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愛を込めて、アリスに捧ぐ協奏曲  作者: さこここ
第2章 目指せ、コンクール

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第29話 譜読み

本日も三話更新です。

 しゃこしゃこ――ぺっ。


「ふぅ、お弁当を食べたら歯磨きは必須ね」


 口の中が、スース―とした清涼感に溢れる。

 楽器を吹く前は、歯磨きが必須だよね。


 水道水で口をゆすいでから、午後の練習に取り掛かる。


「アリスー、テンポ八十でスケールやってみない?」

「はい、ぜひお願いします!」

「すぅ――」


 いつも通り、基礎練を一時間以上かけて行った後、アリスと呼吸を合わせる練習としてメトロノームを止めた状態で、音階を上がったり下がったする。


「ごめん、ちょっとだけ遅れちゃった」

「和奏ちゃんだけが悪いわけじゃありません!」

「まあ、あの最初の出だしは酷かったねぇ……」


 ものの見事に、出だしからお互いの音がズレた。具体的に言えば、十六分音符一つ分。


「和奏ちゃんのブレスの音は聞こえていたのに、どうして……」

「うーん、とりあえずもう一回やってみない?」

「は、はい」


「いくよ――すっ」

「――――――っ!」


 まただ……。


 メトロノームという明確な基準がなくなったことで、お互いの心の中で拍子を刻まないといけないんだけど、何よりお互いの動きが見えないというのが致命的だ。


 遊び感覚で吹いていた時は、多少気にしなくてもよかったんだけど、いざコンクールとなると話が違う。


 コンクールの時はアリスに背中を向けた状態で演奏するし、アリスも盲目だから私の動作を見ることができない。結果、私のブレスの音が始まりの合図になるんだけど――


「こりゃ重症だねぇ」

「はい……こんなところに、落とし穴があるとは思いませんでした」


 原因は私にある。

 未だに、ブレスのスピードが全盛期に戻り切ってなくて、不安定なのだ。


「とにかく、私はブレスのスピードを安定させることだね」


 まだ、曲を合わせる段階でもないことが判明したので、私たちは個人練習に戻って『ごしきひわ』の習熟度を高めていく。


「すっ――」


 少し遅い。


「スッ――」


 これだ。

 今の感覚を忘れないうちに音の出だし、ブレスのスピードに拘ることを意識しながら、指に楽譜を覚え込ませる。


「えぇっと、ここは気持ちスタッカート強めだね――いや、もっと大袈裟おおげさにした方がいいか」


 楽譜を読み進めるのに比例するように、カラフルな書き込みが増えて行く。

 その日の最後に、二人で『ごしきひわ』の第一楽章だけ合わせてみた。


「要練習だね」


 三分程度の演奏で私もアリスも、音を合わせるのに手一杯になってしまった。とてもじゃないけど聴けたものではなかった。それが分かっているのか、アリスの表情は心なしか暗い。


「すみません、私も記憶が曖昧なところがあったので、お家で確認してきます」

「うん、お互いにまだまだだ。課題は明確だから、一個ずつクリアしていこうね?」

「はいっ!」


 私たちが、第一楽章から第三楽章まで通しで演奏できるようになったのは、今から一週間後のことだった。


「――ふぅぅ……何とか通しでできるようになってきたね」

「はいっ! 和奏ちゃんのブレスもだいぶ安定してきていると思います!」

「うん、だけど未だに成功率は九割だから。本番の三回で一割を引いちゃわないように、頑張るよ」


 主旋律は私、伴奏はアリス。

 第一楽章の出だしはピアノだけど、タイミングは私が合図する必要がある。


「ブレスの心配もそうですけど、もう表現を曲に落とし込んでいかないと間に合いません。和奏ちゃん、曲の解釈はできていますか?」

「うん、長らくお待たせしました! 昨日ようやくハッキリとした形になったんだ~」


 テーマはズバリ「ピクニック」だ。


「ピクニック、ですか?」

「そう、曲の主題は『ごしきひわ』だけど、少しだけ視点を変えてみようと思って」


 この曲が作られた経緯を調べていた時に、ふと思ったのだ。

 自然をそっくりそのまま表現しなくてもいいんじゃないか、と。


 この曲が作曲された経緯は、調べてもあまり分からなかった。

 だけど、ヴィヴァルディが音楽教師として働いていた、ヴェネツィアにあるピエタ慈善院、というところで作られたのではないかという話を見つけた。


「ピエタ慈善院、ですか?」

「うん、そう。女の子の孤児院みたいなところだったみたい」


 貧しかったり孤児の少女を保護していたピエタ慈善院で、ヴィヴァルディは音楽を教えていたらしいのだ。


 当時、ヴェネツィアでは音楽が盛んだった。

 その影響はピエタ慈善院にも及んでいて、経営を助けるために才能を見出された子は、院が運営する合奏団に入って音楽教育を受けていたらしい。


「そこで、私は思ったの。合奏団の女の子たちは、ピエタ慈善院の近くにある森でピクニックしていたに違いないって」

「ふむ……休日はピクニックが楽しみだったかもしれませんね?」

「うん。そこで、ヴィヴァルディと女の子たちは『ごしきひわ』の鳴き声を聞いたかもしれない」


 その時の情景を、曲に落とし込んだのが『ごしきひわ』。


 ま、全ては根拠のない妄想に偏見を重ねた末の、私の願望だけどね。

 でもでも、こういう解釈があってもいいでしょ?


「素敵です、素敵ですよ和奏ちゃん!」

「だよね、だよねぇ!!」


 アリスと手を取り合って、ぴょんぴょんと小さくジャンプする。

 よかった、かなり好感触だ。


「そうと決まれば、明日ピクニックに行きませんか?」

「え、明日ぁ!?」

「実際に、目や耳を通して感じた自然を表現すれば、より素晴らしい演奏ができるに違いありません!」


 驚いてしまったけど、確かにアリスの提案には賛成だ。

 それに、明日は日曜日だから好都合。


「先生も部活の大会について行くから、学校閉まってるんだったよね」

「はい。私、久しぶりに八代公園に行きたいです」

「うわっ、懐かしいなぁ……」


 八代公園は、私たちが保育園に通っていた時によく両親に連れられて行った思い出の遊び場だ。そういえば――


「公園の滑り台が怖いってアリスが泣いてたっけ?」

「わ、わ~~~! な、ななな何を言ってるんですか!?」

「え? そりゃ、昔の思い出だよ?」


 ま、正確にはアリスの恥ずかしい昔の思い出だけどね。

 公園、と聞いてふと記憶が蘇ってきた。


 それは置いておいて……午後だと暑いかもしれないし、ピクニックに行くなら朝かな。


「明日は朝ごはんを食べて、七時には公園に向けて出発ってことでいい?」

「う~~~~……それで構いませんっ」


 小型犬みたいにうなりながら、アリスはこくりと頷いた。

 そんな様子が可愛くて頭を撫でると、頬を膨らませたアリスにぺいっと手を払い落されてしまった。


「ごめんってば、もう言わないからそんなに唸らないでよ~!」

「むーーー、絶対ですよ!?」


 こうして、明日の予定はピクニックに決定した。

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