第4話 岐路
本日四話目になります!
以降、何事もなく駅までたどり着き、新幹線に乗車することができた。
三連休の最終日だから、席が埋まってるかと思ったのだけどスカスカだ。
見る限り五、六人しかこの車両には乗っていないようだ。
全員前の方に座ってるし、アリスと普通に話ができそうだ。
「はーぁ、何だかドッと疲れが出てきた気がするよ。アリスはどう?」
座席に座って、思いっきり背もたれを倒しながら、窓側の席に座るアリスに問いかける。車両が動きだして、体が緩やかに背もたれに沈み込む。
「そうですね……私が奨励賞だなんて、未だに信じられない気持ちです」
「中国大会で落ちちゃった私が言うのもアレだけどさ、私はトロフィーを狙えるんじゃないかって、思ってたんだよね」
すると、アリスはへにゃりと眉を下げる。
「もちろん、トロフィーをいただけなかったのは残念ですけど、納得もしてるんです」
「納得?」
「はい、私はたまたま中国大会を突破できただけで、トロフィーに相応しくないというのは分かっていたんです……」
は?
少し感じていた眠気が、一瞬で吹き飛んだ。
「中国大会の頃から薄々思っていたんです。『私、ここにいていいのかな?』って」
「何で、そう思ったの?」
「だって……私は将来、ピアニストになりたいって決めてるわけじゃなくて、ピアノに人生を捧げているわけでもありません」
アリスは指先を揉みながら、ためらいがちに話す。
ごうごうと、長いトンネルに入った新幹線。
窓には、眉根に皺を寄せた黒髪ショートの女の子――不満気な表情をした私が映っていた。
「でも、中国大会や全国大会で出会った人は違います。ピアノに人生を捧げて、真剣にピアノに向き合っている人ばかりでした」
確かに、それは私も思い知らされた。
私が出場したフルート部門は、想像もつかないくらいの努力を積み重ねて来たんだろうなぁ、と感じる子が全国に進んだ。
「私はただ、和奏ちゃんが大会に出るって聞いたから、一緒に出ただけで……私は運が良かっただけなんです」
――私が中国大会を突破できなかったのは、運が悪かったから? と溢れ出そうになった言葉を、喉元で押しとどめる。
「もちろん楽しかったですし、ここまで手助けしてくれた和奏ちゃんには、感謝しています。でも……だからこそ余計に、全国に進むのは、私ではない方が良かったと思うんです」
だったら、その中国大会も突破できなかった私はどうなる。
全国に進んだ子は、運が良かったから突破したの?
ぐるぐると、熱を帯びた思考が頭の中を巡る。
運が良かったら、私は中国大会を突破できたの?
もやもやした感情が、私の胸の奥を満たす。
アリスが全国に行けたのも、私が中国大会で落ちたのも、運のせいなんかじゃない。
私の自制心が働いたのは、ここまでだった。
「それ、本気で言ってるの?」
私の口から飛び出たのは、刺々しい声だった。
そこに至ってようやく、アリスは私の雰囲気がおかしいことに気付いた。
「和奏ちゃん……?」
「運が良かったから全国に行けたって、他の人が全国に行った方が良かったって、本気で言ってるの?」
ああ、ダメだ。
この荒れ狂う感情を、うまくコントロールすることができない。
「ご、ごめんなさい和奏ちゃん。何か、気に障るようなことを言いましたか?」
困ったように眉を八の字にしながら、アリスが私に問いかけてくる。
気に障るとか、そういう話じゃないんだよ、アリス。
「いいから、私の質問に答えてよ」
「えっ、えぇと……」
煮え切らない様子に、苛立ちが募る。
全国に行ったあの子と私の間には、確かに差があった。
それは練習の成果で、努力と熱量の差に他ならない。それを、アリスに馬鹿にされているような気がした。
あの時の私は、驕っていた。
市や県で、フルートが上手いと言われたからって、いい気になっていた私は知らなかったのだ。
上には上がいる――それを、中国大会で嫌という程思い知った。
なのに、アリスはその中国大会でさえも、難なく突破した。
もっと自信を持って欲しい。もっと誇って欲しい。
全国に行かなければ良かったなんて、アリスの口からは聞きたくなかった。
私は、アリスのその謙遜しているようで、他の人の努力を踏みにじっているような言い方が――気に食わないのだ。
「あ、そうか。私……」
私は、気に食わなかったのか……。
むしゃくしゃした感情の正体が、ストンと腑に落ちたような感じがした。
途端に、吹き荒れていた心の奥が平静を取り戻す。
「あの……そのぅ……」
言葉を選ぼうと、焦っているアリスを横目に、私は何度か深呼吸を繰り返した。
できるだけ穏やかに、いつも通りを心掛けてアリスに話しかけた。
「ねえアリス、私って運が悪かったから、中国大会で落ちたのかな」
「えっ――?」
閉じていたアリスの目が驚いたように、パチリと開いた。
「運が良ければ、私みたいな下手っぴでも全国に行けたと思う?」
「そ、それは――!」
『まもなく、新山口、新山口。お降りのお客様は――』
アリスが何か言おうとしたタイミングで、車内アナウンスが流れ始めた。もう、タイミングが悪いってば。
そこで私は、我に返った。
あれ……新山口って、もう降りないとじゃん
ハッと立ち上がって辺りを見渡してみると、この車両には私達以外の人は乗っていなかった。
「……」
「……」
駅には、私のお父さんが迎えに来てくれていた。
「おかえり、和奏。それとアリスちゃん」
「た、ただいま」
「迎えに来ていただいてありがとうございます」
帰りの車の中で、何かお父さんと話した気がするけど、あまりに眠たすぎて気付いたら寝てしまっていた。
気付いたら家に着いていて、アリスも家に送った後だった。
後に残ったのは、アリスを問い詰めてしまった罪悪感と、膨れ上がる自己嫌悪。
翌日、平日だったから再びアリスと顔を合わせた。
「昨日はごめん」と、一言謝るだけでよかったのに、何故か言葉が出てこない。
「……行こうか」
「……はい」
ぎくしゃくしたまま、私達は登校した。
アリスと仲直りできないまま、すぐに冬休みがやってきた。
好機逃すべからず、ということわざがある。
私達は仲直りの好機を、見事に逃してしまっていた。
それ以来、変に仲が拗れた私とアリスは、めっきり会話が減った。
気まずさを忘れたくて、高校入試に向けてがむしゃらに勉強に打ち込んだ。
「アリスの志望校、どこなんだろう……はぁ……」
今アリスと仲直りしておかなければ、高校の三年間は会えないかもしれない。
想いとは裏腹に、あの日のことについて触れることもないまま冬休み、三学期が過ぎ、私たちは中学校を卒業した。