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愛を込めて、アリスに捧ぐ協奏曲  作者: さこここ
第1章 はじまりの音
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第2話 ささくれ

本日二話目になります!

 予定されていたプログラムは終わり、審査委員長がマイクの前に立った。


「早速ですが、金賞受賞者から発表させていただきます。栄えある金賞に輝いたのは――」


 第五十三回全日本中学生音楽コンクール本選、ピアノの部。

 ステージには、演奏を終えた全ての奏者がズラリと並ぶ。


 すでに金賞、銀賞、銅賞は発表を終えている。

 だけど、そこにアリスの姿は無かった。


 全国から選び抜かれたピアニストの中でも、特に良い演奏だった三名が順当に受賞したように思う。


 特に、金賞を受賞した女の子は朝のニュースで見たことがあった。

 権威ある国際音楽コンクールで、日本人としては初優勝の快挙を成し遂げた天才少女だたと思う。


 アリスだって渾身の演奏をした。傍で聴いていた私だから分かる。今までで一番の演奏だった。

 金は無理でも、銀や銅なら取れるんじゃないかと予想していたのだけど、受賞には至らなかった。全国の壁は高かった、ということだろう。


「――続きまして各賞の発表です。奨励賞は」


 奨励賞って確か、評価点四位から七位までの奏者に与えられる賞だったはず……。


 そんなことを考えていた時、急に聞きなれた名前が呼ばれて驚いた。それと同時に心のどこかで納得している私もいた。


「中国地区代表、千代野アリス殿。以下同文です、おめでとう」


 観客からは割れんばかりの拍手が降り注ぐ。

 これは全て、アリスに向けられている。


 誇らしい気持ちと同時に、親友がどこか遠くへ行ってしまうように感じた。


 そして、そんな風に感じてしまった私を、酷く自己嫌悪した。

 これまでの努力が、奨励賞という形で認められたというのに、素直に喜べない私がいる。


 嬉しい、嬉しいはずなのに、このささくれ立った気持ちは何なのだろう……。


 慎重に賞状を受け取るアリスは、お姫様みたいに綺麗だった。

 観客席に向かって一礼した後、職員に支えられながら元の位置へと戻っていく。


「続きまして――」


 その後も、続々と賞が発表されてコンクールは幕を閉じた。

 ホールから吐き出されるように、次々と観客が出てきている。


 比較的後ろの席で、コンクールを鑑賞していた私は、出口が混雑する前に脱出することができた。


 人口密度が上がっていくにつれて、エントランスがざわめきに包まれる。

 立っていた位置が悪かったのだろう。声が乱反射して、上下左右から私に襲い掛かってくる。


 私は〈関係者以外立ち入り禁止〉と、張り紙のされた廊下の近くで壁にもたれかかっていた。アリスの出迎えをしないといけない。

 本来なら、ここでアリスのお母さんと待つはずだったんだけど、どうも都合が悪くなってしまったらしい。


 アリスのお父さんも、私の両親も都合が悪かった日なこともあって、私に白羽の矢が立ったのだ。


 しばらくすると、今日出ていた子の母親と思わしき女性が、何人も集まってくる。

 皆、大人っぽいドレスを着ている。そんな中、一人だけセーラー服な私はどう見ても浮いていて、ポツンと疎外感を味わっていた。


「中村さん。今日は惜しかったですねぇ」

「あら、井上さんじゃないですか。そうなんですよ、娘も頑張ったんですけどねぇ」

「そういえば、あちらの方は金賞を取られた久我さんの、奥様だそうで――」


 コンクールに出場した子の親、というのは決まってペチャクチャと話し出す。

 我が子の演奏に浮かれているのだろう――だけど、ちょっとうるさい。


 白いスカーフを指先でいじりながら、アリスがやってくるのを待つ。

 すると、控室のある廊下の方からコツコツと足音が聞こえてきた。


 お母様軍団に釣られるようにして、スッと視線を向ける。

 視線の集中砲火を食らったその男の子は、驚いたようにビクリと肩を跳ねさせる。


 男の子は、着替えるのが速いんだろう。

 悔しそうな表情をしながらやってきた男の子を皮切りに、ポツポツと廊下から奏者が姿を現す。


 そこかしこで、大舞台に臨んだ子供を労う姿が見られた。


 そんな中、手持ち無沙汰にしている私。

 アリス、早く来てくれないかな……ちらりと、会場の時計を確認する。


「えぇと、フルートの髪飾りに八代やしろ中学校の制服……南條和奏なんじょうわかなさんでよろしいですか?」

「えぁっ――は、はいっ!?」


 音酔いしたように気持ち悪くなってきた頃、急に女性に名前を呼ばれて、顔を上げる。恥ずかしい、驚いて声が裏返ってしまった……。


 気付けば、女性職員に連れられてアリスがやってきていた。黒地に白のスカーフ、黒のスカートを穿いた、私と同じ八代中学校の制服を着ている。


 ヒールを履いていた時とは違って、私より背が低くなってしまったアリスを、じっと眺める。


 ほんのりと頬を染めたアリスからは、さきほどまでステージで演奏していた凛々しい雰囲気は一切感じられない。


「こちら、千代野さんのドレスバッグです」

「あ、ありがとうございます!」


 明らかに中学生が、同じく中学生を出迎えてるのはさぞ目立ったのだろう。

 周囲のお母様方の注目を浴びながら、職員からアリスのドレスバッグを受け取る。


「本日は受賞、おめでとうございました。では、私はこれで――」


 スタスタと、職員は関係者通路へと消えて行った。

 後に残されたのは、チラチラと周囲から視線を送られているアリスと私。


「あ、アリス!」


 所在なさげにしていたアリスの手を取ってから、はっと口を閉ざす。

 そういえば、アリスに何て声を掛ければ良いのだろう?


 奨励賞おめでとう? 

 それとも、トロフィーを逃して残念だったね?


 ど、どっちが正しいの!?!?


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