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愛を込めて、アリスに捧ぐ協奏曲  作者: さこここ
第2章 目指せ、コンクール

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26/41

第26話 季節外れの『赤とんぼ』

本日は三話更新となります。

 ゴールデンウィークの四連休は、ひたすらに基礎練習を繰り返した。


 二日目からは、アリスもギリギリだけどバスに間に合ったし三、四日目と段々と顔色が良くなってきた気がする。


 そして、あっと言う間に連休は終わった。

 高校の授業にも慣れて来た。アリスが隣で勉強しているのも、見慣れた光景になりつつある。


 アリスは、点字タイプライターを使ってノートを取ったり、イヤホンを片耳に突っ込んでAIの読み上げ音声を聞いて、勉強を進めている。


 座学もいいけど、やっぱり勉強した後は体を動かしたくなるよねぇ。


 ということで、本日最後の授業は体育。

 女子更衣室で、制服を脱いで体操服に着替える。


 一組の女子は、七人しかいないから広々と更衣室を使える。隣では、特別に用意された椅子に座って、アリスがゆっくりと着替えている。


「はぁ~、何だか肩がってる気がするよ……」

「あはは! 肩凝るなんて面白いこと言ってるね?」

「んひゃっ! ちょ、どこ触ってるのよ、朱莉!」


 ワイシャツを脱いで肩を揉んでいると、後ろから朱莉が抱き着いてきた。

 しかも、朱莉の手はしっかりと私の胸を掴んでいる。


「中学の時と比べて、サイズは変わってないと思うけど?」

「何だかしゃくさわる言い方ね……それと、揉むな!」

「えーん、揉まれたら大きくなるって聞いたから、大きくしてあげようと思ったのに~」


 なおも私の胸を揉もうとする朱莉の手をベシッと強めに叩く。

 コラ! 下着の中に手を突っ込もうとしないで!!


 自分の胸が大きいからって……けしからん。しかも、揉まれたら〜って話は都市伝説じゃない。


「こ、これからよ……私は、これからもっと成長するんだから」

「和奏ちゃん……」


 こらアリス、なんで可哀想なものを見る目で私を見ているの?

 言っとくけど、アリスは私より小さいんだからね?


 閑話休題。


 私たちは、七月にあるクラスマッチに向けてゴールボールなる競技を練習していた。


 これはインクルーシブ教育の一環で、目が見えないアリスでも体育に参加できるように、と導入が決定されたパラスポーツだ。


 ルールは簡単。

 三対三で、互いに音の鳴るボールを投げ合って、相手より多く得点した方の勝ち。


 ただし、全員目隠しをしなければならない。

 というわけで今現在、睡眠用のアイマスクを被っている私の視界は真っ暗闇だ。


 競技中は声を出してはいけないから、授業中なのにも関わらず体育館はシンと静まっている。


 リン、リン。

 相手チームがボールを持って移動している音が聞こえる。


 直後、ダダッと体育館の床を蹴る音がしてリンッ――リンッと鈴の音を響かせながら、ボールが転がってくる。


 恐らく、ボールは私の方に転がってきている。

 右か、左か、それとも正面か。


 ――多分、左ッ!!

 横長のゴールの左側を守っていた私は、やや遅れて左側に足を伸ばす。


 直後、つま先に衝撃。


 あ、当たった――けどつま先!!

 身を投げ出した格好になった私は、耳を澄ましてボールの行方を追う。


 リンッ、リンッ。

 フローリングにボールが着地した音とともに、鈴の音がしたのは背後から。つまり――


「千代野チームに一点!!」



 ――相手チームの得点を許したということだ。しゅるり、と得点板の点数をめくる音が聞こえる。


 ピッという笛の音と共に、審判をしていた体育の先生の声が体育館に響く。


 自分たちの得点を知った相手チームから歓声が上がる。

 その輪の中心にいたのは、アリス。


「姫、やるじゃーん」

「いっ、いえ! それほどでも……」


 相手のチームには、朱莉とアリスがいる。

 対する私のチームは、朱莉と同じくバレー部の太田さんに水野さん。


 点数状況はこちらが三点なのに対して、アリスのチームは七点。

 この四点は、全てアリスが得点源になっている。


 普段から視覚に頼らずに生活しているからか、アリスは相手の位置を把握していて、絶妙な位置に投げ込んでくるのだ。


 ピ、ピピー!

 それからお互いに得点できないまま、試合終了となった。


 アイマスクを額に上げると、体育館の照明が少し眩しく感じる。

 先生の合図で、相手チームと簡単に握手を交わした。


 そして、お揃いのアイマスクを付けたままのアリスに、後ろから抱き着いて話しかける。私より一回り体が小さいから、こうして抱き着くととすっぽりとフィットするんだよね。


「ふぁ~! アリス強すぎだってぇ……しかも、途中から私狙ってたでしょ?」

「えへへ……バレちゃいましたか」


 アリスは、ぺろりと舌を出しながら笑った。


 体育で体を動かしてリフレッシュした後は、音楽室で練習だ。

 今日から、簡単な曲の練習に取り掛かる。この練習の狙いは、アリスと呼吸を合わせることと、立奏で曲を吹く勘を取り戻すこ。


 曲は山田耕筰やまだこうさく作曲の『赤とんぼ』。

 ゆったりとしたリズムと、郷愁を誘うメロディーが秋空に漂うトンボの様子を思い浮かばせる。夕方のひと時にぴったりの一曲。


「ゆうやーけ、こやけーぇのーって曲ですよね」

「そうそう、中学の時歌ったよね」


 この曲は一つのフレーズが長く、ブレストレーニングに持ってこいなのと、以前に二人で演奏したことがあったから選んだ。


 それに、曲のテンポがゆっくりだから課題の洗い出しが容易なのも大きい。

 しばらくは、童謡を吹いては課題を洗い出して基礎練習、童謡を吹いては課題を洗い出して基礎練習――を繰り返すことになりそう。


「あ、アリス。とんぼが飛んでる」

「あら、随分と早起きさんですね?」


 帰り道、季節外れのとんぼが一匹、田んぼの上を気持ちよさそうに飛んでいた。

 脳裏に蘇るのは、さっきまで練習していた『赤とんぼ』。空がオレンジ色に染まっているのも、タイミングがよかった。


「もしかしたら、私たちの演奏に釣られちゃったのかもしれないね?」

「ふふっ、そうかもしれませんね?」

「あのとんぼ、どこに行くんだろうねぇ……」


 ふいに湧き上がってきた寂寥感せきりょうかん

 気持ちよく飛んでいるように見えたとんぼは、何を感じているのだろうか。


「帰ろっか」

「はい、帰りましょう」


 私たちは、互いの手を握りながら少しだけ帰宅の足を速めたのだった。

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