第13話 八代高校
時折、ルームミラー越しにチラチラと視線を感じる。
私が視線を感じて目を向けると、素知らぬふりをするお母さんに耐えきれなかった。
「~~~もうっ、お母さん! いい加減にして!」
「和奏、急に大きな声を出したら、アリスちゃんがびっくりするでしょ?」
「あっ――ごめん、アリス……」
お母さんに指摘されて、思わず口を押さえる私。
アリスは、大丈夫というように首をふるふると振る。
そうだった。アリスは大きな声とかが嫌いなのに、アリスと一緒にいるのが久しぶりでうっかりしてたや……。
「――ってそうじゃない! お母さん! 私たちの方をチラチラ見てないで、運転に集中して!!」
しょうがないから、私は静かに叫ぶ。
さっきから私とアリスを見て、ニヤニヤと笑ってくるお母さんがとても……とっても、面倒くさい。
「は~い、和奏もそんなにぷりぷりしないのよ~」
「もうっ……」
何が面白いのか、私が怒ってもやたら上機嫌なお母さん。
「私、ぷりぷりなんてしてないし……」
「ふっ……ふふっ……」
ぶつくさと言いながら、弾むように背もたれにもたれかかる。
私たちのやり取りを聞いていたアリスが、肩を震わせて静かに笑う。
「あ……そうだ。ねえねえ、アリス」
「どうしたんですか?」
今する話でもないけど、学校に着いた頃には忘れていそうだったので、ずっと気になっていたことをアリスに聞いてみた。
「アリスって、どうして八代高校を選んだの?」
「和奏ちゃんが行くと聞いたからですよ?」
「わ、私!?」
何のためらいも恥ずかし気もなく、さらりと理由を明かすアリス。
そこまでハッキリと肯定されると、逆に私の方が恥ずかしさを感じて来た。
「い、嫌でしたか?」
「そんなわけないじゃん! 高校もアリスと一緒で嬉しいよ。でも、授業とか大丈夫なの……?」
八代高校は八代市で唯一の公立高校で、科は普通科のみ。
少子化に伴って、生徒数も年々減少していると聞いている。
オープンキャンパスで貰ったパンフレットには、視覚障がい者に配慮したカリキュラムはなかったはずだけど……大丈夫なのだろうか。
「はい。私の入学に合わせて、八代高校はインクルーシブ教育というものを導入するそうなんです」
「い、インクルーシブ? 何それ??」
私の頭の中が、クエスチョンマークで埋め尽くされる。
すると、今までずっと静かだったお母さんが口を開いた。
「一言でいえばねぇ、『障がいの有る無しに関係なく、学べる教育』のことねぇ」
うーん……どうにもふわっとしていてよく分からないけど、かなりハードルが高そうなことは分かった。
「え? じゃあ、アリスも同じ教室で授業を受けるってこと?」
「う~ん、そこまではお母さんも分からないけど……アリスちゃんは何か知ってる?」
お母さんは言葉を濁して、アリスに話を振った。
「教育委員会の方から聞いたお話なんですが、私のために専用の教材などを用意してくれたようで、それを使えば同じ教室で授業が受けられるそうです」
「よく分からないけど……アリスと一緒の教室で、授業が受けられるってことだよね? 嬉しいなぁ……」
「はい……私も嬉しいですっ」
パッと、花が咲いたように笑うアリスに、私も釣られて笑顔になる。
中学校までは、保健室の中にある別の教室で授業してたから、高校生活がどうなるのか楽しみ。
それはいいんだけどさ、一つ気になってたことがあるんだよね。
今の今までスルーしてきたけど私、志望校の話をアリスにした覚えがないんだけど。
「ちなみに、アリスは誰から私の進路を聞いたの?」
「――もちろん、お母さんが教えたのよ」
アリスが口を開く前に、お母さんが自ら申告してきた。
……やっぱりか。
「いやぁ、あの時のアリスちゃんは可愛かったわねぇ~!」
「あ、あの、奈々未さん――?」
なんでアリスの名前が出てくるの?
てっきり春美さんとうちのお母さんとの間で、情報がやり取りされたと思っていたのだけど……。
「去年の夏休みね、うちに一本の電話が掛かってきたんだけどね――」
「あ、あぁ……あああ……そ、その話は……」
すると、耳まで真っ赤に染め上げてアリスが挙動不審になりだした。
「はいはーい、アリスは静かにしてようね~」
「むぐっ!?」
あわあわと、何かを言おうとしているアリスの口を手で塞ぐ。
アリスの目が、驚きで見開かれる。
何やら面白そうな予感がするので、お母さんにはこのままお喋りを続けてもらわねば、私が困る。
「――電話口でアリスちゃんから『和奏ちゃんの、し、進路を教えてもらえませんか……?』なーんて可愛らしくお願いされちゃ、お母さんの口も緩んじゃうって」
アリスはすぐさま、口を塞ぐ手を引きはがそうとするけど、非力すぎて両手を使っても私の手は動かない。
「あの時の健気なアリスちゃんには、さすがのお母さんもノックアウトよぉ……和奏が進路を決めるまで、定期的に電話が掛かって来てたんだから
「え、そうなの?」
「そうよー? 和奏が八代以外の高校と悩んでた時なんて、捨てられた子犬みたいな声してたんだからー」
知らなかった。
アリスってば、そんな前から私の進路を気にしていたのか。
「和奏ってば、アリスちゃんから愛されてるねぇ~?」