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第1章 亡霊王の目覚め【2】

 ヴォラトゥスに案内され、グラディウスを伴って通されたのは、地下牢のようだった。ある牢屋の前に、ふたりの兵が配備されている。兵はエヴィヘットに気付くと、姿勢を正し敬礼をした。

「お前っ……なんで!」

 そんな声が聞こえて牢屋の中に目を遣る。閉じ込められているのはあの勇者三人組だった。青褪めた顔で言うのはタクヤだ。

「死んだんじゃなかったのかよ!」

「貴様! 亡霊王殿下になんたる無礼だ!」

 兵が手にしていた槍でタクヤを威嚇する。その言葉に、ミカコが顔を引き攣らせた。

「亡霊王……? なに、馬鹿なこと言って……」

 その奥で、タカオは何も言わずに震えている。タクヤとミカコに付き合ったことがタカオの命運の尽きだろう。

 タクヤとミカコはまだ勇者である自信にしがみついているらしい。エヴィヘットは、この三人にいまさらなんの感情も湧かなかった。自分は一度、この三人を殺している。ただその事実だけで充分ではあったのだが、この世界の現実を知らしめてやる必要があるらしい。

「グラディウス」

「仰せのままに」

 エヴィヘットに辞儀をしたグラディウスの体を淡い光が包む。その光がエヴィヘットに吸収されると、激しい金属音を立てながらエヴィヘットの体が鎧に変化していく。勇者三人を打ち負かした亡霊王の姿に。それを見上げる勇者たちの顔は青褪め、言葉を失っていた。

「我が名はエヴィヘット」

 兜から発せられるその声は、本当に自分の声なのかと疑いたくなるほど仰々しく、人間を脅かすには充分な気迫が込められていた。

「魔王陛下が従属である」

「じ、冗談はよせ!」タカオが震える声で言う。「お前になんの力があるって言うんだ……!」

 この状況でも本当に冗談だと思えるなら見上げたものである。この姿を見ても、勇者としてのチート能力を過信しているらしい。

「こんなことをして、ただじゃおかないぞ!」

 強気のタクヤに、ヴォラトゥスが呆れたように息をつく。突き付けられたものを現実だと認められず、まだゲーム感覚なのかもしれない。一度、命を落としているにも関わらず。

「まだ自分たちの立場を理解できていないようだ」

 エヴィヘットは、もし自分が魔王の配下とならなければ、と考える。彼らと同じようにチート能力を持って異世界転移したのであれば、この状況を現実だと認めることができないはずはない。エヴィヘットがただの人間でなくなったことを、こうして目の前に突き付けているのだから。

 呆れてものが言えなくなり、エヴィヘットは三人に背を向ける。

「ヴォラトゥス、この者どもの処遇はお前に任せる」

「仰せのままに」

「ふざけるな! 俺たちは勇者だぞ!」

 グラディウスに意識を向け、エヴィヘットは鎧を解く。

「へえ、それはすごい」

 エヴィヘットの顔は前世と同じだが、中身まで前世と同じとは限らない。

「じゃあ、何度でも生き返れるね」

 横目で見遣るエヴィヘットに、三人の顔が青褪める。ようやく自分たちの置かれた状況を飲み込んだらしい。

「いつか魔王陛下のもとに辿り着けることを祈ってるよ」

 地下牢を去るエヴィヘットを、ヴォラトゥスと兵たちは辞儀をして見送る。残された勇者たちの処遇は、きっと生易しいものではないだろう。

「あの三人とは知り合いなんですか?」

 城の廊下に戻ると、グラディウスが不思議そうに言った。

「ちょっとした、ね」

「何か因縁がありそうですが」

「もう関係ないことだよ。魔王と勇者はどの世界でも対立するものだから」

 彼は以前の名を捨て、いまはエヴィヘットとして在る。魔王のために命を賭する亡霊王として。

「グラディウスは百年前に魂を失った亡霊王のことを知ってる?」

「もちろん。自分は亡霊王殿下の剣ですから」

「そのときの亡霊王はどんな人だったの?」

「もっと大人の男性でした。穏やかで、静かなお方でした」

 ふと、グラディウスの表情に寂しさの色が見える。魔族が長命であることはエヴィヘットも知っている。おそらく、以前の亡霊王と長い時間を過ごしたことだろう。

「最後まで静かなお方でした」

「……亡霊王が魂を失ったことは知ってたんだ」

「はい、もちろん」

 グラディウスは優しく微笑む。エヴィヘットを気遣っているように見えた。

「いままで、グラディウスはどこにいたの?」

「亡霊王殿下の遺物である鎧に宿っていました」

「百年も?」

「はい、百年」

 人間の命は長くて百年。それは人間にとって長くもあり短くもあるものだが、これからはエヴィヘットも百年より長く生きることになる。少なくとも、前世のように十数年で命を失うようなことはないだろう。

「自分は亡霊王殿下の魔力がなければ実体化できません。百年、殿下の遺物とともに眠っていました」

「僕みたいな子どもに仕えることに不満はない?」

「不満なんてあるはずがありません。自分は亡霊王殿下の剣です。例え百年前の亡霊王殿下と別人であらせられようと、亡霊王殿下であることに変わりはありませんから」

「そう……」

「再び亡霊王殿下の剣として実体化できたことを嬉しく思いますよ」

 グラディウスの言葉に嘘がないことは、魔力で繋がっているエヴィヘットにはよくわかる。グラディウスは、亡霊王の剣として在ることが喜びなのだ。

「この身体が折れるまでエヴィヘット殿下にお仕えします。そう簡単には折れませんが」

「いつも僕のそばにいてくれるの?」

「はい、もちろん。時と場合によることもありますが」

 グラディウスの言葉に含みを感じ、エヴィヘットは首を傾げる。明るく笑うグラディウスは、その問いかける視線に答える気はないようだ。

「実体化していればおそばから離れることもできます。そうであったとしても、殿下は自分を召喚することができます。もし離れていたとしても、すぐ馳せ参じることができますよ」

「それは安心できるなあ。僕は弱いから……」

「何を仰いますか。亡霊王殿下は魔族の中で最強の騎士であらせられますよ」

 チート能力で城の兵の半分を倒した勇者たちを一太刀で捻じ伏せたことで能力は証明されたようなものだが、エヴィヘットはまだ自信を持つことができなかった。自分はあの三人に従うしかなかった。この世界でも、同じようなことが起きるのではないかと、身構えてしまう。それはこれからの亡霊王人生で自分に証明するしかないのだろう。

「亡霊王殿下!」

 その声と金属音が近付いて来る。先ほど地下牢にいた兵とは違う鎧を身に着けた数人の男性が駆け寄って来ていた。先頭にいた若い男性と三人の騎士が、エヴィヘットの前に跪く。

「お目覚め、心よりお慶び申し上げます」

「彼は騎士団長のステュルカ」グラディウスが言う。「と、その部下たちです」

「僕が亡霊王だとわかるの?」

「はい、もちろん」

 顔を上げた騎士団長ステュルカは、輝く瞳でエヴィヘットを見つめる。

「例えお姿が変わられようと、内に有する魔力は変わりません」

 エヴィヘットは味わったことのない感覚になっていた。自分がこうして跪かれるような身分にあるとはまだ思えない。それも、亡霊王として生きていくうちに慣れていくのだろうか。

「お時間があるときにぜひ、我が騎士団の視察においでください」ステュルカが言う。「亡霊王殿下にお目通り叶えば、みな、喜びます」

「わかった」

「近いうち、亡霊王殿下の騎士団が結成される」と、グラディウス。「それまでのあいだ、騎士団を強化しておくといい」

「承知いたしました」

 深く辞儀をしてステュルカ率いる騎士団は去って行く。亡霊王は魔族の中で最強の騎士だとグラディウスが言っていた。いずれ騎士団を率いるのは自分になる。そう考えると、亡霊王という称号が肩に重く圧し掛かって来るようだった。

「どうしてみんな、僕が亡霊王だってわかるの?」

「魔族は魔力を感知できます。亡霊王殿下の魔力はすべての騎士が覚えていますから」

「そっか。じゃあいちいち自己紹介しなくていいんだね」

「はい」

 不思議な感覚だった。まったく別の者として転生した先で、自分が誰なのかがすでに決まっている。それをすべての者が知っている。いちから構成するより随分と楽に感じるが、果たして自分がその称号に相応しいかどうか。それだけが心配だった。

「エヴィヘット殿下」

 ゆったりした足取りで、メイド服を身に纏った女性が歩み寄って来る。長い赤毛をホワイトブリムでまとめた、可愛らしい顔立ちの女性だ。

「湯浴みの支度ができております」

「湯浴み? もうそんな時間?」

 エヴィヘットが首を傾げると、侍女の女性は穏やかに微笑む。

「じゃあ、自分は適当に時間を潰します。また明日の朝」

 丁寧に辞儀をし、グラディウスは去って行く。てっきり自分の中に戻るものだと思っていたエヴィヘットはまた首を傾げた。そんなエヴィヘットに、侍女の女性が丁寧に辞儀をする。

「わたくしはアイシャと申します。本日よりエヴィヘット殿下にお仕えいたします」

「うん。よろしく」

 こちらにどうぞ、とアイシャが先を歩き出す。まだ城の構造は把握できていない。案内してくれる者がいるのはありがたかった。




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