第16話 吹奏楽部
本日も五話更新します!
「――え?」
思わず、声が漏れる。
今年で吹奏楽部が休部?
「部活動の体験入部は本日から四月末までとなります」
まじか、いやまじか。
…………んん、待てよ?
むしろ、これは好都合なのでは?
もし、吹奏楽部に入部する人が現れなければ、私とアリスで音楽室が使い放題だということにならないか?
そんな、ちょっぴり後ろめたい考えは、すぐに水の泡となって消えることになった。
「――なお、高校一年生の間は、何らかの部活動に加入していただく必要があります。自分の所属したい部活動を、よく見定めてください」
うげぇ……という声が、周囲からちらほら聞こえてきた。
まあ、そんな都合よくはいかないよね。
そもそもが八代高校は生徒数が少ないんだし、一年生の間は強制にしておかないと、部活動の人数が維持できなくなるのも、理解できる話だ。
「それでは、十五分後にホームルームを始めますので、それまでに一年生は教室へ戻っておいてください」
神経質そうな学年主任の秋山先生は、ぐるりと生徒を見渡して解散を告げた。照明に反射して、メガネのフレームがきらりと輝いた。
途端に、バラバラに行動を始める同級生たち。体育館の天井がざわめきで満たされていく。
「アリス、私たちも教室に戻ろっか」
「はいっ」
スリッパを脱いだ体育館の出口に向かおうとすると、ピタリと足が止まる。
視線の先で、人だかりが出来ていたからだ。あの中に突っ込むのは危険すぎる。
「和奏ちゃん?」
先生に、別の出口を使わせてもらえるようにお願いしよう――そんなことを考えていると、左袖がくいくいと引かれた。
「あー、ごめんアリス。今は動けないっぽいや」
「――??」
「出口が混雑してるんだよねー」
私たちが、その場から動かなかったのが目立ったのか、秋山先生がステージから降りて、こちらへやってきた。
「――おや、どうしました。南條さんに千代野さん?」
「あ、はい。もう少し待っていようかなーと……ダメでした?」
もしや何か気に障ったのか……と恐る恐る秋山先生に尋ねると、メガネのフレームをクイッと押し上げながら、私のことを褒めてきた。
「いえ、そんなことはありませんよ。さすが南條さんです。内申書にも書いてありましたが、よく千代野さんのことを考えて行動していますね」
パリッとしたスーツに、丁寧に撫でつけられた頭髪。
いかにも繊細そうな先生だと思っていた第一印象は、大きく裏切られることになった。
「お久しぶりです、秋山先生。和奏ちゃんは自慢の親友なんですっ」
「えぇ、千代野さんの言う通りでしたね」
後ろからアリスの声がして驚いた。
アリスと秋山先生の話はポンポンと進んでいく。蚊帳の外に置かれてしまった気分で、何だか寂しい。
「えぇっと、秋山先生とアリスってお知り合い……だったんですか?」
「千代野さんとは、入学に際して家庭訪問をさせていただいているのですよ」
「あの時はありがとうございました。秋山先生のお陰で、安心して進学することができました」
私の横に移動して、アリスはぺこりと先生に一礼した。
「いえいえ、私は教師として当たり前のことをしたまでです。それより――」
「「――それより?」」
「ホームルームが始まるまであと十分もありませんが、大丈夫なんですか?」
先生は体育館の時計をちらりと見ながら、そう呟いた。
「「あっ」」
気付けば、辺りはシンと静まり返っており、周囲を見渡してみると体育館には私たちと先生しかいなかった。
慌てて教室へ戻ると、ホームルームの二分前だった。
危ない危ない。アリスも私も、慣れないところだから気をつけないと……。
「はぁ、危なかったですね。和奏ちゃん」
「ほんとだよ……先生も気付いてたなら、もっと早く教えてくれればよかったのに」
「――おー、和奏と姫じゃん。どこ行ってたの?」
私たちが、二人揃ってペタリと机に倒れ込んでいると、頭上から声を掛けられた。
顔をあげなくとも分かる。アリスのことを姫と呼ぶのは、一人しかいない。
「ちょっと先生と話をしてたらこんな時間になっちゃって……」
「朱莉ちゃん、卒業式ぶりですね」
話しかけてきたのは、佐久間朱莉。私たちと同じ、八代中出身の女の子だ。
朱莉は背が高くて、ベリーショートが似合うスポーツ女子。オマケにスタイルがいい……。
「いやぁー、二人とも無事に仲直りしたみたいで、あたしも安心だわ〜」
「朱莉にもご心配をお掛けしました……」
「ご、ご心配お掛けしました」
朱莉は安心したように、へにゃへにゃと机の前にしゃがみ込んだ。
「本当だよぉ……ち・な・み・に! 美樹と真帆も、めーっっっちゃ心配しとったんやからね?」
美樹と真帆は、一緒に吹奏楽部に所属していた同級生だ。
残念ながら高校は別になってしまったけど、中学で一番仲の良い女子といえば、朱莉と美樹、真帆なのは間違いない。
「ほんとーに申し訳ない! このとーりです!」
「本当に申し訳ないと思ってる?」
「思ってる思ってる」
「それじゃあ――」
そのタイミングで、担任の田村先生が教室へ入ってきてしまった。
「――おーい、席につけー。ホームルーム始めるぞ」
「タイミングが悪いってぇ……和奏に姫、また後でねっ」
朱莉は俊敏な動きで立ち上がると、スカートを靡かせて席へ戻って行った。