第30話 ピクニック(往)
その日の夜、お母さんに軽食を作ってもらおうと、ピクニックに行く話をしたところ――。
「えーっと、空き地になってるわよ、公園」
お母さんは、フライパンをジュージューと揺らしながら、こともなげにそう言った。今日の夕飯はハンバーグ、私の好物だ。
「えぇっ!? どうして!?」
「どうしてもこうしても……確か、数年前に遊具が老朽化したとかで、全部撤去されたからよ?」
まじか。私たちの思い出の場所が……。
「今は確か……そう! 自然公園にするとかで、芝生とか花壇が整備されてるんだったかな?」
「それ空き地じゃないじゃん……」
「おほほほほ、言葉の綾ってやつよ~」
全く、この母は……。
お母さんは、菜箸でハンバーグを突き刺しながら、上機嫌そうに笑う。
「なんだなんだ? 随分と楽しそうじゃないか」
「あ、お父さんおかえりー」
「おう、ただいま和奏」
お母さんが笑っていると、やや疲れた顔をしたお父さんが帰って来た。
首元のネクタイを緩めながら、お父さんはふぅっと一息ついた。
「おかえりなさい、貴方」
「ただいま、奈々美。今日はハンバーグか」
「ええ、今日は合いびき肉が広告の品だったのよ」
それを聞いたお父さんは、ワイシャツが汚れちゃいかん、と服を着替えに行った。
「――それでね、明日アリスと公園に行くから、軽食を作って欲しいんだけど……お願いできないかな?」
「そうねぇ……いいわよ」
「本当っ!? お母さんありが「――ただし!!」と、う?」
「和奏も手伝いなさい?」
わーい、と無邪気に喜んだのもつかの間。
お母さんからミッションが下された。
「はーい……」
「将来一人暮らしするかもしれないんだし、和奏も自炊くらい出来るようにならないとね」
「一人暮らしかぁ~」
配膳を手伝いながら、ふと天井を見上げた。止めとけばよかった、LEDの電気が眩しいや。反射でちょっとだけ涙がにじむ。
「なに、和奏ってば一生この家にいる気なの?」
「うーん……先のことは分かんないね~」
なんというか……将来のこととか一人暮らしとか言われたって、高一になったばかりなんだし、想像つかないや。
「和奏ー、手が止まってるよー」
「あ、はーい」
花より団子、将来の話よりハンバーグだ。
「「「いただきまーす」」」
うむむ……今日は、ケチャップもポン酢もどちらも捨てがたい気分だ。
「うん、今日も美味しいな」
「そうかしら。ちょっと焼きすぎたかもしれないけど……」
「いや、ちょうどいいよ」
「――ていっ」
こういう時はハンバーグを半分に割って、ケチャップとポン酢の両方の味を楽しむのが、私のやり方。
「んー、幸せ~~~」
口の中が、幸せに包まれている。
そこにご飯を放り込めば、二度美味しい。
最後にお味噌汁でハンバーグとご飯を流し込む。
ちょっと行儀が悪いけど、家族以外誰も見ちゃいないんだ。気にすることはない。
「ごちそうさまでした! それじゃ、私は歯磨きして寝るから」
「ちょっと待って和奏、明日は何時に出るの?」
食器を流しに下げようとしたら、お母さんに呼び止められた。
あ、そうか。明日の予定を言ってなかったや。危ない危ない……。
「えと、六時五十五分には家を出る予定だよ」
「じゃあ、六時には起きてきなさいよ?」
「はーい。お父さんもお母さんも、おやすみ~」
自室に戻った私は、スマホから『ごしきひわ』を流しながら、出された課題に手をつけ始めた。
「とぅりっ、とぅりっ、とぅり〜」
翌朝、六時ぴったりに目覚めた私は、お母さんと軽食作りに勤しんだ。
そのまま朝ごはんを食べて、動きやすい服に着替える。今日はサロペットパンツに、クリーム色の長袖シャツにした。
髪をまとめて、帽子の後ろの穴からぴょこりと引っ張り出す。
メイク? 近場に出かけるだけなのに、するわけないじゃん。
「それじゃあ行ってきまーす」
「いってらっしゃい、気をつけてね〜」
お母さんに見送られて、アリスの家へ向かう。
ピンポーン、とインターホンを鳴らすとすぐに扉が開いて、アリスが姿を現した。
「おはよー!」
「おはようございます、和奏ちゃん」
麦わら帽子に長袖の白いワンピース、ブラウンのショートブーツを身に付けたアリスは、異国のお姫様みたいだ。
「早起きできて偉い! それに、お姫様みたいで可愛いね!」
「は、恥ずかしいです……けど、ありがとうございます」
頬が赤くなっているのを隠すために、アリスは麦わら帽子のつばをクイッと引っ張って顔を隠している。
「忘れ物はないよね?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、公園に行こうか」
公園まで二十分くらい歩かないといけない。
気を紛らわすために、緩やかな坂を登りながらアリスに話を振ってみた。
「ねえアリス、八代公園の遊具が撤去されてたって知ってた?」
「えっ……そうなんですか!?」
「あ、知らなかった? 私も昨日、お母さんに教えてもらったんだよね」
やっぱりアリスも知らなかったようだ。
へにょりと眉を下げて、アリスは悲しげな表情を浮かべている。
「何だか、思い出が消えちゃうみたいで、悲しい気持ちになりますね」
「ね、ちょっぴり寂しいよね……」
二十分後、人気のない公園に到着した私たちは、木の下を占領して贅沢にくつろいでいた。やっぱり、日曜日の朝は人通りが少ないね。
木の根元に敷いたレジャーシートの上でアリスと寝っ転がりながら、頬を撫でる風を堪能する。
「はぁー、風が気持ちいいね〜」
「えぇ、日差しがポカポカと暖かくて、ちょっと眠たくなってきちゃいました」
アリスはそう言うと、目を閉じてしまった。
そして、すぅすぅと小さな寝息が――って、ダメダメ!!
「ダメだよアリス。お昼寝は『ごしきひわ』の理解を深めた後だよ」
ふぁっ、とあくびを連発しながら、アリスは眠そうに目元を擦る。
「ふゎ……すみません、和奏ちゃんの解釈を聞いて練習に熱が入っちゃって」
「ちょっと、アリスまさか――」
「て、徹夜……しちゃいました」
「何やってるのよ……」
やけに口数が少ないなぁ、とは思っていたけどまさか徹夜しちゃってるなんて思わなかった。
「だってぇ……和奏ちゃんの教えてくれた光景が、あんまりにも素敵でつい……」
「つい、じゃないのよ」
肩すかしにもほどがある。
アリスを褒めようと思った、私のこの気持ちを返して欲しい。
「早起きできて偉いねって言おうと思ってたのに――うわっ」
「ん~~~、和奏ちゃんはいい匂いがするし、ぽかぽかと暖かいですぅ」
デコピンでもしてやろうかしら……。
そんなことを考えていると、ゴロゴロとこちらに転がって来たアリスが、胸元に覆いかぶさるようにして抱き着いてきた。
「ちょっと、動けないんだけど……」
「ふぁっ……ちょっとだけ、ちょっとだけですぅ」
そう抗議するも、アリスの眠気も限界に近付いているみたいで、ふにゃふにゃとした声が返って来た。
「~~~~もうっ。一時間だけだからね?」
渋々、本当に渋々一時間だけ仮眠を認めると、アリスはふにゃりと笑ってすぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。
何もすることがなくなってしまったので、スマホで『ごしきひわ』の演奏をリピート再生して、少しでもイメージを練り込んでいく。
「――くぁっ……昨日、夜更かしし過ぎたかなぁ」
ぽかぽか陽気にやられてしまったのか、私まで眠たくなってきてしまった。
課題が手に着かなくて深夜まで起きていたのが原因かもしれない。私も、アリスの寝息に誘われるようにして、少しだけ……と目を閉じるのだった。




