第38話 コンクール前夜
本日、二話更新となります!
時刻は夕方。
会場を後にした私たちは、ホテルの温泉で一日の疲れを癒していた。
「佐々井真奈さんと佐々井美奈さん……凄かったね」
「ええ、息ピッタリで絹みたいに綺麗で優しい音でした」
着席早々、レベルの高い演奏を聴いて少し圧倒されてしまった。
私たちだって、彼女たちに負けていない。けど――
「だけど、明日が不安になってきたよ」
思い出されるのは、佐々井組の何組か後から始まったホルン部門でのこと。
密かに目当てにしていた部門で、ある問題が発覚した。
「いや、今思い出してもあれはひどいよ……」
「原因は反響板、ですよね?」
ぱしゃっ、と肩から首元に向かってお湯をかけながら、ほぼ確信を持った口調でアリスが問いかけてくる。立ち上る湯気をボーっと眺めながら、肯定する。
「確実に反響版のせいだよぉ。ちょっと楽器の角度を変えただけで、あんなに響きが変わるなんて……」
今思い出しても、あれは……と眉をしかめてしまう。
というのも、ホルン奏者が感情を込めた演奏で体を揺らす度に、壊れたイヤホンみたいに左から音が強く聴こえたり、右から音が強く聴こえたりしていたのだ。
この会場の特性だ、と言われたら私たちは何もできないんだけどね。
「あれは可哀想。それに、人事ではないからねぇ」
「フルートも反響板の影響を受けますからね」
どちらも反響板の影響を強く受けてしまう楽器という点で、ホルン部門に注目していたんだけど……。
「そーなんだよねぇぇぇ……あ、そろそろあがろ?」
「はいっ」
アリスと湯舟から出ながら話を続ける。
温泉の床は滑りやすくて危ない、気を付けないと。
「お客さん、かゆいとこございませんかー?」
「ふふっ、ないでーす」
シャワーで念入りに髪と体を洗ってから、脱衣所でドライヤーを確保する。
早い時間に来ていてよかった。まだ全然埋まってない。夜は、ドライヤーの争奪戦になるって聞いてたんだよね。
「アリス、スキンケアするから目閉じといてよー」
「はーい」
若さにかまけて、申し訳程度にスキンケアをしてからパパっと髪を乾かした。
「じゃ、ドライヤーあててくよー」
「お願いします」
私はそこまで時間はかからないけど、アリスの髪は長いからね。アリスがタオルで水気を切ったところを、私がドライヤーで乾かしていく。
備え付けの浴衣に着替えたら、フロントに電話する。
『はい、フロントでございます』
『あ、もしもし。二百十号室の南條ですけど、夕食をお願いしてもよろしいですか?』
『はい、少々お待ちくださいませ』
アリスの目が見えないということで、特別に夕食を部屋まで届けてくれるらしい。
事前に頼んでいたものだけになるけど、混むのが分かりきっているバイキングに行かなくて済むのは、本当にありがたい。
コンコンコンと部屋の扉がノックされた。
『お夕食をお持ちいたしました』
「はーい、今開けます!」
フロントにいた受付のお兄さんが、プレートを二枚運んできてくれた。
私が扉を開けると、机の上に配膳までしてくれた。
「すごく助かりました、ありがとうございます」
「あ、私の分もありがとうございました!」
「いえ。お食事が終わりましたら、回収に伺いますのでまたフロントまでお知らせくださいませ。それでは、ごゆっくりどうぞ」
お兄さんは一礼すると、さっと部屋を出て行った。
「じゃ、食べよっか」
「はい!」
私は好物のハンバーグに、ご飯とお味噌汁、アリスはサンドイッチにサラダ、コンソメスープだ。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
しばし、無言で食べ進めて行く。
「「……」」
うん、美味しい。
もし私一人でバイキングに行ってたら、絶対ハンバーグお代わりしちゃってたね。危ない危ない。
そんな冗談は置いておいて、本当に美味しかったぁ……。
アリスもいつの間にか全部食べ終えてるし、バイキングが混むのも納得の味だった。
「「ごちそうさまでした」」
フロントの人にプレートを回収してもらったら、歯磨きをして明日の確認をする。
「フルートは十一時集合ですぐに音出し開始。十一時三十分から審査開始で、私たちの演奏順は最後から三番目……そして十六時前後に結果発表ね」
ふぅ、緊張してきた。
明日は中国地方の各地から、同年代のフルート奏者が集まってくる。
皆、下手なわけがない。緊張すると同時に、気合いも入る。アリスと私で爪痕を残してやる。
反響板のこともあるし、初めて参加するコンクールということもあって、勝手が分からないのが、一番緊張する。
「和奏ちゃん、今から緊張してたら夜眠れませんよ?」
「い、いやぁ……分かってるんだけどね――えーっと、『ホテルのご飯美味しかったよ』っと」
お母さんに連絡を返してから、やることもなくてとりあえずベッドに入る。
今は二十時ちょうど。寝るには時間が速すぎて、眠気が全くと言っていいほど無い。
「あー……暇だ。フルート吹きたいーーー……」
すると、ガサガサとアリスのベッドから衣擦れの音が聞こえてきた。
何をしてるんだろー、なんて思っていた直後、私の布団がバサッと捲られた。
「うぇっ!?」
「失礼しますね」
「ちょっとアリス、なんでこっちに入ってきたのよ」
私が抗議すると、ぷくっと頬を膨らませながら、アリスが理由になってない理由をごり押ししながら背中に抱き着いてきた。おかしい、いつもより強引だぞ?
「ねえアリス。もう六月なんだし、くっついたら熱いって……」
「空調をつけたらいいじゃないですか。それに、私だってピアノが弾けなくて暇なんです」
そこで私は察した。
あぁ、アリスってば地元から離れた寂しさからか、甘え癖が出たんだな、と。
「もう……しょうがないわね。ほら、ちょっと腕どけて」
向い合せになるように、体の向きを変えると、アリスは嬉しそうに首元に顔を埋めて来た。
「う~~~」
「よしよし、八代から離れて寂しくなっちゃった?」
「……」
アリスの頭を撫でながらそう聞くと、コクリと頷いた。
結局、夜遅くまでアリスに付き合って雑談をしていたら、多分だけど二人同時に寝落ちした。




