第11話 ユニゾン
本日も五話投稿します!
私とアリスは、幼いころから姉妹同然に育てられた幼馴染だった。
きっかけは、アリスが落ち着ける環境を、ということで千代野家が近所に移住してきたことだった。
そんなこんなで頻繁に顔を合わせることになった私たちだけど、最初から仲が良かったわけじゃない……らしい。
実のところ、私たちは当時のことを覚えてない。
だけど、小さい頃の写真が貼ってあるアルバムを開けば、不機嫌そうにプクッと頬を膨らませている私たちの写真が、何枚も残っている。
盲目で引っ込み思案なアリスと、健常者で遊びたい盛りの私。
当然、お互いのやりたいことが合わない。私たちは、よく喧嘩していたらしい。
仲の悪い私たちに、困った母親二人が考えたのが音楽だった。
目の見えないアリスでも音楽はできる、ということでピアノを。私は形が可愛い、ということでフルートを習うことに決まった。
アリスの都合上、ピアノを教えてくれる教室がなかなか見つからず、半年遅れでアリスはピアノを習い始めた。当然、別々の教室だ。
フルートが性に合っていたのか、私は半年でかなり上達していた。
逆に、目が見えないというハンデがあるアリスは、上達が遅かった。
フルートを習い始めて一年が経った頃、私は近くの町で開かれるコンサートに出ることが決まった。アリスも聴きに来ると聞いていた。
たどたどしい演奏だったと思う。
初めて、大人数の人の前でフルートを演奏したのだ。
それでも、アリスは「すごい、すごい!」と、私のことを褒めてくれた。
嬉しかった。
だから、私はアリスに言ったのだ。
「やくそくしよっ! わたしとアリスちゃんで、いつかえんそうかいにでるの!」
「うん、やくそくねっ!」
それ以来、私たちは喧嘩をすることもなく、すくすくと成長して――。
◇
――思い出した。
そうか……アリスは、そんな昔の約束のために一生懸命ピアノを頑張っていたんだ……。
「もういい! もういいよアリス!! ごめん、ごめんなさい……約束も忘れて、アリスに嫉妬した私がいけないんだ!!」
私は酷いヤツだ。
とっくの昔に、アリスと交わした約束なんて忘れてしまっていた。
鼻の奥が、ツンとする。
とうとう、私の目からも涙が溢れ出して来た。
じわじわ視界がぼやけて、ぽたりぽたりとフローリングに涙が落ちて行く。
「ごめんっ、ごめんアリスっ……!」
「ぐす、和奏ちゃん……泣かないで」
私、親友失格だ。
袖で目を擦ると、新品の制服に涙が染み込んでいく。
「……っ、う、ぅぁ……ひっ……ぐすっ……むり、むりだよ……」
あんまりに私が情けなくて、涙が止まらない。
止めようと思っても、次から次へと溢れ出してくる。
「ごめん……ごめんね……」
「私も、私も和奏ちゃんに酷いことを言いました……ねえ、こっち向いてください」
未だに涙が止まらない私の肩を掴んで、アリスは少し強引に体の向きを変える。
「和奏ちゃん」
「ぅぁ……ぁい……」
アリスは、私を抱きしめて背中をさすりながら、優しい声で話しかけて来た。
「私も悪かったですし、和奏ちゃんも悪かったです」
「うん……」
「お互い様――ということにしませんか?」
「ぐすっ、で、でも、わ゙だじ……」
いいのだろうか。
それは甘えじゃないんだろうか。
思わず、アリスの優しさに縋りつきたくなる。
こんな醜い私が、アリスの親友を名乗ってもいいのだろうか。
「変に真面目な和奏ちゃんですから、甘えなんじゃないか、とか思ってるかもしれませんけど、私だって和奏ちゃんに嫉妬したことは何回もあります」
「ぐすっ…………えっ」
思いがけない告白に、私の頭は真っ白になる。
同級生から、聖女様とまで呼ばれていたほど大人しいアリスが、嫉妬?
「いいですか、和奏ちゃん」
「は、はい……」
「私を何だと思ってるかは分かりませんが、人間ですから嫉妬くらいします」
思っていたことを言い当てられて、体がぴくりと強張る。
「嫉妬するのは、人間として普通のことなんです。もし、それでも和奏ちゃんが私に対して申し訳ない、と思うのであれば……」
「……あれば?」
「これからは、わ、私のためだけに、フルートを吹いてください! 私も、和奏ちゃんのためだけに、ピアノを弾きます!!」
アリスが珍しく叫ぶ。
それにしても――
「わ、わーぉ……アリスってば大胆……」
思っていたことが、するりと口を突いて出る。
すると、アリスの耳までカァッと真っ赤に染まる。
「だ、大胆!? どこがですか!?」
「いやぁ、私のためだけにフルートを吹いてくださいって……何だか、愛の告白みたいじゃない?」
「こっ、こくっ――!?!?」
私が茶化すと、アリスが動揺したように頬を押さえる。
「そんなに動揺しないでよ……」
「わ、和奏ちゃんのせいですよ……」
私の方まで、何だか恥ずかしくなってきたじゃないか。
じわじわと頬が熱を持ってきた。
「も、もう告白でも何でもいいです! それでどうなんですか!?」
「えっ、えぇー……」
もはやヤケクソといった様子で、アリスは私の鼻先まで顔を近付けてくる。
ち、近い。いつにも増して近い。
元はといえば、告白みたいだと茶化した私が悪いんだけど、変にドキドキする。
長いまつ毛に、私を見つめてくるくりくりとした小動物みたいな目。毛穴なんて見当たらないなめらかな肌や、血色の良い唇に視線が吸い寄せられる。
それに、はだけたワンピースから覗く鎖骨が、妙に色っぽい。
まるで昨日の恋愛ドラマで見た、カップルみたい――いやいやいや、何を考えているんだ、私!!
アリスは女の子だよ!?
女の子同士でなんて……色々あって混乱しているに違いない。
頭の中がごちゃごちゃになってしまった私には、アリスからのお願いに頷く以外に、取れる選択肢は残されていなかった。
「わ、分かったから! 私、アリスのためだけにフルート吹く!!」
「本当ですか!? よかった……」
アリスは顔を少し離して、嬉しそうに笑う。
色んな意味の安堵から、私は深々と息を吐き出した。
もし、あのまま私の口が動いてなかったら、一体どうなっていたのだろう……。
あー、心臓に悪い……。