第17話 ふにゃふにゃ
「どうするの、和奏?」
「どうするって、何が?」
ホームルームが終わり、学校の中にあるバス停でバスを待っていると、同じバスに乗る朱莉に話しかけられた。
「部活だよ、部活ぅー」
「あー、それねぇ……どうしようかなぁ……」
朱莉に言われて思い出した。一年生の間は強制、かぁ。
私が唸っている間に、朱莉はアリスにも同じことを尋ねていた。
「姫はどうするの?」
「そうですね、和奏ちゃんと同じ部活に入ろうと思っています」
「わぉ、即答――だってよ、和奏ー。どうするのー?」
朱莉は、私の脇腹を突っつきながらニヤニヤと笑いかけてくる。
「あ、あはは! や、やめてよ朱莉っ!」
「姫とこんなに相思相愛だなんて羨ましいぞー!」
「そ、相思相愛なんて……!」
傍にいたアリスが朱莉の言葉を真に受けて、ぽっと頬を染める。
え、ちょっとその反応は予想外……。その反応を見て、朱莉のターゲットが私からアリスへ移る。
「あー! 姫が照れてるぞ!」
「あ、アリスには指一本触らせないんだから!」
「ふっふっふ。私にかかれば、もやしの和奏なんてちょちょいのちょいよ~」
帰りのバスが来るまで、私たちはアリスを巻き込んでじゃれ合った。
「――じゃねー!」
「また明日ー」
「さようなら、朱莉さん」
朱莉に手を振りながら、バスを見送る。
「さて、帰りますか!」
「そうですね、和奏ちゃん」
夕焼けを眺めながら、私たちは歩き出した。
今日は色々あった。アリスとの仲直りから始まって、新しい学校、見知らぬクラスメイトとの出会い。
そして何より――部活は強制かぁ……どうしようかな。
「まさか、文化部が茶道部と美術部しか残っていないとは、驚きましたね」
「そうなんだよねぇ。今年は吹部はおろか、美術部にも――って、声に出てた?」
「はい。しっかりと出てましたね」
慌てて口を押さえるも、時すでに遅し。
明日実施すると言われた学力把握テストより、頭が痛くなる話題を自ら切り出してしまった。
「うーん、アリスはどうしたら良いと思う?」
「私は、和奏ちゃんと演奏ができるならどこの部活でも構いませんよ?」
「私も、アリスと演奏出来れば、部活は何だっていいんだけどさー……どうせなら音楽室を使いたいよね」
「和奏ちゃん。それなら、私に考えがあります」
アリスは一体何を企んでいるのだろう。
気になるけど、残念ながらアリスの家に到着したのでその日は聞けずに別れた。
翌日、実力テストの日。
「おはよーアリス」
「おはようございます、和奏ちゃん」
太一さんとは会えずにすれ違い、相変わらず朝が弱い様子のアリスを引っ張ってバス停に到着した。
うむ、今日はちゃんと間に合ったな。
閑話休題《バス通学中》。
一年一組の室名札を、しっかりと確認しながら教室に入ると、一本前の便で学校にきていたらしき朱莉に声を掛けられた。
「おはよー和奏、姫」
「おはよー朱莉ぃ」
「おはようございます、朱莉さん」
朝のホームルームを終え、しばらく朱莉と三人で話をしていると教室の扉がガラガラと開く。そこには、脇にテスト用紙を抱えた、見覚えのない男の先生が立っていた。
「よーし、それじゃあ実力テストやるぞーっと、忘れるところだった。千代野は別室に移動してくれ」
「はい、先生」
ギッと椅子を引いてアリスが立ち上がる。
当然、教室の注目はアリスに集まる。
「え、アリス、別室でやるの?」
「はい――とは言っても、進路指導室に空き部屋があるらしくて、そこで口述形式のテストを行なってくれるみたいです」
知らなかった。
……だけど考えてみれば分かる話で、アリスがテストを受けるとしたら、点字を使うか問題文を話してもらって、口で回答するしかない。
「和奏ちゃん、一人で行けますから心配しないでください」
私が立ちあがろうとすると、アリスに制止された。
アリスは、懐から折りたたみ式の白杖をシャッと取り出した。
「白杖、持ってきてたんだね」
「万が一に備えて、いつも懐に仕舞ってます」
「よし、教室の外に担任の田村先生がいるから、千代野は田村先生について行ってくれ」
白杖のおかげで、アリスは扉にぶつかることなく教室を出て行った。
「よーし、それじゃあ一限目のテストを今から配るからな」
科目は国語、数学、理科、社会、英語の順となっている。
六限目はなくて、私たち一年生は下校となる。部活の時間まで待つもよし、家に帰ってのんびりするもよし、だ。
「ほい、南條」
「ありがと〜」
前の人から、テスト用紙が回ってきた。
チャイムの合図で、長い長いテストの一日が始まりを告げた。
「なんだ、簡単じゃん」
「南條、私語は禁止だぞー」
「わっ、スミマセン……」
テスト用紙に書かれていた問題が拍子抜けすぎて、思わず声が漏れた。
すぐに監督役の先生から注意をされてしまう。
(は、恥ずかしい……皆に笑われてるよぉ)
シンと静まり返った教室に、皆のクスクスと笑う息遣いがやけに響く。
こういう時って、普段だったら何でもないようなことが、妙に可笑しく感じることってあるよねぇ……。
あー、顔が熱い。
問題用紙を団扇代わりにしてしまった私は、きっと悪くないはずだ。
閑話休題。
「よし、止め! 後ろから回収してきてくれ」
終了の合図で、教室の空気が弛緩する。
さて、テスト用紙を回収していきますか!
「気をつけ、礼」
『ありがとうございましたー』
先生が出ていた直後、教室は喧騒に包まれた。
「なー、拍子抜けじゃね?」
「実力っていうか、習熟度テストみたいじゃなかった?」
『あー、分かるー!』
なんて会話が、教室のあらゆる場所で交わされている。
実力把握テスト、なんて仰々《ぎょうぎょう》しい名前だなと思ったけど、中身は中学の復習みたいなものだった。
「よっ、和奏!」
「うわっ、朱莉!?」
机に伏せてアリスが帰ってくるのを待っていると、朱莉が筋肉でカチカチのお尻を使って、椅子の後ろにズリっと割り込んできた。
「ちょっ、私が椅子から落ちちゃうって!」
「はっはっは! バレー部で鍛えられたアタシの筋肉を舐めるでない!」
私よりもはるかに長い腕が、にゅっとお腹のあたりに回される。
「狭いし苦しいんだけど?」
「アタシは別にそうでもないよ? 和奏って大きな抱き枕って感じだし」
「私を勝手に抱き枕にするなって」
とは言いつつ、朱莉の方が身体的なスペックが高いのは、中学時代に重々思い知らされている。
それに、私やアリスに比べてスタイルもいい。
ボンキュッボンで、遺伝子の暴力というものを背中に感じる。ぐすん、ひどいや……。
中学と、おそらく高校でもバレーを続けるつもりの朱莉に、根っからの文化部である私が勝てるわけがない。
「ほらー、席に着けー」
そうして、朱莉の抱き枕にされながら話題のドラマの話をしていると、次のテスト用紙を抱えた――こちらも見慣れぬ先生がやってきた。
アリスはお昼休みに一度戻ってきただけで、五限目の英語が終わるまでほとんど教室に帰ってくることはなかった。
そして――
「うぁーーー……つーかーれーたー……」
「あら、和奏ちゃん。お疲れ様でした」
「うーん、疲れたよぉ〜〜〜」
久しぶりのテスト、久しぶりの五限まで椅子に座りっぱなしともあって、私は部活の話を忘れてしまうくらい、見事に脳みそがふにゃふにゃになってしまったのであった。
私、何も考えたくない。
ちなみに、赤川と小松は壊れたロボットみたいに、ぷすぷすと煙を出していた。大丈夫か……!?