プロローグ
「魔王陛下はご無事か!」
城に足を踏み入れたヴォラトゥスは、眼前に広がった光景に目を剥く。あちらこちらに兵が倒れ、絨毯は血に染まっていた。だが、兵を助けている時間はない。
「急げ! まだそう奥へは進んでいないはずだ!」
部下から「勇者軍が攻め込んで来た」と報せを受けてから、まだ十分と経っていない。敵は最奥の王座の間にはまだ到達していないはずだ。
血塗れの兵が伏す廊下を駆け、王座の間を目指す。辺りには争った痕跡が点々と残されており、勇者の残虐性を表しているようだった。
先を行く騎士が足を止める。勇者との対面かと前方を覗いたヴォラトゥスは、思わず息を呑んだ。
「ああ……」
感嘆が漏れる。その声に振り向いた姿。その周囲に転がるもの。そのすべてに、ヴォラトゥスはあらゆる感情が込み上がった。
「お目覚めになられたのですね……亡霊王殿下……!」
* * *
「これで本当に異世界に行けるの?」
甘ったれた声でミカコが言う。生徒のいなくなった夕暮れの教室。自分がここに居ることの意味がわからなかった。
「さあな」
タクヤはにやにやと笑いながら本のページをめくっている。
「でも、異世界転移したら、現代知識でチートできるんだろ?」
「文明の発展が遅れてたらって話でしょ」
現実を突き付けつつも、ミカコの表情は期待に満ちている。でも、と口を開いたタカオは怯えた表情をしていた。
「失敗したら死んじまうんじゃねえか?」
「だから、まずはこいつで試すんだろ」
卑しく笑う顔がこちらを振り向く。そのためだけに呼ばれたことはわかっていた。
(ああ……)
失望で声も出ない。彼らの残虐性も、ここまで来ると異常だ。それでも、逆らえるはずなどなく。
(どうして……こんなやつらの、道楽のために……)