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第2章 騎士団【1】

 エヴィヘットが目を覚ますと、天蓋付きの豪華なベッドで横になっていた。ここがフォンガーレの寝室なのかと確かめるために起き上がる。ベッドのサイズが違う。天蓋の外も眠りに就く前の部屋とは違った。エヴィヘットの寝室のようだ。

(……まさか、転生初日であんなことになるとは……)

 昨夜のことを思い返して顔が熱くなる。ただ翻弄され、為す術もなかった。

 グラディウスとアイシャはこのことを知っていたが黙っていた。自分が知らないと思わなかったのかもしれない、とエヴィヘットはひとつ息をつく。

 こんこんこん、と控えめなノックが聞こえる。ベッドから降りつつ、どうぞ、と声をかけると、アイシャが顔を出した。

「おはようございます、殿下」

「おはよう、アイシャ」

 アイシャは慣れた手付きでエヴィヘットの寝間着を脱がせる。対して慣れていないエヴィヘットは気恥ずかしく思ったが、アイシャがあまりにも平然としているので戸惑いを抑え込むことにした。

「アイシャ、従属契約ってどういう契約?」

「魔力回路を繋ぐ契りですわ。契約することで、従属の能力を開放することができます」

 エヴィヘットは勇者三人組を圧倒した。亡霊王としての能力はその程度のものではなかったのだ。

「殿下は本来の亡霊王殿下としての能力値を取り戻しになられたはずですよ」

「魔王陛下の配下はみんな、契約するの?」

「他の者の上に立つお方は契約します。そうすることで、能力値を底上げできるのです」

 エヴィヘットは亡霊王。魔王国において最強の騎士だ。昨日に挨拶に来たステュルカ率いる騎士団を亡霊王が指揮するようになるのかもしれない。そのために魔王との従属契約が必要だったのだ。

「特に亡霊王殿下は百年もお眠りになられていました。能力値も封じられていたはずですわ」

「そっか。魔王陛下は国ひとつ滅ぼすことが可能になるって言ってた」

「その通りですわ。殿下はこの先、魔王軍の騎士団を率いていかれますので、そのために本来のお力が必要になります」

「騎士団長はステュルカじゃないの?」

「騎士団長の座は殿下のものになりますが、実際に騎士団を動かすのはステュルカになります」

 昨日、ステュルカに会った際、亡霊王の騎士団が結成される、とグラディウスが言っていた。これから魔王軍の最強の騎士の称号を発揮することになるのだろう。

「僕はステュルカより強いの?」

「はい、もちろん。グラディウスに命じれば、首を刎ねるのは簡単なことですよ」

 アイシャがあまりににこやかに言うので、ひえ、とエヴィヘットは短い声を漏らした。

 身支度を済ませ寝室を出ると、歩み寄って来る者があった。グラディウスだ。

「おはようございます、エヴィヘット殿下」

 恭しく辞儀をするグラディウスに、挨拶を返しながらエヴィヘットは目を細める。グラディウスは昨夜のことを知っていたため顕現したままエヴィヘットのそばを離れていた。その説明を怠ったのだ。グラディウスは少し怯んだように、頬を引き攣らせた笑みを浮かべる。

 グラディウスを伴ってダイニングに行くと、すでにフォンガーレの姿があった。浅黒い肌の執事に促され、エヴィヘットは挨拶をしつつ斜交(はすか)いの席に腰を下ろす。フォンガーレの顔を真っ直ぐに見ることができなかった。

「よく眠れたか」

「あ、はい……お陰様で……」

 すぐに食事が運ばれて来て、朝食は和やかに始まる。エヴィヘットは相変わらず緊張したままだが、フォンガーレは朗らかな表情をしている。

「今日はお前の騎士団の選抜試験をする」フォンガーレが言う。「グラディウスの力を使い、騎士団員の能力を見極めて選出せよ」

「はい。結成したあと、僕は何をすればいいですか?」

「普段は騎士団の鍛錬に付くといい。またいつ人間の国からの遣いが来るかわからん」

 あの三人組のように、魔王のもとに辿り着けると自分の能力を過信した人間が攻め込んで来ることもあるだろう。その際に前線に立つのが亡霊王の騎士団になるのだ。亡霊王の騎士団は魔王軍で最高位の騎士団となる。その選出は重要なものになるだろう。

「あの三人はどうなりましたか?」

「お前は知らないほうがいい」

 エヴィヘットは勇者三人組の処遇をヴォラトゥスに任せた。エヴィヘットに、あの三人に対する慈悲はない。きっとヴォラトゥスもそうだ。そうであれば、確かにエヴィヘットはその処遇を知らないほうがいいのかもしれない。

「食事を終えたらお前の従者を紹介する」

「はい」

 フォンガーレがあまりに平然としているので、緊張しているのは自分だけなのだとエヴィヘットは痛感する。魔王であるということの圧だけではない。昨夜のことがどうしても頭から離れなかった。



   *  *  *



 フォンガーレがエヴィヘットを伴ってサロンに入ると、先ほどエヴィヘットの椅子を引いた浅黒い肌と色素の薄い金髪の執事と、お仕着せを纏った端正な顔立ちの赤髪の侍女が待っていた。

「このふたりがエヴィヘット殿下の侍従になります」ヴォラトゥスが言う。「執事のティストナードと侍女のモーネです」

「普段はこのふたりが同行することになる」

 フォンガーレの言葉に合わせ、ティストナードとモーネは恭しく辞儀をする。

「護衛ではないのですか?」

「護衛にはグラディウスがいれば充分だ」フォンガーレが言う。「そもそもお前に護衛は不要だ」

 確かに、とエヴィヘットは心の中で独り言つ。亡霊王は魔王国の最強の騎士。護衛を伴わずとも、戦いの際に傷を負うことはないだろう。

「そうなると、僕が謀反を起こそうと考え出したら危険なのではないですか?」

「それを防ぐための従属契約だ。契約主を害することはできん」

「なるほど……よくできた仕組みですね」

「お前が謀反を起こそうと考えるはずもない」

 自信を湛えた表情で言うフォンガーレに、エヴィヘットは視線を足元に落とした。

「僕のことはあまり信用しないほうがいいかもしれません」

 フォンガーレは、ふむ、と呟く。それから、また不敵な笑みを浮かべていった。

「勇者の処遇はヴォラトゥスから聞いた。お前は信用に値する」

 エヴィヘットは自信を持てないまま顔を上げる。これから亡霊王として、魔王の信用を得るために努めなければならないだろう。

「しばらくはヴォラトゥスを同行させる。亡霊王としての振る舞いを取り戻すように」

「……はい」

 フォンガーレが去って行くと、ティストナードとモーネがエヴィヘットの前に進み出た。

「執事のティストナードにございます。護衛も兼ねておりますが、補佐のようなものだとお考えください。騎士団の訓練の予定や、領地経営などでご助力いたします。私生活についても支援させていただきます。何でもお申し付けください」

「ティストナードは魔族いちの知恵者です」ヴォラトゥスが言う。「何かと頼りになりますよ」

「恐れ入ります」

 ティストナードが姿勢を戻すと、次にモーネが辞儀をする。

「侍女のモーネにございます。わたくしは侍女ですので、お仕事に関わることはございません」

「侍女にはアイシャが付いてるけど……」

「アイシャは私的な侍女、わたくしは公的な侍女でございます」

「アイシャは主に私室で」と、ヴォラトゥス。「モーネは表にいらっしゃる際に同行いたします。その点で、私生活と任務を区別することができるかと」

「そっか」

 自分ひとりに侍女ふたりとは贅沢だ、とエヴィヘットは考える。平民だった身として世話をされることには慣れていないが、亡霊王にとってはこれが当然のことなのだろう。

「主な護衛は自分になります」グラディウスが言う。「とは言え、いまの状態でも必要はないでしょうが」

「いまの状態だと、この剣を使うことになるの?」

 エヴィヘットは腰に短めの剣を携えている。アイシャが朝の身支度の際に腰のベルトに装着した物だ。

「いまのお姿ではそうですね」グラディウスが頷く。「自分を剣としてお使いになるなら変身が必要になります」

「そう……。僕がこれだけで戦えるかな」

「実戦となればきっと体が勝手に動きますよ」

 エヴィヘットにその自信はないが、きっとグラディウスの言う通りなのだろう。あの勇者三人組を前にしたとき、体は勝手に動いた。グラディウスの能力なのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

「失礼いたします」

 ノックとともにステュルカがサロンに顔を覗かせる。

「選抜試験の準備ができました。訓練場にお越しください」

 いよいよ亡霊王として初の任務になる。エヴィヘットはなんとなく緊張したまま頷いた。




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