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後宮の女道士  作者: 深紫
壺中天(こちゅうてん)
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壺中天(こちゅうてん)その5

「おい、お嬢ちゃん、起きろ。(ピシッ)」


 左頬ひだりほおに感じた軽い痛みで、私は目を覚ましたの。どうやら気絶していたみたいね。ここはどこなのかしら? ゆっくりと目を開けると、目の前にはしわくちゃのおじいちゃんがいたわ。


「痛たたたた。あれ? ここはどこですか?」


「まだ、寝ぼけているのか? ここは、壺の中、わしが造った仙宮せんきゅうじゃ」


 仙宮せんきゅう、その名の通り、仙人が住むといわれる楽園。

 壺の中のはずなのに、果てしなく続く天と、同じく果てしなく続く地とがそこにあったわ。外は冬のはずなのに、ここは一年中というか、永遠に穏やかな日差しが差し込む常春とこはるなんだとか。

 そして、聞こえてくるのは、爽やかなせせらぎの音と小鳥のさえずりのみ。外の市場の喧騒けんそうが嘘みたいだわ。


「凄い、まるで天界にきたみたい」


「そうだろう、そうだろう。どれ、わし自慢の仙宮殿も見せてやろう。付いてくるがよい」


 顎鬚あごひげを何度もさすりながら、得意満面の笑みを浮かべる壺公様。その後ろを付いていくと、目の前にとても大きな楼閣ろうかくが現れたわ。


 五層もある大きな楼閣は、とても荘厳そうごんな眺めだったわ。鮮やかな朱色に塗られた、とても太くて大きな柱。汚れ一つない真っ白な土壁。鮮やかな色の瑠璃瓦るりがわら

 仙宮殿の周囲は煉瓦れんがを積み上げて造られた立派な塀に囲まれており、庭には池や見たこともない果実を実らせた立派な果樹園もあったの。

 

 そして一番驚いたのは、門(これも大きくて立派だったわ)から楼閣までのおよそ一里(四百メートル)にわたって敷き詰められた石畳(これも立派だったけど)の左右それぞれ、一列に並んで壺公様を迎える侍者の数。


(数百人、いえ、数千人くらいいるかしら?)


「「「おかえりなさいませ」」」


 壺公様とその後ろから付いていく私。私たちが目の前を通り過ぎる都度、侍者の人たちが挨拶するものだから、うるさい、五月蠅い。


 ようやく、楼閣にたどり着いたわ。耳鳴りがするくらい耳がキンキン痛い。壺公様は平気な顔をしているけど、大丈夫なのかしら? 慣れのせい? それとも、お歳の......


「お嬢ちゃん、なんか言ったか?」


「い、いえ、なにも......」


(驚いた、心の中まで読まれているのかしら? 五行先生も読心術どくしんじゅつを使えたしね)


 楼閣は中も凄かった。扉をくぐると目の前に大きな空間が広がったわ。


(これも何かの術かしら? 外から見た楼閣の大きさ以上の空間よね)


 太く力強い木製の柱が天井を支え、その柱には彫刻師の手によって繊細に彫られた龍や鳳凰が、まるで生きているかのように舞い踊っていたわ。天井には深い赤と金の漆が鮮やかに塗られ、天高く広がる空間を荘厳に彩っていた。


 広々とした室内に足を踏み入れると、厚手の段通だんつう(中国のじゅうたん)が足元を柔らかく包み込み、歩くたびに心地よい感触が伝わってくる。


 中央には、豪華な漆塗りの長椅子が配置され、その隣には象嵌細工ぞうがんざいくが施された低い卓が置かれている。卓の上には香炉があり、かすかに漂う香の香りが部屋中に広がっていたの。香の煙は、天井へとゆっくり立ち昇り、空間全体を静寂と安らぎの中に包み込むようだった。


「腹空いてないか? 何か馳走しよう」


 そういえば、お腹すいたわね。料理屋の例の一件のせいで、あまりご飯も食べられなかったしね。


「パンパン」


 壺公様が両手を叩くと、香炉を載せた卓は一瞬で消え、代わりにたくさんの料理を載せた大きな食卓が私の前に現れたの。


 卓上には、金や銀で作られた器や、精巧な青磁や白磁の皿が美しく並べられていたわ。


(すごーい、どれもこれもとても美味しそうだわね。では、まず......)


 最初に蒸篭せいろの蓋を開けてみた。すると、湯気と共にかぐわしい香りが立ち上ったわ。中には、ふっくらと蒸された真っ白な饅頭や、細かく刻まれた香辛料をまとった美味しそうな魚が並べられていた。

 魚の身は、箸を入れるとすっと崩れるほど柔らかく、その上に散りばめられた花椒ホアジャオ(かしょう)や山椒が、口の中でさわやかな刺激を残す。(ん~、美味)


 続いて、大きな銅鍋の中で煮込まれたタン(スープ)を食す。金色に澄んだ汤には、珍しい薬膳の具材が浮かび、クコの実や蓮の実、鹿茸ロクジョウが入っていた(らしい)。


 肉料理はまさに圧巻の豪華さだったわ。金箔で覆われた鶏が大皿に載せられ、その周りにはキラキラと輝く果物や、様々な香辛料で味付けされたた香ばしい羊肉が飾られていたの。

 鶏の皮はパリッと香ばしく、ひと口食べるとその贅沢さが口いっぱいに広がった。


 卓には彩り豊かな野菜や果物もたくさんあったわ。色鮮やかな野菜は、美しい花の形に盛りつけられ、まるで絵画のように視覚を楽しませてくれたの。

 蜜柑みかんや梨、葡萄などの果物も、口にすれば甘美な汁が溢れ、宴にさらなる華やかさを添えていたわ。特にライチという、南方の果実が美味しかったわね。

 果物は、季節関係なくいろいろあったわね。その中でひときわ目を引く果物が、皿の中央に置かれていたわ。


「これは、もしかして……」


「そう、仙桃せんとうじゃ」


 仙桃せんとうって、あの伝説の果実じゃないですか! 永遠の命や不老不死を得られるというこの仙桃を、本当に食べちゃってよろしいのですか!


(五行先生、ごめんなさい。玉葉は先生よりお先に不老不死を手に入れます。永遠の美少女としてこれから生きていきますので、よろしくね)


 これは、『是非とも食べないといけない』と、それこそ、むさぼるように仙桃を食べたわ。


「ちなみに、ここの仙桃を食べても不老不死にはならんぞ、土が天界と違うからな。せいぜい、明日の肌艶はだつやが少し良くなる程度だわ」


 えっ、それを早く教えてくださいな。



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