりました!」」


 今の時刻は十四時三十五分。

 音出しができるのは二十分だけということか。


「よし、やろっか!」

「そうですね!」


 係員が出て行くと、すぐさまウォーミングアップを始めた。


 楽器に息を吹き込んで、音程ピッチを合わせる。

 アリスも鍵盤を右へ左へと往復して、指を温めていく。


 すぐに五分が過ぎた。残り十五分。

 おかしい。控室だとこんな時間は早く感じなかったのに。


 軽くロングトーンをしたり、アリスと出だしの確認をしていると、リハーサル室の扉が開いた。


「時間です。移動をお願いします!」

「はい」

「……はいっ」


 まじか。早すぎでしょ、二十分。

 あっと言う間に、ステージ袖までやってきてしまった。


 袖から見えるステージでは、私の前の出場者が堂々と演奏を披露している。

 照明に照らされて、フルートがきらめく。


 緊張しているからか、やけに指先が冷えるし体が少しだけ震えている。

 何度か息を吹きかけていると、そっと手が握られた。


(大丈夫です、和奏ちゃん。私がいますよ)

(アリス?)

(大丈夫、大丈夫……)


 私の問いかけには答えず、アリスは大丈夫と繰り返し口にした。

 そのうち指先は熱を取り戻し、体の震えも収まっていった。


 やれる。

 うん、やれる。


 私、今まで積み上げて来たものを、全て注ぎ込むよ。

 ギュッとアリスの手を握ると、アリスも私の手を握り返して来た。


 直後、ステージの方から拍手の音。

 ということは、次は私たちの番だ……。


「プログラム十八番、フルート協奏曲『ごしきひわ』RV.428。山口県、南條和奏。伴奏は千代野アリス」


 アナウンスと同時に、私たちはステージ袖から歩き出した。

 ピアノの前で一礼した後、アリスの手を放してステージの中央まで歩いていく。


 深呼吸を一度、二度して体から力を抜く。

 緊張、高揚、不安、期待……色々な感情が私の胸の中に渦巻うずまいている。


 練習だって順調だったわけじゃない。

 だけど、私たちは今できる精一杯をこの会場の人たちにぶつけるんだ!


 アリスの準備が出来ていることを確認して、私はいつも通り息を吸い込んだ。


「スッ――!」


 曲が始まった。


 第一楽章。

 アリスは木々の間を駆け抜ける、爽やかな風を表現している。

 私はピエタの少女だ。風に誘われるように、森へピクニックにやってきた。


 第二楽章。

 ごしきひわが、お昼寝している少女たちを静かに見つめている。

 優しい風は少女たちの頬を軽く撫でて行く。


 第三楽章。

 ごしきひわは木から飛び立ち、人の行きかう町へ向かった。

 少女たちが音楽に取り組む様子や、忙しない人の頭上を飛んでいく。


 アリスは時代の逆風、ごしきひわへの追風を巧みに表現して、演奏に彩りを加えて行く。



 もう、演奏が終わる。

 あっと言う間の十分だった。



 果たして私は、アリスの隣に立てるだけのフルート奏者になれただろうか。

 フィナーレを迎えた私は、アリスの手を取って一礼した。


 一瞬の静寂の後、万来の拍手が降り注ぐ。

 こうして、私たちのコンクールは終わったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ