第14話 一年一組
抵抗を諦めたように、ぺたりとアリスの手がスカートの上に落ちる。
私も、ゆっくりと口を押さえていた手を離す。すると、アリスはか細い声で呟き始めた。
「聞かれてしまいました……和奏ちゃんに聞かれてしまいました……」
「あっははは! あの時のアリスちゃんは本当に可愛かったよぉ~」
アリスは俯いて、顔を茹でだこのように真っ赤にしている。
どうやらお母さんからの一言がトドメとなったようだ。堪らず、涙目になったアリスが叫ぶ。
「な、奈々未さん! も、もう止めてください~~~!!」
「ごめんごめん! 二人が仲直りしたのが嬉しくって、ついうっかり……」
まるで保育園にいた時みたいに、アリスが私の制服の袖を掴んできた。
「まあまあアリス、落ち着いてってば。そんなに私と一緒に居たかったってことだよね?」
「うぅぅ~~~、だってぇ……」
「はいはい、そんなに唸らないの」
アリスは、上半身だけこちらを向くとコツコツとおでこをぶつけて来た。
「わ、和奏ちゃん、私のこと気持ち悪いって思いましたよね」
「思ってない思ってない〜」
そう言って否定するも、アリスの頭突きの速度はどんどんと速くなっていく。
「うそうそうそ、うそです……」
「嘘じゃないって〜……というかアリス、痛いって」
アリスと肩の間に手のひらを差し込んで、おでこを受け止める。
ペちり、と手のひらにアリスのおでこが飛び込んできた。
「大丈夫、そんなこと思ってないよ」
「……本当ですか?」
「うん、本当だよ」
アリスは、私の手を押し上げて上目遣いでこちらを覗き込んできた。
「……」
「……」
私たちの距離は、じわりじわりと縮まっていく。
鼻先が触れるか触れないかというくらいまで、私とアリスの顔が近付いたその瞬間――
「おーい、お二人さん。熱々なところ悪いけど、学校着きましたよ〜」
「「――っ!!」」
お母さんから声を掛けられて、私とアリスはハッと我に返って顔を離す。
いつの間にか、車は高校の駐車場に駐まっていた。
「い、いいいってきますお母さん!」
「ああありがとうございました奈々美さん!」
「はいはーい、いってらっしゃ〜い!」
私たちは、ニヤニヤとしたお母さんに見送られながら車から降りた。
アリスが私の肩に手を置いたのを確認してから、ボコっとした車止めに気を付けて、昇降口へと向かう。
うー、頬が熱いよ……。
お母さんに変なところを見られてしまった。
チラリと後ろを振り返ると、アリスの頬も真っ赤に染まっていた。
私もアリスも、お母さんがいたことを失念していた。
昔は、お母さんに見られても別になんともなかったのに、何故か今は妙に気恥ずかしく感じてしまう。
「朝練してるね」
駐車場から昇降口に向かう途中、フェンスに囲まれたテニスコートやグラウンドが見えてきた。
さっきの気恥ずかしさを忘れてしまいたくて、目についたことをアリスに話す。
「はい。ソフトテニス部と、野球部でしょうか」
「えーい」だとか「おーい」という声に混じって、パコン、ポコンとボールを打つ小気味良い音が、辺りに響く。熱心な部活は、朝練をしているみたい。
「おぉ、やるねアリス」
「耳だけは良いですから!」
ふんすっと、鼻を鳴らしながらアリスがドヤ顔でアピールしてくる。
アリスは、盲目な代わりにそれ以外の感覚がとても良い。私には聞こえないけど、野球部員が遠くでキャッチボールをしている音を聞き取ったのだろう。
「だけど、惜しい。あともう一つ朝練してるよ」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
「本当だよ。今は反対側に行っちゃってるけど……」
すると、肩がグイッと引っ張られる感覚。
後ろを振り返ると、両耳に手のひらを添えて、音に集中しているアリスがいた。
「ん? どうしたの、アリス?」
「今当てますから、少し静かにしてください……」
「あ、うん」
どうやら、アリスの変なスイッチを押してしまったようだ。
道ゆく生徒から、好奇の視線を向けられること一分。アリスの瞼がピクリと揺れた。
「わ、分かりました! 陸上部ですね!?」
「ピンポーン! 正解!」
「やりましたぁ!」
声をあげて、嬉しそうに微笑むアリス。
相変わらず可愛い。けど、流石に騒ぎすぎだ。
「ほら、アリス。そろそろ教室に行くよ〜」
先ほどから、陸上部の顧問らしき先生から、チラチラと視線を感じる。
入学早々、悪目立ちするのは不本意だ。先生にペコリと会釈をすると、アリスの手を取って歩き出す。
「あっ……はい!」
それに、少し外に長居しすぎた。いくら春だからってまだ肌寒い。
一周何メートルあるのかは分からないけど、半袖半ズボンでグラウンドを走っていく陸上部の部員たち。
「そう言えば、アリスって何組か決まってるの?」
「えぇと……配慮する、としか聞かされていないですね」
「一緒のクラスだったらいいね」
なんて雑談を交わしながら、昇降口に到着した。
「あ、組分けも発表されてる」
「どうですか? 私たち、一緒ですか?」
合格発表の時と同じような形で、ホワイトボードに私たちの名前がずらりと貼り出されている。アリスは途端に、そわそわとし始めた。
「千代野、千代野……あった。アリス、一組だって」
「和奏ちゃんは何組なんですか?」
「えーっと……同じだよアリス」
「た」行と「な」行なので、私の名前もすぐに見つかった。
アリスの名前の下に、しっかり「南條和奏」と書いてあった。
「よかったぁ……」
アリスはそれを聞くと、心底安心したというように深々と息を吐き出していた。