表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛を込めて、アリスに捧ぐ協奏曲  作者: さこここ
第1章 はじまりの音
10/41

第10話 ダ・カーポ

本日五話目です!

 あ……。謝れた。

 思ったよりすんなりと、ごめんと言えた。


「ねえ、アリス」


 今なら、あの時のことをアリスに謝れるかもしれない。


「――あの時は、ごめん。変な意地張っちゃってた。多分、私は私の理想をアリスに押し付けてたんだと思う……」


 ……謝れた。ちゃんと、謝れた。

 静かな部屋に、私の声がぽつりと響いた。


 言いたくても言えなかった、ごめんの三文字が、私たちの雁字搦がんじがらめに絡まった心を解かしていく。


「私も……運が良かった、なんて言ってごめんなさい。他の人が全国に行った方が良かった、なんて言ってごめんなさい――!!」


 私のお腹に回された腕に、ギュッと力が込められたのを感じる。


「私、和奏ちゃんにも他の人にも、酷いことを言っていたんだって、家に帰ってから気付きました……」


 ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返すアリスの腕を、そっと撫でる。


「ううん、いいよ。いいんだよ、アリス」


 良かった……私、アリスと仲直りできたんだ。


 また、気兼ねなくアリスと話ができると思うと、目頭が少しだけ熱くなる。

 アリスに気付かれないように、パシパシと何度も瞬きをして、涙を引っ込める。


「あの、そろそろバスの時間も近いし、離れ――」

「――いやです……まだ、私から聞きたいことがあるんです」


 食い気味に拒絶するアリスから、遅刻上等という意志がひしひしと伝わってきた。


「えっ?」

「和奏ちゃん。また、前みたいに一緒に演奏してくれますか?」


 その問いに、私は即答できなかった。


「この春休みも、和奏ちゃんと演奏するために沢山練習したんです」


 嫌な予感がする。

 これ以上、アリスの話に付き合ってはいけないような、かすかな予感。


「ねえ和奏ちゃん、私に言ってないことがありますよね?」


 うまく、喉を言葉が通らない。だって、あまりにも心当たりがあり過ぎたから。

 チコチコと動く時計の音が、やけに遠く感じる。


「な、なんで……」


 視界がぐらぐらと小刻みに揺れて、足元が覚束なくなる。

 危険だ。アリスが後ろから抱き着いている状態で、転ぶのだけはダメだ。


 アリスが、耳元にささやきかけて来た。


「和奏ちゃんが私の事を分かっているように、私もまた、和奏ちゃんのことをよく分かっているんですよ?」


 何も答えられないまま、時は流れる。

 私は今、どんな顔をしているのだろう。


「和奏ちゃんに言わせるのは酷ですから、私が言ってあげます」


 ハッと我に返った私が、やめて――と制止しようとしたけど、時すでに遅し。

 私の心の内を見透かしたように、アリスは《《ソレ》》を口にした――してしまった。


「私が奨励賞を取った時から、和奏ちゃんは急に余所余所よそよそしくなりましたよね」

「…………っ!!」


 ――それは違う、とアリスの言う事を否定できたら、どれだけよかっただろうか。


 ずしり、と部屋の空気が重たくなったように感じる。

 季節外れのジメジメとした雨の日みたいに、呼吸がもたつく。


「悲しかったです。寂しかったです」


 私の耳元へ顔を寄せ、アリスはささやく。

 喉がヒュッと音を立てて引きつり、何も弁解することができない。


 アリスの言う通りだ。

 あのコンクール以降、仲が拗れているのをいいことに、私は意識的にアリスを避けていた。


 休み時間には、アリスと話をしに特別支援教室へ行っていたのを止めた。登下校の時も、音楽の話題は避けるように神経を尖らせていた。


 あの時、私が感じたもやもやは、一つだけではなかった。

 心の奥底に眠っていたその気持ちは、嫉妬しっと


 私がアリスの演奏を聴いていた時、ちくりと感じた心のささくれ。

 コンクールが終わり、家に帰って数日。気が付いた時には、ドロドロと真っ黒で嫌な気持ちとなって、溢れ出して来ていた。


『どうせアリスは才能があったんだ』

『私は所詮しょせん、アリスの添え物なんでしょ』

『先に音楽を始めたのは私なのに、なんでアリスばっかり……』


 どれもこれも、聞くに堪えないみにくい嫉妬だった。

 自分の未熟さを棚に上げて、どの口が言うのやら。


 だから、万が一にもアリスに八つ当たりしないように、距離を取った。

 この気持ちが落ち着くまで、私が音楽に諦めが付くまで、アリスに合わないつもりだった。


 その時の選択を、私は間違いだとは思っていない。

 あのまま、あの精神状態のまま、アリスと接していたら――私は、アリスにどんな酷い言葉をぶつけていたか、分からない。


 そんな私の醜い気持ちは、とっくの昔に見抜かれていた。

 もう、耐えきれなかった。


 ひんやりとしたフローリングに、へなへなとへたり込む。

 すると、背中にのしかかってくるもう一人分の体重を感じた。


 サッ――と全身から血の気が引いた。

 そう、アリスだ。


 私がへたり込んでしまったということは、私に抱き着いていたアリスも覆いかぶさる形で、倒れこんでしまっていた。


「だ、大丈夫!? アリス、今――――」


 怪我がないか確認しようとすると、アリスはことさらに私をきつく抱きしめてきた。


「く、苦しいよ…………」

「ぐす……ごめんなさい。私、和奏ちゃんを傷付けるつもりなんて、無かったんです……」

「……アリス、泣いてるの?」


 鼻声になりながら、アリスは言う。


「私、昔の約束を守るために、和奏ちゃんと一緒に演奏したくて、和奏ちゃんのフルートに負けないくらい、上手くなりたかっただけで、ぐすっ……」


 約束?

 私、アリスと約束なんて結んだ……?


 すると、走馬灯のように昔の出来事が、脳裏によみがえってきた。

十話目までお読みいただきありがとうございました!

良ければブックマークや☆の評価をいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ