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愛を込めて、アリスに捧ぐ協奏曲  作者: さこここ
第2章 目指せ、コンクール

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第30話 ピクニック(往)

 その日の夜、お母さんに軽食を作ってもらおうと、ピクニックに行く話をしたところ――。


「えーっと、空き地になってるわよ、公園」


 お母さんは、フライパンをジュージューと揺らしながら、こともなげにそう言った。今日の夕飯はハンバーグ、私の好物だ。


「えぇっ!? どうして!?」

「どうしてもこうしても……確か、数年前に遊具が老朽化したとかで、全部撤去されたからよ?」


 まじか。私たちの思い出の場所が……。


「今は確か……そう! 自然公園にするとかで、芝生とか花壇が整備されてるんだったかな?」

「それ空き地じゃないじゃん……」

「おほほほほ、言葉のあやってやつよ~」


 全く、この母は……。

 お母さんは、菜箸でハンバーグを突き刺しながら、上機嫌そうに笑う。


「なんだなんだ? 随分と楽しそうじゃないか」

「あ、お父さんおかえりー」

「おう、ただいま和奏」


 お母さんが笑っていると、やや疲れた顔をしたお父さんが帰って来た。

 首元のネクタイを緩めながら、お父さんはふぅっと一息ついた。


「おかえりなさい、貴方」

「ただいま、奈々美。今日はハンバーグか」

「ええ、今日は合いびき肉が広告の品だったのよ」


 それを聞いたお父さんは、ワイシャツが汚れちゃいかん、と服を着替えに行った。


「――それでね、明日アリスと公園に行くから、軽食を作って欲しいんだけど……お願いできないかな?」

「そうねぇ……いいわよ」

「本当っ!? お母さんありが「――ただし!!」と、う?」

「和奏も手伝いなさい?」


 わーい、と無邪気に喜んだのもつかの間。

 お母さんからミッションが下された。


「はーい……」

「将来一人暮らしするかもしれないんだし、和奏も自炊くらい出来るようにならないとね」

「一人暮らしかぁ~」


 配膳を手伝いながら、ふと天井を見上げた。止めとけばよかった、LEDの電気が眩しいや。反射でちょっとだけ涙がにじむ。


「なに、和奏ってば一生この家にいる気なの?」

「うーん……先のことは分かんないね~」


 なんというか……将来のこととか一人暮らしとか言われたって、高一になったばかりなんだし、想像つかないや。


「和奏ー、手が止まってるよー」

「あ、はーい」


 花より団子、将来の話よりハンバーグだ。


「「「いただきまーす」」」


 うむむ……今日は、ケチャップもポン酢もどちらも捨てがたい気分だ。


「うん、今日も美味しいな」

「そうかしら。ちょっと焼きすぎたかもしれないけど……」

「いや、ちょうどいいよ」

「――ていっ」


 こういう時はハンバーグを半分に割って、ケチャップとポン酢の両方の味を楽しむのが、私のやり方。


「んー、幸せ~~~」


 口の中が、幸せに包まれている。

 そこにご飯を放り込めば、二度美味しい。


 最後にお味噌汁でハンバーグとご飯を流し込む。

 ちょっと行儀が悪いけど、家族以外誰も見ちゃいないんだ。気にすることはない。


「ごちそうさまでした! それじゃ、私は歯磨きして寝るから」

「ちょっと待って和奏、明日は何時に出るの?」


 食器を流しに下げようとしたら、お母さんに呼び止められた。

 あ、そうか。明日の予定を言ってなかったや。危ない危ない……。


「えと、六時五十五分には家を出る予定だよ」

「じゃあ、六時には起きてきなさいよ?」

「はーい。お父さんもお母さんも、おやすみ~」


 自室に戻った私は、スマホから『ごしきひわ』を流しながら、出された課題に手をつけ始めた。


「とぅりっ、とぅりっ、とぅり〜」



 翌朝、六時ぴったりに目覚めた私は、お母さんと軽食作りに勤しんだ。

 そのまま朝ごはんを食べて、動きやすい服に着替える。今日はサロペットパンツに、クリーム色の長袖シャツにした。


 髪をまとめて、帽子の後ろの穴からぴょこりと引っ張り出す。

 メイク? 近場に出かけるだけなのに、するわけないじゃん。


「それじゃあ行ってきまーす」

「いってらっしゃい、気をつけてね〜」


 お母さんに見送られて、アリスの家へ向かう。

 ピンポーン、とインターホンを鳴らすとすぐに扉が開いて、アリスが姿を現した。


「おはよー!」

「おはようございます、和奏ちゃん」


 麦わら帽子に長袖の白いワンピース、ブラウンのショートブーツを身に付けたアリスは、異国のお姫様みたいだ。


「早起きできて偉い! それに、お姫様みたいで可愛いね!」

「は、恥ずかしいです……けど、ありがとうございます」


 頬が赤くなっているのを隠すために、アリスは麦わら帽子のつばをクイッと引っ張って顔を隠している。


「忘れ物はないよね?」

「はい、大丈夫です」

「それじゃ、公園に行こうか」


 公園まで二十分くらい歩かないといけない。

 気を紛らわすために、緩やかな坂を登りながらアリスに話を振ってみた。


「ねえアリス、八代公園の遊具が撤去されてたって知ってた?」

「えっ……そうなんですか!?」

「あ、知らなかった? 私も昨日、お母さんに教えてもらったんだよね」


 やっぱりアリスも知らなかったようだ。

 へにょりと眉を下げて、アリスは悲しげな表情を浮かべている。


「何だか、思い出が消えちゃうみたいで、悲しい気持ちになりますね」

「ね、ちょっぴり寂しいよね……」


 二十分後、人気のない公園に到着した私たちは、木の下を占領して贅沢にくつろいでいた。やっぱり、日曜日の朝は人通りが少ないね。


 木の根元に敷いたレジャーシートの上でアリスと寝っ転がりながら、頬を撫でる風を堪能する。


「はぁー、風が気持ちいいね〜」

「えぇ、日差しがポカポカと暖かくて、ちょっと眠たくなってきちゃいました」


 アリスはそう言うと、目を閉じてしまった。

 そして、すぅすぅと小さな寝息が――って、ダメダメ!!


「ダメだよアリス。お昼寝は『ごしきひわ』の理解を深めた後だよ」


 ふぁっ、とあくびを連発しながら、アリスは眠そうに目元を擦る。


「ふゎ……すみません、和奏ちゃんの解釈を聞いて練習に熱が入っちゃって」

「ちょっと、アリスまさか――」

「て、徹夜……しちゃいました」

「何やってるのよ……」


 やけに口数が少ないなぁ、とは思っていたけどまさか徹夜しちゃってるなんて思わなかった。


「だってぇ……和奏ちゃんの教えてくれた光景が、あんまりにも素敵でつい……」

「つい、じゃないのよ」


 肩すかしにもほどがある。

 アリスを褒めようと思った、私のこの気持ちを返して欲しい。


「早起きできて偉いねって言おうと思ってたのに――うわっ」

「ん~~~、和奏ちゃんはいい匂いがするし、ぽかぽかと暖かいですぅ」


 デコピンでもしてやろうかしら……。

 そんなことを考えていると、ゴロゴロとこちらに転がって来たアリスが、胸元に覆いかぶさるようにして抱き着いてきた。


「ちょっと、動けないんだけど……」

「ふぁっ……ちょっとだけ、ちょっとだけですぅ」


 そう抗議するも、アリスの眠気も限界に近付いているみたいで、ふにゃふにゃとした声が返って来た。


「~~~~もうっ。一時間だけだからね?」


 渋々、本当に渋々一時間だけ仮眠を認めると、アリスはふにゃりと笑ってすぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。


 何もすることがなくなってしまったので、スマホで『ごしきひわ』の演奏をリピート再生して、少しでもイメージを練り込んでいく。


「――くぁっ……昨日、夜更かしし過ぎたかなぁ」


 ぽかぽか陽気にやられてしまったのか、私まで眠たくなってきてしまった。

 課題が手に着かなくて深夜まで起きていたのが原因かもしれない。私も、アリスの寝息にいざなわれるようにして、少しだけ……と目を閉じるのだった。

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