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第2章 騎士団【2】

 騎士団の訓練場は、城の裏にあった。ステュルカに案内されてエヴィヘットが訓練場に出ると、訓練していた騎士たちが一斉に集合する。ステュルカがエヴィヘットを椅子に促し、騎士たちはエヴィヘットの前に整列した。騎士たちは緊張した表情をしている。これから亡霊王の騎士団の選抜試験が始まることで張り詰めているのだ。

「選出法は?」

「簡単に申し上げるとトーナメント戦です」ステュルカが言う。「亡霊王殿下の騎士団に選出されるのは三人です」

「ステュルカはもう決定なの?」

「いえ、私も含めたトーナメント戦です。もしかしたら、この騎士たちの中に私より優れた者がいるかもしれませんので」

 ステュルカは爽やかな笑みを浮かべているが、騎士たちの緊張は騎士団長との戦いが待っていることも含まれているようだ。

「僕は見ているだけでいいの?」

「審判は自分が務めます」と、グラディウス。「殿下の騎士団として相応しい者を選出しますよ」

「三人でも充分なの?」

「騎士団長にエヴィヘット殿下、それに自分も加えて五人になります」

「第一騎士団として少数精鋭です」ヴォラトゥスが言う。「よほどのことがなければ出撃しないはずです」

 つまり有事の際には第二騎士団までで対処するということか、とエヴィヘットは考える。勇者軍の侵攻の際、第一騎士団は魔王のもとにいたのだろう。この整列する騎士の中には勇者の毒牙にかかった者もいるはず。第二騎士団以降も編成が見直されることになるだろう。

「ではトーナメント戦を始める」

 グラディウスが前に進み出ると、騎士たちは一斉に移動を始める。そのあいだにヴォラトゥスがエヴィヘットの周辺に結界を張った。どうやら戦いは剣術だけではないらしい、とエヴィヘットは少々、このトーナメント戦が恐ろしくなった。

 騎士たちの移動が完了すると、グラディウスが軽く手を振る。訓練場の中心に結界が張られ、簡易的な闘技場が形成された。

 最初にステュルカが闘技場に上がった。それに対し、五人の騎士が進み出る。

「あれ……」エヴィヘットは首を傾げる。「トーナメント戦……だよね」

「実質、ステュルカと戦って生き残った者のみの選抜です」

 ヴォラトゥスは平然と言う。この騎士たちにとって、それが普通のことであるらしい。

「じゃあ、ステュルカはもう決まったも同然なんだね」

「騎士団を預かっていた身ですから」

 グラディウスの合図で、五人の騎士が駆け出す。その表情には鬼気迫るものがあった。それに対しステュルカは冷静な顔で剣を振りかざす。大きく振り下ろされた剣から波動が放たれ、一気に五人を薙ぎ倒した。グラディウスが判定するまでもないステュルカの圧勝であった。

「鍛錬が足りん!」

 いつの間にかエヴィヘットの背後に控えていた魔法使いたちが騎士の回復に向かう。エヴィヘットが想像していたより激しいトーナメント戦だった。

 その後、四つのグループがステュルカとの戦いに挑んだが、生き残ったのはたったふたり。残るはあとふた組となった。

「あとはステュルカが生き残るだけでしょう」

 ヴォラトゥスの言った通り、残りのふた組に生き残った者はいなかった。

「ステュルカのひとり勝ちみたいなものだね」

 圧倒されながら言うエヴィヘットに、ステュルカは涼しい顔で辞儀をする。

「亡霊王殿下がお眠りのあいだ、騎士団をお預かりしていた身です。負けは許されません」

「では、これで亡霊王殿下の騎士団の結成ですね」

 グラディウスの言葉に合わせ、ステュルカと生き残ったふたりがエヴィヘットの前に跪く。

「僕は騎士団のことをよく知らないけど……」

「初めのうちは私にお任せください」と、ステュルカ。「殿下の意のままに動かしてご覧に入れましょう」

「と言っても、勇者軍は捕らえたし、他に戦う相手はいるの?」

「基本的には防衛線ですね」ヴォラトゥスが言う。「魔王陛下を狙うのは何も勇者だけではありません」

 フォンガーレは、人間が一方的に魔族を敵視している、と言っていた。あの勇者たちはチート能力を得たことで魔王を倒すのが当然だと思っていたようで、チート能力を頼りに城に攻め込んだ。その力を持たない人間が魔王を狙うには、相当の能力値が必要なのではないかと思われる。

「人間に攻め込まれたときに出るのが僕たちなんだよね」

「はい」ステュルカが頷く。「哨戒隊、前衛隊、防衛隊が先に出て、最後にでるのが第一騎士団です」

「じゃあ、僕たちのところにはひとりも辿り着かない可能性が高いんだね」

「そのつもりで騎士を育てています」

「勇者たちには負けていたようだが」

 冷ややかに言うグラディウスに、ステュルカは表情を硬くする。その事実は覆しようのないことだが、エヴィヘットは確かなことを知っている。

「あの勇者たちになら負けても仕方がないよ」

 椅子に深くもたれ、エヴィヘットは静かに言う。ステュルカが窺うようにエヴィヘットに視線を遣った。

「彼らは異世界から来た。そのとき、高い能力値を得たんだ」

 その言葉に、グラディウスとヴォラトゥスも驚いた表情になる。このことはふたりにも話したことがない。

「僕がいなければ、彼らはきっと魔王陛下のもとに辿り着いていただろうね」

「あの者たちのことを初めからご存知だったのですか?」

 エヴィヘットが口を噤むと、ステュルカは察しがついたようで軽く目を伏せる。あの三人の情報を開示する者は選ばなければならない。あの三人が地下牢から脱することはできない。せめて憎む者を増やさないことが彼らへの慈悲だろう。

「選抜は済んだか」

 朗らかに笑いながら、フォンガーレが訓練場に出て来る。エヴィヘットとグラディウス、ヴォラトゥスに続いて、すべての騎士が素早く跪いた。ステュルカは跪いたまま、自分の横にいるふたりの騎士を手のひらで差す。

「この者たちが選抜された騎士にございます。ラーセリとエルドです」

 短い緑髪の騎士ラーセリと、赤髪の騎士エルドがそれぞれ深く頭を下げる。フォンガーレは満足げに頷いた。

「ステュルカは変わらず存続か」

「はい。騎士団をお預かりしていた身として当然のことです」

 フォンガーレはまた満足そうに頷き、では、とエヴィヘットを抱き上げた。

「あとのことは任せるぞ」

「はっ」

 フォンガーレの左腕に抱えられながら、エヴィヘットは首を傾げる。

「何かご用でしたか?」

「私の仕事に行くだけだ」

「そうですか……」

 なぜ自分が連れて行かれるのかわからないままのエヴィヘットに、グラディウスとヴォラトゥスも続く。ふたりは特に疑問に思うことはないらしい。

「僕は何をすればいいんですか?」

「何も」

「何も?」

「私のそばにいればいい」

 何かの任務だろうか、とエヴィヘットはまた首を傾げる。任務だとすれば、何もしなくていいというのはどういうことだろうか。先ほどの選抜トーナメント戦でもエヴィヘットは何もしなかった。またそういった任務があるのかもしれない。



 エヴィヘットのその予想は大きく外れていた。フォンガーレは執務机の椅子に腰を下ろすと、エヴィヘットを膝のあいだに座らせる。小柄なエヴィヘットはすっぽりと収まり、フォンガーレは満足そうにしながら仕事を始めた。壁際に控えるグラディウスとヴォラトゥスがそれについて口を開くことはない。

「あの……僕は何をすればいいんでしょう」

「ここにいるだけでいい」

 フォンガーレはエヴィヘットの体に右腕を回しつつ、書類にペンを走らせる。邪魔なのではないだろうか、とエヴィヘットは困惑していた。

「えっと……なんのために……?」

「私のやる気を出すためだ」

「何がどうやる気が出るんですか?」

「愛いものが腕の中にいるだけで気分が良いではないか」

「愛い……」

 頭の中に昨夜のことが思い起こされ、エヴィヘットは顔が熱くなる。グラディウスとヴォラトゥスが見えない位置にいることがせめてもの救いだった。

「以前の亡霊王にもこういうことをしたんですか?」

「以前の亡霊王であったなら、こうしていては邪魔だっただろうな」

「僕よりもっと大人だったんですよね」

「あいつはあいつで愛いやつだった」

 魔王は随分と博愛らしい、とエヴィヘットは考える。自分より体の小さい者なら誰でも愛らしいと思うのかもしれない。前世でもほとんど経験のないエヴィヘットには、少々刺激が強いように感じられた。

「僕も騎士団の仕事をしないといけないんじゃないですか?」

「それはステュルカに任せておけばいい」

「だからって、ずっとこうしているわけには……」

「お前は国史の勉強でもしておけ」

 フォンガーレがエヴィヘットの頭を少し乱暴に撫でる。歩み寄って来たヴォラトゥスが、エヴィヘットに本を差し出した。その表紙に書かれた文字は前世で見たことのないものだったが、自然と読むことができる。それは国史の本だった。勉強はあまり得意ではないが、これから亡霊王として国の政治に関わることもあるかもしれない。魔王国の歴史を頭に入れておく必要があるだろう。

 魔王国は古くから世襲によって王が引き継がれてきた。人間とは昔から対立しているが、魔族が人間を敵視した歴史はないようだ。人間が一方的に魔族を敵視している、とフォンガーレも言っていた。人間との戦いは度々あったようで、人間の遣いはみな、勇者を名乗っていたらしい。百年前の戦いのときも、勇者を名乗る人間が攻めて来た。そのとき、亡霊王がひとりで戦地に赴いた。亡霊王は、発見されたときにはすでに眠りに就いていたらしい。

「陛下、こちらの確認もお願いします」

 ヴォラトゥスが書類の束を机に置く。書類は片付けるたびに新しく届くようだ。

「王様というのは、やることが多いんですね」

「国を統治しているのだから当然だ。私が気分を上げる必要があるのもわかるだろう」

「それは僕でなくてもいいのでは……」

「言っただろう。愛い者である必要がある」

 フォンガーレがエヴィヘットの襟首を引き、首筋にキスをする。唐突な攻撃に、ぎゃあ、とエヴィヘットは短く悲鳴を上げた。

「やめてください!」

 フォンガーレは余裕の笑みを浮かべている。このまま翻弄され続けるのかと思うと、なんとも気の重くなることだった。



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