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後宮の女道士  作者: 深紫
壺中天(こちゅうてん)
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壺中天(こちゅうてん)その3

(ふう、はしゃぎまわり過ぎて疲れたわ。そういえば、ずっと洗濯していてご飯もまだだったわね。何か食べてから先生のところに行こうかしら?)


 何を食べようかと迷っていると、店の外の阳台ヤンタイ(テラス)で食事を出来る店があったから、そこで食べることにしたの。

 私の座った席は阳台ヤンタイの一番端で、そのすぐ隣には薬屋があったわ。


(へえ、こんなところに薬屋があるんだ。あとで覗いてみようかしら? あれ?)


 何気にその薬屋を眺めていたら、不思議なことに、その薬屋は軒先に壺を吊るしていたの。


(何かのおまじないかしら? 商売繁盛かなんかの)


 ちょうどその時料理が運ばれてきたわ。とってもいい香りがする。さすが繁盛店だけあるわね。


「さあ、食べますか」


 せっかくの料理ですもんね。冷める前にいただきましょう。箸を手にして料理を頂こうとしたその時、薬屋から変な気配を感じたの。正確にはさっきの壺の方からだわ。


(妖鬼の類じゃないみたいだけど、何なのかしら? この気配。五行先生にちょっと似ている?)


 長年の修行に明け暮れた道士や武術家がまとう『気』みたいなものかしら。でも、五行先生すらはるかに凌駕りょうがするこの膨大な気の量、ただものではない気配だわ。


 あまりの気配に身動き取れないまま壺を注視していると、


(え?)


 壺から人の右腕が出てきたわ。何が起きたのかわからないまま見ていると、次は左腕が出てきたの。


(え? え?)


 壺から出ている両腕はそれぞれ壺の縁を掴むと、腕をプルプル震えさせながら踏ん張っているわ。そうこうしていたら、


(出た! 顔が出た! 変なおじいちゃんの顔している!)


 どうやら、壺から出てこようとしている人がいるみたいね。


(そうか、この気配は仙人様のそれね。でも、なんで壺から出てこようとしているのかしら? まさか壺に住んでいるの?)


 仙人様らしきおじいちゃんの上半身までが壺から出たわ。でも、腰あたりの何かが引っ掛かっているみたいで、中々全身が出てこない。


(がんばれ、おじいちゃん!)


 私は、心の中でそのおじいちゃん仙人様を応援したわ。おじいちゃん仙人様も『あっ』と壺に引っ掛かっている何かに気づいたみたいで、一旦壺の中に戻ると、今度は素早く壺から出てきた。


(やったね、おじいちゃん!)


 心の中で叫ぶ私。


 おじいちゃん仙人様はニコニコ笑いながら、私のいる阳台ヤンタイの方へ歩いてきた。私に何か用なのかしら? と、ちょっと身構えながら待っていると、用があったのは向かいの席の四人組の方。お酒を飲みながら楽しそうに談笑しているわね。彼らにはおじいちゃん仙人様は見えてないみたい。目の前に立っているのに全然気づいていないわ。


(彼らになんの用なのかしら?)


 そう思いながらおじいちゃん仙人様の様子を眺めていると、おじいちゃん仙人様はその四人組の中の一人の男の前にあった串焼きを盗み食いし始めたの。

 串焼きを盗られた男は談笑とお酒に夢中で気づいてないみたいだわ。でも、盃を食卓に置いて料理に手を付けようとして、気づいたみたい。肉のなくなった金串だけが皿に載っていることに。怪訝けげんな顔をしながら、隣の男に串焼きの事を問い詰めていたの。

 すると、おじいちゃん仙人様は、今度は串焼きの男の斜め向かいの男の目の前の皿から、饅頭まんとうを盗み食いを始めた。

 饅頭まんとうを盗られた男も、向かいの二人の言い争いに目が奪われていて饅頭まんとうがなくなったことに気づいてなかったみたいね。でも、やはり串焼きの男と同じように、饅頭まんとうを食べようとしてなくなったことに気づいたみたい。


(今度はこっちの二人が言い争いを始めたわ)


 そうこうしているうちに四人組は取っ組み合いの喧嘩を始めたの。おじいちゃん仙人様はそれを気にかけることなくお料理を頂いている(盗んでいる)。


 喧嘩はどんどん激しくなるわ。こちらの席までものが飛んでくるようになった。


(これは食事どころじゃないわね、おいとましようかしら? ところで、おじいちゃん仙人様はどこ?)


 喧嘩に気を取られていたら、おじいちゃん仙人様は四人組の席からいなくなっていたわ。慌てて辺りを見回したら、薬屋の軒先に吊るした壺の中に戻るところ。私も急いでお勘定を済ませて店を出たの。


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