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第4章 竜王ケルレウス【2】

 例え怯えられようがなんだろうが、エヴィヘットには、亡霊王としてこの三人に問わなければならないことがあった。

「ねえ、きみたちは自分たちで勝手に勇者を名乗っていたわけではないよね」

 三人の顔が青褪める。まるでこの質問を投げかけられるのを恐れていたように。

「例え転移者だとしても、自分たちだけで魔王城に乗り込むはずがない」

 エヴィヘットの言葉に合わせ、グラディウスも不穏な空気を漂わせる。ケルレウスは怪しい笑みを浮かべていた。その雰囲気は、三人を怯ませるには充分であった。

「きみたちをここへ向かわせたのは誰?」

「…………」

 三人は顔色を青くしたまま口を噤む。亡霊王の勘と言うべきか、エヴィヘットは三人が何も答えないことはわかっていた。彼らは応えられないのだ。

「やっぱり、話せないように契約を結んだんだね」

 人間もただの馬鹿ではない。この三人はただの転移者であるが、転移者だからと言って自ら勇者を名乗り魔王城に乗り込むのは無謀と言える。実際にそれだけのステータスがあったとしても、没収した装備品のような一級品を揃えるのは簡単なことではないはず。そうであれば、彼らを勇者と崇めてここへ送り込んで来た者がいたはずだ。それが誰であるか、彼らは口にすることができないのだ。

「それなら、まだしばらくここにいるしかないね」

 エヴィヘットは三人に背を向ける。その瞬間、タクヤが檻を掴む音が鈍く響いた。

「待て! 俺たちをここに向かわせたのは――」

「待って」

 短くタクヤの言葉を遮り、エヴィヘットは横目で三人を見遣る。窓から射し込む陽を受けて、タクヤのやつれた顔がよく見えた。

「それ以上は言わないほうがいい」

「は……?」

 わけがわからない、というようにタクヤはエヴィヘットを見つめる。エヴィヘットは小さく息をついた。

「きみたちが結んだ契約は、呪いのようなものだ。もし契約を破れば、心臓が破裂して死んでしまう」

 亡霊王の魂がそう告げる。三人が結んだ契約が魔力になって伝わって来る。それを彼らは知らない。いまさらかける情はないと思っていたが、エヴィヘットの中に、まだ人間だった頃の心が残っていた。

「呪いによって死んだ者は、生き返らせることができない。きみたちは本当に死んでしまうんだ」

 タクヤの顔がさらに青褪める。後ろにいるふたりも言葉を失っていた。エヴィヘットの言葉が真実であると気付いているのだ。

「でも、死ぬほうがマシだと思うなら、どうぞ、言ってみて」

 冷たく言うエヴィヘットから目を逸らし、三人は口をきつく結ぶ。彼らにその言葉の真偽を疑うことはできず、ただ俯くことしかできない。口を開けば、彼らの人生はここで絶たれてしまうのだ。

「ここにいることを受け入れたほうがいい」

 エヴィヘットは三人に背を向ける。これ以上、彼らと交わす言葉はない。グラディウスとケルレウスを伴って、エヴィヘットは地下牢をあとにした。またヴォラトゥスが先頭を歩き出した。

 城へ戻ると、ほう、とケルレウスが溜め息を落とした。

「なんてお優しいお方でしょう。あのまま吐かせてしまえばよかったですのに」

「僕は一度、あの三人を殺した。僕はもうそれで充分だよ」

 あの三人がエヴィヘットに対して行った罪は、エヴィヘット自身の手で裁いた。人間としてのルールは遂行されている。エヴィヘットは心まで完全な魔族(人間の敵)になることはいまだできていなかった。

「それに、馬鹿となんとかは使いようって言うでしょ?」

 笑みを浮かべて言うエヴィヘットに、隠すほう間違えてますよ、とグラディウスが軽く笑った。

「魔王陛下とヴォラトゥスは、あの三人をここに向かわせた首謀者がいるって考えてるんだよね」

 エヴィヘットは真剣な表情で言った。その通りです、とヴォラトゥスは頷く。

「どこかの国が首謀として存在するはずです」

「あの三人は吐かないでしょう」グラディウスが言う。「契約は強固なものでした」

 その呪いについてはエヴィヘットも感知することができた。だからこそ忠告した。あの三人には、その契約を自分で解くことはできないだろう。グラディウスの言う通り、複雑に絡み合った強固な呪いであった。

「呪いを解ければ吐かせることができるかもしれません」

 少し嫌な予感を覚えさせる笑みでケルレウスが言う。自分の案に自信を持っている表情だ。

「呪いを解く方法があるの?」

「ええ。簡単なことです」

「簡単ではありません」と、ヴォラトゥス。「随分と頑丈に練られた呪いです」

「私の腹の中ですべて溶かせば呪いも解けますよ。生き返らせればいいのです」

 思っていた以上の力業に、ひえ、とエヴィヘットは短い声を漏らした。魔族としては当然の手法なのかもしれないが、人間だったエヴィヘットにとって少々恐怖を覚えるものだった。

「もし首謀を吐いたら」エヴィヘットは言う。「あの三人はどうなるの?」

「吐いたとしても」と、ヴォラトゥス。「あの牢から出ることはありません。魔王陛下に牙を剥いた愚か者たちです。天寿を全うするまであのままでしょう」

「そう……」

 小さく呟いて俯いたエヴィヘットに、グラディウスが優しい笑みを浮かべる。

「解放してやりたいとお思いですか?」

「……わからない。ただ、一生あのままなのは不憫だと思って」

 魔族にとって、人間は明確な敵である。特にあの三人は勇者として魔王討伐に乗り込んで来た。魔族の国において許されざる蛮行である。それでもエヴィヘットは、非情になりきることができなかった。

「魔族にとって、人間の一生は一瞬です」ケルレウスが言う。「あのままでも、誰も不憫だとは思いません」

「…………」

「何より人間は魔族にとって明確な敵。慈悲を懐く者はいないでしょう」

 それはエヴィヘットにもよくわかる。いまの彼は魔族で、魔王の従属である。魔王討伐を目的に城へ乗り込んだ者を許すわけにはいかない。

 けれど、とケルレウスが声の調子を柔らかくして言った。

「その慈悲の御心を否定するつもりはありません。亡霊王殿下は、情の深い王でした」

「前の亡霊王だね」

「はい。私の封印が解けたのも、亡霊王殿下が解けるように封印をおかけになったからです。ですから私は亡霊王殿下に従うと決めたのです」

「それにしては嫌な登場だったけど」

 ケルレウスが姿を現したときのことを思い出しながら言うエヴィヘットに、ケルレウスはあっけらかんと笑う。

「竜王にも威厳というものがあります。それを示しただけのことですよ」

 エヴィヘットが目を細めると、ケルレウスは軽く肩をすくめた。いまはエヴィヘットに従っているが、竜王も竜族の王。それに相応しいだけの威厳が必要になるときもあるだろう。

「……じゃあ、きみが決めて」

 エヴィヘットはケルレウスの真紅の瞳を見つめた。ケルレウスは薄い笑みを浮かべたまま、エヴィヘットの目を見つめ返す。

「あの三人の処遇を」

 エヴィヘットが投げかけた質問は、魔族にとって難しいものではない。それでも、エヴィヘットにはケルレウスの王たる素質を確かめたかった。

 ケルレウスは笑みを深め、ふ、と小さく息をつく。

「自由にはできません。ですが、牢屋暮らしはもうたくさんでしょう。亡霊王殿下の監視のもと、城に幽閉するとよろしいかと。どちらにせよ、ここには彼らの敵しかいません」

「あの三人に慈悲をかけるの?」

 鋭い視線を向けるエヴィヘットに、ケルレウスは自信を湛えて微笑む。

「殿下はそれをお望みでしょう?」

「…………」

 エヴィヘットは頭の中で思考を巡らせた。元人間として、魔族として、亡霊王として、その答えは誤りではないか。ケルレウスはエヴィヘットの心の内を覗いたかのようにエヴィヘットの答えを言い当てた。それが本当に正しいことであるか。それはこれからエヴィヘットが証明する必要があるだろう。

 エヴィヘットは、意志を湛えてヴォラトゥスを振り向いた。

「僕とあの三人の隷属契約の準備を。陛下には僕が説明する」

「仰せのままに」

 ヴォラトゥスは深く辞儀をしてエヴィヘットに背を向ける。エヴィヘットの判断にフォンガーレがどう思うか。それは実際に話してみなければわからない。

「ついでに私との契約も……」

「それは陛下の判断を待つ」

 無慈悲に言い放つエヴィヘットに、ケルレウスは微笑みつつもしょんぼりと眉尻を下げる。いくら亡霊王としてある程度の決定権を持っているとしても、従属契約についてはフォンガーレの判断を仰がなければならない。亡霊王だからといって、なんでも自分で判断を下せるというわけではないのだ。




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