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後宮の女道士  作者: 深紫
勾魂使者(こうこんししゃ)
7/32

勾魂使者(こうこんししゃ)その7(終幕)

――そして月末引越しの日


 一時はどうなる事かと思ったけれど、なんとかこの日を迎える事ができた。李さんの計らいで牛車を一台多く借りられたから、私と先生はそれに乗って荷物と一緒に移動した。


「いや~、李のお陰で歩いて長安に行かないで済んでよかったな」


「李さんも大分元気になられて。今はもうバリバリ仕事しているみたいですね」


「本当、よかった」


「ところで、先生。今回、勾魂使者が幽鬼ではない、人間だって最初から見抜いていましたよね?」


「そりゃ、お前も言っていたように、勾魂使者はあくまでも『魂をとらえる者』であって『魂を刈り取る者』ではないからな。それに......」


「それに?」


「役人が定時後まで熱心に働く訳ないだろ?」


(え? そういう理由ですか? 先生。まだ、三洞法帥さんどうほうしにはなれてはいませんが、それでも序列第二位である洞眞道士どうしんどうしで『あらせられる』先生が、そんな理由で?)


「玉葉、お前だって勾魂使者を見た時気づいてたじゃないか? 彼らは『幽鬼ではない』と」


「ええ、まあ」


 実際そうだ。あの日も現れた勾魂使者が幽鬼でなく人間であったから、窓際に現れるまで私は全然気づかなかった。幽鬼であれば家に近づいただけでも察知できたんだけど、私も当時、道士ではあっても武道家ではなかったから、人間の気配を察知する事は苦手だったと、言い訳をしておこう。


「でも、なぜ吾さんは勾魂使者の真似をして、張さんを殺し、李さんまで手をかけようとしたのですかね?」


「それは、『疑心』だな」


「疑心?」


「吾と張と李は幼馴染と言っていたろ?」


「はい」


「彼らの『武勇伝』はお前も李から聞いたっけ? 彼らは幼少の頃相当な悪ガキだったらしい。李は親父の仕事を継ぐ関係からそちらの手伝いが忙しくなり、早々におとなしくなったらしいのだが、吾と張は二十の頃村を飛び出して、他所で相当な悪さをしていたらしい。それこそ法に触れることまでな」


「法に触れるとは?」


「ここからは取り調べをした官吏たちに聞いたのだが......ご禁制品の売買や窃盗。どうやら一時期は、成都近くで山賊まがいの事までやっていたとか」


「それは......でも、それで吾さんは馬を操れたんですね。山賊時代の経験というか」


「そうだな。そして、何があったかは知らんが、数年して村に戻ってきた二人は、人が変わったようにおとなしくなったらしい。張は実家の田畑を継いで真面目に働くようになって所帯も構えたし、吾も村長宅の下働きを実直におこなっていた。それで、吾の働きぶりを気に入った村長に見出されて入り婿に入ることが決まった訳なんだが」


「でも、その安定が吾の祝言の時に壊れた。今年の張の田畑は作付け状況が悪かったらしい。村長の所は村吏そんりとして徴税も行っているだろ? 張は今年の納税の件で吾を通じて村長に色々と頼み込んだらしいのだが、村長側の対応はあまりよくなかったみたいだ」


 ここまで話して先生は一息つくためか、話をいったん中断して持っていたひょうたんを口元に運んだわ。喉を潤したかったのね。ひょうたんを大きく上に傾け、一気にあおる先生。


「げほっ」


 先生がむせてるわ。実は、最初ひょうたんの中には先生が入れたお酒が入っていたんだけど、出発前のどさくさに私は中身を捨てて水に入れ替えていたの。健康の為にはお酒はほどほどにしてもらわないとね。


(図ったな、玉葉)(かかりましたね、先生)


 ジロリと私をにらむ先生。ニタリと先生に笑いかける私。


 バツが悪いと思ったのか、先生は無言でもう一度ひょうたんに口をつけ、水で喉を潤すと話のほうを続けた。


「祝言の時に、酔っぱらった張は、その件で相当吾に絡んだらしいな。最初はただの昔話だったのだが、さきの税の件といい、中々上手くいかない自分と比較して、村長家の入り婿という吾の幸運が妬ましかったのか、吾の悪口や過去のあること無いことの暴露話が始まった」


「最初は笑って聞いていた吾も、段々怒りを覚えると同時に不安になったらしい」


「不安?」


「さっきも言ったろ? 吾の過去の悪行には『法に触れるもの』もあると。吾は、過去の弱みに付けこんで張が自分を脅してくるのではないか、と思い始めた」


「実際、張さんは吾さんを恐喝したのですか?」


「いいや。祝言での悪態も深酒によるその場限りのものだったのか? 本当に吾を妬んで恐喝するつもりだったのかは、もうわからない。ただ一度そう思い込んだ吾は止まらなかった。『どう、張を始末するか?』最早それしか考えられなかったそうだ。すると、張が『勾魂使者を見た』と言い出した。これは使えると考えた吾は、使用人を使って彼らに勾魂使者の紛争させ、勾魂使者のせいにして張を貯水池で殺したと」


 また、先生はひょうたんを口に付ける。


「一度疑心暗鬼の炎が燃え上がった吾は、今度は李も怪しく思えてきた。李は今でも張と仲が良く、張から吾の件で色々と聞いているのではないか? それで李も同様の手口で殺してしまおうと」


「李さんは吾さんの悪行を知っていたのですか?」


「いいや。さっきも話したように、李は早々に二人とつるむのはやめて家業に専念していたからな。まあ、張と吾が村に戻ってからは、たまに一緒に酒を飲んだりはしてたらしいが」


「その辺を確かめるために、李さんの家で馬鹿話をしていたんですね」


「そうだ。いろいろと話題をふり、読心術どくしんじゅつで読み取ってもみたが、李は本当に知らなかったみたいだ」


「そうですか。でも、李さんも胸が痛んだでしょうね。幼馴染の昔の悪行を聞かされたり、今回の事件の顛末を知って......でも、全てが解決したのだから早く立ち直って欲しいですね」


「そうだな、早く立ち直ってもらいたいものだ。ただ、全てが解決した訳ではないんだ.....」.


「と、言いますと?」


「時系列が合わない。いや、因果関係が合わないと言うべきか?」


「(はて)?」


 私はちょっと、狐につままれた気分だった。今までの説明で今回の事件の謎は解けたし、実際犯人も捕まっている訳だから、何が不満なのかしら? 先生は、ひょうたんを手の上で回して遊びながら話を続けた。(やはり、水じゃ物足りないのかしら?)


「吾は『張から勾魂使者を見たと聞いた』それを聞いて勾魂使者への扮装を思いついたと。では、最初に張や李が見た勾魂使者は誰だ? 本物か? 今となっては確認のしようがない。ただ、今のところ祝言以降亡くなった村人は張だけだ」


(そうね。今までの話からすると、そこは疑問として残るかも)


「先生、これから村で誰か亡くなるのでしょうか?」


「かもな。だとすると......勾魂使者は、張や李が歩いてきた方向に去って行ったと言ってたな? その方向は......村長宅か? 今回の件で跡取りと思われた吾は官吏に捕まって、村長も村吏の職を解かれてしまった。この先あの家には厳しい未来しかないだろうしな」


 手の上で回していたひょうたんを止めて、神妙な顔をする先生。


「でも、先生。勾魂使者は誰も連れて行かず、村は平和に戻るかもしれませんよ」


「何でだ?」


 今度は先生がきょとんとした顔で私をみた。


「だって、さっき先生も言っていたではないですか。『役人の仕事は当てにならない』と」


「ははははは」


 一瞬、あっけにとられた顔をしていた先生は、次の瞬間大笑いし始めた。

 

 人に寿命がある以上、誰も死を免れることはできない。それを回避出来るとしたら、仙人くらいのものかしら? そして、人の死がある以上、今後も勾魂使者が現れることはあるかもしれない。

 でも、願わくは、今後その原因が人の悪意によるものではないように......


 移動はまだまだ続きます。なにせ、牛車ですもんね。暇を持て余して景色を見ながらぼうっとしていると、そうだ、もう一つ先生に聞きたいことがあったのを思い出した。


「そういえば、先生。なぜ、吾を官吏に引き渡したのですか?」


「村のもめごとは本来、村吏である村長が裁くことになっている。でも今回の件は村長に任すわけにいかないからな。身内の起こした事件だし、下手をすればもみ消される。彼らがいてちょうどよかったわ」


「そういえば、なぜか都合よく村に官吏がいましたよね」


「お前気づいていなかったのか? 彼らは高力士様直属の武官、我々の監視役だ。あの日だけじゃない。今日までずっと我々は監視されていたんだぞ」


「え?」


 全然気づきませんでした。さっきも言いましたけど、幽鬼の気配は察せても、人間の気配には無頓着だったので。先生は話を続けた。


「今回の太真たいしん様の件で、もう前金まで頂いているからな。我々が逃げ出さないように監視しているのさ。前金はもう、新しい道観建設に使ってしまっているから、今さら嫌とも言えないし」


「え? だったら吐藩逃亡計画なんかも」


「ああ、仮に実行していたらすぐ捕まっただろうな。そして処刑」


 先生は意地悪く自分の首を絞める真似をしながらそう言った。


(危ない危ない。もし、あの時本当に逃げていたら、この物語も始まる前に終わっていたわね)


 移動はまだまだ続きます。なにせ、牛車ですから。暇を持て余して景色を見ながらぼうっとしていると、そうだ、さらにもう一つ先生に聞きたいことがあったのを思い出した。


「ところで先生。先生の縮地法で長安に荷物運ぶとか出来なかったのですか?」


「あっ」


 同じように退屈を持て余して、牛車の荷台の上で横になっていた先生が、気の抜けるような『あっ』を発したの。


「あっ、って」


「で、でもあまり大きな荷物は縮地法では運べないし、なんたらかんたら」


(『なんたらかんたら』って声を出す人を初めてみたわ。まあ、結果良ければ全てよし、としますか)



ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー



 結構、西へ来た感じがする。周囲の景色も大きな木々は減って、背丈の低い草木ばかりになってきた。


「どうやら、渭水いすいが見えてきたな」


 先生の言葉で前を見ると大きな川が見えてきた。この渭水いすいと呼ばれる大きな川にかぶさるように、これまた大きな橋があった。この橋、灞橋はきょうを渡って野中の道をしばらく進むと坂道があった。


「この坂を上り切ったところが長安だ」


 先生はそう言うと、御者の人たちに牛車を止めるように指示を出した。坂を上る前にしばし休憩するみたい。

 牛車を降りて周りを見渡すと、坂の左右にはたくさんの茶屋があった。長安を目指して長い旅路を歩んだ者たちが、最後に休憩を取る場所。おそらく憧れの長安に入る前に旅の疲れや汚れを落とし、晴れやかな気分と装いで入城したかったのね、どの茶屋もとてもお客でにぎわっているわ。その旅人の中には、はるか遠くの東の島国から来ている人たちもいると言うから驚き。


 休憩はお終い。牛車はそれこそ牛歩の歩みでゆっくりと坂を上る。上り切った坂の上には、左右に向かって地平線の先まで続いているのではないかと思うくらいの、とても長くて高い壁があったの。そう、これが長安の城壁。


 その城壁の真ん中には、東からきた旅人を迎える春明門しゅんめいもんがある。私たちは城門での所定の手続きのあと長安へ入城した。


 城内に入ると、道の左右は楼門ろうもんと呼ばれる二階建ての門と高い塀に囲われた立派な建物ばかり。とても静かで、歩いている人たちもまばら。城内はもっと人が溢れていると思ったから予想外だった。それでちょっと先生に聞いてみた。


「意外と人が少ないんですね。もっと雑多に人が溢れているのかと思いました」


「長安の東側は官庁街や貴人官人たちの屋敷が多いからな。この辺はいつもこんな感じだよ。反対に城内の西側は庶民の街になっていて雑多で賑やかだぞ」


「え? じゃあ私たちが住む場所って......」


(ひょっとして、私たちもこの高級住宅街に住めるのかしら。そうしたら、恰好いいお金持ちの貴人に街で見染められちゃったりして......)


「もちろん、西側だよ。それに、玉葉。そもそもお前は後宮に入るんだろうが」


「ですよねえ......」


 ちょっと残念。


「そら、もうすぐ朱雀大路(すざくおおじ:長安中央を南北に走る大通り)だぞ。お前の見たかったのはこれだろ」


 官庁街を通り抜け、目の前に広がったのは、この街の主役『朱雀大路すざくおおじ』。


 さっきまでの静寂とは打って変わってのもの凄い喧騒けんそう。街路は広く、車馬はしきりに往来し、道路の両側には様々な樹木並木がつづいたわ。それらの樹相はとてもみごとで、天を蔽うほどの巨樹が多かった。それらの樹と樹のあいだからは、酒楼、商店、瓦葺きの民家、異国の雑貨を扱うお店かしら? なんか見た事もない建築様式の建物まで。たくさんのお店と人が引き締め合っていたわ。


「これこれ、玉葉。身を乗り出すと危ないぞ」


 目の前に広がる想像を超えたきらびやかな世界に、私は思わず牛車から身を乗り出していた。

 

 ひょんなことから決まった後宮入り。決して自分から望んでここにきた訳ではない。けれど、今は太真たいしん様と先生にとても感謝しているわ。この街には可能性がある。具体的に何とは、今は言えないけど、私にも何か新しい道が開けるのでは、という確信めいたものはある。


「さあ、ここから私の新しい生活が始まるのね」


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