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後宮の女道士  作者: 深紫
勾魂使者(こうこんししゃ)
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勾魂使者(こうこんししゃ)その5

 日もとっぷりとくれて外はもうすっかり真っ暗になった。村のはずれにある李さんの家の周りは、畑ばかり広がっていて、他の人家が少ないから灯りもほとんどない、月明かりだけが頼り。


「いいんですか? 先生。李さんを寝室に一人にして」


「そうしないと勾魂使者も現れないだろ?」


 李さんの寝室には今、李さん一人。寝台の上で被子ピンインを被って寝ている。まあ、この状況で寝ていられる程李さんも豪胆ごうたんではないので、あくまで『寝たふり』なんですが。

 家の中の灯りは全て火を落としている。窓から差し込む月の光が室内を淡く照らしている。李さんの寝室の窓を覆っていた布は全部取り払ったわ。だから寝室も今はほのかに明るい。寝台で横になる李さんの姿が薄っすらと見える。


 我々は寝室の入口横に待機していた。体格の良い使用人二人と共に。奥さんと子供たち、残りの使用人の人たちは、奥の部屋に避難してもらった。勾魂使者をおびき寄せる準備は整った。先生の方術の腕なら、冥府の下級役人である勾魂使者であれば、簡単に追い払うことは可能であろう。でも――


「先生、ちょっといいですか?」


「なんだ? 玉葉」


「勾魂使者って、その名の通り『魂をとらえる者』ですよね。奴らを捕まえたり追い払ったりしても、李さんが亡くなる原因自体は残るのではないでしょうか? それとも今回は、張さんの場合も然り、勾魂使者が直接人間に手をかけているということでしょうか?」


「それはな、玉葉......おっと、ちょっと待った。そうこうしているうちに現れたようだな」


 不意に李さんのいる寝室が暗くなった。月明かりを遮る何かが窓の方に......

 目を凝らして窓の方をよく見ると、窓の外に白色の服を着た背の高い男と、黒色の服を着た背の低い男の二人組が立って部屋の中を覗き込んでいたわ。


「みんなまだだ。彼らが部屋に入ってくるまで待て」


 先生が小声でみんなに指示を与えた。

 勾魂使者を見るのは初めてだった。話に聞いた通りの出立ちの二人組。


(あれが勾魂使者? でもあれって......)


 彼らは窓から寝室に入り込もうとしている。李さんの寝室の窓は少し高いところにある。白い背の高い方はなんなく窓をくぐって寝室に入ってきたけど、黒い背の低い方は、窓をくぐるのに苦戦をしているみたいだ。何度も窓枠に手を掛けては足を窓枠に引き上げようとしているけど、足が届かずに外にすっ転ぶ始末。


 李さんには勾魂使者を確実に捕えるために、彼らが部屋に入ってくるまで声を絶対にあげるなと、先生から指示が出されていた。その指示にしたがって、李さんはずっと横向きに寝たふりをしている。薄明りに様子をうかがうと、ちょっと震えているようだった。最初は怖くて震えているのかと思っていたけど、よくよく見ると違う感じだ。


「李め、笑いをこらえているな」


 先生のその一言でみんなの方を振り返ると、使用人の二人まで肩をプルプル震わせながら笑いをこらえていた。


 白い背の高い方の勾魂使者も少し苛立ってきたよう。仕方なしに黒い方を手助けしてやろうということなのか、窓の方に行くと黒い方の腕を持って上に引き上げて登るのを手伝っていた。

 ようやく二人とも寝室に入ってきた。すり足で李さんの寝ている寝台の方へ歩み寄る。白い方は自分の懐に手を入れた。そして取り出したのは短刀。

 白い方がその短刀を振りかざしたその時、


「今だ! みんなかかれ!」


 先生の合図で私以外の三人が一斉に勾魂使者の二人に飛びかかった。


 え? なぜ、私は行かなかったのか、ですって? それは、私は花も恥じらう可憐な乙女ですし、そんな荒事なんかとてもじゃないけど無理ですわ。相手は刃物も持っていたし。


 そうこうしているうちに黒い背の低い方は、あっさりと使用人の一人に取り押さえられた。もう一人の背の高い方は中々しぶとい。結構荒事に慣れているのか、もう一人の使用人を殴り倒すと先生の方に......


(え? 先生の方に向かわずに、なんでこっちに来るの? そうか、こっちの入口から逃げる算段なのね)


 白いのは入口近くに立つ私に気づいたようだ。


「女邪魔だ! そこをどけぃ!」


「嫌、やめて~」



ーー✳︎ーー✳︎ーー✳︎ーー



「片付いたようだな」


 埃を払いながら入口のそばにいる私の方に歩いてくる先生。


「ええ、先生」


「何が、『嫌、やめて~』だ、白々しい」


 先生は私の足元に転がる白い勾魂使者をつま先でつつきながら、あきれ顔で言った。


「気功の術に関しては、私と同程度には発気できるだろ? お前が来てくれればすぐ終わったのに」


「いえ、先生。私も一応年頃の女の子ですし、荒事はちょっとどうかと......それに、入口をこうして見張っていたので、結果的に逃げられずに済んだ面もありますし」


「まあ、それもそうだ。でかした、玉葉」


 私がなんだかんだ言ってこの先生の元を離れないのは、先生のこういうサバサバしたところが好きだったからだ。私もこんな性格だから、日々色々と先生に怒られることはあった。けど、先生は怒りこそすれ、それを後には引きずらない。いつも気さくに弟子と接してくれた。縦社会の道教社会において、当時それはとても珍しいことだった。多分、他の道観だったら私なんか一週間、いえ三日も持たずに放り出されていたに違いない。


「これで終わりですか? 先生」


「いや、あとまだ黒幕が残っている」


「黒幕?」


「いや~、先生、ありがとうございます! これで、私は助かったのですね」


 李さんが泣きながら先生に抱きついてきた。よほど嬉しかったらしい。『大の大人がみっともない』と言いたくなるくらいの大泣きだった。


「これこれ、李よ。ちょっと痛いから離れてくれないか。それに私は男に抱きつかれて喜ぶ趣味はないのでな」


 先生は李さんの抱擁をやんわりと払いのけながらそう言った。最後に『若い女の子ならともかく』と付け足していたのは、内緒にしてあげよう。


「先生、申し訳ありません。つい、嬉しくて嬉しくて」


「まあ、気持ちは分かるが。それより李よ、この二人の顔に見覚えはないか?」


 二人の勾魂使者は縄で縛り上げられて、寝室の壁際に捨て置かれていた。気を失っているらしく、全然動く気配はない。


「こいつらですか? と言っても私には幽鬼に親戚も知り合いもいませんですがね。どれどれ、あれ?」


 李さんはいぶかしそうに勾魂使者二人の顔を覗き込んでいたが、倒れている幽鬼二人の頭が被り物だと気づいた。李さんはその被り物を剥いだ次の瞬間驚きの声を発した。


「先生! こいつらは、吾のところの使用人ですよ! え? どういうことですか? これは」


「やはりか」


 先生は、ニヤリと笑った。


「さて、あとは黒幕の吾を捕まえればお終いだな。そちらも既に手筈は整えてある。もうすぐ吉報が届くであろう。それをもってこの件は一件落着だ! 私の手にかかれば勾魂使者の退治くらい朝飯前ってことよ」


 すっと半歩前に歩み出てきた先生は得意満面、自画自賛。満面の笑みを浮かべながらそう言ったわ。するとそこに二人の男が寝室に駆け入ってきて、


「先生、すみません。賊に逃げられました」


「え?」


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