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08) エンゾ・バロテッリの誤算


 リュックが腹の底で“何か”を決心してから一日分の時間が過ぎた。本来ならばあの場で決断して即行動を起こすべきだったのだが、「一日だけ答えを待ってくれ」と、言わざるを得ない状況に陥っていたのである。


 ――エンゾ・バロテッリの要求とは、リュックが呆れるほどの壮大な要求だった。

 “お前、見どころあるからウチに来い。死の地平線の客分なんかやめちまえ” つまり、自分たちの組織にリュックをはめ込んでしまおうと言う魂胆。リュックの処理能力を認めながらも、細かなケチを付ける事で不利な交渉のテーブルに立たせて、リュックに「嫌だ」と言わせない状況を作り上げたのだ。

 それだけならば良かったのだが、パウルはここでもう一枚交渉のカードを切った。リュックが冷徹な視線を放ち始め「コイツ殺すか」と決心した瞬間、その瞬間をエンゾは見逃さずに、ダメ押しの一言を放り付けたのだ。


「王都の貧民街にある、セレスト教四番教会主催の難民キャンプにいた孤児。親もいない苗字も分からない少年リュック、それが一番古い記録だな。そして十歳まで難民キャンプで生活した後に独立する。表向きは貿易商の専属奴隷だが、裏では死の地平線の殺し屋だ」


 (テメエ、俺の素性を調べやがったな!)と、腹の底から灼熱の怒気が湧き上がるのだが、同時に寒気が全身を貫き、鳥肌をびっしりと立てるリュック。怒りの赴くままにエンゾをこの場で殺せば良いものの、それが出来ない可能性に気付いたのである。――つまりエンゾは脅していたのだ。リュックの生い立ちを調べると言う事は、今もまだリュックが関係しているその人々についても、調べ上げていると言う事なのだ。


「難民キャンプで信者の世話をしているシスター・アンネリエとシスター・カルロッタ。殺しで得た報酬をこのシスターたちに寄付してるそうじゃないか。難民を援助するための金が殺しの対価だって分かったら、シスターたちも悲しむんじゃないか?」


 ――だからリュック、お前に残された道は俺たちの組織に入る以外に無えんだよ――

 エンゾがこう言った交渉を仕掛けて来たからこそ、リュックは“決心”を行動で示さずに立ち止まり、一日だけ考える時間をくれと言って、紺色の血の事務所を後にしたのだ。

 そしてリュックは密かに調べた。『紺色の血』のメンバーや関係者が、リュックに(ゆかり)がある人々に接近してはいないかと。それこそ、痛々しい傷跡のパウルを街で見つけ出して、彼の親分であるエンゾばりの恐怖の脅しで迫ってみせたのだ。そうする事で他の構成員の素性や行動全てを吐き出させ、自分に近しい人々の安全を確認したのである。


 ――時はやがて今に至る今。リュックはエンゾの誘いに対して結論を言うべく、再び『紺色の血』の事務所を訪ねたのだ。


「おう、リュックか!良く来たな、まあ座れや!」


 相変わらずエンゾはソファでふんぞり返りリュックを見下ろしている。それどころか、自分は有利な立場にいるのだと主張するようにドカンと両足をテーブルに乗せたではないか。


「それで、どうするんだリュック。昨日から良い返事を待ってるんだけどな」

「……降参だ。分かったよ、あんたの組織に入るよ」

「そうか!そうかそうか、ギャハハそりゃあ良かった!」


 エンゾは靴の踵でテーブルをガンガン叩きながら喜び、ようやくその足を引っ込める。


「それなら、本日をもってお前は“紺色の血”のメンバーだ。俺が親でお前は子供。なあに、悪いようにはしねえよ」


 カッカッカッと豪快に笑い飛ばすエンゾだが、リュックに何を期待しているのは透けて見え見え。欲の塊のようなそのいやらしく輝く瞳を爛々(らんらん)と輝かせながら、リュックに本題を切り出した。


「リュック、教えてくれや。お前の能力……お前のその必殺の能力がどんなものなのか。親の俺が知っておけば、仕事を請けるか請けないかも判断出来るだろ?」


 そう。エンゾはリュックを自分の陣営に加えるメリットだけを考えていたのだ。つまりリュックは「金の成る木」。待ちかねたように、いよいよ本人に対してその秘密を打ち明けるように迫ったのである。

 だが不思議なほどにリュックは落ち着いている。逃げ場を全て塞がれた上で秘密を打ち明けろと迫られれば、大抵の者たちはどこまで打ち明けるべきかと戸惑い躊躇(ちゅうちょ)するのだが、彼だけは違った。まるで人殺しのような澱んだ鋭い眼差しでエンゾを見詰めながら、隠そうともせずに全てを語り始めたのだ。


「俺のこの能力は、この世界に一つしか無い能力だと認識している。それは、俗に【超能力】と呼ばれるやつだ」

「う、うん?ちょ超能力?何だそりゃ、魔法や戦技じゃねえのか?」


 ……この世界は見えない力『魔素」に包まれていると定義されている……

 そう口火を切ったリュックは、そのまま淡々と解説を続ける。

 魔素の集合力、その力の発現は絶大であり、魔素を行使出来る者と出来ない者の社会的地位や権力差は歴然。この世界で魔素を学問として研究し、呪文の体系を確立しようとする者を『魔法使い』と呼び、魔素を精霊信仰に当てはめて力を行使する者を『精霊使い』と呼ぶ。

いずれにしても、人間種には魔素の感知器官が備わっていないので、人間が魔法を操る事は不可能である。(最近ウワサになっている、あの少年以外は)

 そして戦技、戦技はセレスト教の教義を受けた神官戦士や騎士に与えられる戦闘技能であり、または『マスター』と呼ばれる戦闘技能の頂点に立った者から弟子に受け継がれるスキルの事を指す。教会関係者であっても武術家であっても、その出どころは同じ。全ては絶対神セレストから与えられた『ギフト』であり『祝福』、全ては神の奇跡から授かる技能である。


「俺が言う超能力とは、これらとは全く違う」


 ――人間の人体、その構造において、脳はまだまだ未知の領域であり、脳の真なる機能は解明されていない。その未知の領域から力を引き出せるようになった能力が、俺の言う【超能力】だ。


「超能力……ちょ超能力って、そんな言葉聞いた事無えぞ。実際の所その超能力ってのを使って、お前は“首狩りの鬼”になったって言うのか?」

「はは、別に首を狩ってる訳じゃない」

 

 理解が追いつかないのか、首を捻って目を白黒させるエンゾ。だがリュックは愉快そうにその光景を見るだけで、たたみかけるように言葉を繋いでいる。まるで自分が用意したクライマックスに、エンゾを引きずり込もうとしているようだ。


「【次元空間再構築】これが首狩り鬼の能力の正体だ」


 ――目の前に広がる現実世界に対して、自分が指示したポイントに別の次元空間を繋ぎ合わせる能力。テレキネシス……つまり念動力の一種なのだが、俺は物を動かしたりなどの代表的なサイキック現象は出せない。出来るのは次元空間再構築だけ。


「殺したいヤツがいるとする。そいつの首から上の部分を覆うように四角形をイメージするんだよ。そして次元空間再構築を発動させて、解除する。どうなると思う?そいつの首から上は別次元に取り込まれて、こちらの世界の身体と分離して、どこかへ行ってしまうのさ」

「……分からねえ、全く分からねえ!お前が一体何を言っているのか、俺には分からねえぞリュック!」

「あんたも知ってるはずだ、これが首狩り鬼の真実だよ。俺が一言キーワードを呟くとそこに異次元が出現し、そして首の無い死体が出来上がる。本来はここまでアピールせずに、地味に殺す手段だったんだがね」


 理解の範疇を遥かに超えた内容に混乱するエンゾだが、「地味に」と言うリュックの言葉に反応した。昨今の王都の話題として、確かに“首狩り鬼事件”の話題は後を絶たなかったが、それでもせいぜい数件の出来事である。だがエンゾは、この目の前にいる少年が首狩り鬼として話題になる以上に、地味に殺人を繰り返して来た事に驚いたのだ。


「心臓を狙ってさ、小さな小さな次元空間再構築をやるんだよ。終わった瞬間には心臓の一部が欠けてて、その人は心臓破裂で悶絶死。周りの人から見れば心臓麻痺で死んだと思われるから、不審死じゃなくて病死に見られるんだよね」

「……お、おい……リュック、何かお前……物騒な面構えしてねえか?な、な、な、何だよ、何か俺に言いたい事でもあんのかよ」


 エンゾはここでようやく気付いたのだ。リュックは組織に入るためにここへ来たのではなく、まとわりついて来た面倒な存在を処分しに来たのだと――




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